第30話

「さぁな。答えを知ったとしても多分私は私だろう。何が待っているか分からないが、もしそこに私の意志ではない敷かれたレールがあったとしたら、それに乗ることは無い。私は私で自分の行く道を決める。それが例え自らの命を失う事でも……」

「白虎らしい答えだな、分かった。では……」

 蘇芳が話をしようとしたとき、白虎がそれをさえぎった。

「待て。話の前に源武を救ったその人とは誰だ?」

「……これから話す中にも出てくるのだが、それはアイリーンとその弟、ナスカだ」

 蘇芳から聞かされる名前に白虎はコップを取ろうとしていた手を止め、蘇芳を見つめて繰り返す。

「アイリーン、その弟がナスカ? アイリーンと言うのはあのアイリーンで、ナスカはあのナスカか?」

 驚いていう白虎の言葉に蘇芳が首を傾げれば、黒龍が横から割って入った。

「ごめんなさい、蘇芳。貴方が来てからと思ったのだけれど先に白虎に真実を教えてしまったの」

「そうか。いや、謝らなくて良い。どちらにしても白虎が知らねばならないことだったのだから……」

「うん、でも全てを教えたわけではないの。白虎の記憶に関することだけを教えたから」

 蘇芳は黒龍の言葉に頷く。

「黒龍は、蘇芳をどうしてしっている?」

 二人の親密そうな様子に白虎が疑問をぶつければ、黒龍が微笑んだ。

「蘇芳を知っている、というより源武を知っているの」

「源武を?」

「私が出来上がって間もなく、思考が目覚めた時、私に語り掛ける人がいた。そして、私もその人を求めていた。その人と私は常につながっていて、会話をしなくとも心がつながっていたの」

「それが、源武なのか?」

 よくわからないという顔をして聞いてくる白虎に蘇芳が答える。

「源武は私であり、私は源武でもある。ゆえに黒龍との繋がりは少し薄まったとはいえ今も絶えてはいない。黒龍は朱雀の血を継いでいる。黒龍自身がつながっているというよりは、朱雀の血がそうさせるのだろう」

「ちょ、ちょっとまて。ここでどうして朱雀が出てくるんだ」

 驚きながら言う白虎に、蘇芳はゆっくり息を吸い込んだ。

「全てを話す。それを伝える為に俺はここに来た。良いかな?」

「あぁ、頼む」

 まだ驚きを隠せない様子の白虎だったが、蘇芳の言葉に頷き、蘇芳は語りだす。

「朱雀が死んで、BOBを抜けた源武は蔓延するHeavenの出所を掴もうと躍起になっていた。始めの内は敵討ちのような思いが大半を占め、出所を見つけ出し糾弾するのが目的のようだったが、Heavenはゲートにつながりがあると分かってからは、その仕組みに疑問を持ち始める」

「仕組み?」

「そう、仕組みだ。ある程度の期間を経ると、撒き散らしているHeavenの種類を変更し、教会と言う機関を隠れ蓑に撒き散らしたHeavenの効能や効果、副作用のデータを集めていることが分かったのだ。ゲートは何らかのデータ採取の為の人体実験をこのダウンタウンの人々で行っている。その事に気付いた源武はゲートに潜り込んだ」

「敵の中に入っていったのか?」

「あぁ、そうしなければ真実には近づけないと思ったようだ。危険は承知だっただろう。源武はゲートに入り、白虎の真実の過去を知る。そして、白虎に行われていた実験内容を知った時、朱雀の存在理由が分かった」

「私の実験? 記憶の置き換えだけではないのか?」

「違う。それはほんの一端だ。実際の実験内容は薬による不老不死。人として生まれた時からある細胞、DNAに組み込まれている寿命というものを解放し、不老不死を現実のものにするというのがゲートの、いや、ゲートの長であるディロードの目的だった。Heavenは細胞に働きかけ、その個体を変化させる。ディロードはその変化を使って組み込まれている寿命というものを無くそうとしていたのだよ」

