第21話
走り去っていく自分の車を廊下の一番奥から眺めていたクラウドは小さなため息をつく。
「やだ! やっと見つけた! ちょっとぉクラウド、こんな所でなにやっているのよ」
沈み込んでいるクラウドにクラウドを探し回っていたナスカが話しかけたが、クラウドはちらりとナスカの方を見て右手で頭をかいた。
「あぁ、ナスカか」
「ナスカか、じゃないわよ! 一体あたしがどれだけ探したと思っているの?」
「あぁ、そう。そりゃすまなかった」
気の抜けた返事をしてくるクラウドの様子をわかっているのかいないのか、ナスカは激しくまくし立てる。
「あのね~、チームリーダーが会議を途中で行き成り退席して、挙句の果てに帰ってこないでこんな所で物思いにふけっているなんて。リーダーとしての自覚がちゃんとあるの? ただでさえ、白虎が居なくなって白虎のチームメンバーがなだれ込んで、その編成で大変だって言うのに、こんな所でため息ついているなんて。いっつも私が代わりに会議をまとめることになるのよ……、って、ちょっとぉ~聞いているの?」
「……あぁ、聞こえているよ」
「聞こえているって、聞いてはいないのね……」
ナスカはぼんやりとして話を聞こうとしないクラウドの腕を羽交い絞めにし、引きずりながら近くの第一会議室へと連れ込んだ。急に引きずられて誰も居ない会議室に連れ込まれ、しかも目の前で会議室の扉の鍵がかけられてクラウドはやっと覚醒する。
「おい、ナスカなんだよ?」
「いいから! そこに座りなさい!」
ナスカに一喝されて、おたおたしていたクラウドは言われるまま会議室の椅子に腰掛けた。クラウドの隣に腰を下ろしたナスカに身の危険を多少感じたクラウドはいつでも逃げられる体制をとりながら聞く。
「な、なぁ、鍵までかけてなんだよ」
「あら、決まっているじゃない。鍵をかければ外からは誰も入ってこないでしょ?」
「おい、俺はそういう趣味はないぞ、きわめて正当なノーマルだ」
「バッカねぇ~、こんな椅子と机しかないムードの無い所でなんて私だってごめんよ」
「え、そうなのか?」
「もう、失礼しちゃうわね」
ナスカはあからさまに拒否の姿勢をとり、違うと分かったとたん安心したクラウドに少しむっとしながら言った。ナスカが気分を害していることに気づかないクラウドはナスカの目的が自分の体でないと分かり少々安心して座りなおす。
「じゃ、何の用だ? わざわざ個室で説教か?」
つまらなそうに言うクラウドに、ナスカはまだ少し機嫌が悪かったが、腕組みをしてクラウドの方を向くとモデルのように足を組んで言った。
「そうね、それもいいわね。クラウドったら今日一日、リーダーとして何もしてないんですもの。でも、違うわよ」
「え、別の話か?」
「クラウドがリーダーの仕事をしないのは今日に始まった事じゃないし、今更言ったってしょうがないでしょ。治らないもの」
「へぇ、俺ってそう思われていたのか。ショックなような良かったような。じゃぁ、何だよ」
何が言いたいのかわからないといった感じの表情を浮かべるクラウドの顔の前に、ナスカは右手の人差し指をクラウドの鼻に突き刺すように差し出す。
「あんた、何かしたんでしょ?」
ナスカの鋭い指摘に思わず身体を揺らしたクラウドだったが、そ知らぬ顔を作り上げた。
「な、何の話だ?」
「ごまかしても駄目よ。クラウドがさっき見ていた先に居たのは白虎でしょ? それを見ながらため息ついていたってことはクラウド、白虎に何かしたわね?」
「べ、別に。見送ってきただけだ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃねぇよ」
クラウドの言い分にナスカはため息混じりに頭を横に振って左手で机を叩いた。その音に少し驚いたクラウドだったが、ナスカから顔を背けながら知らん顔をする。
「あのね、クラウド。女の勘を馬鹿にしないでよ」
「おいおい、女って……。ナスカは男だろ?」
