第8話 おっさんゴブリン退治に行く③

まずは詠唱のための時間稼ぎをする。


上昇気流アップドラフト!!」


 ゴブリンファイター二匹が、急激に煽られてこける。


その隙に詠唱を始める。


「闇の世界よりいずる力よ、甘き誘惑となりて虚の世界へいざないたまへ熟睡魔法オネイオロス!!」


 黒い霧なような物が二匹のゴブリンファイターに纏わり付いたと思ったら、そのまま崩れ落ちるように寝始めた。


 魔力の消費が激しいかわりに相手が眠るだけというコスパの悪い魔法だと思っていたが、まさかここで役立つとは。

 この魔法の唯一良いところは眠り墜とせれば、なかなか起きないところだ。


 なぜか宿屋に置いてあった『眠れない時に使うおまじない上級編』読んでおいて良かった。


 自分の状態を確認すると、両腕、両脚からは先程塞いだ傷口から再び血が滲み出て、ジンジンとした痛みが響く。


 まずは回復だ。


 回復しながらどうやってシンを、助けるか考える。下手に手を出しても邪魔になるだけだし。さすがに魔力も大分減ってきている。


 とはいえのんびりしているとジンは追い詰められてしまうかもしれない。


 ふとホワイトゴブリンがこちらをみる。


 が、さすがにこちらに魔法は打ってこない。打った瞬間シンにやられることが分かっているのかもしれない。


 よく観ていると、シンがあらゆる角度から攻めているのにもかかわらず、ホワイトゴブリンの立ち位置はたいして変わらない。


 ある程度の範囲で、そこに魔法を打ち込めばダメージは与えられそうだ。


 意を決して、杖を構え詠唱をしようとした瞬間。


 火炎球ファイヤーボールがこちらに飛んでくる。


 すんでのところでかわすと、後ろの木に当たりかすかに木を焦げつかせ消えた。


 詠唱系は無理か。

 シンと戦いながらこちらを牽制するとは。


 牽制の攻撃で、ゴブリンファイターが目を覚ましてしまったら元も子もない。


 こうなったら、もう少し近づいて石針ストーンニードルで体力なり集中力を削るしかない。


 そう思いたつと、ホワイトゴブリンの死角方面から近づく。

 そうすれば、こちらをフォローするにはよそ見しなくてはならなくなる。


「おっさんいいぞ!」


 さすがシンもその意図をくんだようだ。攻撃の手を早め、ホワイトゴブリンは押され始める。


 ある程度正確に狙えるところまで近づいてホワイトゴブリンの足場を狙って火炎球ファイヤーボールを連打する。


 ホワイトゴブリンは、一発目を躱すが、二発目からは土壁ソイルウォールで足場を守る。


 しかし、その一瞬をシンは見逃さない。剣撃は何とか受け止めるものの蹴りをくらいわずかに吹き飛ばされる。


 そこを狙って俺も火炎球ファイアーボールを繰り出す。


 火炎球ファイアーボールが当たり、そこへシンが追い討ちをかける。


 その瞬間、洞窟の入口に石の壁が出来る。

 石壁ストーンウォールだ。三枚の壁が入口を塞ぐ。


 その壁の前で何とかシンの攻撃を凌いでいる。


 なぜだ?

 失敗?

 俺からの攻撃を防いで、シンの戦いへ集中するために出そうとして場所を間違った?


 考えられない。


 もしかして。

 俺はさらに近づいて壁の隙間から洞窟の中がわずかに見えるところまで来る。


 ああ、そうなんだ。


 そう考えると全てが納得がいった。


 中には何匹かの赤ちゃんゴブリンが見えた。


 俺は急いで洞窟の入口の方へ向かう。なぜ六匹のゴブリンが待ち伏せしているときにホワイトゴブリンも来なかったのか。


 なぜ洞窟の中から急襲せずに、対話を試みたのか。


 なぜ洞窟の入口から離れなかったのか。


 なぜ石壁ストーンウォールを入口にかけたのか。


 全てはきっとこの赤ちゃんゴブリンを、守るため、そして中には白い個体も見える。


 ホワイトゴブリンが産んだものだろう。おそらく今朝に。


 もはやホワイトゴブリンは、シンの斬撃を防ぐのが精一杯で、俺に牽制するどころか、シンの斬撃以外の攻撃も防げない。


 襲いません。


 ホワイトゴブリンの言葉を思い出す。

 

「まて、シン!!」


「どうした?おっさん」


 シンは動きを止める。


「殺すな!」


「何言ってんだ?おっさん」


「洞窟の中に子供がいる」


「なら、そいつらも処分しないとな」


「だめだ!」


 シンの言わんとすることは分かる。多分シンの言っていることは正しいのだろう。中途半端に残せばそのゴブリンが恨みをもって人間を襲う可能性は高くなる。

 どこまで増えるかもわからない。


 でも、


 俺はホワイトゴブリンに近づくと、ゆっくり語りかける。


「おい、人を襲わないか?」


「襲いません」


 頭の中に声が響く。


「信じられるわけないだろ?」


「俺は信じる。もし、しょうもない理由で破ったならその時殺す」


 シンがそれでも殺すと言えば、止めることはできない。


「くくく、おっさんやっぱおもしれぇな」


 シンが笑う。


「なあ、頼むよシン」


「おっさんの好きにすればいいさ」


 そう言ってシンは、剣を収める。


 それを見て俺はホワイトゴブリンの回復を始める。


「ア、リ…ガ…ト」


 とても小さくゆっくりだが確かに聞こえた。


 その言葉にシンも驚く。


 喋らなかったのは声帯の問題だったのかもしれない。念話テレパシーで指示を出して会話なんかしなかった中、ここまでの知識を得たのは、驚異的な努力だっただろう。


 ホワイトゴブリンが泣いているように見える。涙は結晶化して鈍く光る。

 

 ホワイトゴブリンがそれを俺に手渡す。


「おっさん、ゴブリンの涙だ!」


  シンが驚いたように声を出す。


「なんだ?レアアイテムか?」


「レアどころじゃない、幻のアイテム。入手方すら分かっていない。そうか、ホワイトゴブリンからしかとれないのか。なるほど、もし人を襲ったりしたら、この情報を流せばたちまち狙われる。これが約束を守る証ということか」


 ホワイトゴブリンの傷が、ほとんど塞がる。  


「ただ、ここは破壊するから、どこかへ移動して、人間にバレないようにするんだな」


 ホワイトゴブリンが頷く。残念ながら巣は壊さなければならない。ゴブリンは逃げたと言えばよいが、巣は壊さなければ失敗としてクエストランクが上がり、新たな冒険者が来るかもしれない。

 また、壊したとなれば、ギルドが確認の人をよこす。嘘はつけない。


 俺はゴブリンファイター二匹を起こす。


 準備の間しばらく待ってから、ゴブリン達が出ていくのをしっかり見届けて手を振る。

 ホワイトゴブリンは、小さく礼をすると走り出した。彼らも新しい場所で新しい巣を作らないと危険だ。


 俺は残りの魔力を使って巣を破壊した。


 後は夜になる前に帰らなければ。ここまできてフォレストウルフにやられましたでは笑えない。フォレストウルフも夜の方が強いらしい。

 シンがいるから大丈夫だろうが、急いで村へと向かった。





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