第8話
「ダーイブ!」
大きな声がした瞬間、白虎の腹部に重たいものが落ちてきて白虎は「うっ」と小さく声を漏らす。何が起こったのかと重たい頭を上げて腹部を見れば、布団の上に両手両足を大の字に伸ばして、うつぶせ状態で乗っかっている朱雀が居た。
「朱雀、何なんだ」
「こら! 銀狼のお寝坊さん!」
朱雀は白虎の言葉に答えることなく、大きな声で明るく笑い、体を布団の上で回転させて行ったり来たりする。白虎のことを考えずに布団の上で騒ぐ朱雀の圧迫感が腹部に集中し、二日酔いの気持ち悪さも手伝って起こしていた頭も再び枕へと落ちた。
「朱雀、銀狼を起こしたかぁ? 起こしたら連れて来~い!」
「あ~い!」
源武の声に、なるほど起こしに来たのかと理解した白虎。
しかし、朱雀の重たさと二日酔いで中々さっと起きることはできない。薄目を開けて布団にもぐったままの白虎の体に朱雀はまたがり、体全体で揺さぶりながら自作の即興曲を歌いだす。
「お~い、裸んぼ~、お~きろ~♪ お~きろ~♪ おっき、銀狼起きやがれぇ!」
両手で思い切り布団の上から白虎を叩いて歌う朱雀に、白虎は腕を布団から出して朱雀の頬を横へ引っ張った。
「……起きているし、裸じゃない」
「おぅ! やっほ、起きたぁ~」
朱雀は頬を引っ張られながらもそれが楽しいと言わんばかりに大きく笑ってベッドから飛び降り、自分の頬にあった白虎の手を握って早く起きろと促し引っ張ってベッドから連れ出そうとする。
「パパさんが美味しいご飯作ってるのぉ! 早く早く!」
「あ~もう、そう急かすな。下着のまま降りられんし、頭痛いんだから」
「え~! 頭が痛いの? 大変! パパさ~ん銀狼がお風邪ひいたぁ」
叫びながら走って階段を下りていく朱雀に手を伸ばしてそうじゃないと言ったが、大きな声が出せず呟くような否定の言葉は朱雀の声にかき消された。ため息をついて前髪をかき上げ、大きく伸びをして体を無理やり起こす。ベッドから立ち上がりジーンズだけ穿いて上はタンクトップのまま部屋を出た。階段を降りていくと、パンの焼けるいい香りが漂っている。
明るい光の中、仲のいい親子が満面の笑みを浮かべ楽しそうに会話をしていた。
階段から覗いた眩しいその風景は遥か昔に見た気がする光景。しかし、今の自分には別世界で眩しく触れて汚してしまってはいけないもののような気さえする光景。手で額を押さえながら階段の途中で立っている白虎に気づき、源武が声をかける。
「お~白虎。風邪ひいたって?」
「いや、二日酔いだろ。少し無茶な飲み方をしすぎた」
「なるほどな。しっかし、あれだけの量でか。意外に弱いのか?」
「ふざけるな……。ボトル四本に、ビール一ダースも空ければ誰だってこうなる」
「そうか?」
同じぐらい、というよりも源武の方が多く酒を飲んだにもかかわらず、ケロッとして首をかしげ元気な朱雀の相手をしている源武の姿に(化け物だな……)と半分呆れたように白虎は見つめ階段を下りた。食卓の椅子に腰掛け、フゥと深呼吸すれば源武が水を置く。
「朝食、食べるだろ? 食わないと元気も出ないぞ!」
「そうだぞ! 食べるぞ!」
「いらないって言っても食わせるつもりって感じがするのだが」
「当たり前だろ。食える時に食っておく! 常識だろうが」
「そうだぞ! 常識だぞ!」
「OK、食べりゃいいんでしょ、食べりゃ」
やたらと元気な親子に半ば強制的に言われ、ため息をつき無理やり詰め込むように食事をした。出された食事を苦しい中何とか綺麗に食べ終わり、背もたれにだらりと凭れて苦しいさをやわらげようとしていると、横から緑色の液体が入ったコップが差し出される。
「何だ? この沼色の液体は」
「失礼なヤツだな。源武特製の野菜ジュースだ。コレは二日酔いに良く効くぞ」
「散々食べさせておいてまだ食べさせるつもりか」
「残念だな、これは飲むのであって食べるじゃない。そうだな、薬みたいなものだから食事とも違うな」
(屁理屈じゃないか……)
これもまた、飲まずにやり過ごすことは難しそうでコップを目の前に掲げ、緑色の濁った液体を眺めて意を決して飲もうとすると、源武と朱雀がにやつきながら見つめてきた。その好奇心に満ちた、何だか嫌な予感しかしない二人の視線に白虎は口に運ぼうと傾けたコップを元に戻す。
「毒でも入れたのか?」
「もう! 早く、早く飲むのぉ~!」
