第24話

 クラウドのジャケットを抱きしめたまま、暫くの時間が過ぎたとき、車のドアポケットに置いていた携帯が振動し、白虎はポケットへと手を伸ばす。

(メールが三件。あぁ、ずっとここにおいてあったから気づかなかったんだ)

 携帯を開き内容を確認する。

 一通目はナスカ。

「白虎、そろそろ到着しているころかしら? 聞いたわ。クラウドをとっちめといたからね! でも、あたし以上に白虎の方がクラウドがどういう男か知っているでしょ? もう、白虎も解放されても良いんじゃないかしら? ごめんなさい。あたしが言う事じゃないわね。それと、もし白虎がクラウドを要らないって言うなら、私が貰うから! いいわね」

(ナスカらしいな。ナスカに問い詰められたかな? ……心配させてしまっている。駄目だな私は)

 二通目は清風。

「途中報告。例の新型ですが、構成されている物質自体が人の細胞に似ている。もっと言うとDNAに似ている。これがどう作用するかはわからない。しかし、俺の個人的な意見ではあるけど、生物がそれを摂取することによって、新型のDNAがその生物の細胞自体を乗っ取っているんじゃないかと思う。そういうことが出来ればの話ですけどね。とりあえず報告。追伸、ちゃんと携帯しているのでしょうね? 携帯厳守ですよ!」

(生物の細胞を乗っ取る? では、その新型は乗っ取ってその個体をどうするつもりなんだ? まだ、わからないことだらけだな)

 そして、最後の三通目は、知らない名前が画面に表示されていた。

(蘇芳? 誰だ? ウチの所員ではないな。ウチの所員は全て記憶している。BOBの支給品であるこの携帯の番号を、BOB以外の者が知るなんて事はないはずだが。他のBOBの所員がわざわざ違う所属のリーダーに連絡を取ることは無いだろうしな。では、誰だ? どうしてこの番号がわかった?)

 蘇芳と言う白虎の記憶に無い名前のメールに少し疑問を感じながらも、三通目のメールを開く。

「明日、深夜一時に尋ねる。ビルの地下、奥にある扉を五回叩く音がしたら、狼の瞳は何色だと聞け。赤色と答えたら扉を開き、答えなければ殺せ」

「何だこれは。意味が分からない。殺せ、だと?」

 白虎は思わず呟き、再び考え込んだ。しかし、どんなに考えても蘇芳なんて奴は知らない。しかも、このメールの主は白虎のビルに地下室があり、その奥に扉があることを知っている。

「わからない。あそこは閉じられてから誰も使っていないし、私もあの事件以来地下には行っていない。それに、私がここにやってくるということが何故分かった。私の居場所はすでにBOBになっているし、今回の休暇だって計画していたものじゃない。一体どうなっているんだ」

 白虎が考え込んでいる時、再び携帯が震え、驚いてサブ画面を見てみれば、映し出された名前はクラウドだった。暫く、手の中で震える携帯を見つめたまま、白虎は出るべきか、出ないで無視をするか迷う。迷った挙句、白虎は受信ボタンを押して電話に出た。

「もしもし……」

「あ、……えっと、白虎?」

 白虎の電話にかけてきているのにもかかわらず、クラウドはオロオロとした感じで、白虎の名前を呼ぶので白虎は少しおかしくなって口元に笑みが浮かぶ。

「私の携帯だ。私以外が出るわけが無いだろう?」

「あ、うん、そりゃそうなんだけど」

「変な奴だな」

 耳にクラウドの声が響き渡れば、胸が押さえつけられたように呼吸が出来なくなったが白虎は出来る限り普通を装った。

 一方、クラウドはいつ電話を切られるかドキドキしていたのだが、白虎はいつも通り対応するので少し戸惑う。クラウドの戸惑いが電話越しでも白虎にはわかり、変なことを切り出される前にと自分から話題を振った。

