第6話
ナイセルの話は途切れることを知らない。
一体どうやればそんなに口が動くのかと半分呆れていた白虎はともかく話題を変えてみようと珍しく自分から話しかける。
「ナイセルさんは源武の奥さんって訳じゃなさそうだけど恋人?」
「あらそう見える? 残念ながら違うわ、恋人だと嬉しいんだけど。私は家政婦で源武さんが留守の間朱雀ちゃんと一緒にあの家で留守番しているの」
「朱雀って、あぁ、あの女の子か」
「初めて源武さんの家にお邪魔した時、源武さんは白虎さんみたいに何もかも事務的で、朱雀ちゃんともどう接していいか分からなくっておたおたしていたわ。でね、源武さんはその頃はまだ警察に勤めてらして、家を長期に空けることは無かったのだけれど、帰ってきたら朱雀ちゃんと一生懸命。必死で接しながら、私には威厳保つような態度で事務的で。おかしいでしょ?」
ナイセルは源武の話を振られたのがよほど嬉しかったのか、楽しそうに矢継ぎ早に聞いてもいない事をぺらぺらとまくし立てた。白虎は振る話題を間違えたかと少々後悔しつつ自分が振った話題だけに我慢して聞くことに徹する。
「半年程した時に私が言ったんです。家に帰ってきたらリラックスして、家に居る時間を楽しんではいかがですか? 私、気にしませんからって。そしたら源武さん何て言ったと思います?」
そう聞かれても白虎に思いつく返事はなく、肩をすぼめて首を傾げた。ナイセルは予想通りの白虎の返事に笑顔を見せてさらに続ける。
「申し訳ないって言ったんですよ。おかしいでしょ? 悪いことなんて一つもしてないのに謝るなんて。ずっと警察にいたせいか、どうしても事務的になっちゃうんですって。今ではそんなこと全然無いですけど。すっかり朱雀ちゃんに良い意味で毒されちゃって」
次から次へとよくもまぁ舌が絡まらないなと思うほどに喋るナイセルにあっけにとられていた白虎は、源武はきっと朱雀だけでなくナイセルにも毒されているのだろうなと思った。そう考えてやれやれと思った瞬間、ふと、疑問が思い浮かびナイセルに尋ねる。
「しかし変だな。源武は自分の子供なのに接し方が分からないのか?」
「あら、聞いてないの? 朱雀ちゃんは源武さんの子供じゃないわよ。源武さん未婚ですから」
聞いていないどころか朱雀という子供がいると言う事を知ったのはついさっき。今日はなんだか驚くことばかりだと思いながら、ナイセルに知らないと言えばナイセルは意外そうな表情を見せて説明した。
「自宅にまで招待をする人だから知っているのかと、そうですか。私が勤める前の事らしいんですけど、養女として源武さんが引き取られたそうですよ。詳しい事は教えてもらっていませんけど、警官時代に担当した事件に関係のある子供だとか。自分の子供じゃないっていうこともあるでしょうけど、子供なんかと接することのない職場で当時源武さんは三十八歳の独身、幼い子にどう接していいか分からなかったらしいですよ。あら、おしゃべりに夢中になっていたら着いたみたい。遠い所どうもありがとうございました」
自分が喋るだけ喋って、ナイセルはお辞儀をし、笑顔で大きく手を振りながらアパートの階段を登っていった。
ナイセルが自宅に入るのを確認し、白虎は来た道を帰る。ただ話を聞いただけだったが、ナイセルのあの妙に元気で明るい雰囲気に酔ったようで疲労感が半端ない。足取り重く帰っていたが、頭の中ではナイセルの話を思い出していた。
ナイセルの話をまとめると源武は警官時代に、自分とは全く関係の無い子供を引き取り、警察を辞め面倒なBOBという組織に入って働き始めたことになる。子供を引き取るか否かは本人の自由だし、白虎にとってお人好しだと言うこと以外どうでもいい事柄だが、何故警察組織を辞めたのかが気にかかった。子供という面倒が増えるのならば安定した収入を得られる職に就いていた方がましだろう。
考えながらも答えは出ず、答えが出ないのはおそらく源武の行動全てが決して自分では無理な事柄だからだろうと結論付ける。
