第14話

 源武が居なくなってから一週間。

 休暇をとることができなくなり、働き続けなければならなくなった。源武が居なくなったからではなく、今までに無い、ありえない程のH.D変異体の出現が相次いだからだ。白虎達には経験無い出現率。もちろん、白虎達バイス地区だけでなく、各地区のBOBも同じ状況だった。

 出現数に対して所員の数が足りていない。

 現所員たちの休みが全くなくなった要因はそこにもある。そこで、各地の所長が集まり、協議をした結果、隊員増員、増強の為、各チームリーダーに三日の猶予を与え、スカウトに向かわせる事とし、更に出回っているH.Dの回収作業を戦闘要員以外のBOB施設員にさせる事を決定した。決定事項は各BOBの所長から構成員に通達され、三日間はチームリーダーが抜け、各専門部のサブリーダーがそれぞれを取り仕切る事になる。

 もちろん白虎もスカウトに向かうことになった。白虎がBOBを出発しようとした時、チーム白虎の戦闘要員のサブリーダー、クラウドが寄ってきて声をかける。

 クラウドは背が高く、均整の取れた体にシャープな顔立ちの男。誰よりも正確な射撃の腕を持ち温和で、厳しい白虎が鞭だとすると、クラウドはチーム白虎の中では飴の存在だった。

「白虎、大丈夫か? 休みなしだろお前。任務間の休憩もしてないって聞いているぞ」

「あぁ、大丈夫だ、ありがとう。私に休憩というのはそれほど必要な事柄ではないから気にするな」

「どうして教会を潰しちまえないんだ。このところの増加の原因が教会だってのは分かっている事じゃないか!」

 クラウドは眉間に皺を寄せ、壁を叩きながら小さく言葉を吐き出す。

 そんなクラウドの後ろから最近BOBに入った体格の良い石亀が冷静に淡々と言葉をかけた。

「決まっているじゃないっすか、ゲートが絡んでいるからっすよ。それくらい誰でもわかりますよ」

 嘲笑うようにクラウドに言葉をかけた石亀は最近チーム白虎に配属になった者であまりに舐めた態度をとる為、他のチームからこちらに回されてきたのだ。上官であるはずのクラウドに対して嘲笑うように言った石亀の態度に、白虎は赤い瞳で睨み付けると、左手で石亀の首の喉仏の辺りを掴んで低く静かな声で言う。

「分からないわけがないだろう。誰もが持っているもどかしさを口にして何がいけない? お前のその態度は我々に対する侮辱か?」

 突然の出来事であったとはいえ、当然戦闘訓練も積んでいる石亀が白虎の攻撃を避けることもできず、ぎりぎりと締め上げられる喉の苦しさにその場で咳き込む。体格の良い、力もある石亀が喉をつかまれたまま、抵抗することもできない。喉をつかまれているから声を発することもできず、石亀は白虎の手を振りほどこうと、自慢の鍛えた腕で白虎の腕をつかむが、びくともせず抵抗すればするほどに白虎の締め付けは更に強くなった。白虎の細く見えるその腕のどこにそんな力があるのか、石亀は苦しさの中困惑もしていた。声を出せない石亀は必至で頭を横に振る。

「違うのなら、口の利き方に気をつけることだ。お前のようなひよっこが何を偉そうにしている? 言葉使いもそうだが、馬鹿にするに値しない人物を馬鹿にすればそれ相応の痛みが伴って当然だと覚悟をしたうえで馬鹿にするのだな」

「すみ、ま……、せ」

 声を絞り出し、白虎に謝罪の言葉を述べ開放されようと必死になる石亀は口から涎を垂らし、今にも死にそうで「白虎! もういい、放せ。死んじまうぞ」とクラウドが慌てて止めに入った。

 クラウドの方へ視線を向け、クラウドが頷いたのを見て手を放せば、石亀は喉に両手を当てて咳き込みながら膝をついてその場に倒れこんだ。床にうずくまるように咳き込む石亀の背中をクラウドがさすりながら呆れたような溜息をつく。

「手加減しろよ、白虎。今から人数増やしに行くのに、ここで一人減らしてどうする?」

「なら更に人を一人ふやせばいいことだ。なんにしても今のは石亀が悪い」

「ったく、融通がきいているのかきいてないのか。石亀、白虎を怒らせちまうとはお前も迂闊だったな。源武が抜けたこのチームで、どうして若い女の白虎がリーダーをしているのかって、お前は考えた事無いのか? それに、組織で上の者に暴言吐くなんて無しだろ?」

