第13話
「源武、朱雀は凄かったよ。あそこまでになっていたのに人格を保っていた。自分が助からないかもしれないって分かっていて、それでも私達に言葉を残したくて必死で人格を保っていたんだ。私達があそこに行くかどうかも分からなかったのに……。だからこそ聞いてやってくれないか? 朱雀の最後の言葉を」
「あぁ、そうだな。聞いてやらないとな。俺は父親だったのだから」
覚悟を決める様に両手の平を握りしめ、涙でぬれたままの瞳を白虎に向けた。白虎もまた大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
「パパさんにありがとう、大好き、銀狼も大好き、泣かないで、生きて。これが朱雀の言葉だ」
「そうか、朱雀らしいな。最後の最後まで人の心配か。いつだって、アイツは周りの人間に気遣って、自分は二の次だったからな」
「それと、最後までこれを持っていたよ」
真っ赤な目をしたまま微笑む源武に、白虎は朱雀のペンダントを渡し、ペンダントトップに入っていた写真も一緒に手渡した。受け取った源武は写真を眺め、その裏側を返して朱雀の言葉を見、唇をかみしめる。
「アイツめ、こんな所に隠していたのか」
唇を噛み締めながらもその口の端に笑みを浮かべ頬に涙が伝う。「探していたのか」と白虎が聞けば源武は頷いた。
「あぁ、せっかく現像した写真がなくなっていてな。何処にやったのか聞いても内緒って言うばっかりだったんだよ」
「私がペンダントに何が入っているか聞いた時、宝物だって言っていたよ」
「全く、朱雀らしいな」
「源武、朱雀は死にたくないと言った。自分で自分の頭に銃を突きつけているのに、死にたくないと、皆大好きだと。『パパさん、銀狼、生きて』最後の最後にそう言われたよ。……朱雀には分かっていたのかな? 私が死ぬつもりだと」
「俺に殺されて、か?」
「いや、朱雀だと分かった時に朱雀と一緒に死んでやっても良いと思ったんだ。源武に朱雀を殺させるくらいなら、私が朱雀を殺して、後で私も死ねばいいと」
白虎の言葉に源武は瞳を見開いて驚き、「なんて事を考えていたんだ」と怒鳴りつける。その怒鳴り声に少し申し訳なさそうな瞳を向けて白虎は源武の手の中にある写真を見つめた。
「私は既に親殺しだ、家族を殺す苦しみを背負うのは私だけで良い。あの十字架の重さを背負うのは私だけで十分、源武には決して背負わしたりしないそう思ったんだよ。かといって、朱雀を殺した十字架を背負って生きていくなんて今の私にはできないだろうから、一緒に逝く方がいいとも思った」
白虎の呟きに源武は黙り込み、白虎もまた口を閉じて言葉を発することは無い。長い時間、二人はただうつむき、同じ空間で同じ事を考えていた。朱雀と言う存在が、どういった存在なのか分かっていた二人だったが、居なくなってそれを更に痛感する。
ふと、顔をあげ、静かな空間で源武が呟いた。
「しかし、どうして朱雀がH.D変異体に接触したのだろうか? 勿論の事だが家にH.Dを置いている訳が無い」
「私もそれを考えていた。それでな源武、私は朱雀が言った一言が気になったんだ。途切れていて明確な言葉にはなっていなかったがあれは『ナイセル、教会』と言ったんじゃないかと思う」
「ナイセルさんと教会ってことか?」
「ああ、多分。最近H.Dをばら撒いている教会があるらしい。ナイセルさんはその教会に行ったんじゃないだろうか? 朱雀を教会に連れて行ったのか、教会で貰って帰ってきて源武の家で服用したのか、それは分からないが、教会で手に入れたH.Dをナイセルさんが使った。あの二体のH.D変異体。あのどちらかはナイセルさんだったんじゃないだろうか?」
「なるほど、ナイセルさんが変異体になり、その場に居た朱雀を連れ去った」
「いや、どちらかと言うと朱雀自身がついていったのかもしれない。ナイセルさんを助ける為に」
連れ去ったと考えるのが妥当ではないかと源武は白虎の言葉に首を傾げた。朱雀にH.D変異体の知識はない、しかし目の前で人が人ではなくなる姿を見れば怯えて逃げ出すのが普通だ。白虎は腕を組み、首を傾げて考え込む源武を見つめる。
「おかしいと思わないか? 変異体の発生はセイティ地区だ、セイティ地区からこのバイス地区までかなりある。今までだってH.D変異体は隣地区に入ることは多々あったが、こんなに離れた地区まで来る事は無かった。どの地区でもなく何故変異体はこのバイス地区で降りたか」
