第37話
「この体は私の憑代となっているに過ぎない。外見は白虎であるかもしれないが、中身は全く別物ということだ」
考え込むほかの者をよそに、クラウドは白い輝きを放ちながら立っている白虎の体へ走って駆け寄り両腕に掴みかかる。
「では、その中身の白虎をどこへやった!」
辺りにはクラウドの叫びに似た声が響いたが、次の瞬間、ゼファーに触れたクラウドの手は電流の様なものが流れはじかれた。
「我に軽々しく触れるな」
はじかれた手を押さえながら、クラウドはゼファーを睨みつける。
「貴様の無礼、白虎に免じて許そう。しかし、これ以上の無礼は許さん」
再びクラウドが食って掛かろうとしたのを後ろからナスカと石亀が押さえつけ、クラウドの耳にナスカが囁いた。
「落ち着きなさい! クラウド。状況把握が先よ」
後からやってきた清風と石亀にクラウドを後ろへ下がらせるようにナスカは言い、ゼファーの方に向き直って聞く。
「質問には答えてもらえるのかしら?」
「……良いだろう」
「まず、私達は確かに死んだはずよね? どうして生きているの?」
「それが、白虎の願いだったからだ」
「白虎の。ゼファーって言ったわね? 白虎の姿をしている貴女はなんなの?」
「我等は召喚者によってここに存在する。宇宙意思と言っても分からないだろう、分かりやすく貴様達の言葉で言えば神といったところか。我等は召喚者の意思が純粋であればあるほど、召喚される者はより強力な意思の存在となる。白虎の想いは清らかで、純粋、そして強烈な思いだった。ゆえに最高位である我がこの場に降り立った」
「最高位」
「そう、この銀河意思の中でもより無に近い場所にある意思。滅多な事で我は現われぬ。我が動く事は理を破る事になりかねないからな。現に理は破られてしまった。死者を甦らせると言うことで」
「それが私達なのね……」
「そうだ。たとえ理を破ろうと、それが召喚者の意思であれば我は応える義務がある」
「そんなことはどうでもいい! 白虎はどこだ!」
ナスカがゼファーに状況を把握するためにと聞いている最中、石亀と清風を振りきってクラウドがやってきて怒鳴る。慌てて咬み付かんばかりに怒鳴り散らすクラウドをナスカが必死で制止した。二人の争うような姿をさめた瞳で見つめ、ゼファーがクラウドの質問に答える。
「さっきも言った。白虎はもうここには居ない。常しえの眠りにつく為、我が深き無の懐に居る」
「深き無の懐? それってどこなの」
「説明は難しいな、お前たちは自分の概念の外にある存在をすんなりとうけいれることはないだろう。簡単に言えばお前たちがたどり着くのは絶対的に無理な場所だ」
「それって、私たちを助けて白虎が死んだって事? そんな!」
思わず叫んだナスカ同様に周りの所員がざわめき、クラウドはその場に固まった。クラウドの目からは一粒の涙が零れ落ち、崩れそうになるのを石亀が支える。
「はっ、じゃぁ何か? 偉そうに理だ何だといいながら、お前が白虎を殺したのか」
「貴様は酷く攻撃的だな、言葉を慎め。我が殺したわけではない。全ては白虎が望んだ事だ」
「白虎が望んだ? 自分が死ぬのを望んだと言うの? わからないわ、わかるように説明してちょうだい」
「全く、貴様等は余程この白虎が大切と見えるな。彼女の事となると血相を変える」
「当たり前だわ。白虎は何にも返られない、私達の大切な人なのよ。お願い、何が一体どうなっているのか、詳しく教えて」
食い下がる様に言ってくるナスカとその後ろに控える者達の真剣なまなざしにしばらく考え込んだゼファーは大きな息を吐いて瞳を閉じる。
「残念だが、教える事はできない」
その言葉に怒りの色を見せるクラウドと、それを抑えるようにしながらも落胆するナスカ達。するとゼファーは瞳を開いて「だが……」と続けた。
「お前たちはこの星に住まっていたかつての者達とは違う。我という存在を知っていたわけでもない上に死んで生き返ってみればこの状況なのだから戸惑って当然だろう。全ての決定権は最高位である我が持っている、今回は特別だ教えてやろう」
静かにゼファーはそう言うと、自分を睨みつけてくるクラウドの瞳を冷ややかな瞳で見つめ返して話し出した。
「貴様達にも分かるように出来るだけ砕いて説明しよう。貴様等の大切な白虎は、ある人物の思惑の中で貴様等の言う所の変異体に耐性を持った体をしていた。それはかつてこの星に住んで居た者達と同じ肉体。そして、かつての住人達は我等を神とあがめ、我等を召喚していた」
「その召喚って何なの?」
「我等の中で言う召喚とは望むべき意識体が他の意識体にその身を捧げる事。我等は呼び出され、肉体を憑代として万事を成す。ただ、我等の力は弱小意識体でも普通の体が耐えられるものではない。憑代が耐えられなければ我らがこの世界に存在し万事を為すことは不可能、故にどのような状況でも対応できる体しか憑代になれん」
「それが、白虎だったっていうの」
「白虎だけではない、彼女の身体から勝手に取り出された卵子から生まれた黒龍、そして朱雀もだ。ただ、白虎がオリジナルで、朱雀や黒龍は白虎とは少々成り立ちが違う。故に憑代としての質は白虎が一番となる」
いつのまにか、周辺から集まってきた人々がナスカやゼファーから少しはなれた場所で円を作り話を聞いていた。
