第20話
「春日、お前こんな所で何をやっている?」
「あ! 白虎だ。所長室に行く所? それとも終わって帰る所?」
「終わって帰る所だ」
「ねぇ、何だった? 叱られたの?」
「お前なぁ、私が叱られるのを楽しみにしているみたいに聞こえるぞ。それに、私の方が先に質問しているだろ?」
「だって俺達、白虎の指示が無い限り待機なんだぜ。自室に居てもつまんないからジュース飲みに来たんだ。白虎、休暇とるんだろ? また俺達置き去りされるんだろ」
「ふぅ、なるほど。休暇は本当だ。悪かったな」
白虎は休憩室のソファに腰をおろし、普段なら利用しない背もたれに体を預けて何度も深呼吸をする。そんな白虎の姿を壁から眺めていた春日は珍しいものを見る目つきで白虎に近づいて隣に座った。
「なぁなぁ、やっぱり白虎でも辛いのか?」
「なんだか、お前らって私のことを人間扱いしないのな。私だって生身の人間、無敵のロボットじゃないぞ」
「な~に言っているんだよ、白虎は無敵じゃん!」
歯を見せ笑う春日に「全く」と呟きながら白虎は口の端に微笑を浮かべる。ジュースを全て喉に流し込んでから思い出したように、テーブルに缶をおくと春日が喋りだす。
「そうそう、クラウドと清風から伝言」
「なんだ?」
「休暇中は必ず携帯を携帯しろって。白虎はBOB出ちゃうと連絡取れなくなっちゃうからさ~。特に清風がどんな時でも連絡取れるようにしといて欲しいって言っていたよ」
「面倒だな……」
「しょうがないよ。清風は今、あの変な薬の解析しているんだから。変な変異体の体験者からのチョットした情報でも欲しい時があるんじゃない? 俺、ちゃんと伝えたからね」
「OK、わかった。春日、伝言ついでに悪いが」
「戦闘要員は独自の判断でチームに加われ……、だろ?」
「へぇ、良く分かったな」
「白虎がいない時っていつもこうじゃん。それに、これ位分からないとね。スタンドプレイが得意なチーム白虎の一員なら先読みぐらい出来ないと駄目だ。ってあのマッチョに怒鳴られるし」
「石亀も言うようになったな。じゃ、頼んだぞ」
「は~い。伝書鳩行って来まぁ~す」
春日は立ち上がり様に缶をゴミ箱に向かって投げ捨てると、手を振りながら歩いていった。チームの中でも若く、まだまだだと思っていた春日が以外にも逞しくなっていて白虎は少し嬉しい気分でソファを離れ、自室へと歩いて行く。壁を伝うように帰ってきてみると、部屋の中からバサバサと音がしている。
(なんだ? 黒龍が何かやっているのか)
鍵を開けると体にシーツをぐるぐる巻きにして、暴れる黒龍がいた。扉をバタンと閉めると、その音に驚いたのかシーツの塊がぴたりと止まる。巻きついたシーツが視界を遮断していて見えなくなっているようだった。白虎は扉近くのベッドの空いた部分に腰掛けると塊に向かって話しかける。
「一体、何をしているんだ。ミノムシごっこか?」
白虎が話していると、塊がゴソゴソと動き出した。
「なんだ? 出たいのか、それともそのままぐるぐる巻きでいたいのか、どっちだ? 唸るだけじゃ分からないだろう? やって欲しい事があるなら言葉にしないと」
白虎が塊を覗き込むと、小さな隙間から黒龍の金色の右目が覗いて、パチクリと大きな瞳がまばたきしながらコチラを見つめていた。白虎はため息をつきながらもにっこり微笑み、シーツの端を引っ張る。すると、塊が回りながら解けていき、シーツからはキャーと少し楽しげな黒龍の声が聞こえた。シーツを全部解き終わると、ベッドの上にコロンと黒龍が飛び出す。
「何していたんだ?」
「ん~なに?」
後ろでベッドにでんぐり返しをして楽しげに笑っている黒龍に白虎が聞けば、黒龍は白虎の後ろから脇の部分に顔をだして白虎を見上げた。にこにこと笑顔を浮かべる黒龍のその瞳にしっかりとした光りが出てきたことに白虎は気付く。明らかに部屋から出て行く前と、帰ってきた後では黒龍の様子が違い、瞳の光りだけではなく表情まで豊かになっていた。
(成長しているのか? こんな短時間で?)