「朱雀が案内したとでも言うのか?」
「常識的に考えればおかしい話だろうが、私にはどうしても変異体がバイスに来たと言うのが気になって仕方がない。朱雀は源武に何とかしてもらおうと思ったんじゃないだろうか? だからこそ、変異体から逃げるのではなく、一緒に居て源武の元へ運ぶ事を選んだ」
「そんな事ができるのか?」
「分からない。だが、朱雀はあの人格崩壊後、自らの意思をそこに残していたし最後には自分の意思で自分を撃った。抗体があったのか、それとも何か他の要素があったのか、いずれにしても事例の無い事態が起こったのは間違いない。ただ証拠があるわけでもないし、私の想像の域を出ていない、空想のような話だが」
「そうだな……」
源武は暫く考え込んでいたが、ベッドから立ち上がり白虎の肩に手をかけて少し微笑みながら言う。
「白虎、お前に礼を言ってなかったな。最後まで朱雀を見ていてくれてありがとう」
「いや、守れなくてすまなかったと思っている」
「気にしなくて良い。お前はあんなになった朱雀に気づいてくれたのだ、それだけでいい。白虎、すまないが、暫く一人にしてもらってもいいだろうか? 朱雀を偲んでやりたい」
「あぁ、分かった。だが」
「大丈夫だ。後を追ったりはしない。朱雀は生きろと言ったのだろ?」
「そうか、分かった」
少々心配はあったが、おそらくそんな無茶はしないだろうと白虎は源武の部屋を出た。
ドアから数歩離れたところで、白虎の後ろから鍵の閉まる音とむせび泣く声が聞こえる。一瞬、足を止めこの場にいた方がいいだろうかと思ったが、源武が嘘をついたことは無く、何よりも朱雀の想いを無にするようなことはしないだろうと思い白虎は自室へ向った。
疲れがたまっていたのか、それとも悲しみがそうさせたのか。白虎は自室に戻り、ベッドにうつぶせたまま眠ってしまい朝を迎える。
休暇として嶺がとってくれたのは昨日の一日だけ。悲しみが残っていようとも、脱力感にさいなまれようとも、今日からはまた「人殺し」の日々が始まる。
重い体を無理やり起こして引きずるように着替え、朝礼に向かった。いつも通りの光景のざわつくロビーに源武の姿は無い。朝礼が始まっても姿を見ることはなく、結局終わりまで源武は来なかった。
まさかと胸騒ぎがした白虎は源武の部屋へ様子を見に行こうとするが、源武の自室の廊下の方へ歩き始めた白虎の肩が捕まれ所長に呼び止められる。
「白虎、ちょっと来てくれるか?」
「今すぐですか? 源武の様子を見に行きたいんですけど」
「それも含めて話がある。今すぐ所長室にきてくれ」
「わかりました」
所長室にリーダーではない一所員が呼ばれることは珍しく、それが源武に関係があると聞いて白虎は源武の部屋へ行くのをやめ所長について所長室へ入った。
所長と二人だと思っていた白虎は中に入って少々驚く。そこには、各チームのリーダーがそろっていて入ってきた白虎に視線を送っていた。所長室に呼ばれることもそうだが、全てのリーダーが集まる事など滅多に無い。決定事項や何か問題が無い限り集まらないメンバーだ。
一体これは何事だ? とあたりのリーダーの視線を感じながら白虎は入り口近くの嶺がいる隣の席に腰を下ろす。白虎が席についたのを確認して所長が話し出した。
「実は皆に集まってもらったのは、源武がBOBを辞めた事により、現在のチーム源武の新しいリーダーを決めるためだ」
「源武が辞めた!」
白虎は思わず叫び、腰を浮かせたが隣に居る嶺に手で静止される。手の先、嶺の顔を見ればその視線で感情を抑えろと言われているのが手に取るようにわかり、白虎は瞳を閉じて再び腰を下ろした。
「話を続ける。当然源武が居ない状況でチーム源武を存続させておくのは難しい。よって源武からの推薦がある白虎がチーム源武を引き継ぎ、新たにチーム白虎として私から任命しようと思うが、他のチームリーダーたちの意見を聞きたい。異議のある者は手を上げてくれ」
所長の問いかけに手を上げる者はいない。急な提案に戸惑ったのは白虎だった。あわてて手を上げ白虎自身が異議を唱える。
「ちょっと待ってください。私には無理です! 他に幾らでも」
「ふむ、では多数決をとろうか。チーム源武という特殊な大所帯を任せるのは白虎が適任であると思う者は手を上げてくれ」
