第23話
「一体何なんだ?」
黒龍の行動を不思議に思ったが、コンクリートの部屋に一人では寂しいのかもしれないと、白虎はさっさと体を洗って流す。バスタオルで軽く水気を取り除き、首にバスタオルをかけて下着もつけずに風呂場を出た。白虎の歩く後ろには水滴が落ちていたが気にすることなく部屋に戻って見回せば、黒龍が自分の布団の上に置物のようにちょこんと座っている。
「黒龍? さっきは何かあったのか?」
「ぅうん、何にも無いよ。でも、白虎、綺麗だった。キラキラしていた」
「あぁ、水で濡れて光が反射していたんだよ」
「クラウドが白虎は綺麗で優しいって、龍も白虎は綺麗だと思う」
「クラウドが、そう言ったのか……」
白虎は黒龍から、クラウドが自分を綺麗だと言っていたと言う事を聞き、鼓動がドキドキと早くなっていくのを感じた。
クラウドの名前が出て、自分がクラウドにどう思われているのかを知るだけでこんな状態になるとは、BOBに帰った時にクラウドの顔が見られるのだろうか? そんな考えも頭にちらつく。
そんな事を考えている時、ふと、黒龍の言った言葉が気にかかった。白虎には黒龍がそんな話をクラウドとする時間があったようには思えず、いつ黒龍はクラウドからそんな話を聞いたのだろう? と疑問がわいてきたのだ。
「黒龍、クラウドとそんな話をいつしたんだ?」
「……クラウドと話はしてないよ」
「え? いや、しかし、今クラウドがって」
「うん、会話をしたわけじゃなくって、クラウドがそう思っていたの。ほら、施設の出入り口の所でクラウドの体を触った時に」
「体に触った時に? 思ってただって?」
白虎には黒龍の言っている事の意味が分からなかった。眉間に皺を寄せて考えていると黒龍が言う。
「龍はね、触れた人の心が分かるの。その人の思いが伝わってくるの」
「言葉に出さなくてもわかると言う事か?」
「うん。その人に触れていれば」
黒龍の説明に完全に納得したわけではなかったが、黒龍は成長も早く様々な点で人間とは違うと言う事を感じていた白虎にとって、それはそれで話の筋が通るように思えた。
ただ、その事を聞いたことで、白虎は黒龍と接する際には気をつけなければならないと思う。触れるだけで考えを読まれる。それによって黒龍を傷つける事になるかもしれない。白虎はそのような事はしたくなかった。
黙ったままの白虎を見つめて、黒龍が呟く。
「白虎は龍が嫌い?」
黒龍の呟きに白虎は黒龍の横に腰を下ろすと、黒龍の頭を撫でる。
「私がそう思っているとでも言いたいのか? 黒龍の事が嫌いだと」
「ううん、白虎はそんなこと思ってないよ。龍を助けてくれた時から龍のことを心配してくれているの知っている」
「では、何故そう思う?」
「龍が人間らしくないから。人は、そう見えているのにそうではない者を嫌悪するでしょ。だから……」
「そうだな、人は少し自分勝手なところがある。私も人だ、そういうところがないわけじゃないが、黒龍の事はそんな風に思ってない。心配なら私の心を覗けば良い。私は黒龍が好きだ」
「うん、感じた……。龍、嬉しい」
「黒龍、一応エアコンは入れているが、寒くないか? 寒かったら温度上げるぞ」
「大丈夫」
この短時間に学習したわけでもさせたわけでもないのに様々な事柄をわかっている黒龍。一体何処からそんな知識を入れてくるのかと思ったが、ニッコリ微笑んだ黒龍の姿にそんなことはどうでもいいことかもしれないと白虎も笑顔で黒龍を見つめた。立ち上がってソファに出しておいたバスローブに手を伸ばした時、ふと、黒龍が正座をしている足の近くに絵本が置いてあるのを見つけ、黒龍に聞く。
「黒龍、その本は何処から出してきた?」
「白虎の鞄に入っていた」
それは朱雀のお気に入りの絵本だった。大切にしまっていたが、それでも、長い時間の傷みがある。
「白虎は銀狼だよね?」
「黒龍、初めてお前に会ったとき、私のことを銀狼と呼んだのは覚えているか?」
「うん。覚えているよ」
「どうして私を銀狼と呼んだんだ? 誰から聞いた?」
