第28話
黒服の男が遠ざかっていく姿が徐々に霧の中に入っていくように白くぼやけ、白虎は頭の重たいイメージから解き放たれはっとする。
「こ、これは」
白虎を包み込んでいた光が消え、黒龍が白虎から離れた。
「今見せた、それが真実」
静かに呟く黒龍を、白虎は微動だにせずに見つめ、本当なのかと問おうとしたその瞬間、目の前で黒龍が気を失い白虎に倒れこむ。
「おい! 黒龍!」
黒龍を受け止め抱きかかえ揺すって呼びかけたが、黒龍は深い眠りについているように吐息だけを返し、瞼を開けることはない。
(真実。今のは黒龍が私に見せたのか? そしてあれが私の真実。では、実験体だったはずの私が何故今ここに居る? そして、どうして黒龍がそれを知っているんだ?)
真実だと言われても、それをそうだと納得する記憶が白虎には無く、聞きたいことが山ほど出来たのに黒龍は眠ってしまった。
わからないことだらけで、頭の中がますます混乱して行く白虎。とにかく、疲れきったかのように体に力無く自分に抱きかかえられている黒龍を布団へ運ぶことにした。
両腕でゆっくりと静かに黒龍を抱き上げ、地下室の階段を登る。地下室の扉を閉めず、そのまま二階へ上がり黒龍をそっと布団の上に寝かせた。そして白虎も重く疲れた体をソファに預ける。
(いろんなことが起こりすぎた。頭の中心が解けているようでぼんやりしすぎて考えをまとめる事もできない)
白虎は、ソファに倒れるように眠りについた。
白虎は窓から差し込む眩しい光で目を覚ます。
「おはよう」
優しい声が聞こえ、ソファから起き上がって声のした方を見ると、また少し成長し十五歳ほどの少女となった黒龍がニッコリ笑いかけていた。
「おはよう、黒龍」
白虎が返事をすると、黒龍が水を白虎に差し出し、白虎はそれを一口飲んで黒龍にたずねる。
「黒龍、昨日のあれは……」
「夢じゃないよ」
「そうか。やはり現実なのか」
「ごめんなさい」
「どうして黒龍が謝るんだ?」
黒龍は白虎の目の前に座り込んで、白虎の膝に手を置き見上げた。しっかりとした眼差しが黒龍の成長を示す。
「まだ、白虎は知らなくて良い事だったのかもしれない。あの時は白虎の気持ちをやわらげたくて教えてしまったけれど、今、白虎をこんなに混乱させているのは私のせい」
「あぁ、そうか。黒龍は私の心が分かるんだったな。そうだな、混乱しているのは確かだ。でも黒龍、教えてくれた事は感謝しているよ。それに、教えようと思ってくれた黒龍の気持ちも嬉しかった」
「本当はね、この事は蘇芳が来るまで白虎には話さないつもりだったの。でも、寝ていると感じてきた、凄く胸が痛くて、苦しくて、死んでしまいそうな白虎の心をどうしても軽くしてあげたかった。だから、白虎の感じる混乱の事は考えてなくって」
「うん、わかっているよ。ありがとう」
白虎は混乱よりも何よりも、黒龍の口から出てきた蘇芳という名前を考えていた。すると横から黒龍が呟く。
「白虎は蘇芳に会わなくてはいけない。蘇芳が一体何者なのか、それは会えば分かるから」
「やれやれ、もう黒龍に隠し事は出来ないな。そうか、会えば分かるのか。本当は会う前にどんな奴なのか知っておきたい所ではあるが、多分黒龍に聞いても蘇芳が来てからって言うだろう?」
「うん。白虎も黒龍の心が分かるの?」
「いや、そうじゃないよ。心が分かれば良いなって思うときもあるけど、わからない方が良いときの方がきっと多い。人は良い事ばかり考えているわけじゃないから」
白虎は少し寂しそうに微笑むとソファを立って大きく伸びをした。
「シャワーを浴びてくるよ。先にご飯食べていて良いよ」
「ご飯って……、またあの缶詰?」
唇を突き出して嫌そうな顔をする黒龍ににやりと笑って白虎は言う。
「じゃ、何も食わないんだな? あれ以外の食料はここにはないぞ」
「わ、わかっているよ、食べるよ! 意地悪なんだから……」
