第14話
都合により、ダイジェストでお送りする。
今年一年の春川を振り返る。
第6話、七月。夏休みが始まる前に、宿題出し忘れ宣言をした。アホか。
第7話、八月。夏祭りで偶然会った。射的で根こそぎ景品に当て、出金になる。
第8話、九月。出し忘れた宿題を居残りで提出させる。やればいいものを。
第9話、十月。文化祭で生み出したタピオカスライムがバカ売れ。才能が怖い。
第10話、十一月。進路希望調査開始。思いのほかすんなり出したな。
第11話、十二月。期末テストの結果発表。進路希望変えるか?
第12話、一月。祭りをした神社でまた会う。財布忘れて僕頼みってか。
第13話、二月。チョコをもらう。なんかブヨブヨしたものが入ってた。
そして、三月。
卒業。別れのシーズンである。
と言っても、我が2年D組は3学年に進級するだけで、クラス替えも特にない。
僕が顧問をしている生物部には数名、卒業生がいた。
カブトムシの桑野と、カタツムリの
新3学年には、カマキリの義経とショウリョウバッタの木崎がいるので、新三天王を作る予定ではある。
三天王という響きが好きなので、部員が2人以上いる時は、捏造してでも何らかの三天王を作るつもりだ。漆黒の円環メガネの上田、みたいな。
閑話休題。
しかし、もうあれから一年か。
あの桜の下での出来事が、たった数章前の事のように感じる。
本当は春川が卒業するまで、つかず離れず、担任としての立ち位置を全うしようと思ってはいた。
だが、それだと春川のためによくないと判断した。
ホワイトデーのお返しも兼ねて、春川にはガツンと言ってやることにした。
せっかくなので、雰囲気を盛り上げようと、桜公園の桜の木の下に春川を呼び出す。
名目上はホワイトデーのお返し。ホームルームで「僕にチョコをくれた生徒は、お返しするから、後で桜公園の桜の木の下に集合!」と集合をかけた。
義理チョコでもギリギリチョコの形をした何かでも、僕にくれたのは春川だけだった。大人の落ち着きと爽やかさで宮先生の右に出る者は、いない。この学年のチョコはほとんどが彼に貢がれる。悲しいことに。
だからこの呼び掛けに、実際に来るのは春川しかいないことを僕は知っていた。
「よう、春川。さすが食べ物をもらえるとわかっていたら、遅刻はないみたいだな」
むしろ僕よりも先に到着して待っていたようでもある。大したものを用意していないからそんなに期待されても困る。
「先生! ちゃあんと待ってましたよ! 偉いでしょう? だからお返しは2倍にしてください」
「当日言うな」
前日言っても受け付けないがな。
「さて、春川。今日はお前に伝えることがある」
「えっ」
春川の顔がきょとんとした。
え? 食べ物くれないの? という顔にも見えなくもない。食べ物はやるから、少し待てって。
「前に話しただろ。桜の木の下での約束の話だ」
◇
「子供の頃、桜の木の下でした約束な。あれ、実は僕なんだ」
知ってた。
「大人になって、いつかもし出会えた時のために、身体を鍛えたりもしてた。その……、約束を果たすためには、必要な事だったからな」
気付いてたよ。
「でも、僕とお前は、こうして、先生と生徒だ。それがもし幼い頃からの約束だったとしても、お互いがいいと思っていたとしても、あまり、よろしくないだろう」
そう言うだろうってことも、わかってた。
「だから……」
「もう、いいよ」
私は、先生と向き合う。腰に手を当てて、ちょっとした気恥しさを誤魔化す。
「秋田先生の名前聞いた時、あれ? まさか? え? ほんと? 私の王子様がこんなおっさんになっちゃったの? って思ったよ」
「おっさんなのは悪かったな」
先生は笑う。
そう、これは真剣な顔をして話す類の話じゃない。笑いながら、楽しく未来のことを話す。先生と私の進路相談だ。
「でも、それはそれ! 私は私! 多分、先生にとっての私と、私にとっての先生は昔からだいぶ変わったんだと思うの! それは当たり前! だって私は成長しているんだから、その成長を私は否定なんかしたくないんだから! だから、今の私にとって素敵な人を探すし、先生にとって素敵な人を探す。そういうことにしましょうよ、先生」
「おおお。春川にしては、大人な落とし所に落ち着いたな。実は僕もそんなようなことを言おうと思っていたんだ」
子供の頃の約束なんて、律儀に守っていたら大変よ。本当に好きな人を追いかける方が、今の私には合ってると思う。
「だからー、ごめんね、アキちゃん。私、あなたとは付き合えないわ」
「いやいや、僕の方こそごめんよ、らこちゃん。僕は君とは付き合えない」
「え?」
「ん?」
「らこちゃん?」
「アキちゃん?」
◇
二人は時を同じくして、ほとんど同じことを考えていた。
(前々から薄々思っていたことだが、今、春川は僕のことを『アキちゃん』と呼ばなかったか?)
(僕の思い出の中のあの子は僕のことを『ヨウ君』と呼んでいたはず……)
◇
(前々から薄々思っていたことなんだけど、今、秋田先生は私のことを『らこちゃん』なんて変な呼び方しなかった?)
(私の思い出の彼は、私のことを『さくらちゃん』って呼んでいたはず……)
「ん?」
「え?」
「え?」
「ん?」
「「え?」」
二人はしかし、その当然の疑問を解く答えを持たない。
思い違いかな、と気を取り直し、春川は秋田先生から、ホワイトデーのお返しに、ねるねるねるね10パックをもらった。春川はとてもうれしそうだった。
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