4.Conflict of Doctrines

〈ホロカ=ウェル〉銀河系最大最強の超大国〈USSR〉――〈大銀河帝国〉と、それに較べれば一小国にすぎない大倭皇国連邦とのあいだで戦われている戦争は、国力に差のある二つの星間国家の争闘であると同時に、異なる基盤の上に成立している二種類の超光速航行技術、また、そこから派生した兵備、戦術の戦いでもあった。

 端的に言うなら、大艦巨砲と航空主兵の争いである。


 二種類の超光速航行技術――空間歪曲スペースワープ航法と裏宇宙航法。

 このうちスペースワープ航法をもちいているのは、ほぼ例外なく国力に余裕のある、経済的に豊かと目されている国々であった。

 技術的要因による制約――特異点ブラックホールを制御することで、任意に時空をねじ曲げ、異宇宙に遷移、光速を越えるという航行技術の特性のため、運用するには相応の経済力が必要だったからである。

 たとえば、超光速航行可能な航宙船からしてそうだった。

 乗員数、積載貨物の量や種類にかかわらず、それは大船でなければならなかった。

 複雑精緻、かつ大型の超光速機関を搭載するには、そうするより他に選択肢がない――軍艦に例を限れば、船体の小型化は駆逐艦サイズまでが限界だったのだ。

 当然、フネの建造には多額のが必要で、維持についてもそれは同様だった。

 整備が十分なレベルでおこなわれなければ、最悪、超光速機関が縮壊事故を起こしかねないからである。

 その場合、事故の復旧や賠償等にかかる費用は、言葉の通り、天文学的な額となるのは疑いようもない。

 上代に崩壊した世界国家、〈古代銀河帝国〉の往古より使用されているため、技術の完成度や安定性については何も問題ないものの、とにかく、『、手間、』を必要とするのが、すなわちスペースワープ航法という航行技術だったのだ。


 一方、それに対する裏宇宙航法は、この真逆とも言える超光速航行技術であった。

 大倭皇国連邦が開発したとされるこの技術は、この国が連邦となる以前――数個の恒星系のみが版図であった大倭皇国の時代に世に登場した、〈授学〉……、通称を〈MADPsy-ence〉と呼ばれる独自理論を基盤に成立した、まったく新しいものだった。

 一言で言うならがおこなう観念テレポー移動テーション

〈常軌機関〉なる超光速機関――ヒトのものならざる思考形態アルゴリズムで『夢』を観ている一種の電脳、そのはたらきにより、異界との扉をひらいて、の間を往来し、によって光の速さを超えるというものである。

 いかにも胡乱うろんな技術なのだが、その利便性の優れていることは衆目が認める……、認めざるを得ないものでもあった。

 なにしろ、ほんの小さな一人乗り宇宙機にさえも〈常軌機関〉は組み込める――光の速さを超越する能力の付与が可能で、

 加えて、スペースワープ航法のようには、造船、そして、進宙以降の航宙船の維持に大なる努力を要求するものでもない。

――となれば、国力、経済的に恵まれない中小の国家が、こぞって導入に踏み切ったのも、ある意味当然の流れというものだった。

 裏宇宙航法にも、やはり、特有の欠点――航宙船乗員に対し、極めて大な悪影響があるというマイナスがあるを勘案してなお、『ヒト、手間、カネ』の三悪と比較をすれば、まだ許容できる不利益かと、割り切ることも可能であったからである。


 かくして、〈ホロカ=ウェル〉銀河系に割拠している国々は、星間国家として生きてゆくため、どちらの超光速航行技術を採るか、選択を迫られることとなった。

 そして、己のくだしたその選択により、以降、国家運営、外交、経済活動や、軍事戦略を展開していくこととなったのだった。


「航法長」

 高橋少佐は言った。

「船団針路に対し、当該の反航軸線上への占位あるを確認ししだい本艦旋回頭。低温噴射全力にて減速と為せ――!」

 指示の最後にことさら復唱を強要し、それによって相手からの反問や疑問を封じた。

 そうして、部下の復唱を耳にしながら、なおも思考をめぐらせ続ける。

 現在、〈くろはえ〉は輸送船団――駆逐艦八隻からなる護衛部隊の先頭にある。

 『パスファインダー』と呼ばれるポジション――船団全体の『眼』の役割を務めているのだ。

 だから、こちらを攻撃すべく隊形を完成させ、しだいに捜索の網を縮めつつある敵が、対向コースに乗ってきた時点で自分の役割を見張りから変更しようとするのは別におかしなことではない。

 慣性航行で進んでいる艦にブレーキをかけ、自艦に続航している味方と合流した上で、自分もまた護衛任務にまわるべくポジショニングをやり直すというのは、むしろ当然の行為と言えた。

 したがって、航法長をはじめの部下が高橋少佐の指示に対して疑問を抱くであろう点は以下の二点――〈くろはえ〉がアクションを起こすトリガーと定めた相手が、敵の先陣を担う駆逐艦群でなく、それに続行している軽巡であること。そして、自艦が置かれたフォーメーションを組み直すために為される減速噴射が低温のそれであることだった。

 もちろん、指示をくだした高橋少佐には、そうすべきと信じる根拠がある。

 しかし、一から十まで、都度都度、部下に説明などしていられない。――そう思ったから、強引な手法で部下が自分の指示に思いをめぐらせる余裕を封じたのだ。

 あくまで冷静そうに見えてその実、彼女も内心焦っているのかも知れなかった。

 とまれ、

(新型の攻撃機を敵が投入してきた)

 電算機が軽巡と判定した敵艦を空母と訂正をした高橋少佐の結論はそれだった。

 砲戦を挑もうとするには、ほうこう装備は十分でなく、

 雷撃を仕掛けてくるには、彗雷の性能が足りない。

 単艦としては中途半端な戦闘力しか有しない戦闘航宙艦こそ、〈USSR〉――スペースワープ航法を光速をこえる手段に選んだ陣営、その宇宙軍がもつ艦である。

 では、何故そのようなフネが、こちらに向けて爆雷の飽和撒布をおこなうのだろう駆逐艦群の直後に、それも二隻も続航しているのか……?