「クラウド、ナスカからメールが入っていたよ」

「ナスカから? 何だって? あいつ、何て書いたんだ?」

「気になるのか?」

「要らない事書いてないよな?」

「要らない事って何だ? 私に知られるとまずい事でもあるのか?」

「いや、そういうのは無いけどさ……」

 戸惑っていたクラウドは電話越しに明るく話す白虎に安心していた。小さく笑う白虎が目に浮かぶようで、クラウドは今すぐにでも白虎に会いたいという気持ちを抑えながら話す。

「俺は白虎、お前には隠し事は一つも無い。お前の知っている俺が俺だ」

 クラウドの言葉に白虎の顔から笑みが無くなった。あまりにも真っ直ぐに言ってくるクラウドに隠し事をしている自分が後ろめたく感じる。

(クラウドはいつも私に真っ直ぐだな。その真っ直ぐな気持ちが私には……)

 白虎はクラウドの気持ちに素直に答えられず、クラウドのように真っ直ぐになれない自分を責める気持ちでいっぱいだった。

 暫くの沈黙でクラウドもまた、白虎の気持ちを察し、自分がまた要らないことをしてしまったと後悔する。クラウドは電話を持っていない方の手で頭をかいて、迷った挙句に「白虎、ごめん! 」と謝っていた。突然、電話口から聞こえたクラウドの謝罪に白虎は驚いて問い返す。

「クラウド? どうして謝る?」

「俺ってダメなんだよな。ナスカにも怒られたところなのに」

「え? もう少し分かりやすく説明してくれないと意味がわからない」

「ナスカに白虎の気持ちを考えてやれっていわれたんだよ」

「私の気持ち? なんだ……、それは」

 白虎がはぐらかすように言うので、クラウドは電話を持っていないほうの手を握り、覚悟を決めて白虎に自分の気持ちをはっきりと言う事にした。

「白虎、俺は白虎がBOBに入った時からお前のことが気になっていた。皆と話しをしている時も、一人で居る時も、お前には何処か影があった。それが俺は気になって、源武に相談した。だから、ナスカや他の奴らが知っている以上にお前の過去を俺は知っている」

 クラウドは真剣な声で話しはじめ、白虎は受話器を持ったまま、クラウドの声に耳を傾ける。

(クラウドが私の過去を知っている。一体何処まで?)

 白虎の過去は隊員ならおぼろげに誰もが知っていることだった。しかし、その内容はかなり薄められていて両親が居らず、天涯孤独の身であると言う程度。ごく親しいものであれば、白虎がやむ終えず両親を殺してしまったらしいということは知っている。

 おそらく、BOBの中で白虎の過去をキチンと知っていたのは所長と源武ぐらいだろう。その源武にクラウドは自分の過去聞いたというその事実に白虎は驚いていた。どこまで知られているのか? 本当に知ってしまっているのだろうか? それを考えるほどに白虎の鼓動が早くなる。

「BOBに居る奴らは皆、脛に傷を持っている。それは白虎、お前も知っていることだろう?」

「あぁ……」

「皆それを知っても知らない振りをして過ごしている。それがBOBでの暗黙の礼儀だからだ。だから、俺も知らない振りをしておこうと思ったんだ。でも、お前の事が気になって、俺の目は自然にお前を追いかけるようになった。白虎はどんな任務の時も一番危険な最前線で任務に当たる。源武が静止してもそれを振り切ってまで最前線へ行く。俺にはそれが理解できなかった。まるで死にに行くようなそんな感じがして」

 静かに耳の中に響いてくる少し低いクラウドの言葉に白虎は涙が出そうになるのを必死で堪えていた。

 悲しいわけじゃない、嬉しいわけでもない、白虎自身、如何して涙が出そうになるか分からない。ただ、クラウドがそんなに自分の事を見ていたなんて白虎は気づいていなかった。

「それにお前は任務が終わると一人で泣いていた」

「そんなことまで……、知っていたのか?」

「俺はお前だけを見てきた。俺の目は自分で意識しなくてもお前だけを追いかけていたんだ」

 電話の向こうのクラウドが「お前」と言う度に、白虎の胸は熱くなり、同時に重苦しくなっていく。無意識にギュッと胸の辺りの服を掴んで胸の熱さと重さをとめようとしていた。

