第36話
翼が上っていくにつれ、少女の体が現れて完全に抜け切ると白虎の横へふわりと降り立つ。
「な、何故……」
「ほぉ、大した意志力だな。この状況でまだ意識があるとは。何が聞きたい? 何故黒龍が貴様の体から出てきたのかを聞きたいのか?」
「確かに、吸収したはずだ。私の中に」
涎と涙で汚れ歪んだ表情を見せながら見開いた瞳を白虎の横に立つ黒龍に向けてディロードが問えば、喉から声を出すと言うよりも直接空気を揺らして黒龍が応える。
(それはとても簡単な事。私が貴方に吸収された時、貴方の体に分け与えたのは変異体としての身体能力だけ、使徒としての意識は貴方の体の中で自分を保ってとどまり続けた。なぜなら、貴方の想いは独りよがりで悲しくて、貴方自身が私を求めていながら私を拒絶した。だから私は銀狼があらわれるまで待っていたの)
「そ、そんな。では私は、黒龍が居なくなった私はどうなる?」
(私が抜け出た以上、貴方の体はただの変異体でしかない)
「私が老いると? 死ぬと言うのか?」
白虎の隣に浮かぶ半透明の黒龍をすがるように見つめるディロードの体はみるまに紫へと変色して行く。
「私の体が!」
「因果応報、貴様は貴様が人体実験をし、殺してきたダウンタウンの人間と同じになるわけだ」
「嫌だ! 嫌だ、嫌だ! こんなことが許されるはずが無い! 貴様等が私と共にあればいいだけの話だ! 返せ!」
己の体の変化を視界に映したディロードは激しく言い放ち、白虎と黒龍に向かって手を伸ばした。しかし黒龍は静かに瞳を閉じて首を横に振る。
(それはできないわ。私は貴方を拒絶し、貴方も私を拒絶した。何より貴方は多くの命を奪い去った。ただ、自分の欲望の為だけに。それは理の中において決して許されることではない)
「何人もの者が助けて欲しいと懇願し、悲しみの中死んでいった。もし、お前が今の状況を否定し、我等に助けを求めるのであれば一人でも人を救っておくのだったな」
言い放つ二人の言葉にディロードは瞳を大きく見開いて「はっ」と自分以外の者を嘲るような大きな息を吐き出した。
「他の奴の事など知ったことか! 私が死ぬのは許されない。死ぬのは嫌だ! 老いるのは嫌だ!」
(始まりがあれば終わりがある。それは自然の摂理。それを揺るがす事は出来ない)
「生まれれば死ぬ。その当たり前の理の中にいるからこそ、生物は命を生きるのだ。無理に捻じ曲げられ失われた生命の無念が貴様に分かるか?」
「分かるわけがないだろう! 下等な人間がどうなろうとそれは下等な人間として生まれてきたものの運命だ。私は選ばれた人間であり神、神が死ぬなど許されることではない。さぁ、私を助けろ!」
(貴方への裁定は下された)
「命は命で償え。貴様の場合それでも足りないくらいだ」
冷ややかに見下ろされたディロードは苦痛で顔をゆがめながら頭を抱え込んだ。
「私が、私が悪いというのか? 違う、私は悪くなど無い!」
(生まれた命が死んで行く、それに疑問を感じるのは分からなくもない。けれど)
「自然の摂理を無視した行いは許されるべきものではない、我等は裁定者。貴様の行いを見逃すわけに行かぬ」
ディロードの体の色がどす黒く変色し、徐々に膨れ上がると、その皮膚は石の様に固まって行く。
「違うぞ。私が望んだのは、こんな結末ではない」
固まって行く中、ディロードは呟いた。
(寂しい人。自分の存在の意味を見出せず、生まれた命を己の炎で燃やしきることが出来なかったのね)
「哀れな。己自身の想いを導いた場所が間違っていたのだ」
体が石になっていくディロードを二人は見つめてそう言い、全てが石化したディロードはその端から崩れ落ちる。石化したはずのディロードの瞳には涙が光り、最後に一言何かを言おうと開けた口はそのままの形で崩れ去り、言葉が発せられる事はなかった。
(悲しい。命が消えて行く瞬間はどんな者であろうとも悲しみが湧き上がる)
「それは朱雀の感情だな。我等にそのような感情はない」
(そうね。私の元となった朱雀の血、その記憶がそう思わせているのかもしれない)
「我等は召喚者の想いを導かなければならない、非情にならなければならない事もある。だから感情等を持ち合わせてはいない。その感情は朱雀だ」
(そぅ、ここで黒龍の胸を締め付けている感情は朱雀である私。ごめんなさい、黒龍に留まってしまって)
