第22話
車を運転して約三時間程度、白虎は自分のビルへと到着する。元々そんなに治安が良く、清潔な町というわけではなかったが、数十年来ない間に更に荒廃したように見えた。
車を降りてビルのシャッターを開けつつ、周りを見渡した白虎はなんだか空き家も増えゴーストタウンのようになったと感じる。車をビルの中に入れ、シャッターを降ろして、ついでにシャッター横にある ブレーカーのスイッチも入れた。ビル内の電気がつき、結構綺麗かと思った部屋にもやはり埃があるのがみえる。
(これは、居住スペースもかなり酷そうだ。元々荷物もそんなに無いから掃除機かければ終わりだろうけど)
助手席のドアを開けると途中から眠り始めた黒龍がまだ気持ちよさそうに寝ていた。白虎は起こそうかと思ったものの、あまりにも気持ちよさそうに寝ているので起こすのはかわいそうだと、とりあえず助手席を静かにたおす。
恐らくクラウドのものだろうと思われる、車に積まれたままのジャケットを黒龍にかけた。
(あれ? なんだか黒龍が大きくなっているような気が。気のせい?)
黒龍の身長が伸びたような気がして首を傾げたが、まさかそんな短時間で成長する事も無いだろうと車のドアをそっと閉める。黒龍を車に残して、白虎は車庫にある階段を上り、以前源武を通した居住スペースへと移動した。
源武が訪れてから数日後、BOBに正式に入ると決まった時に殆どの物は処分していて、あるのはソファのような大き目の家具と困らない程度の電化製品だけ。家具や電化製品にはビニールのシートをかけていったので、シートを外して水拭きをすれば使える状態になり、床も掃除機をかければ十分住めるようになった。
元々家具も殆どなく、窓も少なくて締め切ったコンクリートの部屋だったせいか、そうたいして汚れや埃は積もらなかったようだ。
(あとは寝床か。私はソファでいいが、黒龍のはちゃんと用意してやら無いとな……。確か上の階に簡易ベッドがあったような気がする)
白虎の所有しているビルは地下一階、地上五階建て。
一階部分はガレージとして使われていて、二階が居住スペースだったが、三階から上は殆ど使われる事なく、ガラクタ置き場となっていた。ガラクタ置き場と言っても乱雑に物が置かれているわけではなく、部屋自体には腐食しない金属で出来た箱が積み上げられている。密閉された箱の外側には中身のリストが書いてありそれを見ながら白虎は荷物を運び出した。
(そうだ、布団と着替えがいるな。確か圧縮しておいてあるはずだから大丈夫だと思うが……)
探し回って奥の方で圧縮された布団と洋服を見つけ箱を開ける。十数年経っているが、中の物はふんわりとして入れた時のいい香りがしていた。
(大丈夫みたいだな)
背中がまだ痛むので、一気に持っていくことはできそうにない。
とりあえず必要そうな物だけを一箱にまとめて、その箱だけを持って二階へと降りていった。二階に下り、ソファの近くに箱を置いて中身を出そうとしていると、下の方で何やら物音がする。階段の上の方から下を覗くと、車が揺れていた。
(黒龍、起きたのか?)
急いで階段を降り、窓から車の中を覗き込めば、扉がうまく開かなくて半べそをかいている黒龍が居る。
白虎が外からドアを開けると、黒龍は涙を一杯溜まった瞳のままにっこり笑って白虎に抱きついた。抱きついた後も詰まるような声を上げる黒龍に白虎は優しく声をかける。
「ごめん、起きた事に気が付かなかった。寂しい思いさせたか?」
「起きたら誰もいなくて閉じ込められたのかと思った」
「そうか、すまなかった、?」
黒龍の返事に普通に答えながら白虎ははっとした。
「黒龍、喋れるのか? いや、喋ってはいたがそんなにはっきりとは……」
