第5話
適正検査を経て白虎は源武のチームに配属されたが、すぐに実戦部隊に入ることは出来ず暫くは研修と言う名の様々な勉強をさせられる。
H.D変異体に対処するには特殊な装置を使い、H.Dと変異体の知識も要する為だ。たとえ傭兵などの戦いのプロであろうとも、正しい知識を身につけ、訓練をつまなければ現場では使い物にならなかった。
訓練は朝から夜まで続き、机に向かって知識を学ぶこともあれば、実践に似た訓練をされることもあり、あまりの訓練の厳しさに白虎と一緒に入ってきた元傭兵達の中からも脱落者が出た。
中には知れば知るほどその仕事の危うさに安い金でやってられるかとやめて行った者もいて、気づいた時には両手の指で数えられる程になる。
そんな中、白虎は淡々と訓練をこなしていた。残った女性は白虎ただ一人となっていたが、白虎の身体能力は特出しており、男性など足元にも及ばない。優秀だと周りの皆が褒める中、任務が無く時間がある時はよく様子を見に来ていた源武だけが浮かない顔をしていた。
群れることを嫌い、必要以上に人との接触を持たない白虎は訓練が終わればすぐに自室へ篭る。白虎にとって、やたらと自分を気にして親しく接してくる源武に戸惑いも覚えていた。
源武は傭兵を続けてきた白虎からみても、尊敬に値する程の腕前と統率力があり、だからこそ源武のチームに入っておきたいと思ったのだ。しかし、それ以外での接触は求めておらず、気にかけてくる源武にどうしたものかと思っていた。ただ、戸惑ってはいたものの他の人間達と違い、源武が接してくる事に嫌な感情はなかった。
自分の感情に妙な違和感を覚えながら、日々の訓練をこなしていた白虎に初めての休暇が訪れる。身内と呼べるものもいない白虎。休暇をもらった所でやることも無いとBOB自室で休んでいた。
「白虎、いるんだろ? 俺だ。源武だ」
「何の用だ?」
大きな声で自分を呼ぶ源武の声にベッドから起き上がってドアを開けると、出入り口の上に手をついて大きな体を少し折り曲げ、覗き込むように顔をこちらに向けている源武が居た。
「やっぱり居たか。まぁ、居ないことは無いと思っていたが、折角の休暇をこんな所で一日過ごすつもりか?」
「何処に行くって言うんだ? 家に帰っても誰も居ない、ここで自室が貰える事が分かった時に家の家具やらは殆ど処分した」
「そりゃ勿体ない。というか本当に帰る気は無いのだな、相変わらず面白い奴だ。自宅を捨てたのか?」
「一応ここを首になった時の為に建物と土地は残している。が、今は住めるような状態じゃない。言っただろう、不要なものは邪魔なだけだと」
「なるほど。不要なものか」
自宅をはっきりと不要なものだと言ってのける白虎に一瞬源武の顔が曇ったが、すぐにいつもの表情に戻り歯を見せて笑う。
「それなら予定は全く無いと思って良いな」
「そりゃ、予定なんてものは始めから無いがそれがどうかしたのか?」
「実はな白虎、今日はお前を俺の家に招待しに来た」
「は? なんだって?」
「どうしても、お前に会わせたい人が居るんだ。どうせ、こんな狭苦しい所にいるんだ。断わる理由は無いだろ?」
源武はそう言い白虎の返事など聞きもせず、適当に部屋にある着替えなどを放り出してある鞄に詰め込んで、呆ける白虎を引きずるように部屋を出る。
暫く意味が分からず引きずられていた白虎だったが「ちょっと待て」と大きな声で叫び源武の手から逃れようと暴れた。源武は抵抗する白虎を面倒だと、わき腹に抱えて無理やり連れていく。そしてそのままBOB入口にあらかじめ止めてあった車に白虎を放り込むとエンジンをかけて走り始めた。
車は遠回りをしつつ出来るだけ治安の良い道を走り、バイスから四地区程離れたセイティ地区にたどり着く。セイティ地区はダウンタウンの中でもH.D被害が少なく、安全度が高い地区。
最も危険な地区のバイスで働く源武がこんな離れた所に自宅を持っているとは思いも寄らなかった白虎は、バイス地区とは全く違う景色が流れていくのを眺めてその平和さにため息をついた。
紙屑のようなゴミが一つも落ちていない空気まで輝いて見える道路で、無防備にボールを追いかけ走り回る子どもの明るい笑い声、道端で談笑する女性。
瓦礫の中、何かしらに怯えて道路に子供が出てくることなどなく、出てきている人間は常に武装しているバイス地区では決してみられない風景。
そして、それは白虎の自宅がある場所でも同じ。こんな平和な光景は遥か昔の記憶の中にしかなく、久しく見ていなかった風景に何だか頭の奥の方が痛む気がして白虎は瞳を閉じる。バイス地区のような状況が日常になり、その中に自分を置くことこそが正しい事だとやってきた白虎にとって窓から見える自分とは不釣り合いな世界に眉間には皺がよる。
(会わせたい人とか言っていたが、会ったらすぐにでも帰ろう。ここは私が居るべき場所じゃない)
瞳を閉じ、腕を組んで難しい顔をした白虎を乗せた車は大通りから一本小さなわき道に入った。
