5.One-Off Junk
「艦長。こちら発射管室、宮園中尉です」
高橋少佐の耳許で、ハキハキと明るい声が響いた。
「お疲れ様、副長」
現在の緊張しきった艦内の空気には似つかわしくない口調に、つい口許がほころぶ。
「それで? 良い報せと悪い報せ――私はどちらを聞くことになるのかしら?」
おだやかな声で問いかけた。
「申し訳ありません。――良くない報せのご報告です」
すこし困り声にはなったが、変わらず滑舌の良い声がそう答える。
宮園中尉――駆逐艦〈くろはえ〉の副長は、出撃してより今に至るまでのほとんどの時間を艦橋ではなく彗雷の発射管室ですごしていた。
正確には、その管制室で、である。
駆逐艦の主兵装たる彗雷の投射装置に問題が生じていたからだ。
彗雷がまっすぐに飛翔しないのだった。
「やはり
ひととおりの報告を受け、高橋少佐は言った。
表に出さないよう努めていたが、失望が漏れ出ていたかも知れない。なにしろ主兵装がマトモに動作しない――致命的と言っても過言ではないトラブルなのである。発見がもっと早ければ、おそらくその場で〈くろはえ〉には待機か帰還命令がでていたろう。――それ程のレベルだ。
宮園中尉の声が申し訳なさそうなものになった。
「はい。根本原因は投射装置と投射体のミスマッチですが、とにかく手直しが必要な関連要素が多すぎます。
「……そうね」
高橋少佐は、「ふ……」と小さく吐息すると、
いや、そもそも現場での応急的な対応で、どうにか出来ると信じていたわけではないから、あらためて
〈くろはえ〉が抱えこんでいる彗雷の不具合――それは、突き詰めて言えば艦隊駆逐艦を護衛駆逐艦に類別変更した結果、生じてしまったものだからであった。
〈くろはえ〉が聯合艦隊から護衛艦隊へと転籍されるにあたって施された改装工事――艦隊駆逐艦から護衛駆逐艦への艦種変更工事に不備不具合があったのだ。
(懸念していたとおり、〈USSR〉との戦争が続くにつれ、前線部隊は言うまでもなく、後方組織にまでも余裕がなくなってきている……)
高橋少佐は思った。
〈ホロカ=ウェル〉銀河系最大最強と目される超大国と戦争状態にある祖国。
現状、互角にやり合っているように見えても国の地力には雲泥の差がある。
その国力差の一つの現れが、すなわち自艦のトラブルなのに相違なかった。
駆逐艦の主戦兵器――彗雷。
それは自航能力を有する
厳密に言うと、母艦が搭載している
もっとも
その投射装置であるリニアカタパルトは、
それがマズルコイル――砲口偏向装置であった。
その彗雷の射角調定装置に不調をきたしている。
〈くろはえ〉は、艦隊駆逐艦から護衛駆逐艦へ種別を変更されるにあたり、種々の改変――改装工事をうけたが、マズルコイルの交換作業もその一つで、つまりは、それがあるべき仕様になっていなかったのである。
激化する戦闘に、前線部隊と同様、それを支える後方の組織もまた
〈くろはえ〉が新たに装備した機材や装備は、確かに護衛駆逐艦のものであったのに、それを管理し制御する
(改装艦ならではの弱点、だな……)
新造艦であれば、設計図のとおりに、ただ造ればよいものが、改装艦ではそうはいかない。
本来想定されていた用途とは違う任務に対応させるため、一艦一艦それぞれに異なる工夫や工作、新規の或いは改造した部品の取り付け、調整や手直し作業をおこなわなければならないこととなるからだ。
新造艦を調達するより
ただでさえ新造艦の建造や、破損した艦艇の修理に追われる
〈くろはえ〉が抱え込んでしまった不具合も、だから、彼女がそうした
しかし……、
(船団司令部の言うとおり、戦闘に際しては砲撃専任艦として遊撃にあたるしかない、か……)
輸送航路の途中、もう引き返しようもない地点で判明し、報告した――せざるを得なかった、こののっぴきならない事態に対し、船団司令部が示した反応を思い起こして、高橋少佐は唇をキリ……と噛む。
驚愕、落胆、叱責、軽侮、罵倒、嫌悪、慰撫、憐憫、同情、etc.etc.……。
状況からして、仕方がないと思いはしても、納得までは決してできない。
誰を責めるつもりも無いが、同時に自分たちが責められるいわれも無い。
役立たずだと、溜め息をつかれ、相手に落胆される落ち度はないからだ。
一番の被害者は自分達である筈なのに、その対応ではプライドが傷つく。
有り体に言って高橋少佐にとり現状は、不愉快きわまりない状況だった。
かるく
気持ちを切り替えなければならない。
(最終的に彗雷の使用が無理ともなれば、それしか選択肢が残ってないわね。……航法と機関は当てになるかしら。最悪、ワンマン・オペレーションで対応するしかないかも知れないな)
機動性能と砲戦能力――たとえ雷撃機能が失われたとしても、それでも艦隊駆逐艦は護衛駆逐艦にその点で勝る。
だからこそ、〈くろはえ〉から自艦不調の報をうけた船団司令部は、(たぶん、混乱と
交戦状態になったら戦場中を駆けずりまわり、不利になった味方を助け、守備の穴をふさいですすんで敵に立ち向かえ、と。
なんとも面倒きわまりない、厄介で危険な役目を割り当ててきたのだ。
たしかに、艦に備わる主砲をもってしか輸送船団の守備に貢献できないとなれば、そうするしかない。
そうするしかないが、それで生じる負担は、急造軍人でしかない部下の多くにとっては大きすぎるものだろう。最適射撃位置に艦をもっていく操艦は、自分がおこなわなければならないかも知れない。
指揮官として、二重三重に不愉快な心持ちになって当然ではあった。
「艦長」
黙り込んでしまった高橋少佐に、宮園中尉が恐る恐るといった様子で呼びかけてきた。
「意見具申、と言うか、思いつきを聞いて頂きたいのですが……」
よろしいでしょうか? と訊いてくる。
「うん?」
「先ほど艦長が送られた船団司令部への連絡なんですが――敵前衛に軽空母と思しき艦が一
「うん」
「艦長は、その新型攻撃機が完全無人で、これまでのものよりも格段に手強いものであるに違いないという想定のもと、動こうとされていますよね」
「どうしてそう思うの?」
「艦長が制動噴射を低温全力と指示されたからです」
「なるほど。それで?」
「はい」
宮園中尉は、そこでニヤリと笑ったようである。
「であれば、少しばかり面白い仕掛けが用意できるかもしれません」
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