「どうして危険な事をすすんでするのか、どうして泣くのか、気になった俺は思い切って源武の部屋を訪ねた。源武に全てを話すと、源武は俺に『白虎の過去を知っているか』と聞いてきた。俺が噂でならと答えると、源武は暫く考え込んで、その末に白虎の起こした事件を教えてくれた」

「事件。そうか、では殆どの事は知っているんだな、クラウドは」

「あぁ、それに俺自身でも調べた。休暇の度、俺は白虎のビルの近くに行った」

「どうして、そんなことを」

 白虎はクラウドだけには知られたくなかった過去を源武に教えられ、さらにクラウド自身でも調べたと言われ動揺する。何故そこまでするのかも分からず、熱かった胸は徐々にその温度を下げ、重苦しさだけが胸に残った。

「白虎、分からないのか?」

「分かる? 何を分かれと? ……クラウド、私はクラウドだけには知られたくなかった」

 白虎は自分の中に複雑な思いが込み上げている事に自身で驚き、乱れていく感情を出来る限り押さえていた。しかし、その感情は徐々に押し込めているその隙間からこぼれ始める。

「どうしてだ? 俺はお前の事だから知りたかった。一人で泣いているお前の肩を抱いてやれる存在になりたかった。知ってから余計にお前が気になって、愛しくなった」

「嘘だ」

 白虎はクラウドの言葉につぶやいた。

 頬に熱い涙が絶え間なく流れていく。悲しみのものか、嬉しさなのか、自分の意思とは関係なく流れていく涙をそのままに、告白をするクラウドに対して発せられる白虎の口調はとても冷めたかった。

「人は、自分とは違う者を受け入れられない。今の私が受け入れられているように見えるのは、私がそれをわかった上で自身を演じているからだ。私の本質は狂った殺人鬼。そんな人を受け入れられる奴など居ない。そんな女を愛する事ができると? いや、愛せるわけが無いだろう。口では何とでも言える。気持ちを偽るなど簡単なことだ。私は疫病神で死神、皆言葉とは違いいずれ去っていくんだ、皆私の前から消えていく。私は何も掴む事はできない。幸せになってはいけない」

 電話口で自分に言い聞かせるように何度も何度も「幸せになってはいけない」と呟く白虎。静かな中に苦しそうに泣いている白虎を感じたクラウドは、優しいけれども強い口調で白虎の呟きを断ち切る。

「それでも! 白虎、俺はお前を愛している! 俺はお前の前から居なくなったりしない!」

「言うのは、簡単だと言っただろう? 人の口は真実も語れば嘘もつく。それを見定める術は本人の中にしか無い。クラウドも……」

 白虎がそういいかけると、まるで怒鳴るかのようにクラウドが言葉を重ねてきた。

「ふざけるな! 態度で示していいのなら俺はとっくにお前を抱いている! あんなキスなんて序の口だ! 俺がどれだけ我慢していると思っているんだ! お前の過去を知ってから、ずっと俺は自分をおさえてきたんだぞ! お前の気持ちを無視して俺のやりたい様にやっていいのなら、白虎! お前の頭から足の先まで全てをとっくに俺のものにしている! 聞いているのか? 白虎、愛しているんだ! 俺は誰でもないお前を!」

 クラウドの声が携帯から聞こえてきたが、携帯を持っている白虎の手はズルズルと耳元を離れ、だらんとぶら下がる。

 ヘッドレストに頭をつけてボンヤリと天井を眺めながら親指で通話終了のボタンを押した。

 自室で電話をかけていたクラウドの受話器から通話が切られた音が耳に響く。

「あっ! 切られたか」

 クラウドは携帯をベッドに叩きつけ、自分の部屋の中を行ったり来たりしてざわつく胸から溢れてくる感情を抑えられずに居た。腕を組み、ぶつぶつと呟きながら考える。

「早まった事をしたのか? いや、今言わなければ白虎にわかってはもらえなかった。くそっ、どうすれば白虎の気持ちを変えられる?」

 クラウドが色々考えをめぐらせている時、BOB所内にサイレンが鳴り、舌打ちをして出動の準備をはじめた。


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