白虎が飲むのを躊躇していると、机を両手で叩きながら朱雀がせかし、仕方なく白虎は不思議に思いながらもジュースを口へと運んだ。その瞬間、口の中に湧き上がってくる嫌な香りに白虎は思わずコップを持っていない方の手で口を押さえ、何とか噴出すのをこらえて口に入れたジュースを喉へと送り込む。
見た目通りと言えばその通りなのだがこの世の物とは思えないほど不味かった。今まで見たことの無いほど歪んで面白い表情になった白虎の顔を見て、源武と朱雀は同時に噴出し大爆笑。笑い声が部屋に木霊する。
「ぅえっ! なんだこれは」
「だから、源武特性ジュース。十種類の食材をブレンドした二日酔いなんかあっという間に無くなる魔法のジュースだ」
「パパさんも変な顔になるジュースだよ。おもしろいの~」
「変な顔ね。まぁ、毒じゃないならいい」
白虎はまずさを少しでも軽減させようと鼻を摘んでジュースを飲み干し、すぐに流しへと走って口を濯いだ。
数回濯いだにもかかわらずまだ口の中にあのまずさが残っているような感覚にリビングにあるソファに横になる。
ただ気分を余計に悪くしただけじゃないかと思っていたが、横になって数分もすれば二日酔いのむかつきが取れてきたようで頭もはっきりしてきた。白虎が寝ている間に片づけを終わらせた源武は足に朱雀をまとわりつかせたまま白虎に聞く。
「今日、朱雀と弁当もって散歩に行こうと思っているんだよ。お前も一緒にどうだ?」
「いや、私はいい。BOBに帰るよ。私はここに居るべきじゃない」
「……白虎」
「そう心配そうにしなくていい。今の私にはってことだよ」
「そうか」
「え~! 銀狼、来ないのぉ?」
「銀狼は忙しいんだ。昨日いっぱい遊んだだろ? パパはちゃんと居るんだから我慢しよう、な?」
「う~、ちゃんとご飯残さず食べるから~、好き嫌いしないから~、銀狼、帰っちゃヤダ~」
少しベソをかいたように言う朱雀の我侭に源武はどうしたものかと困り果てていた。瞳に涙をためて口を歪ませている朱雀に白虎は膝を折って視線の高さをあわせ優しい笑顔で「また来るよ」と言い、朱雀の頭をなでた。
「ホントに? 嘘つかない?」
「あぁ、つかないよ」
「でも、絶対じゃないもん。パパさんも良くそう言って約束するけど約束破る」
「そうか、そうだな。うん、そうだ。約束の証にこのネックレスをあげよう。綺麗だろ?」
ムッと口を尖らせて不貞腐れる朱雀に白虎は、銀細工のロケットペンダントを自分の首から外して朱雀の首にかける。楕円の形をし、表面には弦植物の細工が施され赤い実の部分には、この世界では貴重なルビーがあしらわれた高級品だった。
「わ~銀狼にそっくりだね♪」
「そう、私とよく似ているだろう。これでいつも私と一緒だと思えるし、これを朱雀が大事にして持っていたら私は必ずここに来る。約束だ」
「うん!」
「おい、白虎! こんな高価な物」
「良いんだ」
「良いって、大事な物なのだろう? その、妹さんの」
「ハァ、何でも知っているのだな。さすが元警察官といった所か。自分への戒めに妹の持っていた銀細工を加工して作った物だけど、もうそろそろ、戒めを解いてもいいかと思ったんだよ」
「白虎」
二人が話している間も、朱雀は首にかけられたペンダントを嬉しそうに眺める。太陽に照らしてキラキラ光るのが嬉しいようで、ニッコリ笑った朱雀はくるりとその場で一回転して見せた。
「見てぇ、パパさ~ん。似合う? 朱雀可愛い?」
「あぁ! 朱雀は何でも似合うな~。可愛いぞ~」
「わ~い! ねぇねぇ、パパさん! 写真とってぇ~」
「写真か。そうだな、記念に皆で撮るか!」
「やったぁ~銀狼! だっこぉ~」
「え? 私も一緒にとるのか?」
「むぅ、当たり前でしょ。銀狼は朱雀と写真撮りたくないの?」
拗ねるように朱雀に言われ渋々白虎は朱雀を抱き上げる。
朱雀は嬉しそうに白虎の腕に座って、首に腕を回した。家の中から源武が立派なカメラを抱えて出てきて門柱に乗せてタイマーをセットし、白虎と朱雀に加わると親子は二人で大きな声で掛け声を上げる。
「ニッコニコは、しあわせのシィ~」
カメラのシャッターが切られ、白虎は泣きそうな顔をして見送る朱雀に手を振ってBOBへと戻った。
それから、白虎と源武親子との交流は次第に親密になっていく。
飾り気の無かったBOBの白虎の部屋には、朱雀が描いた白虎の絵や一緒にとった写真が飾られるようになっていた。
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