第9話

 訓練も終わって、白虎にも任務が与えられるようになり、殺伐とした毎日を送らなければならなくなる。しかし、朱雀との写真や絵が殺気だった気分をやわらげてくれていた。

 ある日、休憩室で休んでいる白虎にクラウドが話しかける。クラウドは白虎がBOBに入る少し前に、源武にスカウトされBOBに入っていた男。他愛の無い話を続け、ふとした瞬間クラウドは少し真剣な眼差しを白虎に向けた。

「白虎、お前最近変わったな」

「え? そうか?」

「トゲがなくなった。前までは触るな! 喋るな! 接するな! って感じのオーラだしていて、近寄りがたくて怖かったんだぞ」

「そうなのか? あんまり自覚は無いのだが」

 白虎はクラウドに言われて初めて、そういわれれば最近源武以外の人と喋る機会がふえたと気付く。クラウドの言うオーラを出しているつもりはなかったが、近寄るな接するなとは思っていた。

 源武の家に行き朱雀に出会うまでは、自分は決して自分以外の人間と深いつながりを持ってはいけないと戒めていたからかもしれない。じっくりと自分を見つめてくるクラウドの視線から逃れるように手元にあるコーヒーを口に含む。その様子に少し微笑んでクラウドはまったく別の話を始めた。

「それはそうと、最近H.Dが教会でばら撒かれているって知っているか?」

「教会で? いや、知らない」

「グレイスレイ教って、最近ダウンタウンで信仰されている宗教があるってことは?」

「あぁ、それなら聞いたことがある。新興宗教で、教祖が神の啓示を受けていて、教祖にかかればどんな病もたちどころに治るとかありがちな謳い文句を使って信者を増やしているあれだろう? 翼の会とかいう組織も作っていて啓示を授かれば、どのような人間であろうとも、全ての苦しみから解放されるとか。そんなこと、本当の神でもきっと無理なのに」

「その教団が最近、ダウンタウンの至る所に教会を作って、神がくれた救いの果実だってH.Dを練りこんだお菓子を何も知らないダウンタウンの信者共にばら撒いているんだよ」

 クラウドは机に置いてあるお菓子を手に取り、放り投げると口でキャッチして食べ、鼻から息をはく。

「ダウンタウンにある教会に来るやつなんて、どうしようもなくなって神と言う存在に逃げる事で救われたと思っている連中が集まる場所だろ? そんな連中だからさ、言われるままに救われたいとこれといって何も考えず、神様からの恵みのH.D入り菓子を食っちまうんだ」

「ふん、どうせそれを分かっていて教会もばら撒いているのだろう。しかし、ばら撒く理由は何だ?」

「さぁな何か目的が無けりゃそんなことはしないとは思うが皆目分からん。それでも無差別にばら撒かれて常習する連中が増えるかと思うと気が重いよな。出動が増えるだろうしさ。流石に憂鬱になるぜ」

「休みが減るからか?」

「……冗談きついな。白虎」

 クラウドは白虎の言葉に少し引きつったように笑って立ち上がり、空になった紙コップを握りつぶしゴミ箱に投げ捨てた。

「俺らは、その分人殺しになるってことだよ」

「……あぁ。そうだな」

「公認殺人鬼。許された死神」

「なんだって?」

「俺達のダウンタウンでの陰口に近い呼び名だ。表面上はH.D変異体から自分たちを守ってくれると担いでくれているが、実際は違うってことだよ」

 クラウドはそう言って握り締めた手をさらに硬く握って、「午後からも気をつけろよ」と白虎に声をかけて去っていく。

(人殺しか。恐らく、そう思い苦悩しているのは源武のチームだけだろうな。BOBで教育されるのはH.D変異体は人間ではなく単なる動く物体だからな。カビや害虫とかわらない位置付け。しかし、源武はそう考えていない。処理と言うのを嫌がる、どのようになろうとも人は人)

 クラウドが居なくなってからも白虎は一人、休憩室でコーヒーを飲みながらそう考えていた。

 実際、現場に出てH.D変異体と対峙し、それが人であったとは思えないほどの変化をしているのを目の当たりにしている。源武はBOBでの教育とは別に自分のチームの者には変異体を人として扱い人として葬る事を教育していた。

 他のチームの連中はたとえ殺人鬼といわれてもなんとも思わない。自分に人を殺しているという自覚が無いのだから、責められているとは思わない。だが、源武のチームは違った。それが良いことなのか悪いことなのか、白虎には分からなかったが源武の考えに納得はしていた。

(善悪を決めるのは誰でもない。自分自身だ)

 白虎がコーヒーを飲み干して、フッと肩の力を抜いた瞬間、BOB内に警報が鳴り響く。

「警報! Aクラス! 装備S着用。チーム源武、出動してください。繰り返します。警報! Aクラス! 装備S着用。チーム源武、出動してください」

「早速クラウドの言う通りになったかな。休憩時間もなくなるとはね」

 白虎は紙コップをゴミ箱に捨て、急いで自室に帰って装備を十秒程度で整えた。同様に源武のチームメンバー達の自室のドアが勢いよく開いてメンバーは廊下を走り、BOBロビーに全員が集合する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る