第34話

「変異体だからだ。黒龍を、その能力ごと飲み込んだ化け物。自我があるにも関わらず、脅威の回復力を身につけた変異体の悪魔だ」

「黒龍を、飲み込んだのか?」

「悪魔だなんて、余り人を悪く言わないで頂きたいですね。それが当初からの計画だったのです。黒龍はそのためだけに作られた物。ですが、白虎、貴女は違う。貴女には私の種を受け取っていただき、その体内で育ててもらわないといけません」

 にやりと笑ったディロードの言葉を聞いて、白虎を抱きかかえているクラウドの手に力がこもった。

「白虎は貴様のものじゃない。貴様などに渡さない」

「お前のような下衆な者のいう事を聞く必要は無い」

「そうか、では、俺も白虎をどうにかしようなどと言うお前のいう事をきくつもりは無い。死ね」

 クラウドはそう言って、白虎を抱きかかえたまま後ろへ下がり、それと同時に後方から銃弾がディロードに向かって飛んで行く。しかし、ディロードは漆黒の翼で飛上ったかと思うと一瞬、自分の体の肉をトゲの様に変化させ、それを上空から飛ばした。

「白虎!」

 白虎は自分の名を呼ぶクラウドの叫び声を聞いた気がした。

 クラウドの叫び声が耳に届き、白虎は急に視界がくらむ。

 背中に固い感触が伝わってきた。一瞬、貧血の様な状態になり、何が起こったのかわからなかった白虎だったが、気が付けば胸の上には温かさと重みがのしかかる。

「白虎、大丈夫か?」

「あぁ、私は平気だ。一体何が起こった?」

 クラウドの声に状況を聞いたが、白虎の頬にぽたりと温かいものが滴り落ちてきて、ずるずると白虎の上にあった重みが横にずれた。崩れ落ちるように自分の体からずれていくクラウドの様子に白虎は驚き、起き上がって崩れ落ちて行く体を支える。手にぬるりとした感触が伝わってきた。

「クラウド!」

 白虎の声が聞こえていないのかクラウドは瞳を閉じて白虎の腕に抱かれながら血塊を吐き出す。

「ほぉ、下衆も盾ぐらいには役に立ったようですね。ま、多少傷ついても白虎なら自己再生するでしょうが」

 楽しそうに笑い、上空から言うディロードを白虎は睨みつけた。

 漆黒の翼で羽ばたき、空中に浮遊するディロードの勝ち誇ったような笑顔が無性に腹立たしく、白虎の心の奥底で蓋が開き、じんわりと何かが湧き出してくる。

「白虎、何処だ?」

「クラウド! 私はここにいる!」

 血まみれのクラウドの手を握り締める白虎の目からは涙が溢れてとまらなかった。

 人前で泣くなど決してしない、そう思っていた白虎だったが、もう涙を止めようとは思わず、ただ流れる涙をそのままにクラウドの名前を呼ぶ。

 そんな白虎をクラウドは最後の力を振り絞って自分に引き寄せた。近づいた白虎の涙を肌に感じながら頬をさがしあて、両手で白虎の頬を包み込んで唇にキスをする。

「白虎、愛している。お前の答えを、まだ、聞いていない」

「……クラウド、私も貴方を愛している、愛している。ずっと、ずっと愛している」

「あぁ、やっと、聞けた。白虎の気持ち、を」

「ごめんなさい」

「どうして謝る。言っただろ? 俺は、どんな白虎でも、白虎を愛しているんだ。謝るな」

 ニッコリと微笑んだクラウドはまるで眠るように目を閉じた。

「嫌だ! 逝くな! クラウド!」

 白虎の叫びにクラウドが応えることは無く、白虎の頬に触れていた手が地面に音を立てて落ちた。白虎は頭の中が真っ白になり、その場で座り込んで動かなくなってしまうが、その白虎の耳にかすかな声が聞こえる。

「……に、逃げなさい。白虎」

「ナスカ? ナスカなのか?」

 声が聞こえてきた方を見た白虎の目に、血だらけで左腕の無くなったナスカがランチャーを肩に担いでディロードを狙っている姿が映った。

「早く、逃げるのよ」

「でも! 皆が」

「この状況、馬鹿でも分かるわ……。アイツはどうしても白虎が欲しいのよ、つまり、白虎が捕まったらそれこそ終わりってこと」

「行け……白虎。ここは、俺達がやる」

「ナスカ、石亀、清風、春日! 皆」

「平気よ。命がなくなっても私は私だもの。アイツとは違うわ」

「それに、俺達はいつも死と隣りあわせだ」

「そう、だからこそ生を噛み締められる」

「そして、死を受け入れることができるのです」

 生き残ったナスカ達所員は血だらけの体を引きずりながら武器をディロードに向ける。かなわないことは分かっているはず、しかし、少しでも白虎が生き延びるならと武器を携える皆のその顔には微笑みが浮かんでいた。ナスカもまた最高の笑顔を白虎に見せる。

