第16話
白虎は朱雀や源武との思い出が詰まっているペンダントを閉じる。
あれ以降、H.D変異体が増加することはなく、一定量の増加で留まって現在に至る。BOBの組織も大きくなり、変異体が少なかった頃と同じようなローテーションで休暇が取れるようになっていた。
「あれから何年経ったのか。源武は無事なのだろうか」
白虎が自室で寝転がって呟いた所にノックの音が聞こえ、起き上がり扉を開ける。そこには石亀が居た。
「どうした?」
「今、チームクラウドが帰ってきたんだが、どうやらクラウドが負傷したらしい」
「クラウドが? 状況は?」
「クラウドは今、処置室へ運ばれている。さっき端末からデータ転送してきた。白虎のモバイルを出してくれ転送する」
「あぁ、わかった」
腰部分につけているベルトポーチからBOBモバイルを取り出すと赤外線でデータを転送してもらう。転送が終わると、白虎はすぐに自室をでて歩き出し石亀が続いた。
「石亀、お前は状況をチーム全員に報告しろ。その後は各自室にて待機。私は処置室へ行く」
「了解」
白虎はとりあえずモバイルを腰に収納し、早足でクラウドが運ばれた処置室へと向かう。処置室に付くと、ノックをすることなくおもむろにドアを開き入っていった。突然の入室者にBOB常駐医療部の医師と看護師は驚きながら言う。
「白虎さん。困ります! 突然入られては!」
「私はかまわない。クラウドは何処だ?」
「まったく。貴女はいつも自分都合なんですから。今、精密検査中です」
「そうか、では少し待たせてもらう」
白虎はドア近くにある丸椅子に座り、腰にあるモバイルを取り出した。先ほど転送されたデータを開こうとすると看護師が白虎の目の前で仁王立ちする。
「白虎さん! モバイルを使われるのでしたら、廊下でお待ちください! クラウドさんの検査が終わったらお呼びしますから」
「気にする必要は無い。このデータを見るだけだ」
「貴女が気にしなくてもこちらが気にするんです! ここには精密機械が沢山あるんですから。ほら! サッサと出て行ってください! 出て行かないと出入り禁止しますよ。誰よりも一番世話になっているでしょう!」
看護師に腕を掴まれ、扉の外へと放り出された白虎はやれやれと扉の前の壁にもたれかかって、モバイルのデータを開いた。モバイルの画面には出動したチームクラウドの行動が箇条書きで表示される。
・出動命令。Dクラス・他クラスへの移行の可能性無し、装備A着用。チームクラウド、出動。
・現場到着。Dクラス三体確認。一体変異体移行中。
・到着二分。チームクラウド展開Dクラス二体の処理を確認。
・到着四分。変異体移行中一体がH.D変異体へ。Bクラス。
・到着六分。Bクラス変異体とDクラス変異体が融合開始
・到着八分。融合中攻撃。命中0%
・到着九分。H.D変異体融合完了。クラス不明。データ無し
・到着十分。G弾遠方からの処理不能。チームクラウド対象と接触。
・到着十一分。後方部隊E弾、C弾投下。H.D変異体停止。
・到着十二分。対象物への一斉ゼロ距離射撃命中100%。処理確認。
「どういうことだ! 変異体が融合、クラスデータ無し? 何だこの記録は。モバイルが壊れているのか?」
モバイルの情報を見た白虎は読んでいくにつれその顔色を変えていき、読み終わった途端叫んだ。すると目の前で悲鳴に近い驚きの声が挙げられ白虎はモバイルから目の前に視線を映す。そこには看護師が居て胸を手で押えていた。
「急に大声出さないでください。白虎さん」
「あぁ、すまない」
「もう。クラウドさんの検査終わりましたよ。中でお待ちです」
「ありがとう」
看護師の肩に手を置き、にっこり微笑んで軽く耳元にキスをして部屋に入る。「もう」と呆れるように言いながらも頬を染める看護師の向こう側には、左腕に包帯をまいたクラウドが立って洋服を着ている最中だった。
「クラウド! 無事か?」
「あぁ、大丈夫のようだ。しかし、白虎、うかつなことするなよ」
突然何を言い出すのかと首を傾げればクラウドの視線は先ほどの看護師の方に向く。
「女が女の看護師に手を出してどうする? 彼女真っ赤だぞ」
「手は出してない。挨拶だ」
真顔で言う白虎に苦笑しながらクラウドが見つめ、後ろから医者がクラウドを呼んで薬を差し出しながら言う。
「血液等検査に感染は認められませんでしたが、状況が今までに無い状況ですので、とりあえず、抗体の摂取をお願いします。本日、明日はワクチン注射もしていただきたいので、必ず医務室へ来てください。それと、本日は出動を控えてください。所長には私の方から言っておきますので」
「了解。じゃぁ、今日はこれでいいですか?」
「えぇ、いいですよ。調子が悪ければすぐに来てください」
微笑んで送り出してくれる医師にクラウドは、軽く頭をさげ白虎の肩に手を回した。なれなれしい態度にむっとしながらも怪我人を突き飛ばすわけにも行かないと我慢して、白虎はモバイルでの情報をクラウドに聞いた。
「この情報に間違いは無いのか?」
「無い、驚いたよ。あんな状況は今までなかったことだからな」
