第17話
ばたばたと誰かが走り回る煩い音に白虎は目を覚ます。
「白虎!」
薄く開けた白虎の目にクラウドの顔が飛び込んできた。白虎が答えると、クラウドは力が抜けたようにベッドの脇の椅子に座り込む。ぐるりと見回してクラウドに首をかしげながら聞いた。
「ここは、医務室か?」
「あぁ、そうだよ。現場で意識を失って、隊員がBOBに運び込んだんだ」
「現場! そうだ!」
現場と聞いてベッドから勢い良く起き上がろうとした白虎。しかし、頭から背中にかけて電気が走るような痛さを感じ、再びベッドへと倒れこむ。
「無理するな。かなりのダメージがある。ま、医者曰くお前の回復力だと二日もジッとしてれば大丈夫だって事だけどな」
呆れ半分にクラウドが言い、椅子から立ち上がって医務室の扉を開け人を呼んだ。クラウドが振り返ればその後ろから亀石と清風が顔をだす。
「白虎、無事でよかった」
「すまない。心配をかけたな」
「一応、報告する。とりあえず、H.D変異体は沈黙した。結晶にはなっていなかった。全て焼かれて煤となっていた。今までにない事例だから指示はなかったが煤の一部を持ち帰って研究員に渡しておいた」
亀石がそういうと、清風が会話に割ってはいる。
「そこからは僕が説明しましょう。持って帰ってきた煤を詳しく調べました。とはいえ既に煤の状態ですから、調べられる内容って言うものもしれているのですが、おかしいのは、基本構造がまったく違うものになっていたということでしょうね」
「全く違う? どういうことだ?」
「はい、構造そのものが違うのです。今までのH.D変異体と今回のH.D変異体では全然、体の組織の構成が違う。つまり、元々の変異体が進化したというよりは、突然変異のような感じ、もしくは変異体の摂取した物がH.Dではない別の薬という可能性があるという感じでしょうか」
「私が窓を割って入った時、粉々になった肉片がまるで個々で単純な知性があるかの様に、まだ動いている変異体に集まり、その変異体と同化、変異体自身を変化させていっているように見えた」
「そうですか。では、今回の白虎の判断は正しいかったかもしれないですね。細胞がそれぞれ個々の意識を持っていると考えた場合、全てを死滅させるには、現状の武器では燃やし尽くすしか方法はないでしょうから」
「俺が出動した時といい、今回の白虎の時といい、一体どうなっているんだ。しかも、俺の時の融合した変異体はクラスデータが無かった」
「どうしてあの変異体が現れたのかと言う所は至急調べるつもりで居ますが、クラスデータが取れなかったのはおそらく先ほど言った通り変異体が進化したわけではなかったからでしょうね」
「状況も何もかもが初めての経験で、あんなに取り乱したのはBOBに入った時以来だ。本当に白虎が居なかったらどうなっていたか」
出てくる状況全てが今まで経験したことの無いものばかりで部屋の中が静まり返った時、医務室の扉をノックする音が聞こえた。一番近くにいた清風が扉を開けば所長が入ってくる。
「次から次へと負傷者揃いだな」
所長の言葉に白虎は体を起こして頭を下げた。
「すみません。もう少しやり方があったのかもしれませんが」
「あぁ、すまん白虎。別に責めているわけではないから謝らなくても良い。白虎の場合もクラウドの場合も予想を超える現場だったからな。頭を抱える問題だけに言い方が悪かったな。こちらこそすまない、生きているだけでも儲け物だ。他のBOBでは負傷者より死者の数の方が多い」
「そうですか」
「残念だが、この仕事をしている限りこういうことが無いとは言えんからな。さて、それはそうと今後の対策だが、現在の所これと言った対策は無い」
「はっきり、言いますね。所長」
「事実だからな。そう言う清風も調べては見たもののと言ったところだろうが」
「はい、まぁ、その通りです」
「そこで、開発部では新タイプの変異体に対処するための武器の開発、研究を全BOBをあげて行う事になった。人が多い場所で全てを今回のように焼き払うわけにはいかん。新しい変異体の特性を見極め、それを破壊できる武器が必要だ、武器を作る為の変異体の情報は乏しいが、やらねばならん」
「ま、そうなるでしょうね。了解です。開発部全員で頑張ってみます」
清風はため息に似た意気込みのような息遣いをして医務室を去り石亀もその後を追う。二人が出て行き、扉が閉まってからクラウドに支えられた状態で白虎が所長に顔を向けた。
「現在ダウンタウンで出回っているH.Dは都度BOBでは管理し、研究されているはずです。しかし、今回発生したものがどの研究にも当てはまらないのであれば、清風の言うように新しい別のH.Dということで、もしかすると我々が知っているのとは別のルートがあるのではないでしょうか?」
「ふむ、そうかもしれんし、違うかもしれん。今の状況でどうであると決めることは出来んな」
「所長にお願いがあります。私に一週間の休暇をください」
「どうするつもりだ?」
「調べてみたい事があるんです」
「この忙しい時期に……、と言いたい所だが、どちらにしても白虎は暫く任務につくのは無理だろうからな許可しよう。ただし、こちらの状況もある一週間だけだぞ」
「はい、ありがとうございます」
所長に礼を言って、ふと、白虎は思い出して押し黙る。
「あの所長、今回の任務で私は一人の少女を助けたはずなのですが、彼女は?」
白虎が少女について尋ねると、所長とクラウドが見合い、少し考え込んだように互いにどうしたものかという視線を交わして暫く黙り、何かあったのかと不思議がる白虎に、意を決したようにクラウドが口を開いた。
「彼女は拘束室に入っている」
拘束室とは、窓も机も布団すら無い狭い部屋で、唯一の出入り口は分厚い鉄板の扉だけ。変異体への移行の可能性のある者を閉じ込めておく地下施設だった。拘束室と聞いた白虎は眉間に皺を寄せて所長に聞く。
「あの子は感染率0%、人格破壊無しのはずでしょう。何故拘束室なんかに」
「確かに検査では感染率は0%ではあったが、発見場所があの場所で、更にあの風貌。そして、コチラの問いかけには答えず、何処を見ているのか、何を考えているのか分からん。確保した場所が場所なだけに何があるか分からない今の状況では隔離しておくしか方法はない」
白虎は暫く自分のベッドの皺を眺めていたが、クラウドの手を振り払って痛みをこらえベッドから立ち上がり、倒れそうになりながら壁伝いに医務室から出ようとした。
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