第7話
朱雀をベッドに寝かせ、帰ってきた源武が片付けに加わる。
片付けが終わり、白虎はソファに腰掛けた。片付けに疲れたというよりは楽しい雰囲気に疲れた白虎は大きく息を吸い込んで吐き出す。
「お疲れさま。今日はすまなかったな」
ソファに腰掛けた白虎の目の前に水割りのウィスキーが差し出され、受け取った白虎は一口含んでカラリと氷をゆらした。
「白虎、ありがとうな」
隣に腰掛けた源武が同じようにウィスキーを飲んでからぽつりと呟き、白虎は手に持ったグラスを見つめたまま返事をする。
「何がだ?」
「お前、こういうのはあまり好きじゃないだろう?」
「あまりじゃない。嫌いだ」
「そうだろうな。昔の俺とそっくりだ」
少し微笑みを浮かべ酒を喉に送り込んでいる源武を横目で眺め、同じように喉に酒を長足込んでから白虎は「警官の頃のか? 」と尋ねた。その言葉に一瞬驚いたような表情を浮かべる源武。
「あぁ、ナイセルさんに聞いたのか?」
「お喋りな人だな、聞いてもいないことまでべらべらしゃべっていたぞ」
「明るくて良い人だろ? 俺は無口だからあれくらいの方がいいのか助かっているよ。そうか、聞いたか。ま、聞かれて困ることじゃないがな」
「思っていた以上にアンタは馬鹿のつく、お人好しだな」
「さすがに手厳しいな。今日はつぶれるまで飲みたい気分だ」
「私は遠慮するよ。もう夜もおそい、そろそろ帰らないと」
「帰る? BOBへか? 止めておけ、部屋は余っているんだ泊まっていけばいい」
源武の言葉に白虎は一瞬考える。しかし、やはりこの空気の中に自分はいるべきではないと立ち上がった。
「お前も強情だな」
目の前に源武が立ちはだかりウィスキーの瓶を目の前にぶら下げて歯を見せて笑う。
「上官命令だ、今日は付き合え。第一、目を覚ました時に銀狼が居なければ朱雀に泣かれる。アイツが泣くと厄介なんだ」
「やれやれ、子煩悩な馬鹿親だな。わかった、付き合ってやるとしますか」
酒瓶を幾つかとご馳走の残り物をリビングのテーブルに出して二人だけの飲み会が始まった。初めは何かを話すわけでもなくただ静かに酒を口へと運んでいたが、少し遠い目をした源武がぽつりと言葉を漏らし始めた。
「実はな、今日は朱雀の誕生日じゃないんだ」
あの騒がしいまでの会が終わった所で何を言い出すのだと首を傾げている白虎に少し申し訳なさそうな笑顔を見せて源武は続ける。
「一応朱雀の誕生日ということにしているが正確に言えば今日は朱雀と俺が出会った日でな。朱雀の誕生日が分からないし、本人も知らないから俺が勝手に今日にしたんだ。俺が警官だったのは聞いているだろ? 朱雀は警察時代に俺が担当していた事件現場で泣いていた子供だ」
昼間のナイセルの話の中に出てきた事柄だったので白虎は「そうか」というだけで驚きはしなかった。
「母親らしき人物はH.D変異体になってしまったんだよ。朱雀という名前だけは本人がそう言ったからそうなったがそれ以外は全く分からない子だ」
「母親らしきとはどういうことだ?」
白虎が聞けば源武は大きく息を吸い込んで力強い視線を、氷を溶かすように揺れるグラスに送る。
「白虎も現場に出ていないとはいえ、H.D変異体がどんなものか知っているだろう? その時朱雀の傍で確認された変異体は女だという事は分かってもそれ以上は分からない。朱雀もよほどショックだったのかその時の記憶が無い。朱雀の傍に居て女だったから母親らしきという事になったんだ。勿論完全に変異していたからその場で射殺されたけどな」
「処理されたのか」
「白虎、俺はその言い方は嫌いだ。まるでゴミのように。どうなろうとも、人なんだ」
「だが……、いや、そうだな」
源武の言葉に白虎は否定しようとしたが、眉間に皺を寄せ、あまりに真剣な源武の様子に言葉を飲み込む。じっと手に持ったウィスキーの氷を見つめながら源武は小さく息を吐いて続けた。
「幸いな事に朱雀に感染は認められなかった。暫くの間はBOBで監視されてその後、養護施設へ行く予定だったんだ。だがな、養護施設へ送られると聞いて様子を見に行ったら朱雀は俺の足にしがみついて離れなかったんだよ。で、仕方がないからつれて帰ったんだ。育てようとか、かわいそうとかそういう気持ちがあったわけじゃなくって、何だろうな、すっごく愛しかったんだ」
