第3話

「あれ、白虎? お前また休暇取らなかったのか?」

 バイス地区BOB施設内、テレビの置かれた休憩室でソファに寝転がっている白虎に休暇から戻った石亀が声をかける。白虎は長い銀髪、赤色の瞳が印象的な女。石亀は体が大きく、ボディビルダー並みに筋肉をつけた筋肉馬鹿と言ってもいい男だった。

「そんなもの必要無い」

 石亀の質問に瞳だけを動かしその姿を視界にとらえて白虎は答える。石亀は大きな鞄を床におろしやれやれと息を吐いて白虎の寝ているソファの背もたれに腰を下ろして腕を組んだ。

「まったく。休暇が必要ないって言ってのける体力がその細い体の何処にあるのかねぇ。いつかぶっ倒れるんじゃないのか? お前に倒れられたらチーム白虎が機能しなくなるんだ、休暇位ちゃんととったらどうだ」

「それくらいの自己管理はちゃんとしている。今までだって一度たりとも迷惑をかけたことはないだろう。無理のない程度にちゃんとこうしてここで休んでいるから大丈夫だ」

「そういう休み方をしろといっているんじゃないよ、素直に家に帰ればいいだろ。BOBの自室は狭いし、白虎はビル一棟持っているんだから狭い自室やBOB内よりずっと休めると思うけど」

「どうせやることも無い。家にいるよりもここのほうが身体が鈍らないから調度いい」

「はぁ、相変わらずだな。本当に女なのかって疑いたくなるよ」

「それは、褒め言葉だな」

 石亀の嫌味の言葉にも不敵に笑って答え白虎は起き上がる。

「白虎はバイスのBOBの中では一番の手練れだもん。男以上に男前なのだよ」

 横から会話に割って入ったのは同じく休暇から戻った春日だった。

 春日は白虎のチームの中で最年少。まだ幼さの残る顔をした青年だったが、射撃の腕は誰よりも立ち、白虎もそこだけは一目を置いている。

 そこだけと言うだけあって性格には難ありで、年齢もそうだがBOBの中でも下っ端に近いくせに目上に対する言葉使いを知らず素行も悪かった。問題を起こしまくってどのチームでも嫌煙され、行き場所をなくした春日を引き抜くように受け入れたのが白虎。腕が立ち白虎の指示に従うならばそれ以外は問わない、それがチーム白虎の方針だったからだ。

 そんな生意気な春日の頭をぽんぽんと上から叩いて横に立っているのは春日のお守りをしている清風。

 何時でもその顔には笑顔があり、何を考えているのかは全く分からない。春日とは違った意味で嫌煙され、白虎が引き抜いてきた。清風はこのメンバーの機械技術者のため、他の者とは違い体はひょろりと細く、背が高くて筋肉は余り無い。薄く浮かぶ微笑と坊主頭が特徴であった。

