第2話

 崩壊した地球を後にし、人々が宇宙へと新世界を求め旅立ったのは遥か十世紀以上前の話。それぞれに散った人々は永住の地を求め果てしない宇宙をさまよった。

 数多くの宇宙船の中の一つが地球に似た星にたどり着く。

 知的生物の気配は全くない星だったが、かつては何かしらの文明があったのだろう軌跡が緑に飲み込まれていた。文明の残骸の中に、降り立った人々は緑を切り開き、大きな都市を築く。

 緑しかなかった地表はあっと言う間にコンクリートに覆われ、人が溢れて愚行は繰り返された。

 緑が無くなり、資源は枯渇、土は腐り、水は澱む。この星もほんの数百年で地球同様に崩壊への道を進みつつあった。同じ過ちの道を辿っているにもかかわらず、人々は振り返ろうとはしない。

 植物が採れなくなった時、その栄養素を補う為のサプリメントを開発した。

 食物がすべてなくなった時、その全ての栄養素を補う為、薬と人工食料を開発した。

 全ての食物は工場で合成され、生成される。かつてあった緑のような成長過程は一切なく、食材そのものがそのままの形で出来上がる、工場の人工食物が当たり前となった現在、この星では、食事だけではなく、全てを薬や人工物に頼る星となっていた。

 そして善の薬もあれば、悪の薬もある。

 それは世の常。

 世界が薬に満たされ、その中でも「Heaven」という名の付くドラッグ、通称H.Dは「心の解放」を謳い文句に人々の間に密かに広まり始めて、今では貧しいダウンタウンを中心に蔓延してしまっている。

 H.Dは、飲むと昏迷し、どんな状況どんな人であろうと多幸な気分にさせた。それは一時一瞬の幸福。だが、貧困、飢え、苦しみの中にその生を置くしかないダウンタウンに住まう者にとって、例え一時に過ぎなくとも辛い日々から解放される瞬間となる。それゆえ、薬が広まるのにそれほど時間はかからなかった。

 H.Dは依存性が強かった。かつて人々が捨てた地球にあったとされるアヘン、ヘロインのように。H.Dに身を投じれば投じるほど、人の心は壊れていき人ではなくなった。それは比喩的なものではなく、H.Dは摂取量が一定の限界を超えたとき、心だけではなく姿形まで変えてしまう。

 「HeavenDrag変異体」通称H.D変異体と呼ばれるそれは、とてもではないが元が人であったとは思えないほどに異形の者と成ってしまう。

 人によって限界値は様々で使用量を加減すればならないという物でもない。そして摂取量が限界を超えた瞬間、精神の崩壊が一気に加速。同時に内に潜んでいたその者の闇が具現化する。人であれば誰でも持っている闇の部分、負の感情、己の欲望が表面に現れ体組織、細胞レベルで人を変化させるのだ。あるものは管が体を支配し、あるものは悪魔像のように鋭い爪と角を有し、液体化する者もいる。

 そして、H.D変異体となった物は理性というものは欠片も無くなり人を襲った。厄介なことにこれらには感染性があり、精神崩壊者に襲われ傷を負った者は例えH.Dの摂取が無くとも変異体同様に心を壊し第二の変異体となって人々を襲う。またH.Dが安価で取引されていると言う事実が変異体増加に拍車をかけていた。

 貧しい状態の人々にも容易に手に入る。貧しさという日々の苦しさから逃げる者からH.Dは広がり始めた。しかし、幾ら安価であっても金を出さねば手に入らぬ物であり全く金のない最下層の貧困者が手にする事は無い物でもあった。

 それが数年前から金の無い者にまで爆発的に広まりはじめる。原因はダウンタウンに新しく建てられた「翼の会」の教会で、無料で配られはじめたからだった。

 週に一回の礼拝のとき、神からの恵みの菓子として配られる。

 金が無い者が最後に頼るのは神。その己を救ってくれると信じている神からの贈り物を人々は何の疑いも抱かずに口にしてしまった。

 H.Dが最下層の者達にもいきわたるようになり、それまではダウンタウンの中でも一部の地域のみであったH.D変異体による被害が全土に広がる。真っ白な教会だけを残して辺りは荒れ果てダウンタウンは混乱した。しかし、それに対してのシティ政府の動きは無かった。

 政府上層部はH.Dを流している組織「ゲート」と手を組んでおり、表面上は対応するとしているが実質、黙認の状態。政府要人が住まう場所はダウンタウンとは違う高台で、さらに周りは高い塀に囲まれている。ダウンタウンの者がその場所に入り込むことはできず、ダウンタウンにて被害が発生してもシティに住まう者には何の害も無い。故に、己に被害が及ばなければどのようになろうとも知ったことではない、と言うのがシティの住民たち共通の思いであった。当然政府も同じであり、なにより多額の金を自分たちに落としてくれるゲートの怒りを買うような真似をするわけがない。

 しかし、ダウンタウンの住民にとっては間近にある危機である。被害が拡大するにつれ、それぞれの自治地区は状況を打破する為、自衛軍を設立した。

 「Baptism of Blood」通称BOB。各自治体で区画を決め、区画ごとに一組織で構成されている。

 主に早期患者の確保、H.D変異体の抹殺が任務で、構成員は元傭兵や元医者と様々。一般市民からも募っていたがそのほとんどはスカウトなどにより、その道のプロが自治体に雇われていた。

 一組織の構成は医者・機械技術者・武器整備士・武装戦闘員で成り立つ。

 武装戦闘員達が通報により現場で作業、確保された要治療者を医者が隔離治療、張り巡らされた監視機器、戦闘員達の使うヘッドギア等の補助機の整備等を機械技術者が行い、H.D変異体に有効な武器製造、点検を行うのが武器整備士だ。

 専門家達は組織内でチームを組み、一組織には約五から七チームが存在し活動している。

 銀色の長い髪をなびかせ怯える男を見下ろしていた女、白虎もBOBの武装戦闘員の一員。バイス地区、ダウンタウンの中でも一番貧困が酷く、H.D変異体の被害が多発している場所の武装戦闘員であった。

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