第32話

 バイスのBOBに近づくと、辺りには炎が見え、その様子から戦闘があったことは瞭然。

 BOBから少し離れた位置に車を止めて、手持ちの武器を装着すると、助手席に座っている黒龍に一緒に来るかどうかを聞く。しかし、黒龍はただ、前方を見つめるだけで白虎を見ることもなく、返事もしない。

「付いてこないならお前を守る事は出来ない。いいんだな?」

 問いかけにも答える事無くただ前方を見つめる黒龍。

「好きにしろ。私は行く」

 黒龍の態度に白虎は怒りさえ覚えたが、それを咎めるつもりもなかった。静かに黒龍に言葉をかけ、車を降りてBOBへと走って行く。近づくにつれ激しく燃え盛る炎。

「恐らく火元はBOBだ。火薬、いや武器庫が燃えたのか?」

 炎の間をぬいながらあたりに注意し施設に近づく。

 周りには灰になった元は人か変異体だっただろう黒い塊が無数にあり、白虎の中に嫌な感情がわきあがっていた。最悪の想像を振り払うように頭を横に振って、しっかりしろと自分に言い聞かせ、BOBの施設があった場所へむかう。

 物陰から変異体が襲ってくるかもしれないと用心して進んでいた白虎の目の前に、大きな火の塊があらわれた。

「……なんてこと」

 その光景に思わず白虎は愕然とする。燃え盛る炎に飲み込まれているのはBOBの一部などではなかった。建物そのものが炎の塊となって燃えている。

 呆然と白虎はBOBの入り口の方へ歩き出した。炎の熱さは伝わってきていたが、避けようとも思わない。

 ここには確かに皆がいた。救える命は少ないかもしれないと覚悟しながらやってきたつもりだった。だが、まさか施設そのものが焼け落ちようとしているなんて、と白虎の体中の力が炎に飲まれるように抜けていく。

「……皆」

 入り口には黒く焼けた塊が数個あり、なおも受ける火の勢いに端から崩れ落ちてきていた。

 激しい地響きと爆音が遥か数キロ先から聞こえてくる。ぼんやりとした意識の中で白虎は恐らく他のBOBの施設も同じような状況なのだろうと察していた。

「もう、皆居ない。それならそれでいい。私も一緒にこの炎で……」

 絶望感だけに捕らわれ、更に炎の方へと歩みを進めたとき、白虎の背中から腕が伸びて来て後ろに引っ張られ、そのままその腕は白虎の肩を抱いていた。

「白虎……」

 爆音と炎の燃え盛る音が騒がしい中でも白虎の耳に低い声がはっきりと響く。

 力強く自分を抱きしめているその腕の暖かさを白虎は自分の手で触り、確かめて、その腕を握った。

 胸に広がる暖かさは周りの炎のせいなのか、それともこの腕のせいなのか、白虎は言葉を返すことなく、ただ、その腕にしがみ付いていた。

「無事でよかった。白虎」

 抱きしめている腕が一瞬緩むと、白虎の顔の横にクラウドの顔があらわれる。

「白虎? 聞こえている?」

 クラウドの声が耳元で聞こえ、白虎は声の方を見た。クラウドの顔は煤に汚れ、額からは血が流れ出ている。

「クラウド! 血が!」

 驚きクラウドにいう白虎の唇をクラウドの唇が塞いだ。

 クラウドの唇が求めるままに任せて白虎の唇は重ねられ、激しい息遣いが白虎の頬に当たる。唇がずれた時に、白虎の言葉が途切れ途切れにクラウドの名前を呼び、クラウドは少しだけ唇を離すと息が届く距離で白虎を見つめて聞いた。

「何だ?」

「戦闘を、したのか」

 白虎が何か言おうとする度にクラウドは白虎にキスをし、離れようとしない為ろくに質問もできない。

「全く! 何してんのよ。貴方は!」

 クラウドの腕の中で話が進まないことと、あまりにも唇を求められることに戸惑った白虎がじたばたと暴れていると、聞き覚えのある声がクラウドの暴走を止めた。クラウドの唇が離れ、ナスカの顔が現れる。

