第10話

 「番号!」

 源武の合図で点呼がすばやく開始され、それと同時に装備の確認が行われた。全ての点検が終わり、源武が皆に通達する。

 「今回は装備Sだ。いかなる時もヘッドギアを必ず着用。現場ではいつもの通り、独自の判断で行動しろ! 准訓練生は対象物五十メートル後方にて対処。変異体のみ攻撃目標!それ以外の負傷者については感染性を確認のうえ確保!」

 「イエス!」

 「よし! 乗り込め!」

 源武の掛け声で現場に向かうBOBの装甲車に順に乗り込んだ。

 張り詰める空気と緊張感、どんなに任務をこなそうとも事態の分からない場所に赴く装甲車の中はいつでもこんな感じ。しかし、今日は何時にもまして痛い空気が漂っていた。

 BOB出動の際は、その状況に応じてAからEでランク付けがされていて、Aクラスに近づく程その内容は危険になる。

 そして、装備にもS・A・B・Cの四種類が有り、S装備がもっとも危険度が高いときに使用された。完全防備のS装備は、刃物であろうとも穴も開かず、切られる事もない防弾性を備えた防護服を着て、頭部全てを覆うヘッドギアをかぶる。動きは制限されてしまうが、ヘッドギアには小型のICとコンピューター、そしてカメラが搭載されており目標に向ければ自動的にH.D変異体かH.D中毒者かを判断することが可能となっていた。

 ただし、コンピューターからの許可が無い限り、実弾による発砲は許されない。仲間との連絡はジェスチャーと、ヘッドギアに内蔵されているスピーカーとマイクで、会話や本部での状況説明などが絶え間なく聞こえてくるようになっていた。

 つまり、今回の任務はAランクでS装備と言う、それだけでも危険なのだと分かるもの。緊張するなというほうが無理だった。

「本部より、経過説明です。変異体発生地区はセイティ地区」

 白虎は本部連絡を聞き、瞳を見開く。

 その地区は朱雀の居る地区で何処の地区よりも安全なはずだった場所。そして、まさかバイス地区を担当している自分が聞くとは思わなかった場所だった。自然と視線は源武を見つめ、ヘッドギアの向こうの表情は分からなかったが、手を握り締めているのはわかる。

(大丈夫、大丈夫だ。朱雀のような小さな子がH.Dに接触することなんてありえない)

 白虎は自分に言い聞かせるように何度も心の中で呟き、心の片隅にある不安を消そうとしていた。

「現場にてH.D変異体を四体確認、セイティ地区BOBが変異体二体処理。しかし未処理の二体が翼を持っていたため、空へ逃走。再確認されたのはバイス地区Bー五」

「Bー五厄介だな。小さな家が集まった居住地だ。人が多い」

 誰かの呟きが聞こえ、装甲車の中は更に静かになる。

「再確認の際、H.D変異体が何かを抱えていたとの証言が多数寄せられている為、動物、もしくは人が一緒に居ると推定される。現地にて人質の有無等の詳細を確認し、生存の場合は人質救出を最優先せよ」

(かなり厄介な仕事になる)

 白虎はおそらく自分が最前線に行かねばならないだろうと一人静かに覚悟を決めていた。チーム源武が現場に到着すると、H.D変異体から逃げ惑う人々がBOBのもとへ集まってくる。H.D変異体で感染するからと言うわけではなく、化け物がやってきたと怖がって逃げていた。

「准訓練生は、本部の指示をうけつつ非感染者を安全な所まで誘導。実戦経験の浅い者は遠方からの援護。危なくなれば退避してかまわん。それ以外の者はいつも通り、自分が出来る範囲で最善を尽くせ」

 すばやく、現場の状況を見た源武からの指示が飛び、准訓練生以外は言葉が終わると同時に現場に散る。

 H.D摂取、もしくはH.D変異体から傷を負わされることにより感染が確認された者であっても、感染率が七十%以下で、人格の存在が確認されている場合、BOB研究部によって開発されているワクチンにより、H.Dの影響をなくす事が可能。その為、ヘッドギアで対象物を確認次第、内蔵されたコンピューターが体温や変態率等を計測、分析して感染率・人格の有無を見極めている。

 感染率が七十%を超え、人格崩壊が重なれば、人の形は無くなって悪魔の変化を遂げた。

 人とは思えぬ変貌を遂げた変異体は異常なほどに肉を好み、人に襲いかかってその肉を喰らうようになる。

 ヘッドギアを装着している場合、処理指令は人格崩壊が確認され、人格消失と同時に攻撃命令がでるようになっていた。つまり、感染率四十%と言う低い値であろうとも、人格崩壊が確認されれば処理対象となる。

 H.D変異体は感染率よりも人格崩壊が問題であった。

 処理命令により攻撃する場合、殆どが頭部を攻撃するが、変異体の体形によりその攻撃場所は多数。瞬時に場所を変更し攻撃するのは現場での経験の違いが出る。

 ただ、現在分かっていることとしては基本には脳幹を破壊することが重要。H.Dの物質が作用している神経系を壊してしまうことが目的である。

 使用する弾は三タイプ。

 G弾、現場では実弾と呼ばれ、処理に対して使用される。拳銃の弾よりも、ひとまわり大きく、広範囲での強力な殺傷性がある弾。

 E弾、対象物の動きを一時的に止める。弾自体は針の様に細く、対象物に突き刺さる感じで着弾し、微弱な電気を空気中より拾い、倍増させ、対象物に放電、感電状態にする仕組みの弾。

 C弾、弾の大きさが二種類ある。大きさは異なるが基本的仕様は同じで、着弾する事で空気中にある水蒸気を一瞬にして凍結させ、対象物の足止めを行う弾。

 通常、チーム内でそれぞれの銃弾を専属で持った者が、ヘッドギアでの意思疎通によりチーム単位で行動するが、源武のチームは源武が認めた者が一人で全ての弾を所有し、場合により臨機応変に使い分け、一人で仕事をこなしていく。

 個性的な寄せ集め集団に思われがちな源武のチームだったが、スタンドプレイをすることで、より判断力、行動力をもとめられ、実力ではどの地区のBOBのチームよりも抜きん出たものがあり、ゆえにどのチームよりも危険度の高い任務につくことが多かった。

 白虎は三種類の弾を持ち、誰よりも早くおそらくH.D変異体が降り立ったであろうBー五東、Bー五ー三地点へと向かう。

 途中、人の気配をかぎつけたH.D変異体に出会うが、様子を横目に確認して処理せず通り過ぎた。持ち運べる弾や武器には限りがある。自分以外の者でも対処が可能であれば後続に任せて過ぎていくのはいつもの事だった。

 やり過ごしていく変異体には目立つ傷があり、変異体に成った者から攻撃を受け、傷口より感染・発症したと考えられる。範囲を横に広げながらやってくる変異体に変態したばかりの者達が歩いてきたであろう場所、その先に本体が居るはずだと経験から推測し、白虎はその場所を目指していた。

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