二階建てのこぢんまりとした普通の住宅が立ち並ぶ中、道路の突き当たりには綺麗な空色をした洋館があり、庭には可愛いピンクのブランコがある。源武はその洋館の駐車場に車を入れた。
「着いたのか?」
「おぅ、着いたぞ」
「……本当にここなのか?」
源武の声に瞳を開け駐車場から家を見、目が点になった白虎は今一度源武に確かめる。エンジンを切って頷いた源武が車から降りれば、洋館の玄関が開き可愛い女の子が飛び出してきた。
「パパさーん!」
明るい声で迎えた女の子は源武に飛びつき、慌てて源武は女の子を抱きしめる。白虎はBOBに居る時の源武との違いに驚き、目が点になったまま呆けてその様子を眺めていた。
「源武さん、おかえりなさい。朱雀ちゃん凄く待っていたんですよ」
女の子の後に玄関からゆっくりと女が出てきて源武の方へ近寄り話しかける。そして、白虎に向かって軽く会釈し微笑んだ。
(源武って結婚していたのか。まぁ、年齢的にはしていて当然かもしれないが、想像した事なかったな)
仲のいい家族の様子に白虎は胸が詰まり、周りに分からないように深呼吸をする。
(どんなに時間が経ってもこういうのが苦手なのは治らないな)
何度目かの深呼吸をし、胸の苦しさが和らいできた時、源武は腕に女の子を乗せて女を見下ろした。
「ナイセルさん。いつもすみません。今回は一週間休み取りましたので」
「そうですか。良かったわね、朱雀ちゃん。暫くお父さんと一緒ね」
「うん!」
「それでは、源武さん。私はこれで」
元気な女の子、朱雀の頭を撫でながらナイセルはお辞儀する。そのやり取りで白虎はナイセルと呼ばれた女が源武の妻ではないと気付き首をかしげた。
「あぁ。お送りしますよ」
「パパさんは中でお祝いするんだよ~」
「しかしなぁ、女の人を一人で帰すわけには。おぉ! そうだ。悪いが白虎、彼女を送ってやってくれないか? 治安のいい場所ではあるが、それでもダウンタウンだからな。何があるか分からん」
「ああ、かまわない。ダウンタウンの道はH.D関連の研修で叩き込まれているからな」
「すみません、それじゃよろしくお願いします。私ナイセルと言います」
「白虎です。よろしく」
笑顔で手を差し伸べてくるナイセルに会釈で答え、白虎が手を握り返すことは無かった。一瞬戸惑ったナイセルだったが上目使いに白虎を眺め、そのつっけんどんでありながら威厳を持ったように佇む白虎の様子にくすりと口の端に微笑を浮かべて手を引っ込める。
白虎は、手を振る親子に見送られながら、ナイセルを彼女の家まで送っていくことになった。白虎は無言のまま、ナイセルの一歩後ろをついていく。
白虎よりもずっと若そうなナイセルは、細くたおやかで肩より少し長い綺麗な黒髪を白いリボンでポニーテールにまとめていた。後ろを歩けば良い香りが鼻をくすぐり、男ばかりの中に居る白虎はそういえば女というものはこんな感じだったなと思い出す。
一方ナイセルは送ってくれてはいるけれど一言も発することなく後ろをついてくる白虎にどうしたものかと思案していた。
源武の家からいくつかの通りを過ぎた時、無言の空間に耐え切れないかのようにナイセルは一歩下がり白虎の横に並ぶ。
突然の事に驚いて横に並んで自分を見上げてくるナイセルを見下ろし、後ろに下がろうとした白虎だったが、ナイセルが腕を組んできたので下がる事も出来ず並んで歩いた。
眉間に皺を寄せ、いかにも迷惑そうにしている白虎の様子を気にすることなくナイセルは喋り始める。
「白虎さんは、源武さんと同じ職場なのですか?」
「あぁ」
「そうですか。とても大変なお仕事ですよね。以前源武さんに聞いたことがあります」
「さぁな、私はまだ訓練中で実践には出ていないから大変なのかどうかも知らない」
人懐っこく話してくるナイセルに対し、事務的に必要以上は答えないといった風に返事を返してくる白虎。大抵の人は初対面にもかかわらずその様な態度をとられればムッとして話してこなくなるのに、ナイセルはそんな白虎の態度に微笑みを絶やさない。
機嫌が悪くなるそぶりも見せずただ笑顔で自分を見つめてくるナイセルに「何か顔についていますか? 」と白虎が尋ねれば、ナイセルは首を横に振った。
「いえね、私、源武さんの所に来るようになって四年ぐらいになるんですけど、初めの頃の源武さんに白虎さんがそっくりだなぁって思って、つい眺めてしまって」
「源武と? あんなに馬鹿でかい図体はしていない」
「そりゃそうよ、白虎さんは女の方だもの。違うのよ、見た目とかじゃなくって雰囲気がね、そっくりなの」
「雰囲気が? 違うと思うが」
「そうね、今の源武さんとは違うわ。そっくりなのは私と初めて会った頃の源武さんよ」
弾けるように笑うナイセルの表情はとても豊かで楽しげだった。しかし白虎は、自分は自分であると思っていて、誰かに似ているだの言われるのは大嫌いなタイプ。加えて腕を組んで歩かれるのも嫌だったが源武の知り合いと分かっているだけに邪険にも出来ず我慢していた。
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