第31話

「送り込んだ、という事はアイリーンには何か考える所があるというのか?」

 白虎が蘇芳に聞くと、蘇芳はため息をつきながらちらりと黒龍を見る。

「正しくはそうだったという事になる」

「どういうことだ?」

「黒龍の翼が生えてしまった以上、アイリーンの計画は一足遅かった」

「黒龍に翼が生えた事とアイリーンの計画に何の関係があるんだ?」

「白虎、黒龍の成長をどう思う?」

「異常に早いな。人間ではありえない速さだ」

「そう、黒龍の成長はある条件によって成長する。その条件は変異体の数だ。変異体から発せさせる特殊な磁場により黒龍の細胞は成長を促される。つまり、変異体が増えれば増えるほど磁場が強力になり、その成長はすすんで行く。その代わり、変異体が亡くなれば成長は止まる。そして、その磁場域が黒龍の限界を超えた時、漆黒の翼が生えるのだ」

「つまり、翼が生えた時点で変異体の数が」

「ありえないほどに増えているということだ。現在黒龍が自分の自我を持っていることは驚きだ。本来であれば翼が生えた時点で黒龍の自我は無くなる」

「自我が無くなる?」

「そうだ。黒龍はあくまでディロードとエンゲージ、つまりは自らの細胞と融合させる為だけに生み出された存在。ディロードを解放へと向かわせる為の使徒だった。解放されたディロードはすべての変異体を抹消、それによって理想の不老不死が手に入る。翼が生え、完全に成熟し自分の糧とする者にディロードが自我をもたせるわけが無い。おそらく、白虎の影響だろうな」

「私の?」

 蘇芳は白虎を見つめながら深く頷き続ける。

「アイリーンの計画では黒龍より先に白虎。お前を目覚めさせ、黒龍と融合させる事だった。相反する力を融合させる事でそれぞれの力を消滅させる。そうして、アイリーンはディロードの計画を壊すつもりでいた」

「相反する力? 私にも黒龍と同じ力があると?」

「ある。ディロードは初め、白虎をエンゲージの相手と決めていた。その為、白虎の中にも黒龍と同じように翼の種子が植えられていたが、それが成長する事はなかった。アイリーンは存在を確認していただけに、どうして覚醒しないのか疑問に思い調べたらしい。結果、その原因は黒龍と違う条件だった為だとわかった」

「私も黒龍と同じ。ただ条件が違うだけだというのか?」

「あぁ、白虎の条件は白虎自身の感情」

「感情……、それはまた曖昧な」

「そう。とても不安定で、正確性の無い感情というリミッター。それが白虎を目覚めさせる条件だった。アイリーンは俺をここに送り込んで、白虎に自分を会わせることで感情のタガを外そうとした。しかし、俺が来た時には既に黒龍の翼が生えていた。そして、白虎の感情もアイリーンが思っているようにはずれはしなかった」

「見事に計画は崩れ去ったと言うことか」

 白虎の言葉にハァと大きなため息を蘇芳がついた時、一階から大きな物音がして、白虎と蘇芳が立ち上がりすばやく二人は一階へとおりていく。一階に降り、二人で耳を澄ましていると地下室の向こう側から力なく扉をたたく音が聞こえた。

 白虎は地下室の扉に向かってゆっくり横に動いて、車の中においていた銃を片手に、地下室の扉のレバーを引く。徐々に開いて行く扉に銃を向け、見守っていると、階段の上に横たわる人の姿が見えてきた。

「アイリーン!」

 蘇芳は大きな声で叫んで近寄って行く。

(アレが、アイリーンだって?)