道路に面したガラスに映る自分を見つめながら、ナイセルは似ているといったが全く自分と源武では別物で、似た部分など一つもないと改めて思っていた。もくもくと道を歩いていけばナイセルと歩いたよりも半分の時間で源武の家に着き、ドアベルを鳴らす。
「あい! どちらさんですかぁ?」
明るい子供の声が中から聞こえ、白虎は出来るだけ早くBOBに帰ろうと心に決め深呼吸をしながら答えた。
「白虎だ」
「パパさ~ん。ビャッコダさんですよ~、ドア開けていいですかぁ?」
「ビャッコダさん? あぁ白虎か。開けていいですよぉ~」
源武の声が聞こえ、鍵を外す音が二回聞こえてドアが開けば「いらっしゃいました~」と可愛い女の子が満面の笑みで玄関を開けてくれる。背が届かないのか、ドアノブにぶら下がってまるで遊んでいるような女の子を抱きかかえ、ドアノブから引き剥がして「どうもありがとう」と白虎が言うと、女の子は顔の前に人差し指を出し、ウィンクをしながら指を振る。
「チッチッチ、お邪魔しましたっていうのですよぉ~」
「あぁ、そうか。お邪魔しました(お邪魔しますって言いたいのだろうな)」
「フフン、素直でよろしい!」
得意げに自分を褒めてくる子供を抱っこしたまま、これからどうしたものかと白虎が立っていると、部屋の奥から源武の声が聞こえてきた。
「朱雀、お手伝いしてくれ。それと銀色のお姉さんをこっちに連れてきてくれ」
「あ~い。そっか、お姉ちゃんが銀狼さんなんだね」
「銀狼? なんだそれは?」
「銀狼は銀狼だよ」
嬉しそうに笑顔で言う女の子は白虎に抱えられたまま台所を指差して家の奥へと案内する。
廊下を歩いて突き当たりは台所になっており、台所の横は大きなテレビと可愛いソファ、とにかく源武からは想像できないメルヘンで可愛らしい家具が並ぶ居間になっていた。
「パパさ~ん、連れてきたよ~」
そういって白虎の腕から飛び降りた女の子が走っていった先に目をやれば、似合わないフリル付きの白いエプロンをつけた源武が料理を作っている。
「白虎、すまんかったな。急に送らせたりして」
「いや、そう遠くもなかったから構わないのだが。源武、何をしている。というかなんて格好だ」
「ん? 何ってエプロンして料理に決まっているだろう。あぁ、紹介しとこう。この子は俺の娘の朱雀だ」
「銀狼、はじめまして、朱雀ちゃんです!」
「あぁ、ナイセルさんから、ちょっと聞いている」
「ナイセルさんに、そうか」
源武は白虎の言葉に少し複雑に返事し、何かを言おうとしたが朱雀が白虎の手をとって引っ張るので白虎の視線は源武から朱雀へと向けられた。
「銀狼~、今日は朱雀の誕生日会なんだよぉ~」
「そうなのか?」
「ああ。それで、白虎を招待したんだよ。白虎の話をしたら、逢いたいってせがまれてな~」
「私に? どうして?」
「あい! これ」
首をかしげる白虎の手を離し、朱雀は走ってリビングに行き白虎に絵本を渡す。何度も読んだのだろう絵本の端は擦り切れてボロボロになっていた。
「銀の風?」
「朱雀が好きな絵本なんだよ。読んでみたらいい。読めば銀狼の意味も分かる。おい朱雀、ケーキに苺のせるぞ~」
「あい!」
白虎に絵本を手渡した朱雀は源武に呼ばれて、足音を大きくたてながら台所へ走っていった。朱雀を見送り、リビングのソファに腰掛けた白虎は今にも分解してしまいそうにぼろぼろの絵本を開く。見開きいっぱい使った絵本のイラストは、銀色の毛並みに赤い目をした狼で白虎は(なるほど、自分に似ている)と思いながら絵の端のほうに書かれている文字に視線を走らせた。
真っ白な雪降り積もる、銀色の世界に赤い点。
罠にかかった銀狼は血を流し、ただ静かに命が尽きるのを待っていた。
一人で生きてきたのだもの。一人で死んでもさびしくない。
目を閉じて静かに命が尽きるのを待っていた。
暫くして、銀狼は体に温かさを感じて目を覚ます。
銀狼の瞳に映った女の子は「大丈夫? 」と語ってきた。
低い唸り声をあげ、威嚇する銀狼に女の子は優しく額にキスを。
「一人じゃないよ」
雪飄々と一人と一匹を包み消していく。
二人は何処へ行ったのでしょう?