「不老不死だって? しかし、私は年をとっている」

「そう、だから白虎は実験体として不要になり捨てられた。いや、正しくは生かされたというべきか。覚えがあるだろう?」

「まさか、あの突然放り出されたのはそういうことだったのか」

「そうだ。ディロードという奴は必要なくなったものは殺してしまう。が、白虎を殺すことはしなかった。何故だか分かるか?」

「いや。戦闘能力を買われたと言うわけではなさそうだな。放り出されているんだから」

「白虎が放り出された時、ディロードの実験は第二段階に移っていた。それは、白虎の卵巣から取り出した卵子から新たな不老不死の個体を作り出すこと」

「わ、私の卵子だって?」

「あぁ、そして卵子から作られたのが朱雀と黒龍だ。白虎を生かした理由。それはもしも失敗しても白虎が生きていればその卵子を取り出し更に実験を進めることが出来るから。軍隊を放り出されたのは、連中の白虎に対して繰り返されていた男共の乱暴が原因だ。ディロードは白虎の卵子が使い物にならなくなることと、白虎が妊娠することを恐れたのだ」

「そんな理由が。でも、どうして、私の卵子が必要なんだ?」

「白虎は薬の投与により、尋常でない回復力を身につけた。その回復力はHeavenの投与により細胞の一部が変化したからで、その変化のせいか、白虎の細胞は他の者とは違い、Heavenの体内大量蓄積による異常な変化はしなかった。つまり、どんなにHeavenを摂取しても、自我の崩壊も無く、H.D変異体にならない体だと言うことだ。だからこそ、その遺伝子を元として更にディロードの理想、不老不死に近い検体を作り出そうとした。理想の遺伝子を作り出すだろう薬が作られるたび、それはダウンタウンにまかれた。変異体は処理されれば結晶化する。その結晶はより濃いHeavenへと変化している。つまり、より不老不死に近づけるかもしれない物が出来上がっているということだ。ゲートではそれを回収して更に人体実験をダウンタウンで繰り返した」

「最近の変異体の変化はそのせいか」

「卵子を使って作られた初めの検体は朱雀だ。朱雀は白虎の遺伝子を引き継いで回復力が以上に高く、ある程度成長を止める事が出来る事もわかったが、Heavenへの耐性は思ったような耐性ではなかった。Heavenに対する耐性がなければ、ディロードが考える理想には近づけないらしい。そのため、捨てられた。その後は知っているだろう。朱雀は源武と暮らすことになった。ただ、回復能力という点では良い結果を出していたため、捨てられる前に血液のサンプルは確保されていた。そして、暫くしてこの黒龍が白虎の卵子と朱雀の血液サンプルによって作られた。ゲートに潜り込んだ源武はまだ成長途中であった黒龍を研究室から盗み出して逃げた。途中、見知らぬ者に金と共に黒龍を預け、自分が囮になったが、見つかり瀕死となったのだ」

「そこを助けたのがアイリーンか」

「逃げ込んだ地下道は、アイリーンの移動手段の一つだった。研究所から逃げ出したアイリーンにとっては、誰にも見つかる事のない移動手段が必要だったからな。見つけた源武をナスカと共に地下に作っていたアイリーンの研究室に運び込み、アイリーンが作っていた別の検体と融合させて助けた」

「作っていた別個体?」

「アイリーンは逃げ出したとき、白虎の様々な体組織のデータを持ち出していた。それを利用して黒龍のような存在を自らの手で作り出そうとしていたのだ。そこに源武が現れ、源武は自らの死を察しアイリーンに白虎に渡すはずだったマイクロフィルムを渡した。アイリーンはその中身を見て黒龍の存在を知り、源武と黒龍を利用することを考え付く。そこで、作っていた検体を使って源武を助けたのだ」

「ナスカは全て知っていたのか?」

「ナスカはアイリーンが白虎を見張る為にBOBに送り込んだのだ。ナスカには守れと言って送り込んだようだったが、実際は監視で、ナスカはそれを知らない。ただ、言いつけ通りにお前を守ってきたに過ぎない。詳しい事を彼は知らないよ」

「そうか、それなら良い。ナスカを巻き込みたくないんだ」

「アイリーンの目的ははっきりしていてな。それは、ディロードの目論見をものの見事につぶす事。それだけの為に彼女は一人、地下から出る事もなく研究していたのだ。つい先日、アイリーンはナスカからの連絡で源武と離れ行方不明だった黒龍の居場所を知った。ナスカは白虎の様子を伝えたに過ぎないのだが、アイリーンの興味は黒龍に向いていたからな、黒龍が白虎と接触している事を知ると、白虎の元に俺を送り込んだ」

(なるほどな。大体の事は理解できた。愚かな話だ)

 白虎はそう思いながら、水を口に運んだ。

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