 それがなんとも不可解で、そうすべき理由がかならずあるはずと、ずっと思考をめぐらせていた。

 収集したデータを電算機は分析しはするが、そこから先は人間――指揮官がなすべき仕事である。

 直接的な情報のみならず、相似た事例、果てはそくぶんした噂すら含めて、解を得るべく検討をする。

 そして、高橋少佐は、それらのフネの片方、或いは両方を軽巡ではない――改装空母かと閃いた。

 空母機動部隊中心の大倭皇国連邦宇宙軍を部分的にではあれ、敵が真似てきたのではないのかと。

 単独では遷移実行能力の無い〈USSR〉の艦載機だが、近接戦闘にもちこめれば十二分に強い。

 大倭皇国連邦宇宙軍の、それも聯合艦隊相手には無理でも護衛艦隊程度であれば戦果はあげ得る。

 現状、補助艦艇でしかない空母戦力を膠着状態を打破する一策として、敵側の誰かがそう考えた。

 その結果が、これまで見たことのない敵艦隊の動き、編成として現れている――そうではないか。

 戦術ディスプレイ上に見た相手の動向を合理的に説明するには、それしかないように思ったのだ。

 もしも推測の通りであるなら、きっと爆雷攻撃の混乱に乗じて攻撃機群を発艦させてくる筈、と。

……外れていてほしい、それは推測であったが、緊急信にてそれを達した船団旗艦は、しかし、可能性を否定はしてこなかった。

 それどころか、早々と麾下の護衛部隊全艦にールウェ使ポンズフリー由の許可を出し、〈くろはえ〉が併せて要請していたポジショニング変更についても了承してきたのだ。

 臆病だとか、考えすぎと一笑に付されるよりはマシな反応だったが、高橋少佐の緊張度合いがグッと増したのは、だから、当然ではあった。

 ほとんど間髪入れない対応は、船団司令部もまた、高橋少佐と同様の懸念をおそらくは彼女よりも早い段階で抱いていただろうことを証していたからである。

(〈デヴァステイター〉だったら助かるのだけれど、まず確実に違う、んでしょうね……)

 高橋少佐は、自分たちに向け、敵が差し向けてくるだろう攻撃機について不安まじりに考えている。

 開戦初期に〈USSR〉宇宙軍が運用していた小型宇宙機――攻撃機は、それが有人であるが故に、ほとんど使い物にならない安全パイなカモだった。

 攻撃にせよ防御にせよ、まともに空間戦闘をおこなったりすれば、ほぼ一〇〇パーセント、搭乗している人間が死亡してしまう。

 設計や機構に不備がある欠陥機と言うより、それ以前の構想にこそ問題があるからだ。

 機体の寸度やジェネレーターの出力を考えれば、慣性中和装置やの発生装置など、そのいっさいが搭載できる筈もない小型宇宙機。

 そうした小型宇宙機の死命を制するのは一にも二にも運動性ということになる。

 その運動性を人間が乗っている――その一事がすべて台無しにしてしまうのだ。

 戦闘機動の際に生じる過激というも愚かな加速度を耐え凌ぐのには、ヒトの身は脆弱すぎるからだった。

 結果、〈USSR〉宇宙軍に敵する大倭皇国連邦宇宙軍の軍人たちにより、〈デヴァステイター〉をはじめの〈USSR〉宇宙軍艦載機群は、いったい何をしたいのか、何を目的に作られたのかさえもわからない、格好のと見なされ、手もなく撃破されていったのである。

 大艦巨砲を兵備、戦術の基本としている(せざるを得ない)スペースワープ航法陣営にとり、空母をはじめの兵力は補助的なものでしかない――そうしたが不適な軍備計画と、悲惨な損耗をみずから招いてしまったのだった。

 しかし、〈央路〉星系における敗北――大倭皇国連邦宇宙軍がり出してきた空母機動部隊や航空艦隊の経空攻撃により主力艦多数を喪失せしめられるという大敗北を喫した結果、〈USSR〉は本気になった。

 これまで軽視してきた自軍側の空母運用について、おそらくは可能/不可能事項の洗い直しを徹底的におこなった。

 そうして、新型空母や、なにより無人攻撃機の開発に着手したのに違いない。

 大倭皇国連邦宇宙軍軍令部や、現場の(悲観的な)一部将兵のあいだで囁かれていた予測が、ついに現実化したということなのに違いなかった。

(そのテストベッドにされるのが、選りに選って私たちというのが、なんとも……)

 ツイてない――知らず、また、漏らしそうになった溜め息を高橋少佐が、ハッと噛み殺そうとした矢先、耳許で、ピッと着信を告げる電子音が鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る