きっと優しく温かく。青いお空の銀色の風。二人仲良く走っている。
温かく幸せな絵本ではなく、どこか悲しく切ない物語に白虎は絵本から視線を外し、楽しそうにケーキの飾り付けをやっている父と子を見る。
他にも色々絵本があるにもかかわらず、擦り切れてボロボロになっているのはこの一冊だけ。
切なく悲しいこの物語を好み、白虎は自分をこの絵本の中の狼に見立てた朱雀の心の中には何かあるのではないかと勘ぐってしまう。
絵本を閉じて台所を見つめる白虎に源武が食事をしようと声をかけ、白虎は頷いて台所にある食卓に向かった。沢山のごちそうが並び、ど真ん中にはちょっと不恰好なショートケーキがある。
「これ、全部源武が作ったのか?」
「まさか! ケーキの飾り付け以外は殆どナイセルさんが作ってくれていたんだよ。俺は温めなおしただけだ」
「パパさんと、ケーキ作るって約束していたんだよぉ~」
「ま、実際には飾っただけだけど、一緒に作ったよな」
「作ったぞぉ~。朱雀も良くできましたでしょ!」
「あぁ、朱雀はよくできました! さ、ロウソクに火をつけて、ハッピーバースデイトゥユーを歌うぞ」
「わ~い! じゃ、いっせいのぉせで!」
「え、歌うのか? まさか私も」
「銀狼は朱雀をお祝いしないの? 一緒に歌わないの?」
歌うといわれ驚いて白虎が聞くと、朱雀が頬をこれでもかと膨らませ両手を大きく振りかざし机を叩いて怒った。そして次第に泣き出しそうな瞳になって白虎を見つめてくる朱雀に少し困って、白虎は源武に視線を送る。
すると、源武はにやつきながらウィンクをして「やれ」と無言のプレッシャーをかけた。このまま歌わないという選択肢もあるし、口ぱくで歌っている振りをする方法もあった。しかし、キラキラとした視線で見てくる朱雀とここぞとばかりに上司ぶる源武、交互に視界に入れ二人の様子に観念した白虎はため息をついた。
「歌わせていただきます」
「うふふ、やった~! じゃぁ、いっせいのぉせ!」
大きく手を振り上げて指揮者の真似をする朱雀の腕の動きに合わせてハッピーバースディと歌われ、歌の最後にケーキに灯った蝋燭の炎を朱雀が吹き消す。拍手とともに椅子に立った朱雀が深く礼をして大きな笑い声が響いた。
朱雀のやりたい放題と言っても良い誕生日会はにぎやかに続き、夜遅くに体力の限界で朱雀が静かになると自然とお開き状態になる。
「とうとう、燃料切れか。寝ちまったな」
未だ顔に笑顔が残る朱雀はソファに小さく丸まるようにして眠っていた。源武は朱雀を起こさないように優しく抱き上げ二階へと連れて行く。
源武が朱雀を部屋に運んでいる間、白虎は楽しさのあまりに朱雀が散らかした台所とリビングを片付けていた。
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