白虎に向かって「イー! 」と歯を見せる黒龍を見て、大声で笑いながら白虎は浴室へと向かった。
シャワーから出て、ソファに座り、黒龍が残した缶詰をつまみながらビールを飲む。黒龍は三階で一人で遊んでいるようで、何かしら引っ張り出す音がしては楽しげに騒ぐ声が聞こえてきた。
「倉庫なだけで別に楽しい事は何も無いと思うんだが。どうせ、私以外誰も居ないからな。楽しいのなら好きにすればいい」
そう言って白虎はふと、BOBを出るときに所長に渡された資料の事を思い出す。
「どうせ、今日は何処にもいけないし、蘇芳と言う奴が現れるまで時間はある。ちょっと見てみるか」
座っているソファ近くに投げてあった自分の鞄をそばに引き寄せ、その中から書類を取り出して読み出した。
書類の一番初めのページに書かれていたのは「報告書」の文字。
「報告書? 一体何のだ?」
報告書。
変異体による処理現場にて確保した少女に対する報告。
状況・警察に一報が入り、現場に急行。現場には二体の変異体が居る事を確認。
上部の許可により変異体処理活動を開始。
約五分程度にて処理完了。負傷者0人。変異体による周囲感染を防ぐ為の清掃作業開始。
一人の隊員が変異体のいた部屋の隣の部屋にて裸体に金髪の少女を発見。警察署内で保護。
検査機関による検査にて変異体感染率0%。ただ、少女は異常なまでの回復力を持つと診断されている為、要監視。
少女の年齢は不明。
外見から四歳前後と思われるが、言語障害があるのか言葉は拙い。署長命令により少女の精密検査が行われたが異常は発見できず、少女は人間であると断定される。その後も異常は見られないため、養護施設への移送が決定。しかし、一人の警察官が保護を申し出た為、養護施設への移送をキャンセルした。
報告書はここで終わっていた。白虎はジッと報告書を見つめ、この報告書がどういったものなのか理解する。
「これは多分朱雀の報告書だ。なるほど、所長が気になっていたのは私と同じ事だったみたいだな。状況があまりにも黒龍に似ている。だが、異常な回復力。これは、黒龍にはない。これは私に備わっている能力だ。しかし、署長命令によりという事は、この署長は朱雀が人間ではないのではと疑っていたという事か。警察官ってのはおそらく源武だな」
報告書は終わっていたがまだかなりの量の書類が一緒にクリップでとじられていた。報告書を捲りあげて、他の書類にも目を通す。当時の朱雀の身体検査等の資料で、その枚数はかなりあり、朱雀を事細かに調べた事が良く分かった。
「DNAまで調べているのか。人と少し違う、それだけで小さな子を。だから人間は嫌いだ」
そう呟きながら、白虎は自分の過去も思い出す。軍隊に入って数年経った頃、白虎の回復力が異常なまでに早い事に軍の上層部が目をつけ、ありとあらゆる検査を始めた。拷問に近い検査……。そして、検査の名目で数十回にわたって行われた軍の男どもによる辱め。
「思い出すだけでも吐き気がする……」
そう思いながら、白虎の中に疑問が生まれた。
「そういえば、私はどうしてあの地獄から出てきたのだろう? 確か、そうだ。何があったのか突然検査は無くなって、暫くして放り出されるように追い出されたんだ。上層部に何かあったのか? 私の真実に関係あるのだろうか?」
考えなければならない事が山のようにある。しかし、答えを出すには断片的なヒントしか与えられていない、そういう印象が強かった。
そして、自分の頭が考えなければならない事を考えるほど動いていない。一つ大きな呼吸をして、書類を台所まで持って行った白虎はライターで書類に火をつける。流し台の中で燃え、すべてが灰になるころ「ぎゃぁぁぁ! 」と大きな叫び声が家の中に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。