第10話 おっさんと呪われた王女
宿屋の朝は早い。
客のほとんどが冒険者なので、その朝ごはんに間に合う時間となると、陽が出る前に起きることになる。
ただ、朝食が終わればしばらく暇になるので、その間にシンにトレーニングしてもらうことになった。
とはいえ。まずは身体作りの体力や柔軟性の訓練だ。常に魔力を放出することによって魔力が増えるようにする事も忘れない。
クエスト終了の報告から、再びギルドへ行ったのは結局あれから一週間経っていた。
ギルドの扉をあけると、一直線で受付へ行く。クエストは朝一の方が多いのは分かっているけど、休みの日までそんなガツガツとクエストは漁りたくはない。今は仕事と鍛錬だ。
「どうもこんにちは、カリアさん」
「あら、こんにちはムネハルさん、おめでとうございます。クエスト完遂ですね」
俺とシンは差し出されたタッチパネルのようなものにタッチすると、クエストは保から済に変わる。
それと同時にEクラスのパーティーへと昇格した。もちろん報酬の金貨5枚もしっかり受け取る。
今回も掲示板を見ようとすると、今日もセリアーナがいた。
「あのこ、今日もいるんですね」
思わずカリアさんに話しかける。
「セリアーナ王女様ですね、彼女はここ一週間毎日このギルドに来て、パーティーを探していますね。けど、誰も彼女を入れたがりません」
「やはり呪いとかですかね」
「それもありますが、ここのギルドにはすでに固定パーティーになっている方が多いので、入る余地がなかなかないんですよね。大きな街ならまだ分からなかったかもしれません」
「毎日って彼女仕事していたよね?」
「それは……」
「ああ、守秘義務ってやつか」
「いえ、まぁ、どうせすぐにわかる事ですが、あの教会堂はもともと前司祭にはお子さんがいて、そのご子息が、冒険者を引退して継いだんですよ」
「え、じゃあ追い出されたのか」
「いえ、追い出されたというより次の転勤場所決まるまで、約1カ月間の休暇が与えられ、それまで教会堂を宿がわりにしているようです。セリアーナ様も、ここでパーティー決めないと、今度冒険者になるの何年後になるのか……」
「え、そんな縛りあるんですか?」
「縛りというか、次の教会堂決まればその任務につかなければなりません。ここみたいな一時的な代理ならすぐですが、そうでなければ、だいたい3年くらいは就かなければならないそうです」
「そりゃ、大変だな」
「いや、しかし俺らには声かけられてないな、まぁ、おっさんと子供だしな」
「何をおっしゃっているんですか、彼女はそんな事気にしてません。そもそもどんなパーティーでも自分で乗り越えるつもりだとこの前おっしゃってました。ムネハルさんはだって本職宿屋じゃないですか、彼女は世界を周りたいみたいですから」
世界を周りたい。
ふとその言葉が胸に突き刺さる。
俺は何をしているのだろうか?なんだかんだと言い訳していつまでも宿屋に住み着いてしまうのではないだろうか。
俺は急いでジルさんの所へ向かった。
シンは黙ってついてきてくれている。
宿屋に着くと、ジルさんは夕飯の仕込みを始めようとしていた。
「ジルさん、俺ここ辞めても良いですか?」
ジルさんのところまで行くと開口一番そう言い放った?
「どうしたんだい急に」
「やはり俺、冒険者になります」
「あら、そうかい。いつから行くんだい?」
そこまで考えておらず、黙ってしまう。
「一週間後に出ようと思います、それまでは働かせて頂こうと思います」
シンが代わりに答える。そう言われるとそのくらいが丁度良いみたいに感じる。
お互いの準備のためにも。
「分かったわ」
「ありがとうございます」
俺はそう言うと、すぐにギルドの方へ向かう。
ギルドへ戻ると何やら騒がしい。
珍しく、カリアさんが受付から出ている。
「どうしたんですか?」
「ああ、ムネハルさん。今セリアーナ様が……」
そう聞いて奥を覗くと、三人パーティーの男の人とセリアーナが話をしている。
「お願いします。パーティーに入れてください」
セリアーナが頭をさげる。
「くくく。いやぁ、どうしようかな」
なんともいやらしい笑い方に、胸がザラつく。
「お願いします。私は冒険者にならないといけないのです」
「ほう」
「私の国ではある時から王家が次々に亡くなる事件が起きました。原因は未だ不明ですが、大きな呪いだと言われています。兄ガザインは、その呪いから私を守るために私を国外へと追放すると病に伏し、三週間後に亡くなりました。私は母や兄妹に誓ったのです。この呪いを究明すると。そして、そのためには冒険者になって
強く語るセリアーナの拳は硬く握られている。
「お前の事情なんて知らねえよ、そもそもお前が呪われているせいで、お兄様とやらは死んだんじゃないのか?」
「違います。それだけは決して」
「ふん、どうだかな」
「けど、護れなかったのも事実です。悔しいです。悔しい、悔しい、どんなに悔やんでももう会えません大切な人を、私は誰一人助けられてませんでした。だから、冒険者になって……」
そこまで言ってセリアーナは黙ると、机にポタリポタリと滴が落ちる。セリアーナの涙だった。
セリアーナは、常にこのような中傷に、晒されているのだろうか。仲間も、兄弟もいなく、たった一人で……。
俺は気づいたらツカツカとセリアーナに近づいた。
「よく耐えましたね。セリアーナ姫。もしよろしければ、俺のパーティーに入ってくれませんか?」
「え?」
「ちょっとパーティ人数が足りなくてさ、頼むよ」
「でも、貴方は宿屋の仕事が」
「うん、辞めたよ」
出来るだけ笑顔で答える。正確にはまだ辞めていないのだが、アバウトで大丈夫だろう。
「ふざけんなよ、おっさん」
男が叫ぶ。
「だまれガキ!子供を泣かせて清々したか?子供しか相手にできないのなら、その大そうな剣を置いて引退するんだな」
「なんだと?」
男はまだ何か言っていたが、無視して受付に向かう。
向かいながら、セリアーナの目から再び大粒の涙がぼたぼたと落ちては床を濡らした。
「ありがとうございます」
とても小さかったが、確かに俺の耳に届いた。
カリアさんがハンカチを、セリアーナに渡すと受付に戻る。
シンを見ると、やれやれといった風に肩をすくめる。
「おっさん、大人なんだからハンカチくらい持っとけよ」
「ぐ、面目ない」
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