「帰ってきた早々白虎に食いつくとは、春日はすぐにでも白虎に訓練をして欲しいと見える。それも特別メニューをね」

「ち、違っ! 帰ってきて早々そんなこと思うわけねぇだろ!」

「おや、そうなのかい? 白虎にそんな口利いているからてっきりそうかと思ったけど」

 清風の落ち着いた物言いにペースを乱された春日は頬を膨らませて不貞腐れ、唇の端に少しだけ笑みを浮かべた白虎を見る。

「男前の白虎は俺達がいない間も任務に行っていた?」

「当然だろう。引切り無しに警報が鳴る、自室にいても休めやしない。他のチームに入れてもらって任務をこなしていた」

「休暇は休むためにあるんだぞ。信じらんねぇ」

「休む為、ね。あぁ、そういえばいつもより二時間ほど多く寝られたかな」

「二時間……、じゃぁ、それ以外はずっと任務に行ったってこと?」

「言っただろう? 引切り無しだったと。この所、いつもよりもずっと出動回数が多い。私が行く事で他の連中が休めるならその方がいい」

 表情が曇り、ため息のような息遣いで言う白虎の言葉に清風も眉間に皺を寄せた。

「……そんなに出たのですか?」

「あぁ、そのうちダウンタウンには人が居なくなるんじゃないかって位に」

「では、確保より変異体処理の方が多かったということですね」

「処理。嫌な言い方だな」

 清風の何気無い一言に曇った表情がさらに暗くなり、深いため息とともに立ち上がった白虎は、ソファにかけていたジャケットを乱暴にとって休憩室を後にする。

 その様子を黙ってみていた三人だったが、白虎の姿が見えなくなってから春日が清風にじっとりとした視線を向けた。

「清風、駄目じゃん。白虎は処理とか言ういい方嫌うんだからさ、気をつけないと」

「そういえばそうでした。他のチームとの連絡等で使うものでつい」

 ソファの背もたれから立ち上がり自分の鞄を持った石亀が、困ったように眉を下げて頭に手をやり、清風の肩に手をおき軽くその肩を叩く。

「ま、連絡で使うのだから出ても仕方ないが出来るだけ気を付けろ。それにしても、H.D変異体は人じゃないっていうのが白虎の言い分なのに、未だ処理っていう言い方は嫌がるんだよな。あぁいう所は『女』なのかね?」

 石亀の言葉に、今度はじっとりとした視線を石亀に向けて春日が舌を出す。

「うわぁ。今の石亀の、なんだかオヤジのセクハラ発言っぽい」

「ほっほぉ、そうかそうか。春日君はそんなこと言っちゃうのか。そんなこと言っちゃう春日君には今から俺の筋トレに付き合ってもらおう」

「ふ、ふざけんな! 石亀みたいな筋肉馬鹿の筋トレなんて付き合っていられないよ!」

 にっこりと柔らかそうな微笑を浮かべつつ眉を痙攣させ指の関節を鳴らして近づいてくる石亀に、心底嫌だと言わんばかりの表情で逃げていく春日。追いかけっこをするように去って行く二人の姿にやれやれと呆れながら清風も自室の方へと歩いていった。

 他のチームメンバーがじゃれ合う中、不機嫌に休憩室を後にした白虎はBOBの施設内に設けられている自室に戻る。BOBにある個室は細長く、二畳程の奥行きがあり、人一人寝るだけの部屋といった感じの作り。ドアを入って真っ直ぐ突き当たりの場所に小さな窓があり、備え付けのロフトベッドの反対側にある壁は一面収納スペースとなっている。個室が狭い理由は、休憩室や食堂、浴場などの施設が他の場所にある為それ以上の物は必要ないという考えなのと、BOBが自治区の管轄でそれほど大きな施設ではなく、一人に一室を用意するにはそれしか方法が無いからだった。

 個人的に必要だと思った物を持ち込むのは自由。

 それぞれ、小型テレビやオーディオ機器等の娯楽を持ち込んで、任務の無い時は自室で各自休息していた。

 しかし、白虎の部屋は何も無く、収納スペースにも着替えと任務の為の道具が入っているのみ。化粧道具や鏡といった女性らしい所有物は一切無い。その狭く殺風景な部屋で、白虎は布団に寝転び、天井を見つめていた。

 白い天井をぼんやりと眺めていた白虎の手は自分の喉を撫で胸元へ沈み、ゆっくりと引き出される。

 手には銀細工で出来たロケットペンダントが握られていて親指でロックを外せばペンダントの蓋が跳ね上がった。ペンダントの中にはブロンドの髪をおさげにした笑顔の女の子の写真が入っている。

(朱雀……)

 誰にも、そして滅多に見せない悲しげで泣き出しそうな瞳で写真を眺めた白虎は写真の入っているペンダントを握り締めた。写真の中で屈託無く笑う朱雀と言う少女に出会ったのは白虎がBOBに入隊し、見習いとして日々訓練に励んでいた時。

 今から十二年前のことだった。

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