第11話
「こちら白虎。Bー五ー三へ移動中。移動経路に変異体発症者確認しているが、無視し進行する」
「了解。後方で対処する。同地点へ源武の移動も確認している」
「了解。(源武もBー五ー三か)」
源武も同じ考えでおそらく自分たちの考えは間違っていないと、密集した家の間をすり抜け、H.D変異体に遭遇しにくい屋根伝いにすすみ、Bー五ー三に到着する。
そこは、昔からのあるような三階建ての古いビルで、辺りにある高い建物から各階をスキャンした。二、三階に反応は無く、どうやら変異体が居るのはビル一階部分にある、飲み屋の中のようだった。
「三体の熱源反応を確認。内二体に人格崩壊を確認。処理を許可します」
ヘッドギアから指示が促され、白虎はG弾とC弾を用意する。上から辺りを見回し、他の変異体がいない事を確認して地面におりた。
(源武はまだのようだな。奴らが居るのは店の入り口、裏口から入れば後ろから対峙できる)
白虎は店の横側から中に居る変異体に気付かれないよう店の裏口に回る。大きめのC弾が入っているランチャーを熱源の足部分に標準をあわせ構えた。心の中でカウントを刻み、右足で裏口のドアを蹴り開けてドアが開くと同時に引き金を引き、ランチャーからC弾が発射される。狭い室内に爆音が響き渡った後、空気中の水分が凍り付いていく軋む音と変異体の、動物が首を絞められた時のような引き絞る叫び声が聞こえた。
白虎は直ぐにランチャーを放し、実弾が装填されている銃を構え、辺りに漂う水蒸気が下に沈んでいくのを待つ。ヘッドギアの情報を疑うわけではないが、白虎は自身の目で確認してその後の行動をどうするか考えようとしていた。
まず足止めし、その存在を確認する為じっとその場で白虎が銃を構えていた頃、ちょうど店の入り口から少し離れた場所に源武が到着。店内に爆音が響くと同時に源武がドアを蹴破った。白虎と同じようにG弾の銃を構えて前へ足をすりながらじりじりと源武が進む。銃を構える二人のヘッドギアからは警告音と共に煩いほどの命令が響いた。
「二体の人格崩壊を確認。処理してください。一体の人格崩壊率八十%、感染率七十五%」
(三体の内一体はまだ人格は崩壊していない。ギリギリだが間に合うか?)
入り口のドアが無くなった事で風の流れが出来、水蒸気が流されて辺りの視界が良くなってくる。ヘッドギア越しに現れた変異体は蝙蝠のような黒い翼と鋭い牙を有し体はうねる管に覆われた者と、白鳥のように白い翼に光る白い鱗におおわれた者がいた。白い変異体は右脇に何かを抱えている。
到底人間の声とは思えぬ獣の鳴き声を発し続けるH.D変異体。
変異体を見つめていた白虎の存在に黒い変異体が気付き、足元が凍って動けないのにもかかわらず、襲いかかろうと大きく牙の生えた真っ赤な口を開いて騒いだ。
白虎は銃を構え、黒い変異体の頭部に標準をあわせる。凍っている足を引きちぎる勢いでこちらに狙いを定めた黒い変異体に引き金を引こうとした時、小さく呟くような声が耳に入ってきた。
「ぎ、銀狼」
その声に引き金にかかっていた指が固まり、白虎の頭の中が真っ白になる。
「今のは……」
白虎が固まりヘッドギアの中で呟いた瞬間、前方から銃声が聞こえ、足を引きちぎって白虎に襲い掛かろうとしていた黒い変異体の頭部が吹っ飛び、白虎のヘッドギアに赤紫色の血が飛び散った。
視界が赤紫に変わって思考が止まり、頭が働かないままの白虎だったが、目の前で起こったことはわかっていて視線を入り口へ移す。見つめた先には源武が銃を構え、その銃口から煙が上がっていた。
「何をしている! 白虎! 撃てぇ!」
源武の大声が白虎の耳に届き、聞こえた言葉が徐々に脳の奥へと浸透してくる。ボンヤリとしていた思考が働き始めると黒い変異体同様、白い変異体も白虎に向かって鋭い爪をつきたて襲ってきて居るのが分かり、白虎の思考は一気に浮上した。
「くそっ!」
構えていたはずの銃口は地面を向いて、下がった両腕を上げて銃を構えるには時間がない。白虎は左の開いている空間へ飛び、受身をとりつつ肩から一回転するとすぐに銃を構えた。