「だろうな。良く対応できたな」
「お前に会えなくなるのは嫌だからな。何とか帰ってきたよ」
「なんだ、その理由。馬鹿か?」
「白虎にはこういう手は使えないか。ま、臨機応変はチーム源武で散々叩き込まれた事だからな。とはいえ、今回はギリギリだ」
言葉の最後に真剣な口調でそういったクラウドの様子に白虎の表情も硬くなる。白虎がクラウドにもっと詳しい事を聞こうとした時、二人のモバイルが鳴り、モバイルの液晶には所長室へのリーダー緊急招集の文字が点灯していた。
「今回の任務のことで、かな?」
「あぁ、多分そうだろう。クラウドの経験談と今後の対策といった所かもな」
急ぎ足で所長室へ向かっている途中、BOBに警報が鳴り響く。
「警報! Cクラス! 装備A着用。チーム白虎、出動してください」
「こんなときに出動か。悪いがクラウド、所長室へは一人で行ってくれ」
「それは構わないが、俺の事があったばかりだ十分気をつけろ。それと、必ず帰って来いよ」
白虎が走り出そうとするとクラウドが白虎の腕をつかみ、引き寄せて抱きしめながら囁き、白虎はクラウドを見上げ少し微笑みを向けた。
「当たり前だ」
クラウドの胸から離れ白虎は自室に走って行き、クラウドも所長室へと歩いて行く。白虎は自室へ向かう途中、着替えをしている隊員に大声で命令した。
「装備はSだ。三十秒で着替えろ! 銃弾その他武器については出来る限り装備しろ! BOBの装備である必要は無い!」
「りょ、了解!」
いつも以上に厳しい顔立ちで、めったに大きな声で命令する事のない白虎の声にチーム白虎の隊員は驚きながらも返事をして装備を整える。白虎も自身の装備を整えながらモバイルで技術部の清風に連絡をとる。
「清風、この前見せてもらった開発中のランチャーはどうなっている」
「あぁ、あれですか。一応完成はしていますけど、何です?」
「持っていく。すぐにロビーまで持って来い」
「え? 使うのですか? 現段階では必要の無い破壊力ですよ」
「だが、使えるのだろう?」
「それはまぁ、もうテスト済みですし、なんといっても僕の設計ですから」
「では四の五の言わずに持ってこい。必要になるかもしれない。それと、お前が趣味でやっている中で、同等の殺傷能力のある物があれば一緒に全部、出し惜しみせずに持ってこい」
「了解。リーダーのご命令とあれば三十秒以内に持っていきますよ」
「二十秒だ」
「うっ、了解」
装備を整えた白虎がロビーに行くとすでに隊員達が整列していて、その場所にコンテナを台車に乗せて清風がやってきた。量は十分だと横目でコンテナの中身を確認した白虎は装甲車にコンテナを運び込んで隊員も乗り込むように言う。ありえないことが起こっている今、出来る限りの装備で向かうことが最低条件だった。何が起こるかわからない中、チーム白虎は出動する。
装甲車の中で、白虎はヘッドギアのマイクを通して異例ともいえる注意を促した。
「モバイルで確認してもらったと思うが、チームクラウドが遭遇したH.D変異体に我々も出会わないとは限らない。今回の任務はいつも以上の緊張感で望むように。また、様々な状況からG弾でのゼロ距離は非常に危険と判断した。私の命令の無い限り、変異体に近づくな。今回は清風が所持しているBOBでは不必要だと思われていた強力な武器を持ってきている。一人それぞれ一つは所持し、中距離攻撃する事。所持できない者は必ず後方部隊に回る事」
「了解!」
普段はチーム源武の時と同じくスタンドプレイで、白虎からの命令はいつも殆ど無いにもかかわらず、異例の白虎の言葉に車内にも緊張感が走る。現場に到着して隊員は周りの様子を見ながら装甲車から降りた。普段からこの辺りに人気は無く、静まり返った街の様子におかしさは無い。白虎が手を振って合図をするとそれぞれが自分の配置についていった。
「変異体反応有り。建物一階北部分H.D変異体三体確認。生物反応一」
(あのあき家か。隠れてH.Dを使うにはもってこいの場所だな。しかし生物反応一とは一体何だ?)
白虎が考えをめぐらせながら走っていると、白虎とは別方向から回り込んだチーム白虎の即戦力となっている石亀や春日の声がヘッドギアに響く。
「白虎! 建物の窓近くに変異体を確認した! 攻撃を開始する」
すぐさま銃声が鳴り、白虎は銃声を聞き舌打ちをした。
今までとは違う変異体が居るかもしれない状況で攻撃する前に白虎は自分で情報を集めようと思っていたが出来ず、待てと制止する暇も無かった事に唇を噛む。とにかく、今は急いで現場に突入しなくてはと足を速めた。
現場に向かっている間もヘッドギアからは変異体の状況とメンバーの声が聞こえてくる。
「H.D変異体一体処理確認。変異体二体、三体目を攻撃中」
「くそ! 確実に当てているのにどうして倒れねぇんだよ!」
「いいから撃て、春日! とにかく撃つんだ!」
「でも、何処を撃てば良いんだよ、あんなに銃弾受けているのに平気じゃねぇかよ! 頭ふっとばしているのによぉ!」
(一体現場で何が起こっている?)