「す、すみま……せん」

「ま、今は生きていたって事を喜ぶんだな。俺が止めなきゃお前ここで死んでいたかもよ?」

「ほ、本当にすみませんでしたぁ!」

 クラウドは、石亀をからかう様ににやりと笑みを浮かべて言ったが、石亀には冗談と思えなかったのか引きつり謝罪の言葉を叫んで走っていった。石亀を睨みつけるようにじっと見つめていた白虎は、石亀が走り去ると瞳を閉じてため息をつく。

「クラウド、すまないな。嫌な思いをさせた。私の管理不行き届きだ。若い連中にはちゃんと教育しているつもりなのだが」

「気にするな。奴らだって若いし、BOBの日常は普通とは違う。悪態をつきたくなる時もあるんだろう。それに、ダウンタウンに生まれなきゃこんな因果な仕事をする事も無かっただろうしな」

「生まれ、か。そんな事、理由にならないような気もするが、クラウドが良いと言うなら良い」

「……白虎、あまり悪者になるなよ。お前は優しすぎるんだ、優しすぎて自分を犠牲にしすぎる」

「なんだそれ、買いかぶりすぎだ。本当に優しいやつなら、今、こんな所で生きていないさ」

「お前は……。いや、なんでもない。気をつけて行って来いよ。BOBの事は気にするな」

「ああ、暫く頼む」

「白虎、必ず帰って来いよ」

 クラウドから思わず発せられた声に、BOBを出発しようとした白虎の足が止まったが軽く振り返って、微笑を浮かべながらクラウドに「当たり前だろう」と言い、白虎はBOBを後にした。

 BOBを出た白虎は顔見知りの傭兵仲間を中心に人を集める。仕事の内容が内容なだけに幾ら顔見知りとはいえそんなに親しいわけでもなかったのもあり、すんなりと受け入れてくれる者は少なかった。

 二日経ちノルマの人数である十五人が集まった所で白虎はスカウトをやめる。所長からの命令は出来る限り要員を集めよだったが、その最低人数は十五人。白虎は最低人数以上の人を集めるつもりは元から無く、人が足りないならその分自分が働けば良いそう思っていた為ノルマ以上は集めなかった。予想より早めに人集めが終わり、ふと思い立った白虎はセイティ地区へと向かう。

 忙しく、休みも無かったこともあり、源武が居なくなってからセイティ地区の源武の家へ足をはこぶ事は無かった。

「ずいぶんと変わってしまったな」

 たった数ヶ月、最後に見たセイティ地区とは全く違う風景に白虎の眉間に皺が刻まれる。静まり返った町で白虎の履いているブーツのヒールの音だけが響き渡っていた。ゴミが溢れ、街角のあちこちにH.D中毒と思われる浮浪者が壁に寄りかかり座っている。

 あんなに光り輝き澄んでいた町の空気は、殺伐とした濁った空気に変わり思わず口をふさぎたくなる。朱雀が居ないからそう見えるのではなく、確実に汚染されているといった感じであった。

 町で唯一きれいな所はゲートの息のかかった教会で、暗い町並みに真っ白な教会が浮かび上がっている異様な光景。そして、教会が建っているその場所は以前送っていったナイセルの家の近くで、白虎は遣り切れない思いを抱えながら横を通り過ぎる。

 あんなに笑顔があふれ、言葉があふれていた町に光りはなくなり、その代わりと言うように道には脱力し、座っていることすら苦痛のような中毒者がいたるところに居て、歩いていく白虎を視線だけで追いかけていた。

 バイスでは見慣れた光景であったが、どの地区よりも安全だとされていたセイティですらこの状況。白虎は心の中で出動が増えるのも当然かと思っていた。

 ため息はよどんだ空気の中に消え、白虎の足が止まる。一軒の家の門の前で立ち止まり、見上げた家は源武の家。もしかすると、源武が居るかもしれないと薄い期待を抱いていたが、やはり人の気配はなく、それどころか何年も誰もこの家を使っていないという雰囲気。門扉には太い鎖が絡まり、窓という窓は鉄板で厳重に塞がれていて、門扉以外の家の垣根には全て有刺鉄線が張り巡らされている。

 まるでこの町が荒れ果てるのが分かって作られた防護壁のようで白虎は一体源武は何を考え、何をしようとしているのかと今更ながら疑問に思い眉を顰めた。

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