「生きていれば死は必ず来るの、それは唯一平等に決められた事だわ。でも、貴女は死なせない」

「どうして!」

「そうね、理由はクラウドがそう望んでいるからとでも言っとこうかしら」

「フン、下衆が。戯言はその辺にしてもらいましょう。くずが何人集まろうとも私にかなうわけが無い」

「くずにもね、くずなりのプライドがあるのよ! 行きなさい! 白虎!」

 ディロードの低い声が響き、ナスカが銃を構えて叫んだ。

 その声に押し出されるように走り出した白虎の後ろで巨大な爆発音が響き、爆風に白虎は飛ばされる。

 大きく背中をそらせるように飛ばされた白虎はそのまま前のめりで地面にたたきつけられた。

 無防備に、受身を取ることなく叩きつけられ、体中に痛みが走る。痛みに耐えながら立ち上がり、振り返ればそこは茶色い土煙が空まで上って、何も見えなかった。

「……皆」

「何だ、皆に会いたいのか? ならば、見せてやろう」

 白虎が呟くと土煙の中から低く嫌らしいディロードの声が響き、土煙が突然、風に吹かれるように一気に消え去る。

 白虎が眉間に皺を寄せて見つめる中、上空で漆黒の翼をはためかせ風を起こしていたディロードが話しかけた。

「さぁ、もうすぐ地上の煙もなくなる。貴女のお友達が顔を出しますよ」

「ディロード、生きているのか。いや、そうだな、生きていて当然だ」

「白虎。良く分かっているじゃないですか」

 唇の端を引き上げて嫌な笑みを浮かべるディロードの口からは未だに蛇のように舌がではいりする。

(この、悪魔が……)

 ディロードの羽ばたきで土煙が全てなくなり、白虎が視線をディロードから地上へと移せば、煙がなくなったその場に立ち尽くすように居たナスカ達が一瞬の間をおいて、血を噴き出しながら崩れ落ちた。

「ナスカ! 皆!」

 駆け寄った白虎の足元には真っ赤な池が出来ているような地面と、仲間の肉片に、とても人間の死体とは思えない遺体が転がっている。

「やっぱり馬鹿な連中でしたね。何がくずのプライドか、こんな事で私が殺せるとでも? 一度やって駄目だったのだから駄目に決まっているでしょう。本当に、使い物にならない馬鹿ばかりです」

「煩い! 黙れ!」

 アハハハと体をのけ反らせながら空中で大笑いするディロードに大きく叫んだ白虎は辺りを見渡し、微動する一つの肉塊に近づいた。

 それはディロードの体の一部が変化した杭の様な形の物に打ちぬかれ、体に無数の穴があいているナスカで、白虎はナスカを両腕で少し抱き上げる。ナスカの体を抱いている白虎の手にヌルリとした感触とともに手を失ったナスカの手首が乗せられ、白虎が見つめるとナスカの唇がかすかに動いた。

「……逃げ、な、さい……」

「ナスカ!」

「あたし、白虎が、大好……よ。クラウドの、次に……、ね」

 微笑を浮かべ、ナスカの体は白虎の腕から崩れ落ち、白虎はナスカの体をそっと地面に横たえて、静かに他の仲間の肉片と死体を並べ、一人一人の頬に唇を落とす。

 爆風によって体の一部が飛んでしまっているクラウドには唇に自分の唇を重ねた。

「弔いですか? そんな感傷が一体何になると」

 白虎の姿を眺め、おかしさを堪えられない様に大きく笑うディロードの声を聞いていた白虎の心の中にふつふつと何かが湧き上がってくる。ゆらりと立ち上がった白虎の低い声が響いた。

「何故……」

「はぃ? 何ですか?」

「何故、殺す必要があった?」

「決まっているでしょ? 下衆が私の邪魔をするからです」

「私の邪魔だと?」

「私は永遠の命と老いない体を手に入れる。その為の黒龍でしたが、融合してそれには遠く及んでいないことがわかりました。黒龍だけでは完全な状態とはいえません。どうしても白虎の、黒龍の元となったその体が、その体の中で私の精子と融合した、育まれる命が必要なのです」

「そんなくだらない事の為に皆を殺したと?」

「くだらないこととは失礼な。私にとっては長年追い続けた夢であり、私の人生です。白虎、貴女を抱き、その子を取り込むことで完全なる存在となった私はこの地上で神になる」

「神……。お前が神を名乗るのか?」

 神と言う言葉を聴いた瞬間、白虎の中に湧き上がっていた今まで感じたことの無い感情が爆発的に胸中に広がり、その感情は白虎の体を熱くする。

 大きく感情のまま叫び声を上げた白虎は、空に向かって胸をはり体をのけ反らせた。白虎の辺りの空気は揺らめいて、叫び声と共に現れた竜巻のような土煙が白虎を包み込んでいく。

「なんだ? 何が起こっている?」

 上空に羽ばたいていたディロードには砂嵐のように風が吹き荒れている下の様子が分からず、状況を把握しようと静かに地面へと下りてきた。竜巻は徐々にその範囲を広げ、ディロードは鬱陶しいとばかりに竜巻に向かって翼を羽ばたかせ風を起こす。

 土煙が無くなり白虎が居たはずのその場所は、光り輝き白虎を包み隠すように光の玉となっていた。光り輝くその白い塊は周りの空気を巻き込むように大きな渦を作っていく。その空気の流れは空まで届き、雲さえ巻き込んだ。

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