聞こえてくる混乱する現場の様子に不安を覚えながら到着すると、そこでは、何千回もH.D変異体と接し任務をこなしてきたはずの隊員が、ただ、銃を乱射していた。
「貴様等! 何をしている!」
白虎が怒鳴り声を上げれば、はっとしたように白虎を見て隊員が震える声で答える。
「駄目なんだよ! 幾ら撃っても!」
「頭を飛ばしたんだ。なのに!」
口々に言う隊員の動揺に白虎はため息をついてざわつく集団を叱るように大きな声で命令した。
「黙れ! そして下がっていろ! 状況を見てみろ、無駄玉ばかり撃っているということに気付かないのか。私が行く! 後方で私の命令通りに援護しろ」
白虎は隊員を下がらせ、隊員も白虎の苛つきが声から感じ取れ、しんと静まり返る。
「了解、援護に回る」
未だ手を震わせている春日とは違い、落ち着きを見せた石亀の声に頷いて白虎は走りだし、変異体が見えている窓のほんの少し左側にある窓に向かって体ごと飛び込んだ。大きな音を立てて窓ガラスが割れ、受身をとった白虎は肩から一回転し、すぐに体制を整え銃を構える。
「……何だ。これは」
銃を構えた白虎は目の前の光景に一瞬絶句し、乾きかけた喉に唾液を流し込んでじっとその様子を見つめた。
隊員の乱射により、H.D変異体の体組織があたりに飛び散っていた。通常なら飛び散った体組織は砂へと変化し崩れてしまうのだが、目の前の組織は液体のようになって動き、まだ生き残っているH.D変異体に引っ付いて、新たな形状を成そうとしていた。
「どういうことだ? まさか、これが融合か?」
「現在地より右方向、生体反応有」
(右方向?)
目の前の光景に驚いていた白虎の、ヘッドギアが知らせた生体反応の場所を確認すべく、前方のH.D変異体に注意を払いながら右方向を確認する。そこには一枚の扉があり、どうやら生体反応があるのは扉の外にある他の部屋のよう。変異体は、融合中は攻撃その他が出来ぬようで体をびくんびくんと脈打ちながらその場に棒立ちしている。
「白虎より隊員に通達! 非常事態発生、現場より直ちに退避、この建物自体を焼き払う。二十秒後、ありったけの火炎弾で一斉射撃、完全に焼き切るつもりで撃て」
「白虎はどうするんだ!」
「私は確認する事がある。そのための二十秒だ。私が脱出出来る、出来ないにかかわらず二十秒たったら攻撃しろ」
「……了解」
連絡を終えた白虎は、目の前に居る今までに無いタイプのH.D変異体に連続して持っているE弾、C弾を打ち込みH.D変異体の動きを止めつつ、生命反応がある方向の扉を蹴破り廊下に出た。廊下には何の気配も無く、用心しながら更に生命反応があるという部屋の扉を破って中に入る。
突入した部屋には、漆黒の髪に右目が金色、左目が紫黒の瞳をもった裸体の少女がいた。ヘッドギアを少女に合わせる。
「感染率0%、人格崩壊無し」
(変異体と一緒に居たであろうはずなのに感染していない? いや、感染していないに越したことは無い。爆発まであと数秒……)
白虎はぼんやりと何処を見ているのか分からない少女を抱き抱えて、そのまま近くのガラスに向かって飛び外へ。白虎が飛び出すと同時に、白虎の背後で建物が爆音をあげ、燃え上がる。
「くそ、少し遅れたか!」
少女を自分の胸の中に抱きかかえ、後ろから爆風に突き上げられた白虎は熱気の中、体を回転させて地面に背中を打ち付けた。小さく痛みを声にした白虎だったがすぐさま少女に覆いかぶさって、爆発で飛び散った瓦礫から少女を守る。
爆発で飛んできたコンクリート片が白虎の背中や頭部にぶつかり何度も声を出す。そんな白虎に、今までどこを見つめていたのか分からなかった少女の瞳が白虎を捉えた。
「ぁぅ、銀、狼……」
「今、何と言った?」
白虎は爆音の中、かすかに聞こえた言葉に驚き、聞きなおしたが少女はすぐに目を閉じてしまう。痛みが全身を駆け巡り、白虎自身も気が遠くなりそうになるのを堪えているとヘッドギアから石亀の声が聞こえた。
「……虎、……白虎! 無事か?」
「あぁ、無事……」
「おい! 白虎!」
「か、各自、任務完了を確認後、BOBへ」
「白虎? ……ぉぃ!」
ヘッドギアから呼びかける石亀の声が徐々に遠くなり、今すぐ行くからしっかりしろという呼びかけを最後に意識が途切れ、少女を抱きかかえたまま気を失った。
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