11.『Vampire!Vampire!』―1
「敵小型宇宙機、『V-4』、『6』、『9』、『12』、『13』、『17』、大角度転針!」
船務長が叫んだ。
彼女が見つめる戦術ディスプレイの中で、こちらに接近中の敵機が何の前ぶれもなく、ほとんど九〇度ちかい角度で進路を変えたのだ。
これまでおよそ見たこともない、暴力的な機動に報告の声がうわずっている。
「機動にともなう加速度変化は?」
常と変わらぬ様子で高橋少佐が
部下を今以上に浮き足立たせまいとしてか、意識的に淡々とした口調をたもって問いかけた。
「ご、五〇〇Gを超えています……ッ!」
「主計長!」
なおも目を
「護衛艦全艦に警急信号発信!」
「護衛艦全艦に警急信号発信、よろしい!」
戦闘時においては通信担当をつとめる主計長が、打てば響く応じの良さで、ピシッとこたえる。
「本文」
「本文!」
「『敵攻撃隊、機種は艦爆。新型。無人機』以上!」
「アイマム! これより警急信号発信します!『全艦に告げる。こちら――』」
主計長が送信内容を復唱し、警急信号を送り出す様子を視界に入れながら、高橋少佐は更に思考をめぐらせていった。
(……やはり、〈デヴァステイター〉じゃなかった、か)
当たって欲しくない予想ほどよく当たると言うが、案の定、敵が繰り出してきた攻撃隊を構成している小型宇宙機は、もはやカモでしかない〈デヴァステイター〉ではなかった。
それどころか有人機ですらない。
スペースワープ航法をあやつる〈USSR〉が、いくら重力工学に
仮に造れたとしても、それを小型宇宙機に搭載できるくらいにコンパクト化するのは不可能だ。
つまり、輸送船団……、自分たちに迫りつつあるのは、知る限りにおいてこれが初の実戦投入となるのだろう新型の攻撃用無人宇宙機であるに違いない。
(こちらに向かってきているのは全機が艦爆。それがわかっただけでも良しとすべきなのかしらね)
主計長に命じて船団をまもる護衛艦すべてに告げさせたとおり、そこまでは何とか読んだ敵の正体を
大倭皇国連邦宇宙軍、そして敵する〈USSR〉宇宙軍も、制式採用している直接戦闘用の艦載機は三種類――艦戦(艦上戦闘機)、艦爆(艦上爆撃機)、艦攻(艦上攻撃機)であるのは共通している。
このうち、防御用兵器の艦戦を除けば、対艦攻撃に用いられるのは艦爆、艦攻のいずれかである。
艦爆は、彗雷から推進装置を除去した
艦攻は、爆発発電機を電源とする大口径
こちらに向けてくる攻撃兵装が異なっているため、当然、対処の方法もまた異ならざるを得ないが、幸いにして、有人機か、それとも無人機か――最低限それだけでも知るべく高橋少佐が事前に打っていた
先におこなった制動機動――低温噴射全力に、高橋少佐は幾つもの意図を含ませていた、その一部が結実したのだ。
高橋少佐が含ませていた意図――それは、
ひとつは、
敢えて主機推進噴射の反応を非効率的なものにし、それによって自艦に生じるベクトル他の諸元を敵に把握されにくいものとすること。
ひとつは、
爆雷飽和攻撃につづく敵の第二撃を遅延させるため、噴射炎残滓――高熱源体を敵と味方の間にバラ撒き、一種の煙幕として敵の観測行為を阻害すること。
ひとつは、
高温、髙速の噴射炎残滓――対消滅反応残余の固体水素片を弾丸代替物として、撒布領域を逆進してくる敵に損傷をあたえること。
ひとつは、
たとえ敵に実被害をあたえ得なくとも、敵に回避機動を強いて、それによる推進剤の消費を強要、以降の運動リソースを減少せしめること。
ひとつは、識別。
噴射炎残滓の回避をめぐる敵の反応を観測することで、未知なる敵新型攻撃用宇宙機の性能の程を掌握すること。
――攻撃用小型宇宙機により編成される(だろう)敵の新たな攻勢への対抗をいずれも目的としたものだった。
韜晦と掩蔽については、そもそも〈くろはえ〉単艦のみについて実行しても大した意味をもたないことや、敵が
とりわけ、最終的に敵攻撃隊の編成――全機が艦爆であるのが(ほぼ)確定したことが最もおおきい。
艦爆、艦攻は、その主武器によって機体の特性が異なる――敵攻撃隊の攻撃力の推測、および対処法が定まるからである。
「番傘艦より警急信号受信!」
主計長が言った。
「主文、『Vampire! Vampire!』――番傘艦は敵の空襲を告げています!」
「砲雷長!」
高橋少佐は、思考を止め、〈くろはえ〉艦載主兵装の
「
「航法長」
ついで、操船担当トップに声をかけた。
わずかに
「現刻をもって本艦操船権限を私に委譲。以降、航法長は、船務長と協働。
部下から、了解のこたえがかえってくるなか、最後の準備にとりかかる。
交戦開始(直前)を告げる警鳴音が、〈くろはえ〉艦内全域に鋭く響きわたっている。
きっと、それは輸送船団に属するすべてのフネに共通している光景なのに違いなかった。
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