第35話

「なんだ? これは一体どうしたと言うのです?」

 ディロードは目の前で起こっている事が理解できずに驚いていたが、激しくなる空気の流れに自分の足元もすくわれそうになっていることに気づく。

「白虎が覚醒したと言うのか? そして地も空も、全てを巻き込むつもりなのか。だが、私はそう簡単にやられはしない」

 空気の渦に巻き込まれないように足を変化させ、木が地面を掴むように自らの肉を地面にめり込ませ、風の渦がおさまるまでディロードは耐えた。

 天高く渦巻く空気の流れは、全体を一際激しく光り輝かせ始める。

 いくつもの空気の渦が当たりに出来始め、それは激しくぶつかり合った。幾つもの空気がぶつかり合い、天高く渦巻く空気もまた、そのぶつかり合いに巻き込まれて徐々に小さくなって行く。

 空気が渦巻く轟音が無くなり、静かになった辺りは燃え盛っていた炎も消え、そこには夜の暗闇が現れて静けさと共にその闇をさらに濃くしているように思えた。

 ディロードは足を元に戻し、ただ一箇所、天から一筋の光が差し込んでいる場所を見つめた。

 純白の六本の翼を携え、俯いてたたずむ白虎が静かに立っている。

 白い翼は光に照らされ、銀色に輝いているように見えて、あまりに美しい光景にディロードは自分でも気づかぬうちにごくりと唾を飲み込み見つめていた。

 しかし、ふと我に返ると笑い声を上げながら白虎に向かって歩き出す。

「素晴らしいですよ、白虎。貴女にふさわしい銀の翼! さぁ、私に身をゆだねなさい。我等は共に番になるにふさわしい」

「私が、貴様に?」

「そうだ、それが貴女の定められた運命」

「運命?」

 ディロードの口上に瞼を閉じたまま唇の端を妖艶に引き上げて白虎は笑い、近づいてくるディロードの足音が近くで止まった時、ゆっくりと顔を上げながら瞳を開いた。

 その目は真っ赤に燃えるような紅の右目に、黄金のように輝く金色の左目。ディロードはその瞳に貫かれるように見つめられ硬直した。

「何故、何故白虎がその瞳を持っている」

「今度は貴様が私に質問か? 何故、それは私が使徒であり裁定者になったからだ」

「さ、裁定者?」

「貴様が作り出したのは神ではない。使徒という裁定者だ」

「神ではない? いや違う、私は作り出そうとしたのではない。私自身が神なのだ」

「人間は神ではない。思い上がるな」

「何だと! 白虎こそ、ただの人ではないか!」

「そう、白虎は人だ。私は一言も神とはいっていない。彼女は使徒」

「では、使徒とは何だ!」

 白虎の態度に憤慨して怒鳴り始めたディロードを静かに見つめながら白虎は言う。

「そんなことも理解せずに我らを紐解いたというのか。まぁ、その程度かも知れないな、何しろあれが見つかったのは我等の予想外の出来事だった」

「何を言っている?」

「貴様が生み出したと言っている変異体。その初めの欠片。そういえば分かるか?」

「な、どうして白虎がそれを知っている?」

 思いもよらぬ白虎の言葉にディロードの瞳は見開かれ、驚きを全身に表して一歩後ずさったが、白虎はそれを無視して話を続けた。

「貴様が手に入れた変異体の初めの欠片。あれはかつてこの地に住んでいた種族の欠片だ。かつてこの地にて生命を紡いでいた彼らは、自らが遭遇した環境に合う様、自分自身を変化させる術を持っていた。貴様は彼らの細胞の一部が化石となったものを手に入れ魅了された。そして、それを人間に移植する事にし、実験を行なった。そうして生まれたのが変異体だ。違うか?」

「何処かで情報が漏れていたのか」

「貴様は知っているだろう? 貴様が作り出した薬の元となったあの細胞は強い。他の細胞を食い更に取り込んでしまう。他の種族の細胞と混ざり合う事はその体に異常をきたす。だから、貴様に薬を投与された人間はかつての種族として復活する事も、現在この地に住まう人間でもない、人の形を成さない変異体へとなってしまった。それでも貴様は貴様が追い求める純粋な物が出来上がるまで人体実験を繰り返した。しかも、ダウンタウンの人間だけで」