「いいや、責めているわけではない。だが、黒龍は私と共に行く。朱雀の意識として存在しているお前はどうするのだ?」
(一緒に……、黒龍や白虎と、そして貴女と一緒に行く)
「分かった。では、白虎の想いと願いを叶えよう」
白虎は実体のない黒龍の体と口付けをし、黒龍は漆黒の光を放ちながら白虎の中へと吸い込まれるように消えて行く。黒龍の体が消え去ると白虎の背中に新たに漆黒の翼が六本現れた。純白と漆黒の翼、十二本を一度羽ばたかせるとふぅと息を吐く。
「さて、では始めるか……」
その声は白虎とも黒龍とも思えない、まるで楽器を奏でているような透明で不思議な声。声は静かな空間に木霊し街全体に響き渡った。軽やかに空中へ体を浮かせ遥か上空へと駆け上がり、地表全体が見下ろせる場所までやって来ると上昇をやめ辺りを見渡す。
「うむ、この辺りで良いだろう」
十二本の翼が開き、それは白虎が背中に大きな輪を背負っているようだった。胸の前で両手を向かい合わせて開き、両手の平の間に光の塊を作っていく。輝く光の塊は手の中で大きくなり、頭程度の大きさになった光の塊を両手で掴むとそのまま握りつぶした。
甲高い、巨大な風船が割れるように大きな音を立ててつぶれた塊は光の粒となって地上に無数に降り注ぐ。光の粒はただ落ちるのではなく、目的を持っているかのように狙いを定めて落ちていた。その目標は地上の人々と、その亡骸。
粒に触れた亡骸はその失った部分や傷が治り綺麗な肢体へと再生され、変異体へと変化させられた人々はその毒気を抜かれて、元の人間へと戻って行く。
上空で人々の様子を確認した白虎は小さくうずくまるように体を折り畳み、全身に力を込めた。背中の翼はキラキラとその羽一つ一つが輝き始め、後ろへと翼は反って行く。
羽の光が翼全体を覆いつくし、小さく丸まった体とは逆方向に弓なりに反り返った翼は、白虎の瞳が見開かれた瞬間、前方へ一気に跳ねる。
反動をつけた翼からは無数の羽が飛び散って、先ほど修復された地上の亡骸目掛けて飛んで行った。一つの亡骸に白と黒の羽が一つずつ胸の中に溶け込んで行くかのように取り込まれると、人々は息を吹き返した。
多数の羽が抜け落ち小さくなってしまった翼を携えゆっくりと白虎は地上に降り立つ。
「これで、白虎の願いは叶えられた」
地上に足をつけた白虎は疲れきったようにその場に崩れ膝をついた。
膝をついた状態でうな垂れる白虎の左奥の方で、ナスカが目を覚まし、くらくらする頭を支えるように額に手をやってハッとする。
「……あたし、生きているの? 手も、どうして?」
自分の無くなったはずの手が何の違和感も無くそこにあり、ナスカは自分の体を叩いて確認した後、周りを見回してみれば一緒に死んでいったはずの所員達が目を覚ましだした。更にその所員達の向こうの方ではクラウドが頭を手で押さえて横に数度振りながら起き上がっている。
「クラウド!」
「ナスカ? それに皆、俺は生きているのか?」
不思議そうに呟くクラウドに涙を流しながらナスカが近寄り、手を握り合って自分達が確かに生きているのだと確認した。
「ナスカ、どうなっているんだ? 俺は確かに死んだはず」
「それを言うならあたしもよ。どうしてかしら? 分からないわ、気が付いたらこうなっていて」
二人がそう言い合っていると、遠くから小さな鈴の様な声が響く。
「お前達の生を白虎が望んだ、ゆえに私は白虎の願いをきき、叶えた」
美しく響きわたるその声にその場にいた皆が声のした方を見、そこには体を白く輝かせ羽の少なくなった翼を小さく折りたたんでたたずむ白虎が居た。クラウドは思わず立ち上がり呟く。
「白虎?」
「いや、私は白虎ではない。そうだな、白虎であった者、そう言った方がお前たちには分かりやすいだろう」
「何を言っている? お前は白虎だろう?」
「見た目は白虎だが、私は白虎ではない。白虎と呼ばれていた者はもうここには居ない。私はこの銀河の意思。白虎によって召喚されし者、ゼファーだ」
「ゼファー? 白虎が居ないですって? 目の前に居るのにいないというの?」
ナスカはゼファーが言っている意味を理解しようと口に出して言い首をかしげた。
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