「失礼ね、確かに体は男かもしれないけど、心は女よ、乙女なのよ! って、そこじゃないでしょ。何年私が白虎とクラウドを見てきたと思っているの? どんなに隠したって、私には分かるのよ。何かあったんでしょ? 白虎との間で」
少し優しい口調で問いかけてくるナスカにちらりと視線を向けて、話そうか話すまいか暫く考えていたクラウドだったがゆっくりと口を開いた。
「あ~、なんていうんだ。俺もまずかったとは思っているんだ。気持ちを押さえようと思えば出来たとは思うんだけど」
「え? 何! 押し倒したの?」
「あのな、幾らなんでも俺も流石にそこまではしないだろ。そっち方面に持っていくなよ」
「な~んだ、とうとうやっちゃったのかと思ったわ。じゃ、何したのよ?」
「キスした」
「それだけ?」
「あぁ、ただ……」
「ただ?」
「ま~無理やりっぽかったかな。見送りに行った時に少し話をしてさ。こう、何ていうか白虎の顔を見ていたら我慢できなくなって」
「あ~あ、そりゃダメよ。ムードのカケラも無いもの。最低だわ」
クラウドはナスカの言葉に、一気にがっくりと肩を落として大きなため息をつく。自分でも駄目だったと思っていたのにそれを他の人から指摘されると余計に気が滅入った。
「やっぱりか。白虎がさ~、うつむいちゃって顔を見せてくれなかったんだよな……。俺、絶対嫌われたよな」
落ち込みながら、ぼそっと呟くクラウドを見て、ナスカは大きく笑い、その声を聞いてクラウドが睨みながら言う。
「人が落ち込んでいるって言うのに何がおかしいんだよ」
「あ! ごめんなさぁい。あまりに面白かったからつい。クラウド、貴方って本当に馬鹿ね~。白虎は貴方の事嫌ってなんかいないわよ」
「え? 本当か?」
「クラウド、あなただって知っているでしょ? 白虎は未だに自分を責めているのよ。親殺しという十字架をまだ背負っている」
「それは知っているが、それが?」
「もう、鈍い男ね! つまり、白虎は自分は幸せになってはいけない、人に何かを求めてはいけない、より死に近い場所で自分は罰を受けなければならないそういう思いをずっと抱えているのよ。今まで白虎はそうやって生きてきて、今もそうして生きている。白虎だって分かっているわよ、クラウドの気持ちぐらいね。でも白虎はクラウドに愛を与えられない自分が居る事に気付いているんだわ。白虎にとって、クラウドは多分初めてだから、戸惑ったのよ。クラウドの真っ直ぐな愛にね」
ナスカの愛という言葉に、クラウドはなんだか自分のしたことが恥ずかしくなり、どんどん顔が紅潮していく。それと同時に白虎の気持ちを分かってやる事が出来てなかった自分に自己嫌悪もしていた。
「ま、クラウドの気持ちも分かるわよ。何年も沸々したものを押さえてきたんだから。でもね~、時期尚早だったかもね。白虎の気持ちを考えたら」
「そうだよな。俺は、誰にも頼らず何もかもを自分ひとりで背負い込んでいる白虎の荷物を俺がもってやれれば、そう思ったんだ。思っているうちに白虎の全てが愛おしくなった。白虎に何かをして欲しいわけじゃない、隣に居てくれるだけでいいんだけどな」
「じゃぁ、待っていてあげる事ね。クラウドのストレートな気持ちは唇を通して白虎にダイレクトに伝わったんだから、後、答えを出すのは白虎よ。どんな答えでも受け止めてあげられるんでしょ?」
「あぁ、白虎のやりたいようにすればいいって、ずっとそう思っているからな」
クラウドは満面の笑みを浮かべてナスカを見た。ナスカはその笑みにつられるように微笑み、椅子から立ち上がって扉の方へ歩きドアノブを持って呟く。
「はぁ~、面と向かって振られちゃったわね」
「ナスカ……。っていうか俺はノーマルだから」
「あら、あたしにとってそんな事は些細なことよ。でも、ま、相手が白虎なら許してあげる」
鍵を開けドアノブを回し、クラウドの方を振り向きウィンクをして言うナスカにクラウドは乾いた笑いで答える、二人は部屋を後にした。
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