 白虎の目に映るアイリーンは痩せこけた今にも死にそうな老婆だった。蘇芳がアイリーンを抱き上げて引き起こすと、アイリーンは痩せすぎて飛び出たようになっている目でぐるりと周りを見渡す。

「あぁ、やはり遅かったのね」

 かすれた声でそう呟いたアイリーンは大きな目を白虎に向けると手を伸ばした。白虎はアイリーンに近づき、伸ばされたその手をとり、かすれた声でアイリーンは言う。

「私がお前にした事、謝ろうとは思わない。ただ、この命をお前に差し出す変わりにお前に願いがある。ナスカを、私の弟を助けてやって欲しい」

「ナスカを?」

「あの子は何も知らない。私の言い付け通りお前を見守っていたに過ぎない。私の唯一の肉親だ。先ほどナスカから連絡が入った。昼頃にBOB内で変異体が発生したと……」

「なんだと!」

「どの攻撃も効かず、隊員が変異体へと変化して行く、助けて欲しいと言われた。泣きながら叫びながら私に助けを求めてきた。だが、私はここまで来るのがやっとだった……。私にあの子を救ってやる力は無い。枯れ果てたこの体は叫ぶ事も泣く事もできない。なんと無力なのか……。お前に憎まれてもしょうがない私の、この命を捧げる。だから、お願い、ナスカを助けてやって」

 アイリーンは白虎の持っている銃を手にとると蘇芳から離れ、地下室の方へ後ずさって行く。

「私はただ、愛が欲しかった。物心付いた時から私には両親も居らず、弟と二人きりだった。愛を得るために生きていた。だが、私は愛を得ることも出来ず、愛する者も救えない。白虎、乾いたこの命の代わりにナスカを、お願い」

 アイリーンは呟くと拳銃を自分の頭に突きつけて、青く乾いた唇の端を少しだけ上げて笑い、唇を動かし言葉を発して頭を打ち抜いた。大きな銃声が地下室にこだまして、アイリーン体はまるでボールが転がり落ちて行くように階段で跳ね、地下室へと滑り落ちる。

 何ともいえない気持ちが白虎の中に広がった。真実を知ってから、当時抱いていた彼女への憎しみが思い出され、自分が彼女を憎まなかったとは言えない。

 人をおもちゃのように扱うその態度は憤りすら感じていた。しかし、彼女は目の前で壊れて砕け散り、自分の命と引き換えに肉親を助けてくれと家族が殺しあった忌まわしい地下室に落ちていく。

 本当に彼女は悪だったのだろうか?

 私が憎むべきものは何なのだろう?

 薄暗い地下室を眺めていた白虎は立ち上がり、ビルのシャッターの開閉スイッチを押した。車に乗り込んだ白虎は、運転席の扉をあけて振り向かず蘇芳に声をかける。

「出来れば彼女を弔ってやって欲しい」

「あぁ、分かっている。行くのか?」

「命を貰っている。約束は果たさないと」

「そうか。白虎、アイリーンが言っていたのだが、翼は羽ばたく為のものではないらしい」

「どういうことだ?」

「俺にもわからん。ただ、常に呟いていた言葉だ。何か意味があるかもしれない」

 白虎は頷き、エンジンをかけた。ギアをバックに入れて車を出そうとした時、助手席のドアが開き、黒龍が入ってくる。

「黒龍、何をしている。お前はここに居ろ!」

 黒龍は首を横に振り降りようとしない。

「ここで押し問答をしている時間は無い、ついてきてもいいが決して私から離れるな」

 一刻も早くBOBに行かなくてはならない。バックでビルから出ると、ギアを切り替えてアクセルを踏みBOBへと向かう。

(ナスカが言ってきたと言うことは、多分クラウドも。クラウド! お願い! 無事でいてくれ)

 白虎は張り裂けそうな心臓を押さえて車を走らせた。

 BOBへ向かう途中の車外の様子からも異変は感じ取れ、辺りは白い霧に覆われて、ダウンタウンに人の気配は一切無く、たまに出会う影は人間ではなく変異体ばかり。

「本当に、どうしたと言うんだ」

 思わず口に出た白虎の言葉に、黒龍は前を見据えたまま呟いた。

「始まったのよ」

「始まった? 何がだ?」

 呟いた黒龍の言葉に聞き返すが、黒龍はそれ以上喋ることなく、押し黙る。

「黒龍、お前は何かを知っているんだな? 蘇芳も、アイリーンも知らない何かを」

 白虎の言葉に黒龍の返事は無い。

「言いたくないならまぁ良い。今はそれどころじゃないからな」

 勝手についてきておいて、何も言わず教えない黒龍に多少の苛立ちを覚えながらも、白虎はアクセルを全開で踏み込み、BOBへとにかく早くつくことだけを考える事にした。

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