「ナスカ! よかった、無事だったのか!」

 白虎が言うと、ナスカはいつもの笑顔を見せた。

「えぇ! 大丈夫よ。被害はかなりだけどね。チーム白虎のメンバーも無事。ただ……」

「ただ?」

「所員の三分の二は死んだわ。所長も」

「所長が!」

「変異体に変わっていない所員を逃がして、所長が施設に火を放ったんだ。変異体になった所員にせめてもの手向けだと、自分も一緒に逝っちまいやがった」

「そうか、所長らしいな。じゃぁ他の皆は何処に?」

「あっちに居るわよ。クラウドったら傍を横切った車を見て飛び出して行くんだもの。ま、白虎だったのなら納得だけど」

 白虎はナスカがそういうと、自分を抱いたまま離そうとしないクラウドの顔を見る。心配をかけてしまったのだと申し訳なく見ていただけなのだが、視線に気が付いたクラウドは顔を近づけてきた。しかし、今度はナスカに頭を叩かれて、耳を引っ張られる。

「クラウド! 貴方はサッサと皆の所に戻って白虎が無事だって知らせてあげなさい!」

「ナスカが行けば良いだろ? 俺は白虎と居るから」

 クラウドが言うと、ナスカがクラウドを白虎から引き離し、突き飛ばすように背中を押した。

「サッサと行け!」

 クラウドは詰まらなさそうな顔をしたが、すきをついて白虎に近づき軽くキスをする。

「白虎、愛しているからな。行動で示していいならいつでもやってやるから言いに来い」

 白虎の耳元で囁き、白虎の頬を手で軽く撫で、ニッコリ笑って走っていった。

「ホントにもう、何やっているんだか」

 クラウドの行動に少々呆れた顔をしながらナスカは呟いて、クラウドの後をついて行こうとしたのを白虎が呼び止める。

「ナスカ、アイリーンが死んだ」

「そう、あの人、逝ってしまったのね」

 てっきり驚き、悲しみに泣き出すかと思っていたが、ナスカは淡々と答え、白虎に背を向け天を仰いだ。

「私のビルに来て、ナスカを助けてくれ、その代わりに自分の命を私に捧げると言って、銃で頭を撃ち抜いた」

「いやね、らしくない事しちゃって」

 そういうナスカの肩が少し震え、白虎はナスカの横に近寄ってナスカの左手を両手で包み込むように握る。

「助けを求められているのに、自分は愛する者を救えない。だから代わりに救ってと。アイリーンはナスカを愛していたんだな」

 白虎の手に涙が零れ落ちてきた。

「白虎、あたしね、断片的ではあるけど、姉さんが何をしてきたのか知っているわ。でも、あたしには優しかったのよ。本当に」

「あぁ。家族、だったんだな」

 ナスカの涙に流されてしまったのだろうか?

 何故か白虎の中にあったはずのアイリーンへの憎しみや怒り、そして戸惑いは消えていた。涙を右手で拭うと、笑いながら白虎をみてナスカが聞く。

「あの人、苦しまずに逝けたかしら?」

「多分。最後に笑っていたよ。聞こえなかったけど、ありがとうと言っていた様な気がする」

「なら、ならいいわ。苦しまなかったのなら。十分過ぎるほど苦しんだんですもの」

 白虎に微笑みを見せたナスカは、握られている自分の手をそっと引き抜いた。

「白虎、ごめんなさいね」

「え?」

「詳しくは知らないけれど、姉さんは白虎に酷い事をしていたのでしょう?」

「あぁ、もう、それはいい。何があったにしても、それがなければ今の私は無いのだから」

「そうね。クラウドに会えなかったかもしれないものね」

 ナスカの思いもよらぬ攻撃に少し桃色に変わった白虎の顔をみてナスカは微笑する。

「白虎、ありがとう。あたしも貴女に会えて良かったわ」

 そういうと、ナスカはゆっくりと歩いていった。

 ナスカの背中を見送った白虎は一度車の方に戻って黒龍の様子を見ようと車の近くまで来て、車の中を覗く。しかし、助手席に黒龍の姿は無かった。

「黒龍? こんな時に何処に行ったんだ? 変異体にさらわれた? いや、この辺の変異体は全て燃え尽きている」

 白虎は自分でそういいながら不思議に思った。

「(おかしい、どうしてこの辺の変異体まで燃えている? BOB所内、もしくはその周辺に居る変異体が燃えているのは分かるが)どうして……」

「……どうしてこの辺の変異体まで倒されているのだろう?」

 不意に頭の上から白虎が今言おうとした言葉をそのまま言う声が聞こえてきて、驚きながら白虎が見上げれば、そこには羽ばたきながら空中に浮かぶ何かの影が見える。

(何だ? 変異体? いや、変異体が言葉を喋るはずは無い)

 面白がるように小さく笑いながら、それはゆっくりと降りてきた。

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