白い変異体が突進の速度を抑え、再び白虎に向かって襲い掛かろうとする前に白虎は頭部に銃弾を打ち込む。銃声が響き、変異体の頭部が吹き飛んで、動かなくなった体は膝をついてそのまま前のめりに倒れた。白虎は任務について初めて現場で息を上げて乱し、石から砂へと崩れながら変化していく変異体を眺める。
H.D変異体に変化した場合、細胞に急激な変化が起こるためか、処理された後でも人であったと思われる物や骨すら残らず、全て砂のように細かい結晶になって現場に残った。結晶の成分はH.Dと変わりなく、町に溢れるH.Dより成分が濃い物となっている。その為、間違えて摂取すれば、瞬時にH.D変異体へとなってしまう為、現場ではこの結晶もBOBで回収して本部で処理された。
「人格崩壊九十%、感染率八十五%。危険です。離れてください」
ヘッドギアのコンピューターが警告を発し白虎は慌てて自分の周りを見つめ、居るはずのもう一人を探す。黒い変異体の結晶と白い変異体の結晶の間、ちょうど源武と白虎の真ん中に白く輝くうずくまったものがあり、背中からは白い蝶のような羽が生えていた。生えたばかりの羽はしっとりと濡れ、妖しさをあたりに放っている。
白虎は銃を構えた。しかし、その頭の中では変異体の処理の事ではなく、先ほど聞こえた自分の良く知る言葉と声を思い出し、自らの想像が現実であるのかどうか確かめなければと思っていた。
ヘッドギアが「危険です! 下がってください! 」と煩く警告を発し続ける。白虎はヘッドギアに従って下がる訳には行かなかった。近づかねば確認できなかったからだ。
一部が赤紫色に染まったヘッドギアは視界が悪く、発せられる警告の言葉も煩いと感じた白虎はヘッドギアを脱ぎ捨てる。
「何をしている! 白虎、気は確かなのか! ヘッドギアをつけて離れるんだ!」
白虎の様子に濡れた羽を広げ始めたその者を挟んだ向こう側に居る源武が叫んでいた。しかし、白虎が歩みを止めることは無い。白虎の頭と言うよりも心が確かめねばならないと白虎を促した。目の前に居る者が変異して、人格が崩壊してしまう前にと。
徐々に近づき、あと一歩踏み出せば変態が始まった白く光るその者に手が届く所まで近づいた時、大きな複眼を持った顔が白虎のほうを向き、見つめた。
「銀、銀狼……」
「朱雀、なのか?」
構えていた銃を、その場に落とし思わず駆け寄って変異体になっていく朱雀の両肩を掴む。複眼へと変化している、その瞳からは大きな涙がこぼれ落ちていた。不安は本物となり、白虎は唇を噛み締め口の端から血が流れ落ちる。
「ナ、セル……。教会」
朱雀は必死で白虎にどうしてこうなったかを伝えようとしていたが、白虎は首を振ってそれを止めた。
「喋るな。話さなくていい。今、ワクチンを……」
そういって、防護服の胸元のポケットに入れているペン型のワクチン注入器を取り出す。既にワクチンが効く範囲では無くなっているのは十分承知していた。でも、白虎は目の前に居る朱雀にそうせずには居られず、ワクチンを朱雀のまだ人の部分として残っている太ももに突き刺そうとしたが、朱雀の手がそれを止める。
「銀、狼……、もう、いい」
「しかし、朱雀、朱雀……」
「いい、朱雀より他の人に。お願い」
これほどまでの変態が進んでも朱雀は自己を保ち、自身以外の者の心配をしていた。だからだろうか、無理だと分かっていてももしかしたら助かるかもしれないと白虎に思わせ、白虎の瞳からは絶え間なく涙が流れ落ちる。そんな白虎の頬に昆虫の足と変化している右手を伸ばし、何とか口を動かして朱雀は白虎に何かを伝えようとしていた。白虎はそれを察して耳を朱雀に近づける。
「お願……、パパさ、んに……、ありがと」
「源武にありがとうと伝えればいいんだな? 分かった、必ず伝える。必ずだ」
「ぅん。銀……、狼」
「何だ?」
「大好……きだよ、銀狼も、大好き……。だから、泣かないで」
朱雀は変態し、以前の姿はそこになかったが、白虎にはいつものように可愛い笑顔で笑った気がした。朱雀の意識が無くなっていくのが目に見えて分かり白虎が朱雀を抱え込もうとした瞬間、朱雀に生えていた羽が風に乗って大きく、部屋いっぱいに開く。開いた羽に背中が軋むのか、朱雀が断末魔の叫びをあげた。