「当然でしょう。シティは私の資金源、シティの住民を死ぬと分かっている実験に使うわけが無い。それに、私はダウンタウンのごみ掃除をしてやったに過ぎないのですよ」

「本来であればそのまま完成する事は無いはずだった。しかし、白虎という存在が生まれてしまった、細胞に持ちこたえられる存在が。いや、少し違う。白虎は持ちこたえたのではなく、細胞と混ざり合い、かつての種族の血を復活させてしまったのだ」

「血を、復活させた?」

「それにより、我等はこの地に召喚されることになった」

「召喚だと? 先ほどから貴女はまるで自分は白虎ではないという口調で話しますね」

「愚かではあるが馬鹿ではないようだな、その通りだ、私は白虎ではない」

 静かにそういった白虎は、ゆっくりとディロードに近づいていった。

 一歩足を踏み出すたびに背中の翼がフワリとゆれ暗闇に光の粒が飛び、地面には綺麗な銀色の道が出来上がる。ディロードは理由のわからない恐怖が足元から上がってきて、背筋を震わせながら怯え、その場から逃げようと必死だった。しかし何故か足は動かず、その場から逃げることは出来なかった。

「無駄なことを。貴様は使途として目覚めた黒龍を体内に取り込んだのだろう? 黒龍は元々、白虎の体の一部だ。白虎に反応こそすれ貴様の意識に反応することはない」

「そ、それを言うなら私の一部でもある!」

「貴様の精子と一緒になったと言いたいのか? 忘れたのか? あの細胞は他者を食い、取り込む。生命として形を成した時にはすでに貴様の遺伝子情報などそこには存在しない。つまり、白虎と黒龍は一対のもの。分かれてしまった細胞を求める力が働く。白虎のこの体は黒龍を求めている」

「ふ、ふざけるな。私は神になる男だ」

「言っただろう、使徒は導く者であり、裁定者。神ではない。確かに貴様は黒龍を吸収しても尚、自我を保ち、白虎と変わらぬかつての住人の力を手に入れている。しかし、残念だが今の貴様では黒龍と全てをシンクロさせることは出来ない。貴様の考えに黒龍が反発している」

「使徒とは一体何なのだ!」

「この地のかつての住人達は儀式により使徒である裁定者を選び出し、裁定者に選ばれたその者はわれらを召喚し、全ての罪と全ての善行に裁定を下していた。この地の人々が滅びさってからは我等も召喚される事は無くなったがな。我等はこの銀河の空間に存在する全生物の意識体。我等の力は銀河の全ての力。その大きなエネルギーである存在を実体化できるのは順応できる体を持ったこの星のかつての住人達のみ」

「じゃぁ私は」

「あの細胞と共存できると言う事はその素質はあると言うこと。しかし、貴様は少々自分の想いにとらわれすぎた」

 ディロードの目の前まで来た白虎は硬直するディロードの肩に手を置いた。

「さぁ、おいで、黒龍。私の力だけでは白虎の願いをかなえてやる事はできない」

「何を言っている?」

「全ては貴様が招いた結果だ。あの欠片を利用しようと思わなければ、こんなことにはならなかっただろう。全てを動かしたのは貴様の強欲。すまないが、黒龍は返してもらう」

「やめろ! 黒龍が居なくなれば私はどうなる!」

 静かな空間にディロードの悲鳴が響き、肩に置かれた白虎の手がわずかに光り始め、ディロード体を包み込んだ。漆黒の翼がバサッと羽ばたき始め、ズルズルとディロードから抜け出てくる。

 一度は融合した物が自分の意思とは関係なく引き剥がされる苦痛に断末魔の叫び声を上げたディロード。

 頭を抱え背中を丸めながら地面にうずくまり、半透明の実体の無い体がディロードの背中からまるで蝶が羽化するように現れた。

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