12.『Vampire!Vampire!』―2

番傘艦シールド、〈さら〉被弾!〈うぎ〉、針路はずれます!」

「敵機集団、セクター1-2-5より侵入中! 機数、十二!」

「了解。本艦、後方はクリア。機関長、主機強速、咄嗟とっさ加速、三〇秒!  総員、加速度防御、即時待機!」

 艦橋内部に要員たちの声がさくそうする。

 船団防護の広域バリアーを喰い破り、侵入してきた敵攻撃隊と、前衛をなす駆逐艦三隻とが、ついに直接交戦状態にはいったのだ。

 攻撃機を何機か撃破したものの、番傘艦の側も無傷では済まなかった。

 旗艦を『ナンバー1』として、船団先頭から順に『2』、『3』、『4』と識別符丁を割り振られている構成艦のうち、はやくも一隻が損害をうけ後落。

 一隻は回避をおこなったのか、それとも被害をうけた僚艦の穴を埋めようとしてか、従来の軌道から外れていっている。

 そうして生じた守備のを見逃すことなく、敵はすかさずそこから戦力を流し込もうとしている状況である。

「航法長、侵入してきた敵の針路予測を! アバウトでかまわない」

 高橋少佐は、自艦火砲射程外、かつ最短近接航路内――射程外目標Fox4スキャンをおこなっている航法長に声をかけた。

 武器の狙いをさだめるには遠く、自艦針路とするには(即座に転舵しなければ航過してしまう程)近すぎる距離の敵に対するアクションは、本来、操舵をおこなう者に指示を出す人間かんちょうの仕事であるが、今はそんな余裕がない。

 修羅場をくぐっていない人間に、操船は任せられないと、その権限を奪ってしまったが故、高橋艦長は、それにかかり切りになってしまって、それ以外へ目配りするのは難しかった。

「アイマム。予測されうる敵針路、確度八〇パーセント以上のものを送ります。緊急度合いの高いものを強調表示していますので、ご参考ください」

 高橋少佐の要求に、航法長が自分の制御卓コンソール上のそちこちに目をはしらせながら、レポートを艦長席のコンソールへ転送する旨、返答してくる。

『丁』を、もっとも危険度が高いと評価した理由は?」

 航法長の予測に、ざっと目をはしらせ、高橋少佐が訊く。

 電算機がはじいた何通りかの敵予測針路には、可能性数値がもっと高いものもあったのに、航法長はそれとは違う針路の優先度を提示していたからだ。

「はい。現在までに確認されている敵が発揮可能な軌道変位能力と、当船団護衛艦群、また庇護対象船舶群のベクトル値よりの推定です。船団トータルでなく庇護対象船舶群を航行序列単位に分解して評価した結果、予測会敵時間や推進剤消費量を勘案してなお、針路『丁』を敵がとる公算が高いと判断しました」

「庇護対象船舶は?」

「〈つきしままる〉、〈りおんまる〉、〈くらん・ふれーざー〉、〈なろーにっく〉――以上、四隻です」

「航行序列における第四列集団……」

 船舶名を聞いて、高橋少佐は低く唸った。

 船団の、いちばんの弱点というべきフネの名前ばかりを告げられたからであった。

「鏡化剤運搬船、か」

 唇を噛み、もう一度、航法長が送ってきた分析データに目をはしらせると、それに二、三の操作をおこなう。

 結果を確認すると、眉宇が更に険しさを増した。

 航法長は、船団内部に侵入してきつつある敵攻撃隊が、限られてある燃料を余分につかい、多少の遠回りをしてでも船団の後方に位置している輸送船群を襲うとの予測をたてた。

 何故なら、そうして敵が選んだ攻撃ルートの先にあるのは鏡化剤運搬船――最前線で奮闘をつづける味方戦闘航宙艦群たちが欲してやまぬ燃料であり弾薬を積んだフネに他ならないからだ。

 酸素、水、食糧――いずれも必要であるが、戦闘航宙艦がその本分をまっとうする為には、何よりその二つが不可欠である。

 その補給を一撃のもと、敵は絶とうとするのではないか。

 わずかな時間でしかないが、近接距離からの観測をおこなえば、分解能のひくい小型宇宙機のセンサーによっても鏡化剤運搬船の特定は可能だろう。

 であれば、狙いやすい獲物よりも、狙う価値の高い獲物を優先的に狩りにかかる筈。

 航法長の判断は、なるほど首肯できるものではあった。

「上出来よ、航法長」

 高橋少佐は言った。

 敵の意図をよく読み取ったと他の部下たちの前で航法長を称揚した。

 褒められたはなしではない、どころか、戦艦、空母、重巡といった主力艦、あるいは聯合艦隊といった大艦隊であれば、むしろ叱責にあたるような、それは行為であったろう。

 しかし、駆逐艦、護衛艦隊という、ある意味アットホームな環境ゆえ、敢えて高橋少佐は航法長を褒めた。

 もちろん、打算や計算はある。

 指揮官として、部下からその権限を取り上げた――取り上げざるを得なかった埋め合わせがそれだ。

 仕方がなかったとはいえ、その決定により部下が気落ちし、以降、能力の発揮に支障が出るようなことがあってはならない。

 他の部下についても、いつ自分が同じ屈辱を味わうかわからないと萎縮される事があっては、フネの指揮がやりにくいのだ。

 だから、高橋少佐は航法長の推測をことさら妥当と公言し、その線に沿って動くと告げたのだった。

「総員、本艦加速に備えよ!」

 高橋少佐は、マイクを全艦通達に設定すると、断固とした口調で告げた。

「本艦は、これより戦闘に加入する! 繰り返す。本艦は、これより戦闘に加入する! 総員、本艦加速に備えよ!」

〈くろはえ〉は、八隻いる船団護衛艦中、割り当てられた艦番は『8』。

 唯一、固定された守備位置をもたぬ遊撃守備艦リベロである。

 それを味噌っかすと取るか、切り札と取るかは微妙だが、とにかく、自己判断にて自在に行動できるポジションだという点はかわらない。

 他の船団護衛艦群の可能針路と、敵攻撃隊が予測針路『丁』を取った場合の、軌道交叉を概算ではじいた高橋少佐は、それで、ただちに行動を開始したのだった。

「船務長!」

 戦闘時においては、自艦防御を担う部下に指示をとばした。

展張モード、『硬』、『狭』、『ブリンク』! 射撃同調確認とれ!」

 ついで、攻撃担当の砲雷長に声をかける。

「砲雷長! 収束砲群、射撃開始!」

 既に彗雷をのぞき、使用自由を達している兵装の発砲を最終的に承認した。(もちろん、現時点で敵を照準におさめているワケではないから、引き金に指を掛けただけで、発砲そのものは、まだおこなわない)

「アイマム」

 常と変わらず落ち着いた船務長の声。

「アイアイマム!」

 そして、舌なめずりする口調で砲雷長が応じる。

〈くろはえ〉は、船団前衛艦群の防壁を突破し、更にその奥深くへと入りこんできつつある敵攻撃隊を迎え撃つべく、加速した。

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