所員達もあわせ、かなりの人がその場所に居るのにもかかわらず、とても静かで、聞こえるのは鈴の様に綺麗なゼファーの声と、ナスカの声だけ。風すらもその場に流れ通る事を遠慮しているかのように二人の声以外に物音はしなかった。
「我等の召喚には肉体以外の条件がある。どれだけ想いの力をもっているのかだ。そしてその願いがどれだけ透明で強烈であるか」
「どれだけ一途かってことかしら?」
「そうだな。簡単に言えばそういうことだ。その想いが善であろうと悪であろうと、強い想いは我等を召喚しその願いを我等が叶える。今回は救いであったが、その前の望みは滅びであったように」
「滅び?」
「この星の者たち全ての滅びを望んだ者がいた。我はその願いを叶えるために召喚され、この星に生命と呼べる者はいなくなった。まぁ、貴様等がこの星にやってくるずっと前の話だが。想いの力の強さによって召喚される者の力が変わる」
「そして、貴女は最高位なのね」
「白虎の想いは強烈で、純粋な力だった。だから我が起され今ここに居る。その想いはただ一つ、皆を、クラウドを、私の命と引き換えでもいい助け、ディロードを葬ってくれ」
静まり返ったその空間に、クラウドが驚いて声をつまらせる。
「俺達を助ける代わりに自分の命と引き換えると、白虎が望んだというのか?」
「我は嘘はつかぬ。それに、そう白虎が望む事を一番良く知っているのは貴様ではないのか?」
冷ややかな瞳を、目から涙を流して言うクラウドに落としながらゼファーは続けた。
「泣く事が白虎の為だと想うのであれば泣けばいい。泣く事で自らの納得するのであれば涙を流すのもいい。否定する事が貴様の意思であるなら否定し続ければいい。我の関する所ではないし、それによって事実が変わることはない。白虎は自ら望み、我にその身を差し出した」
「酷いわ、神様かなんだか知らないけど、そんな言い方しなくてもいいじゃない!」
冷たくクラウドに言うゼファーにナスカがそう言ったが、クラウドの手がナスカの肩に置かれ、クラウドはナスカに向かって頭を横に振った。未だ涙は流れているものの、先ほどまでの激情は収まり、何かを決意したような瞳のクラウドにナスカは言葉をかけずに引き下がる。
「ゼファーお前の言う事は全部正しいな。何もかも全て間違いのない正しい言い分ばかりだ」
クラウドは心配げに見つめるナスカに笑みを浮かべ、真剣にゼファーを見つめて言う。
「俺の願いを叶えて欲しいと言ったら叶えてくれるのか?」
「それは出来ない。先ほども言ったが我らが万事を為すには憑代が必要だ、貴様の体では我等の力に耐えることは到底無理。それに、貴様の願いを叶える事は白虎の願いを無にすることになりかねない」
「嫌な神様だな。言う前に願いがわかるのか?」
「貴様の命と引き換えに白虎を返せと言うのだろう?」
「流石、神様って所か」
駄目元での提案だったがすべてお見通しであり、それがかなわないとわかってもクラウドは少しの落胆をしただけで感情を露わにはしない。ただ、ゆっくりと言葉をかけながらゼファーに近づいていた。
「貴様は白虎の想いを何だと思っている? 彼女の閃光のように強い想いを無視するのか? 己が満足するためだけに、命を懸けてまで救った白虎の想いを踏みにじり、自らの死を求めるのか?」
「ゼファー、お前は正しいがそれは残酷な優しさだ」
クラウドは微笑しながら呟いたが、ゼファーはただ、静かにクラウドを見つめるだけだった。
「白虎の俺達を救うと言う願いがある限り、俺の白虎を生き返らせると言う願いは通らない」
「当然だ」
「だったら俺を白虎の所に連れて行ってくれ」
突然のクラウドの提案にクラウドの背中を見つめていたナスカは驚き、何を言い出すのかと後ろから叫ぶ。
「白虎がここに来られないなら俺が行く」
「全く諦めの悪い人間だ。残念だな、それも出来ない」
「何故だ! 死を望むわけではない、ただ、連れて行けといっているだけだ」
「白虎の意識体は既に我の懐にいる。それは生きている貴様の行ける場所ではない。つまり、貴様をそこに連れて行くということは我は貴様の命を取らねばならぬ、それはつまり死を意味する。それに何度も言うが、我等に願いを叶えて欲しければ我等の憑代になれる体が必要だ。人である貴様には憑代となる事は無理なのだから、我等に願う事自体が駄目なのだ」
クラウドは唇を噛み締めながら俯き、地面を睨みつける。己が生きていてもその傍らに白虎が居なくては意味がない。小刻みに悔しさで震えるクラウドの横に立ち、背中に手を当ててナスカはゼファーに聞いた。
「憑代になれた白虎は、白虎は人では無かったの?」
「いや、白虎は人だ。ただ、ディロードという者が偶然、かつてのこの星の住人の細胞を手に入れ、白虎を実験体としてその細胞を移植した。普通であれば自分の細胞を侵食され、貴様等で言う所の変異体へと変わって行くが、白虎の場合は互いに細胞を取り込み合い新たな生命となったのだ。人でありながら我等の憑代となれる体を持った生命に」
「実験体。アイリーンがやったのね」
ナスカは呟きながら目から涙をこぼす。
アイリーンが何をやっているのか全てを把握していたわけではなかったナスカだが、状況から想像はつき、自分のたった一人の肉親であるアイリーンが今の状況を作り上げてしまったのかとやりきれない想いがこみ上げ、胸が苦しく痛んだ。
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