年齢の割に知能が低いのは確かだろうが、経った数時間でこんなに様子が変わるとは一体どうなっているんだろう。白虎はそう不思議に思いながら、黒龍に話しかける。
「黒龍、何していたんだ?」
「りゅうね、これかぶったら、つんって、ころんだ。そしたらごろごろって」
「そうか、あんまり危ない事するな、怪我したら痛いぞ」
「うん。りゅう、けがしない」
白虎が黒龍の頭を撫でてやると、嬉しそうに白虎に体を預けてきた。猫が匂いをつけるように体を擦り付けながら、気持ちよさそうに瞳を閉じた黒龍の姿に白虎は(まるで猫だ。しかし、会話ができるということは本当に成長しているって事か。どういうことだ? )
と考え込んだ。すると黒龍は少し顔を上げ、白虎の瞳をじっと見つめて言う。
「りゅう、ふつうとちがう」
「普通と違う? どういうことだ」
白虎の考えを読んだかのように呟いた黒龍に、白虎はもう一度聞きなおしたがそれ以上何も言わず、白虎に体を寄せて甘えていた。もう一度聞こうかと思ったが、これから暫くは一緒にいるのだから急いて聞くこともないだろうと言葉を飲み込む。
「黒龍、今日はこれから出かけるぞ」
「でかける? りゅうは?」
「もちろん一緒だ。用意をするから暫くベッドで遊んでいるといい」
白虎はベッドを立つと黒龍の頭を撫でて鞄を出し、あまり無いが身の回りの物と所長に貰った書類も入れ、黒龍の様子を見ながらBOBを出る準備をする。準備と言っても本当に荷物は少なく、あっと言う間に終わった。白虎は鞄を手にもち、ベッドで転がって遊んでいる黒龍に「行くぞ」と声をかける。黒龍は飛び出すようにベッドから降り、白虎の鞄を持っていない方の手を握った。
ぺたぺたと大きいスリッパを音を立てて歩く黒龍に、BOBの連中が珍しい物を見るかのように興味の目を向けてくる。その視線が嫌なのか黒龍は、少し小さくなって、白虎の手を握ったまま足に纏わりついてきた。
「黒龍、あんまり足に引っ付くと、歩きにくい。黒龍を蹴っ飛ばすかもしれないぞ?」
白虎が立ち止まって言うと、その瞬間は放れるだが、暫くすればまた足に纏わりつく。興味の目というものは見ている方はほんの少し見ているに過ぎないかもしれないが見られている本人にとっては嫌悪や恐怖を与える。そのことを白虎は誰よりも身をもって知っていた。黒龍が怯えるのも確かだと白虎は鞄を床に置き、黒龍を持ち上げ左腕に乗せるように座らせて腕を首に回すように黒龍に言う。
「痛ぅ!」
黒龍を抱えた瞬間、背中に痛みが走り白虎は顔をゆがませた。痛み止めで痛みが和らいでいるとはいえ、やはり怪我が治っているわけではないから衝撃には弱い。すると、黒龍が首に回した腕をほどいて、白虎の左腕から降りようと白虎の体を下がっていく。
「黒龍? どうした?」
「りゅう、へいき。あるく……。びゃっこ、いたい。りゅう、へいき」
(私をいたわっているのか?)