驚き、戸惑う白虎の様子をぽかんと見ていた黒龍は手足をばたつかせながら白虎から下りて地面に足をつける。直立した黒龍を見て白虎は更に驚いた。白虎が片手で抱き上げられる位の大きさだった黒龍は、ここに到着するまでの数時間の間に身長が伸び、全体的に八歳位の子供のような体つきをしている。
「黒龍、お前、大きくなってないか?」
「うん、寝たから」
「ね、寝たからって。それだけでそこまで大きくなるものじゃないだろ」
「ん~、でも、寝たからだよ」
白虎が黒龍の言葉の意味を考えている間に、黒龍は一人で階段を上がっていく。
「こら、黒龍! 勝手に歩き回るな」
白虎は黒龍の後を追って、二階へと上っていった。先に上った黒龍は白虎の持って降りてきた箱を開け、中の物を次々に外に出していく。
散らかっていく室内の様子に黒龍を止めようとした白虎だったが、どうせ出すものだからなと、好きにさせてソファに座り眺めていた。放り出すように中身を出していた黒龍が箱の中にある一番大きい円柱形の黒い物体を取り出し、暫く眺めた後、白虎のほうを見て聞く。
「白虎~。これ何?」
「あぁ、それか。それはだな」
ソファを立ち上がった白虎は黒龍のそばへ行き、黒い物体を黒龍の手から受け取って紐を緩め、巾着の中から折りたたまれた黒い布を取り出した。それと一緒に袋の一番底の部分に入っていたポンプも取り出し、先に出した黒い布に取り付ける。
「これで準備OKだ。黒龍、このスイッチを押してみな」
「うん!」
白虎に言われて、黒龍がポンプの所にある小さな赤いスイッチを押すと、少し大きな音を立ててモーターが動き出した。モーターの音に驚いて黒龍は白虎の背中へと回り込んで隠れたが、興味はあるのか少しだけ顔を見せてモーターを見つめる。モーターがうなって暫く、黒い布は徐々に長方形に膨らみ始めた。送り込まれる空気の動きに合わせて動いていた長方形の風船が落ち着いてくると、黒龍は白虎の背中からそろりと出て、恐る恐る膨らむ布に近づき指先で布をつついた。
「ボヨンボヨンしている。ねぇ、白虎、これ何?」
首をかしげて聞いてくる黒龍に笑顔を見せて白虎も布に近づき、ふくらみ具合を確認してモーターを止める。モーターのあった部分にはコックをはめ、空気が逃げないようにしてから布の上を指差した。
「黒龍、座ってみな」
「座っても平気?」
「あぁ、もう大丈夫だ。座ってみな」
「わっ、フワフワだ! 凄い!」
「エアーベッドだ。昔使っていたやつだが、空気漏れもないし、十分使えるな」
「これ龍の?」
「そう、黒龍専用だ」
自分専用と言う言葉を聞いて、黒龍は凄く嬉しそうに笑みを浮かべエアーベッドに転がる。黒龍が楽しくベッドで遊んでいる間に白虎は散らかった箱の中身を分類し、黒龍に洋服を渡した。
「黒龍、これに着替えろ。何時までもそんなシャツのままっていうわけにも行かないからな」
「ん。分かった。これ黒龍の?」
「私の妹の服だったものだが、一度も袖を通してない新品ばかりだ」
「黒龍が着てもいいの?」
「あぁ、黒龍に着て欲しいんだ」
笑顔で白虎がいうと、黒龍も笑顔を返し、その場で着替え始める。真っ白なふわふわのセーターにジーンズ。少しだけ大きかったのか、パンツの裾やトレーナーの袖は折り上げなければならなかったが、黒龍はとても喜んでいた。
黒龍の着替えが終わると、白虎は布団を下に降ろすのを手伝ってくれるよう言い三階に行く。軽い布団を黒龍に渡して、下ろすように言えば「は~い! 」と元気な返事をして下りていった。両手で布団を抱きかかえるように歩いていく姿は、まるで布団が歩いているよう。その姿にこみ上げてくる笑いを少し抑えながら、白虎は少し考え込んだ。
(BOBを出た時のままであれば布団を運ぶなんてことは出来なかっただろう。かといって、普通の人間なら寝たからといってあんなに成長するなんてありえない。もしかすると黒龍は人間では無いのかもしれない。しかし、だとすれば黒龍は一体何だ?)
