第3話
しかたないじゃない。
窓から見えた桜がきれいだったんだもの。
学校の近くの公園に寄り道。
私だってね、花も恥じらう乙女ですから?
花より団子なんて言葉もあるけれど、そんなの時代遅れですってば。
花を見ながら団子を食べる。いいとこどりという選択肢をとればいいのに。
近くのダンゴ屋『ダンプリング』に寄って、テイクアウトの胡麻あんダンゴをもぐもぐ。あー、うま。こう……、胡麻あんの香りもさることながら、ダンゴの生地自体にも白ごまを練りこんでいて、黒ゴマと白ごまのハーモニーがいい。これがテイクアウトしたお茶に合う!! え? 桜? あー、きれいきれい(うっとり)
家から『ダンプリング』に寄ると、公園の中を通るのが近道で、
学校から『ダンプリング』に寄ると、公園の中を通るのが近道なの。
だから私は誰よりもこの公園の桜を見ている計算になる。
「はぁ、そういえば、この桜の木で彼と約束したっけ」
◇
「さくらちゃん、僕、君をお姫様抱っこできるくらい、力持ちになるから、そうしたら、僕とケッコンしてよ!」
「え? そんなことしなくてもいいけど……、うん、いいよ!」
◇
うーん。我ながら、よくわからない約束をしたものだ。
第一、お姫様抱っこって。現代日本でやる機会って、そもそも結婚式くらいしか無くない?
お姫様抱っこをできたらケッコンって。ケッコンするからお姫様抱っこができるの間違いじゃない?
そもそも私だって、誰にでもお姫様抱っこをされたいわけじゃない。好きな人だからこそ、全体重を預けられるんだから。どこの馬の骨ともわからないどこぞの同姓同名のクラス担任に、私のうら若き乙女の全体重+ごまダンゴ4本分の重さを支えられるは思いませんけどね!! もぐもぐ!
「にゃー」
「あれ? ネコ?」
ネコの鳴き声がした。でも上の方から聞こえた。
声のした方を探してみると、桜の木の上に一匹の猫がよじ登っていた。降りられなくて困っているみたい。
最近ドラマでも見かけないドジなネコちゃんだ。
「しかたないなぁ」
誰も見てないよね? 一応、下にはスパッツ履いてるし、大丈夫なんだけど。
うら若き花も恥じらう乙女が桜の木によじ登っているところを見られちゃ、せっかく王子様と巡り会っても通り過ぎてしまうかもしれない。
そうなったらネコちゃん、うらむからね?
よっと。こら。せっと。
登るのは簡単だった。なにせ、ネコちゃんだって登れちゃうくらいなんだから。
もちろん、降りるのも私ならできるけど、ネコちゃんを抱えながら降りるのはなかなかどうも、難しい。
「な~~」
ネコちゃんは私の腕の中であくびをした。のんきね。
口の中がキラキラしている。何か、変なものでも食べたのかしら。
私のリュックに首を伸ばしてクンクンしている。私のダンゴはあげないからね!!
さて、どこに足を掛けようか、どこの枝に体重を掛けられるかを考えていたら、
「お、春川じゃないか。木登りか」
「え! ……あ!!」
いきなり声を掛けられたもんだから、足を踏み外してしまった。
落ちる!!!
どさっ
「っとと」
と、思ったら、男くさい固めの地面に着地した。
じゃなくて、秋田先生が受け止めてくれたみたい。
「わ! ちょ!」
「いいから暴れるなって。下ろすから」
ちゃんとした地面に下ろしてもらった。
「どうして木に登っているのかは聞かないけど、すまなかったな」
「ネコちゃんがね!」
「あいつか?」
ネコちゃんはいつの間にか私の腕の中から逃げ出していて、ダンゴ屋の方へぴゅーっと走っていってしまった。
「ま、いいけど!」
私はこれまで生きてきた中で一番なんじゃないかってくらい恥ずかしかった。
よりにもよってこの先生に木に登ってたとこ見られてしまうなんて。
しかも、お姫様……抱っこされちゃった、よね。
「あの……先生、先生って、この公園に来たことありますか? 子供の頃」
「え? あぁ、あるよ。前に付き合っていた女の子と遊んだんだ」
ぎくり。
「へ、へー! 先生にも彼女がいたことあるんですね」
「あぁ、ケッコンの約束もしたっけ。まぁ、もうあの子も忘れちゃってると思うけどな!」
「そう、なんですね」
もう、秋田先生じゃーん。確定!
あーあ。先生がもうちょっと、思い出の彼のまま、紳士的で優しくてキラキラしていて、王子様みたいな人だったら良かったのに。
全然違うもんなぁ。こんなおじさんになっちゃったらさ。ねぇ。
でも、約束、覚えてくれてたんだ、って、その女の子はここにいるんですけど!
約束覚えて当の本人忘れちゃだめでしょ!
もう、そういうところがなんというか、抜けてて、しっかりしてほしいところなんだけどね。
でもま、私の体重+ネコちゃんの体重を受け止められたんだからまぁ、ちょっとはカッコよかった、かな。
「先生って、好きだった人に久しぶりに出会って、性格が全然違くて、でもそのままのその人を、好きのままでいられますか?」
あ。
つい口を滑らせて言ってしまった。
このまま黙っておこうと思っていたのに。
「春川、それって……」
「な、なーんて! はは……、ありがとうございました!」
私はぴゅーっとさっきのネコちゃんみたいに早く走って逃げた。
はぁ、はぁ、いや、ダンゴ食べてからすぐに走っちゃ死ぬって!!
角を曲がって、先生の姿が見えなくなったらすぐに歩きに変えた。
ふぅ。スカートについた砂埃をはたいて、直した。
大丈夫。あれだけじゃあ、気づかないよ。あの人、間抜けだから。
さ、帰って昨日録画したドラマ見なきゃ。
もう少し、ダイエットしなきゃなぁ。もぐもぐ。
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