10.Clipping Point

「敵、適用符丁『CVL-1』前面に新たな反応発生! 数量、三! 電算機判定は小型宇宙機! 機種不明! 以降、当該目標を『V-16』、『V-17』、『V-18』と呼称します!」

 目の前の戦術ディスプレイをにらみつつ、船務長が叫ぶように告げた。

『CVL-1』は二隻いる軽巡(と判定された敵艦)のうち、高橋少佐が空母ではないかと考えているフネに割り当てられた符丁である。

 予測通りと言うべきか、任務を遂行し終えた駆逐艦群――爆雷投射艦になりかわり、第二撃の主役は自分なのだと、その正体を明らかにした。

 舳先へさきをこちらに、幾度も幾度も繰り返し、小さな物体を次から次へと射出しはじめたのだ。

 まだ距離がありすぎる事から詳細な情報を得るには至っていないが、それでも〈くろはえ〉艦載電算機の判定は小型宇宙機――戦闘用の艦載機。

 おそらくは新開発されたのであろう対艦攻撃機複数の発艦であった。

(これで総数一八、か)

 高橋少佐は心中に呟く。

 熱紋やその動静から、不明な点の多いその艦を軽巡改装の軽空母なのではないかとした見立てに間違いはなかった。

 そして、であれば大倭皇国連邦宇宙軍のそれから推して、搭載機数はおそらく最大でも三〇機前後。

 問題は、そうして送り出された攻撃機の群に護衛の戦闘機がつけられているか否かだったが、高橋少佐はいないと踏んでいる。

(たかだか貧弱な輸送船団を攻撃するのに護衛も何も必要ある筈ないわよね)

 自嘲まじりにだが、そう考えていたからだ。

 これまで大倭皇国連邦が編成してきた輸送船団には、それに随伴する空母はいなかった。

 敵たる〈USSR〉宇宙軍が軍事力整備の根幹に据えているのが大艦巨砲で、空間戦闘は艦対艦の打撃戦が主体であること、

 輸送船団の護衛部隊に空母を組み込むためには、部隊編成を大きく変える必要がある(空母の護衛はさておくとしても、経空攻撃を可能とするため、最低でも索敵能力強化のための艦艇追加配備が必要となる――つまりは、余分にを消費してしまう)こと、

 そして、自国領域内部が主たる戦場ではあるものの、制宙権を完全に敵に握られているわけではないから、こちらの後方部隊を狙った大規模な敵部隊の進出があるとは考えにくく、策源地からの距離や兵站線構築の難易度を考慮にいれると、従来通りの艦隊構成で十分と判断されていたこと、

――そうした事どもを理由としての判断であった。

 付け加えて言うと、そもそも国力的に、大倭皇国連邦には外征する心算(能力)がなかったがため、輸送船団にまで空母を配備する必要性は検討すらされる事がなかった、という経緯もあったのだ。

 故に護衛空母という艦種は大倭皇国連邦宇宙軍には存在してはないのだが、その事実はこれまでほこを交えてきた過程で敵側も理解をしたに違いない。

(だから攻撃隊をまもる護衛戦闘機はいない。今、こちらに向かってきているのは、きっと全てが艦爆、もしくは艦攻だけと断定しても構わないはず)

 高橋少佐は、そう結論づけていたのである。

 正直、戦闘機が混じっていてくれた方が、自分たちに向けられる攻撃力は低下するから都合が良いのだが、そう上手くはいくまい。

(実際のところが判明するのには、もうすこし時間がかかるわね。何とか引っかかってくれたら良いんだけど……)