答えの出ない疑問を振り払うように頭を少し振った白虎も布団を抱えて下りる。黒龍のベッドを作り、服や必要な道具を出して、とりあえず生活できるようにした。黒龍は色々な物が珍しいのか、白虎についてまわりながら、あれは何?これは何?と質問攻めにしたかと思うと、箱の中に入ってみたり、机の下にもぐりこんでみたりと、とにかく騒がしく動き回る。そんな黒龍を邪魔者扱いせずに居れば、いつの間にか日が暮れていた。
「いつの間にか日が暮れたな。大体はこんなもんで良いか。お腹もすいたし、黒龍、夕食にするか?」
「なに食べるの?」
「缶詰」
白虎は机の上にBOBから持ってきた缶詰と、ビルに残していた非常用の缶詰を次から次へと並べる。
「さ、どれ食べても良いぞ。よりどりみどりだ」
黒龍は机に並べられた缶詰のうち、ビルに残していた非常用の缶詰を一つ手に取ってフッと息を吹きかけた。見た目だけでも十分古そうな缶詰に息がかかれば辺りに蓄積された埃が舞う。
「白虎~、龍なんかこれ食べるの嫌~」
「大丈夫だって。缶詰だから外は埃まみれでも、中身はちゃんと食べられるから」
白虎が言うと、黒龍が見た目が綺麗な缶詰と見た目が最悪な缶詰を見比べ眉間にシワを寄せて、両手に持っていたそれぞれの缶詰を白虎に向かって突き出す。
「何? 大丈夫だって言っているだろ?」
「こっちのと、こっちのとで、書いてある文字が全然違う」
「あ? 文字だって? どれ」
白虎は黒龍から缶詰を受け取ってみてみると、そこに書いてあるのは消費期限だった。BOBから持ってきた缶詰には消費期限にあと数年の猶予があるが、ビルにおいてあった物は数年前に消費期限が切れている。
(何処でこんなことを学習しているんだ? 教えた覚えは無いぞ……)
「ねぇ、この文字って何?」
「あ~それは、ま、注意事項だよ。食べるにはあまり関係ない。うん、関係ない」
白虎がごまかすようにそういえば、黒龍は机の上に缶詰を並べ始めた。何をしているんだと不思議に思って見ていれば、机に二つの山が出来上がる。
「おわった~。えっとぉ~、こっちは龍ので、そっちが白虎の」
二つの山の自分の手前にあるほうを黒龍の物と良い、白虎の前にあるものを白虎の物だと言った黒龍。分けられた二つの山を見比べてみれば、黒龍のだといったほうは明らかにBOBから持ってきた新しい缶詰で、白虎のと言われたのはビルに置いてあった古い缶詰だった。
「……黒龍、お前」
「龍はこっちがいいもん。そっちは特別に白虎にあげる~」
「黒龍、好き嫌いする子は悪い子なんだぞ」
偉そうに言う黒龍に白虎はそう言いながら抱きついてわき腹等をくすぐる。キャァキャァと騒ぎながら転げまわる黒龍。
「黒龍、食べるか? ごめんなさいは? 言わないとずっとくすぐるぞ」
「ごめ、なさい! 食べます!」
「よっし!」
笑いながら謝る黒龍を解放して、缶詰を何個か開けた二人は食事を終え、二人は体を休める前にシャワーに入る。白虎は服を脱いだ黒龍の長い黒髪を上の方に一つに束ね、お風呂場へと入れた。シャワーを出せば、水が飛び出てくるのが面白いのか黒龍は楽しそうに騒ぎ始める。
(全く、何でも楽しいんだな)
黒龍の様子を横目で見つめながら、石鹸を泡立て黒龍の体を洗い出せば、白虎は黒龍の背中にある痣を見つけた。痣は肩甲骨の辺りに二箇所、背骨を境にして対称的にひし形のような形の黒い痣。痣を指でなぞりながら黒龍に聞く。
「黒龍、ここに怪我か何かしたことがあるのか?」
笑うのを止めた黒龍は少し俯き加減で、首を横に振った。
「怪我してないよ。それは印なの」
「印? 印って、何のだ?」
「印は、印だよ」
「聞かれたくないことなのか? まぁ、いいさ。言いたくない事は言わなくていい」
「ごめんなさい……」
うつむいたまま、黒龍が謝るので、白虎はその場にしゃがみ黒龍を抱きしめる。やり取りの中で白虎は黒龍が何かを知っていて、それはきっと黒龍の急成長やその他の物事にも関係しているのだろうと読み取った。
「謝らなくて良い、言えない事もある。でも、話したくなったら話してくれるな?」
優しく耳元で言われ、黒龍はこくりと頷き、白虎はゆっくり黒龍から放れて、肩に手を置いて黒龍の顔を見つめる。黒龍の黒と金の瞳が白虎の赤い瞳を見つめ、白虎がにっこり笑うと、黒龍も笑顔になった。
黒龍の体の泡を流し、バスタオルで体をふくと黒龍に服を着るように言って風呂場の外に出す。着替えた黒龍はそのまま風呂場を出て、居間へと走っていった。壁にある金具にシャワーヘッドの部分を引っ掛けて白虎は頭からシャワーを浴びる。瞳を閉じ、滴り落ちる湯の流れを肌で感じながら白虎は考え込んでいた。
(黒龍の印。印ってなんだ? 黒龍の成長に関係あるのか? それにあの痣は……)
白虎の長い銀髪が濡れて、体の滑らかなラインに沿うようにまとわりつく。透き通るような白い肌をした白虎の体は、程よい筋肉が付いて引き締まっていたが、女性らしい丸い曲線をえがいていた。シャワーから出てくる湯と、まとわりついた銀髪が白虎の体をキラキラと輝かせているかのよう。
「うわぁ、白虎、綺麗」
不意に背後から声をかけられ、白虎は手で顔にかかっているお湯をある程度ぬぐって後ろを見た。少しだけ開いたドアの向こう側にはこちらを覗いている黒龍が見える。
「黒龍? どうかしたのか」
「ううん、なんでもない!」
白虎が声をかけると黒龍は少し頬を赤くして、照れるようにその場を走り去ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。