黒龍は下に降りると白虎の手を握った。その手は少し震えている。自分の体を労わって降りのはいいが、やはり今の黒龍にとって興味の視線はとても怖いもののようで、白虎は少しでもその不安を和らげようと震える小さな手を握り返して、足に引っ付いてくることも何も言わずに歩いた。
BOBの入り口まで来ると、そこにはクラウドが待っていて白虎は驚いて首をかしげる。
「クラウド、何をしているんだ?」
「何しているって、全く。お前の所の春日達がチームクラウドになだれ込んで来たぞ」
「あはは! 結局クラウドの所に行ったんだな、あいつ等」
「笑い事か? まぁ、いつもの事だから良いけどな。春日が多分白虎は今日出るだろうって言っていたからな。待っていたんだ」
クラウドが近づくと強く握られていた黒龍の手が緩み、白虎が不思議に思って黒龍を見ると、黒龍はにこやかに笑い今まで怯えていたのが嘘のようだった。そして白虎の手を握っていない左手でクラウドのズボンの裾を握っていた。
「くらうど、ともだち~。りゅうもまっていた?」
黒龍がクラウドに怯えることなく話したので、白虎とクラウド、二人ともが驚く。
「黒龍か? 本当にあの?」
「あぁ、どうやら成長しているようだ。初めて会った時が赤ん坊だとすると、今は二、三歳程度だろうな」
「この短時間にか……。驚きだな」
「あぁ、私も驚きっぱなしで、クラウドに怯えないってことにも今驚いている」
白虎の言葉にクラウドは、膝を少し折り曲げてかがんだ。目の前に黒龍が居て手を握り、黒龍の頭を撫でながら優しい笑顔で話しかける。
「黒龍も待っていたぞ。黒龍は白虎とお出かけだからな、お見送りにきたんだ」
「おみおくり?」
「気をつけてってここでバイバイするんだ。黒龍は白虎と一緒に居る間、ちゃんと良い子にできるかな?」
「ん~、いいこじゃない。りゅうはわるいこ」
「ん? どうしてだ」
「りゅう、びゃっこをいたくした」
クラウドは顔をあげ白虎を見た。白虎は首を小さく横に振り、それを見てクラウドはすぐに黒龍の方を向く。
「黒龍、大丈夫だ。白虎は痛くないって言っているぞ」
「ほんと?」
「あぁ、黒龍は白虎を痛くしていない。悪い子なんかじゃないよ」
「よかった! ねぇ、くらうどは、いいこ?」
「俺か? 俺は、そうだな黒龍はどう思う?」
「りゅうはね、ん~と……、りゅうは、くらうどがすき」
「ん、そうか、嬉しいよ。ありがとう」
クラウドの言葉に黒龍は少し恥かしそうに笑みを浮かべて白虎の足の影に隠れた。そんな黒龍に微笑を向けクラウドは立ち上がって、少しだけ厳しい表情になり白虎に声をかける。
「慣れたというよりは確かに、成長しているな。この短時間にこれだけの成長か。怖さすら感じるな」
「……で、クラウド何のようだ?」
クラウドが怖さを口に出した瞬間、白虎の顔色が変わり、余り触れられたくないといった感じで白虎は自ら話を切った。白虎の様子をすばやく感じ取り、黒龍の話題をやめ、白虎に鍵を渡す。
「これは?」
「お前歩いて帰るつもりか? 最近の変異体騒ぎでバスや電車は使えなくなっているって知らないのか?」
「そうなのか。必要の無い情報だったからあまり見てなかったな」
「そうだろうと思ったよ。お前の持ち家がある場所はバイス地区じゃないだろ? 俺の車だ、使え」
「いいのか?」
「どうせ俺は暫く休暇無いだろうからな。かまない」
「ありがとう」
白虎が視線を下に向け少し照れくさく言うと、クラウドは白虎の横に来て肩に手を置き、耳元でそっと呟く。
「話したくない内容なのかもしれないが、そう露骨に嫌な顔をするな。俺はお前が心配なだけだ。お前のやることに文句は言わないよ。分かっているだろ?」
クラウドの呟きは白虎の耳にやさしく響き小さく頷いて返事をした。
何かまだ言われるかと思っていたがクラウドは暫く黙っていて、どうしたのだろうと白虎は視線をクラウドに向ける。自分を見つめてくるクラウドの様子に首をかしげた白虎。その時、クラウドは手を白虎の頬に当て、親指で唇に触れると、そのまま唇を重ねた。
両手がふさがった状態の上に、優しいけれども強く口付けられるクラウドの唇から逃れる事ができない。されるがままの状況に、白虎の鼓動は早くなっていった。
