第33話

黒い翼を六つ、背中に携えたそれは人間の男のよう。

「やぁ、久しぶりだね。白虎」

「久しぶり、だと?」

「なんだ、忘れてしまったのか。それは残念」

 地上に降り立った、男は翼を小さくたたんで不気味に微笑む。白虎の中の何かが逃げろと命令し、胸の鼓動は早く波打っていた。

(いや、知っている。私はこいつを知っているんだ)

「そうですよ、貴女は私を知っている」

「な、何?」

 白虎が心で思っていたことを男はさらっと言葉にする。

「どうして」

「どうして、私の考えている事がわかるんだ? 一体何者だコイツは? ですか?」

 自分の考えを次々に言い当てる男に驚き、じりっと一歩後ずさった白虎に、男は大きな声で楽しそうに笑い白虎を見る。

「いや~楽しい、実に楽しませてくれますね。白虎」

「楽しいだと? 何がだ」

「まだ気付かないのですね。貴女の考えは私に筒抜け。それが何を意味しているのか?」

「はっきり言え」

「どうしてそこに黒龍が居ないのでしょう?」

「なんだと? 貴様が黒龍を? 黒龍をどうしたんだ!」

「鈍いですね~、黒龍という存在はもう居ませんよ。彼女は私の中に吸収されました」

「吸収された? そんな、馬鹿な」

 男は楽しげに黒い翼を広げ笑っている。意味の分からない事を言うこの男が自慢げに広げているその翼は黒龍の背中に生えていたものに似て見えた。

 しかし、白虎には男の言う事をすぐに理解し、信じる事は出来ず驚きの表情を浮かべる。そんな白虎に、男は思い出したように白虎に言う。

「あぁ! そうでした。自己紹介をしておきましょう。私の名前はディロードです」

「ディロード?」

 名前を聞いて白虎は更に驚く。

 ディロードがここに居る事自体にも驚いたのだが、何よりも白虎が覚えていたディロードとは姿が全く違っていた。目の前に居るのは筋肉質な体つきに、グレーの髪の毛をした男。

「違う。私の記憶の中にあるディロードは貴様ではない」

「それは当たり前です。私は黒龍を吸収した。それにより黒龍の持っている能力、細胞の力をそのまま私のものにしたのです。まぁ、黒龍という存在は元からそういうものでしたから、私に帰ってきたと言った方が正しいですね」

「人が、人を吸収できるとでも?」

「あぁ、違いますよ。正しくないですね。彼女、貴女に黒龍と名付けられたあれは人ではありません。彼女は新たに生み出された変異体の一種です」

「黒龍が変異体? しかし……」

「あれは変異体です。元々は白虎の卵子に私の精子が受精した受精卵でしたが、その受精卵は予め薬に対する耐性をつけるため、Heavenの溶液に浸されて育てられた。つまり、黒龍は生まれながらの変異体なのですよ」

「生まれながらの変異体。私と貴様の受精卵」

「おやおや、何ですかその嫌悪の顔は。どちらかといえば光栄に思って欲しいですね。たかがダウンタウンの武器商人の娘が試験管の中とはいえ私の精子と融合できたのですから。さて、貴女は変異体のその生命が途絶えたとき、変異体から結晶が取れることはご存知ですよね?」

「あぁ、知っている。より凝縮された成分を持つ結晶になるのだろう。そして、貴様等はそれをダウンタウンの人間を使って人体実験を行った」

「ほぉ、思ったよりも情報通ですね。アイリーンにでも聞きましたか? そう、変異体はその生命が途絶えた時、体を結晶化させる。その結晶は言ってみれば純粋なHeaven。ただ、黒龍は少し違う」

「違う?」

「黒龍は結晶を取るために作り出された変異体ではない。まぁ、多少の事で黒龍が生命を無くす事は無いですがね。彼女は貴女の回復力も身に着けていますから」

「黒龍にも回復能力があったのか」

「えぇ、貴女の卵子を使っているのですから当然です。彼女は私とエンゲージする為に、身体能力と特殊能力、不老不死を私に与える為に生まれた。もちろん、人が人の形をしたものと融合するなど無理な話。彼女は生命を絶たれることではなく、特別な方法で結晶化する。そして、私はその結晶を体内に取り入れることによりこの肉体を手に入れたのです」

「特別な方法。なんだそれは」

「それは私と交わる事。私の精子を体内に受け入れることで遺伝子情報を体内に取り入れ、私には無害の結晶化するのです。黒龍は先ほど私と絡まりあい、結晶化したものを私が体内に取り入れました」

 にやにやと嫌な笑みを浮かべるディロードは白虎を見て、舌なめずりをすると白虎に囁くように静かな声で言う。

「実は、私は貴女も欲しいのです」

「私も、だと?」

「今の私と貴女、二人が試験管ではなく繋がることができれば、もっとすばらしい子が出来上がると思いませんか?」

 白虎はディロードの言葉に驚き、自分の方を向いてじっとりとした瞳で見つめてくるディロードから距離を置こうと後ずさろうとした。

 しかし、何故か足が動かず、ただそこに立ち尽くす。ゆっくりと白虎に近づいてくるディロードは楽しげに笑っていた。

(何故動けない? 逃げないといけないのに)

 自分の思い通りに動くことが出来ず、白虎は心の中で焦り、逃げなければと叫ぶ。しかし、思いとは裏腹に瞳はディロードの視線に吸い込まれるようになり体は動かない。ディロードの瞳は赤黒く怪しく輝き、更にちろちろと出し入れされている舌は真っ赤でまるで蛇のようだった。

(人間じゃない。あれは既に人間ではないんだ!)

 間隔が狭まってくると、ディロードは白く長い腕を白虎の方に伸ばし、手の平をゆっくりと開いて差し出す。

「さぁ、おいで」

「ディ、ロード、さ、ま」

 差し出されるディロードの手がスローモーションのようにゆっくり動き、何重にも見えて、意識が遠退きそうになっていた。白虎の口からは自然とまるで、ディロードを求めるように名前を呼んでいる。ディロードの手に向かって白虎が震える手を差し出そうとした瞬間、白虎の後ろから銃声が響く。

 立て続けに発砲音が響いて、銃弾は白虎の横をすり抜け、ディロードの額や顔、肩や胸に命中した。その衝撃でディロードはのけ反るように倒れながらずるずると後ろへ下がっていく。

 ディロードの支配から逃れた白虎の体はそれまでの緊張状態から解放されて、崩れ落ちるように地面に膝をついた。

「一体……、何が?」

 白虎がつぶやくと肩を抱き上げられ、白虎の体はふわりと浮く。

「大丈夫か? 白虎」

 声の方を見つめた白虎の視線の先にあったのは心配そうに白虎を抱き上げているクラウドだった。クラウドの肩越しに後ろを見ると、そこにはナスカや石亀達が銃を構えてクラウドを援護している。

「あぁ、大丈夫。皆、来てくれたのか?」

「お前が遅いから様子を見に来たんだ。何だあれは?」

「詳しい説明は長すぎるな。簡単に言うと諸悪の根源で最低最悪の変異体だ」

「おやおや、なんとも酷い言われようだ」

 ゆらりと銃弾のめり込んだ体を持ち上げながらディロードが立ち上がる。血も流していないディロードの体の肉は意思を持っているかのように体にめり込んだ異物を自分の体から追い出した。

「なんだと! あれだけの銃弾を確実に打ち込んだのに、どうして生きている?」

 クラウドは驚き、クラウドと白虎の後ろでも引きつった顔で仲間達が口々に驚きの声を上げる。

 白虎は唇の端を不気味にあげて微笑むディロードを睨みつけた。

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