「白虎! 退けぇ!」
少し離れた場所から様子を伺っていた源武が事態の急変に駆け寄り、実弾の入った銃を構える。源武の怒鳴り声が耳に入り、白虎は涙を流してぼんやりとしている思考の中で理解していた。
たった今、朱雀の人格が崩壊し、もう二度と朱雀は朱雀としては生きていけない。源武が変異体を処理しようとしている。二つの事柄を分かってはいたが、白虎はその場を動く事ができなかった。
「何をしている! 退け! 退くんだ!」
必死で叫ぶ声に顔をあげ源武を見た白虎は、ゆっくりと立ち上がる。まだ体の全てが変異体になっているわけではないが完全に変異体になろうと変態を続けている朱雀。誰が見てもそれはH.D変異体であり、BOBとしては処理しなければならない個体。しかし白虎はその前に立ち両手を広げ、源武を止める。
「何をしている! 退けといっているんだ! 白虎!」
「駄目だ、源武。駄目なんだ!」
たまらず泣き叫ぶ白虎の後ろで小さく「パパさん、ごめんね」と呟く声が聞こえ、すでに人格が崩壊していると思っていた朱雀の声に白虎は驚いて振り返る。そこには、まだ人として残っている左手に白虎が落とした銃を握り締めた朱雀が、銃口を自分の頭に当てていた。
「な、何をしている?」
人格がまだあることにも驚いたが、自ら命を絶とうとしている朱雀の姿に喉を一度上下させ、白虎は頭から銃を離そうとゆっくり手を伸ばす。白虎の手が伸びてくると朱雀は体を後退させた。
「死にたく、ないよ……、銀、狼」
「あぁ、分かっている。分かっているから……、銃を下ろすんだ」
引きつった笑顔でなだめる白虎に首を横に振った朱雀の口からはもう声すら出なくなり、ゆっくりと動く口を白虎は見つめる。
「(皆大好き。だから、殺したくない……。銀狼、パパさん、生きてね)」
そう動いた唇がゆっくり笑顔を作る。
「や、やめろ……、止めろぉ!」
白虎の叫び声に重なるように辺りに銃声が響いた。
目の前で朱雀の頭が無くなり、硬直した体はみしみしと軋みをあげて石となり、端から砂へと変化する。白虎はただ呆然と映し出されていく光景を眺め、止まることのない涙をそのままに地面に膝を付いて座り込んだ。
何も出来なかった自分を責める気持ちすら起こらず、危険な結晶へと変化していく朱雀の体をただ見つめていた白虎の目の前に金属音がなりひびき何かが落ちる。地面を探って落ちた物を拾い上げてみれば、約束の証として朱雀にあげた銀細工のペンダントがあった。いつ行っても首に下げて、別れる時はいつも必ずこのペンダントにまた来る事を約束させられていたペンダント。
「朱雀っ!」
白虎はペンダントを握り締め、うずくまってその場で絶叫していた。近くまで来ていた源武が白虎の言葉に駆け寄って、うずくまる白虎の肩に手を置いて揺さぶりながら聞く。
「白虎! 今、今何と言った!」
乱暴にゆすられ白虎はうな垂れたまま返事をせず、涙を流して頭を下げ体には力が入っていない。源武は白虎の手に握られているペンダントを見て顔色を変え、白虎の顎をつかみ、強制的に自分の顔に向けて再度聞いた。
「答えろ! お前は今、朱雀と。朱雀と言ったのか! 白虎! 大きな声で、俺の目を見て言え!」
源武に怒鳴られ、白虎はだらりとたれた両手を握り締め、源武の方を睨むように見据える。かみ締められた唇からは血が流れ、涙が流れて止まらない瞳を深く閉じ声を絞り出すように答えた。
「あぁ、朱雀だ。朱雀と言ったんだ。今ここに居たのは朱雀なんだよ! 源武!」
「……そんな」
白虎の顎を掴み、肩を強く握っていた源武の両手が白虎から離れ、源武は自分の傍で輝く砂山になっている場所を呆然と眺める。
源武のヘッドギアからは本部からの鎮圧確認と現場処理を開始し、処理終了次第BOBへ帰還するよう連絡が届いていた。ふらりとヘッドギアの指示にその場を立ち去った源武は入り口近くまで来ていたBOBの連中に部屋の中の後始末をするよう命令して一人歩いていく。白虎もまた、銀細工のペンダントを握り締め、その場を立ち去った。
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