白虎の問いかけに黒龍は一瞬きょとんとしたが、口をへの字に曲げながら暫く考えて答えた。
「誰かから聞いたわけじゃないよ。それにね、銀狼って呼んだのは黒龍じゃないの、何て言えば良いのかわかんないけど、白虎を見た時、頭の中の人が銀狼って呼んだの。その時、龍は龍じゃなかったからその頭の中の人の言葉が龍の口から出た」
「その頭の中の人と言うのは?」
「ん~、わかんない。龍が龍になったら居なくなっちゃったから」
黒龍の答えに白虎はこれ以上質問をしてもしょうがないと、黒龍の頭をくしゃっと撫で、黒龍は撫でてもらえた事が嬉しいようににっこり笑う。暫くは童話を読んでいた黒龍だったが、そのうち、手で目をこすりだした。
「黒龍、眠いのか?」
「ぅんん~」
「嘘をつくな。そんな顔して眠くないわけが無い。もう寝るといい」
白虎は掛け布団をめくって黒龍を寝かせ、布団をかける。
「おやすみ、黒龍」
「おやすみなさい」
黒龍は布団に入ると、体を小さく丸めるようにして、静かに眠った。黒龍が寝入ったのを確認し、白虎はバスローブ脱いで下着を着て、その上に厚手で丈が長いコートを羽織る。いつも休む時は下着のまま寝るのだが、黒龍も寝たところで少し考え事をしようと思いコートを着た。
居間の照明を豆電球にし、ビールを片手にスリッパを履いて一階へと降りて行く。一階の電気をつけ運転席のドアを開けて、車に乗り込み座席を少しだけ倒して座った。
ビールを一口飲んで、ギア近くにあるドリンクホルダーに缶を置き、白虎は背もたれに背中を預ける。
(黒龍は自分で自分の存在が、明確では無いにしても分かっているようだ。だが、何者なのだと問いかけた所で答えは返ってこないだろうな。私を何故銀狼と呼んだのかも分からなかったのだから……)
辺りは静まり返っている。
ただでさえ空き家が増えて、人が住んでいるのかどうかもわからないこの地区で静かなのは当たり前のことなのだが、何故かこの静けさが白虎を不安にさせた。白虎は静かに目を閉じる。
(……クラウドの匂いがする)
クラウドは煙草を吸っている訳でも、香水をつけているという訳でも無いので、特別な香りがするというものではなかったのだが、白虎にはクラウドの匂いが分かった。
白虎は自分の唇を指で撫で、クラウドの唇の温かさを思い出す。あの時、強く自分の唇に押し当てられていた唇に感じたのは、強さや怖さ、後ろめたさよりも優しさ。徐々に激しくなるクラウドの吐息を頬に感じながら、離れては求めてくる唇を白虎自身も離したくはないと思っていた。
白虎は、あの時クラウドの熱い気持ちに気付くと同時に、初めて自分のクラウドに対する気持ちに気付き戸惑った。
(もし、あの時、BOBの入り口ではなく、黒龍も居なかったら。私はどうしていたのだろう? クラウドに全てをゆだねたのだろうか?)
瞼を開けて、車内を見回す。
ハッチバックの荷物室にはおそらく白虎に車を貸すために慌てて詰め込んだのだろう、クラウドの靴や雑誌が乱雑に転がっていた。そして、助手席にはとりあえずと寝ている黒龍にかけたクラウドのジャケットがある。ジャケットにゆっくりと手を伸ばし、指先が触って一瞬どうしようかと迷いながら白虎は手に取り、両腕で抱きしめた。
(何も考えず、クラウドの中に飛び込んでいけたらどんなに幸せだろう。でも、私にそれは許されない。血にまみれた私とクラウドでは住んでいる世界が、立っている場所が違う。私は決して幸せになどなってはいけない……、幸せを感じてもいけない)
自分に言い聞かせるように心に思うが、抱きしめたクラウドのジャケットから温かさが伝わってくるようで、白虎の胸は締め付けられるように苦しくなり、前のめりにうずくまる。
(……クラウド、クラウド!)
心の中でクラウドの名前を呼びながら、白虎の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
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