所長の言葉にその場に居る白虎以外のメンバーが全て手を上げ、「反対は? 」と言う言葉には白虎だけが挙手をした。
「決まりだな。このことはこのメンバーでの決定事項だ。結果が出た以上、問答は無用だ。いいな、白虎」
「しかし!」
「まぁ、急な事の上に、このメンバーだからな。たじろぐのも分かるが、これは源武からの推薦でもある。あの源武が託するのだ反対する者がいるはずが無いだろう。それでは、これで解散とする」
所長の言葉に仕事があるリーダー達はちりぢりに部屋を出て行く。何もいえず、その場で立ち上がったままの白虎の肩を嶺が軽く叩き、無言のままうなずいて部屋を出て行った。
他のリーダーたちも白虎の横を通りながら「精一杯やれ」「お前なら大丈夫だ」と声をかけていくが、白虎には突然のこと過ぎて理解が頭の中心まで届かない。呆然としていた白虎は周りが静かになって呟いた。
「どういうことだ。わけが分からない」
ため息をつき肘を机について頭を抱え、じっと机を眺めていた白虎の視線の先に所長が一通の手紙を滑らせる。
「お前宛の置手紙だ。今朝、私がこの部屋に来たら私宛の手紙と、白虎宛の手紙、二通が所長席の机の上においてあったのだ。さよならも言わないとは、源武らしいと言えば源武らしいが」
目の前にある手紙を無言のまま受け取り、口の端に少しだけ笑みを浮かべる所長に一礼して自室へと向かった。
決まったことには従う、今までずっとそれで通してきた白虎。
だから、自分がリーダーになると言う決まりごとには従うと理解した。だが、それを理解すると今度は怒りが湧き上がってくる。誰でもない自分に何も言わずに出て行った源武に怒りがこみ上げていたのだ。乱暴に自室のドアを閉めて、源武の手紙を床に放り投げてベッドに腰掛ける。
物に当たった所で本来怒りをぶつけるべき相手はもうここにはおらず、やり場のない怒りに唇を噛み締めた。
暫く足をゆすって怒りを表していたが床に転がる手紙を見つめ、「クソッ」と一言吐き捨てて手紙を拾い上げて開封する。規則正しい律儀な源武らしい文字が目に入って来た。
『白虎、お前の事だ、怒っているだろうな。すまないと思っている。全てをお前に任せ、出て行く勝手を許してほしい。俺にはどうしても調べ、知りたい事がある。そして、俺にはやはり朱雀を奪ったH.Dを許すことはできない。一人になり色々考えた、その結果俺の中には様々な疑問が出てきた。BOBに居ては調べたいことがあっても仕事やその他の事で身動きが取れなくなってしまう。だから、お前にはすまないが俺はBOBを抜け、単独で調べようと思う。お前に言って出て行こうかと思ったが、言えばお前は俺についてくると言いかねないから止めておく。それにお前にはここに残ってもらって俺の後をまかせたい。お前にしかできないことだ。俺の疑問はまだ話せない。時期が来たら必ず、どんな方法を使ってもお前に話す。すまないが、今だけは俺の勝手を許してくれ。源武』
源武の手紙を読み終わった白虎は手紙を握りつぶし、ゴミ箱へ投げ捨てながら「結局何もわからないな」と呟きベッドに横になる。頭の後ろで腕をくみ、ぼんやりと天井を眺める白虎の怒りの感情は薄れていた。
ただ謝るだけの手紙と何か喉奥に物が詰まったような釈然としない手紙の内容に源武らしさを感じない。そんなことを考えていた白虎はもしかするとと立ち上がり、源武の部屋にやってきた。
ドアノブに手をかけると、何の抵抗もなくドアが開く。もしかしたら部屋に何かを残しているかもしれないと思ってやってきたが部屋はすっかり綺麗に片付けられて、この場所に源武が居た形跡すら残っていなかった。
「何もなし、か。しかし、綺麗好きでもなかった源武がここまで整理していくなんて何から何まで不自然だな」
あまりに整理整頓されてしまっている綺麗な部屋に何だか違和感を覚えた白虎が考えようと腕を組んだ途端、背後の廊下で警報が鳴り響く。
「警報! Bクラス! Aクラスへの移行の可能性有り、装備S着用。チーム白虎、出動してください」
「早速のお仕事とは」
白虎は源武の事を考える暇もないと唇をかみながら、源武の部屋の扉を閉め装備を整えるため自室へと走っていった。
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