まるでこの周りだけ時間が止まったような感覚に、白虎はわけのわからなくなってくる。
どうしてクラウドが突然こんな事をしてきたのかも分からず、こういう経験は全く無い白虎はどう返していいのかもわからない。心臓が、今までの緊張してきた現場以上にドキドキと激しく波打つ。
瞳を閉じていると頬にクラウドの息遣いが伝わって、徐々にその激しさを増す口付けに白虎はただ、成す術が思い浮かばず身を預けた。
(……嫌ではない。でも、私は)
このまま全てをクラウドに捧げてしまってもいいと思うほど心地のよい感覚が白虎に広がっていく。
しかし、白虎はそれを素直には受け入れられずにいた。求められる事に応えることは出来るかもしれないが、自分から求め甘える事が出来ないのだ。何度と無く、離れかけた唇が再び白虎に戻ってきては強く白虎を求める。クラウドの気持ちの全てが注がれるように激しく。
白虎の鼓動はクラウドの唇が重なるほどに早く、そして、体が熱く燃える。重ねられたクラウドの温かい唇が白虎の唇から静かに、名残を惜しむようにゆっくりと離れた。クラウドは白虎の頬を優しく撫でて、白虎の瞳を見つめて静かに囁く。
「ごめん、急に……」
「いや、別に」
白虎はクラウドの、もの恋しく見つめてくる瞳に気恥ずかしく思わず視線を逸らした。自分の体中の血が沸騰しているのかと思うほど、熱くなっていくのを感じ、白虎は顔が赤くなっていないかと心配になって顔を下へ向け、それと同時にクラウドの手が白虎の頬から離れる。
クラウドのあたたかさが白虎から無くなり、白虎は思わずそのあたたかさにすがりそうになったがグッと我慢した。下に向けた白虎の視線に、黒龍の瞳がうつる。
何か言いたげな黒龍の瞳からも白虎は視線をそらした。湧き上がってくる自分の妙な感情にどうしたらいいかも分からないのに、外的な何かに答えられるはずも無く、白虎は二人の視線から逃げたのだ。
だが、下を向く白虎の態度はクラウドから見ると、白虎が自分を拒否しているかのように見え、どう言葉をかけたものかと悩ませる。暫く沈黙が空間を支配したが、白虎が下を向いたまま体の向きを変えた。
「じゃぁ、車、借りていく……」
白虎は恥ずかしさと、嬉しさが入り混じる温かい感情と、それを受け入れてはいけないという気持ちが混ざり合い、その言葉を発するのが精一杯。
クラウドを受け入れたわけではなかったが、拒絶したつもりもなく、今の白虎は自分の感情を出来る限り表に出さないようにするので必死だった。
一方、クラウドは思わずやってしまった自分の行動に白虎が呆れ、拒否しているのだと思い込み、うつむきながら歩き出した白虎の肩を掴もうと手を伸ばす。しかし、指先が肩に触れる直前で躊躇し、肩に触れることなく手を引っ込めた。
「気をつけていけよ」
かけた言葉に白虎は立ち止まる事も、振り返る事もせず歩いていくのを見て、クラウドは肩を落としながらその場を後にする。白虎がBOBを出ようとした時、白虎の手を黒龍が引っ張った。
「どうした?」
「びゃっこ、わるいこ……。くらうど、かなしい。かわいそう」
思わぬことを言われ立ち止まり黒龍を見ると、黒龍は見上げながらまっすぐ黒と金色の澄んだ瞳で白虎を見ている。
振り返ってBOBの施設内を見てみれば入り口から続く廊下の一番奥にこちらをじっと眺めているような人影が見えた。逆光で黒い影しか見えないのに白虎にはそれがたたずむクラウドだとすぐ分かり、そんな自分の気持ちに戸惑いを感じながら体を元に戻す。
「びゃっこ、くらうどにごめんなさい、いわないの?」
「いいんだ……、今顔を合わせない方がいい」
黒龍への返事はまるで自分に言い聞かせるかのようで、ぐっと黒龍の手を握った白虎はもう振り返ることなくクラウドの車に乗り込んだ。
車の中にあるクラウドの香りに胸が締め付けられるような、クラウドの温かさが恋しいような気分になったが、それを自分の中に無理やり押し込めて、車のエンジンをかける。
「どこいくの?」
「私の家だ。帰ったら掃除しないとな。何十年ぶりだからな、帰るのは」
黒龍に答えると、白虎は自分の持ちビルへと車を走らせた。
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