「愛しかった、ね」
「時間が経って人にもなれて来たら施設にと思ったんだが、いつのまにか養女にしていてな」
「物好きだな」
「そうだな。まぁ、普通はそう思うよな」
白虎の言葉に豪快に笑った源武の瞳はとても優しく、本当に朱雀が愛しくて大切なのだと思わせた。しかし、白虎にとってその瞳の優しさは辛く視線をそらし乾きかけた喉を氷が解けて薄まってしまったウィスキーで潤わす。
「朱雀と暮らすようになって俺は警察を辞めてBOBに志願した。朱雀を一人にするのはかわいそうだし心配だった。でも二度と朱雀のような子供を作りたくなかった」
氷がグラスに当たって沈む音が響き、源武は手に持ったグラスの中に入ったウィスキーを氷ごと一気に飲み干した。
「警察を辞めたのは変異体に対しての復讐か」
「いや、そんなつもりはない。BOBに入ったのはH.Dの被害にあい、変異体になってしまった彼らを殺す為じゃなく彼らを助けたい為だ。だが、現実は厳しいな。処理という名を借りて、俺はこの手で人殺しをやっている。未だに自問自答するよ。これが彼らを救っている事になるのか? ってな」
乾いた笑いでそう言う源武に白虎は瞳を閉じてぽつりと言葉を吐き出す。
「……苦しむよりも、安らかな死を」
白虎の呟きに一体何を急に言い出したのかと源武が酒を造りながら首を傾げると白虎は瞼を開いて嘲るような微笑みをみせた。
「とある神父が私に言った言葉だ。生か死か狭間で迷いあぐねた時はその人の苦しみを取り除いてやることを優先するのです、例えその方法が死であろうとも。なんて。聞いた時はクソ食らえと思ったよ」
「クソ食らえって、酷いな」
「だってそうだろう。死が安らかかどうかなんてどうしてわかる? そんなのは生きているやつが勝手に言っていることに過ぎない。何が善で何が悪か、それは人それぞれで、そう決めたそいつの勝手で決まる事だ。人殺しをしていてもそいつがそれは善だと言えば正しく、悪だと言えば罪になる。殺された方にしてみても同じ、安らかだと思えばそうだろうが、生きていても死んでも苦しさがそこにあればそいつにとって死は安らかではない」
その通りだが手厳しい事をいうと源武が言えば、白虎は眉間に皺を寄せて源武に睨み付ける様な視線を送る。
「……妹は親に殺された。私はこの手で親を殺した。雇われ知り合いでもなんでもない、ただその時敵対していただけの奴らを沢山殺した。山ほどの人の形をした人々を私は殺し続けてきた。そして私は自身でそれを善とは思っていない。だから私は安らぎという死に逃げる事は許されない。苦しみ続ける事が私への罰だ」
射るような瞳を向けてくる白虎の瞳を見返したまま酒をのみ、ふぅと一息ついて源武は頷いた。
「そうだな、知っている」
「え?」
「部下になるやつの素性を知らない訳が無いだろう。渡された資料だけで納得していると思ったか? 様々な死という事柄を知っている者だからこそ、俺はわざわざお前を訪ねたのだ。俺は自分の足で調べ、本人を見て判断を下す。どんなに腕の立つやつであろうと俺は自分が認めていない者は部下にしようとは思わない。人となりが良くなければな」
「見る目が無かったな」
「いや、俺の人を見る目は確かだ。白虎は俺が思っていた通りの女だったぞ」
「残念ながら私は人じゃない。魂を狩る死神だ」
「本当の死神は仕方がないとはいえ、子供の遊びに付き合ってこういうお祝いはしないはずだが? お前は自分を追い詰めすぎる」
説教じみた口調になってきた源武に「もう止めよう。折角の酒が不味くなる」と白虎は制止の言葉を放ち、源武はまだ言い足りないと不満な顔をしたがこれ以上言えば無理やりにでも帰ると言いかねないと大きな息を吐いて諦めた。
「まぁ、いい。だが、忘れるな。お前は俺の部下だ。死神でも殺人鬼でも無い白虎と言う一人の人間だ」
「中々臭い事を言う。あぁ、分ったよ、リーダー」
源武の言いたい事が何なのか分かっていたがそれを理解する気は全くなく、真剣に見つめてくる源武を納得させるためだけに白虎は頷く。これといった深い話をそれ以上することは無く、どちらかといえば静かに二人は深夜まで酒を酌み交わした。
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