 はうってある。

 目論もくろみ通りにいくか否かは、運しだいだ。


「番傘艦各艦、間もなく新規外周警戒線ピケットラインに占位します」

 輸送船団各船が態勢を立て直そうとし、〈くろはえ〉艦橋にあっても各員が配下部署とひっきりなしにやり取りをかわしているなか、ふたたび船務長が口をひらいた。

 輸送船をはじめの船団各船は、現在も推進炎を吐き出し、加速しつづけているが、敵爆雷攻撃への対処を終えた番傘艦は慣性航行状態にある。

 結果、相対速度がマイナスとなり、後続船舶群に追いつかれつつあった。

 船団の遙か前方に位置していたものが、他の護衛艦群と連携のとりやすい位置にポジションしなおした――船務長の報告は、つまりはそういうことである。

 敵艦載機による空襲にそなえ、護衛艦各艦が緊密なかたちに隊形を組み直そうとしているのだ。

(敵攻撃機の総数は、最終的に二一、か。ベースが軽巡だからにしても、搭載機数は微妙な線ね)

 ほぼ確定したと言ってもかまわない状況を前に、高橋少佐は、しかし、首をかしげている。

 あれから更に三機ふえたとはいえ、自軍の改装空母と比較して、現在、相対している敵側のそれの搭載機数が、わずかだが劣っていたからだ。

(無人機だから搭乗員パイロット関連の設備や資材の一切が不要であるのに、搭載機数が増やせないというのは、攻撃機そのものがかなりな大型なのか、それとも超光速機関にスペースをとられて格納庫に余裕がないのか……)

『V-21』と付箋ふせんされるまでに増えた敵攻撃機の群をディスプレイ内に見ながら、思案をめぐらせていた。

 が、一方、

「各員、状況しらせ」

 別の生き物であるかのように、唇はそんな言葉をつむいで部下たちにそれぞれの担任部署の対応、自艦の現状報告をするよう求めている。

 準備が万端整っていることはわかっているが、部下たちが担任している各セクションの状況を要員同士の了解につなげ、横の連絡を密にしておくため、そうしている。

 合戦直前時点における最終確認を兼ねた高橋少佐なりの士気高揚策であった。

「通告。通告。間もなく第一七次遷移間航行は、ClippingPointを通過します。繰す。間もなく……」

 無機質な機械音声が、〈くろはえ〉艦橋のみならず、艦内全域にわたってそう告げてきたのは、そんな矢先のことである。

(よし!)

 それを聞いて高橋少佐は、思わず拳を握りしめている。

 出発点から目的地まで、障害物を避け設定された航宙船の航路は複雑なジグザグ状となっている。

 スタート~ゴールを一度の遷移でまかなえれば、それが理想なのだが、そうはいかない。

 設定をした航路の途中に恒星他の天体があると遷移を実行することができないからである。

 たとえ航宙船が異空間を行くのであっても、常空間の天体配置からの影響をうけてしまうため、それらを避けていかなければならない――迂回うかい路をとって、みじかい距離の遷移を繰り返さなければならないこととなっている。

 したがって、遷移と遷移の間の繋ぎ――常空間における航行は、次の遷移の準備期間で、航宙船はそこで針路の変更をおこなうのである。

『常空間屈曲点』というのは、そうした先の遷移の終点と、次の遷移の始点の間をむすぶ、半径が光年オーダーの緩やかな円弧カーブの中間点のことなのだった。

 恒星間空間に存在する磁場や重力場を利用し、水の流れが地形の凸凹に従うように、進路を変えていく、そのカーブの頂点のことなのだ。

 そこを過ぎれば、あとは次の遷移の始点へはほぼ直線――航宙船乗員ふなのりたちが、もう一息といった気分になる点でもあった。

 高橋少佐が、「よし!」と呟き、思わずグッと拳を握ってしまったのも、これで部下たちが生き残りにかける意欲がいや増すにちがいないと思ったからだ。

 実際には、次の遷移始点に到達するまでの折り返し点を通過したに過ぎないのだが、いずれにしても、今、堪え忍んでいる苦難にゴールが見えたというのは悪いことではない。

 やがて、

 誰もが自分に与えられている作業に集中しつつ、その上で耳をそばだてているなか、

「p……、p……、p……、Po~~nn……!」

 時報のようなカウントダウン、その後に刻限を告げるメロディが響きわたる。

 遷移可能点までの時間・距離、余すところ、あと六〇時間!

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