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 グッドマンは喧騒渦巻く酒場にいる。これで三軒目だった。隣には無表情の少女がいる。彼女が一方を指さした。その方向へグッドマンが突進した。帽子が飛ばないよう、手で押さえ、姿勢を低く、彼らを見た瞬間に逃げ出そうとした男に踊りかかった。引き倒す。「スペックス」の移送情報を売った、運送会社の男ブルーカラーに間違いなかった。グッドマンはグラスを握ったままの男の手に、紳士的に両手を添える。これも三度目だった。不安そうな顔をしているがこれから何が行われるかは知らないようだった。男は部下たちからグッドマンたちが捜していることは聞いているようだったが、どんな仕打ちを受けたかについては連絡されていないようだった。些細な意趣返し――グッドマンは憐れに思うが、お決まりの言葉を発した。

「スペックスをどこに持って行った」

 強く握った。悲鳴があがる。

「どこに持って行った」

「知らない、本当だ」

 さらに強く握った。聞くに堪えない声だった。

「おれは雇われただけだ! 現ナマと書類が入ってた。おれはそれに従っただけだ! 本当だ!」

「誰に雇われた」

 男は涙をこぼしながら、新薬のルート開拓で最近、新興してきたシンジケートの名前をあげた。

 グッドマンは手を離した。男はひざまずいて嗚咽した。

「わかったぞ」

 グッドマンは少女に言った。少女はうなずいた。グッドマンの背後で男が立ち上がった。殴りかかってきた。グッドマンは足を組み替えてスタンスを整えると、体重の乗った肘を背後に叩きこむ。男の身体がくの字に折れる。振り向き、後ろ下がりに軽やかなステップを踏んで、男から離れ、右のフェイント、ついでがら空きになったみぞおちに火の玉のような左フック――そして、シャープな右ストレートが吸い込まれるように男の顎にヒットした。男は今度こそ立ち上がってこなかった。

 少女が久しぶりに口を開いた。

「あなたは確かに紳氏グッドマンで、あたしのことを女の子として扱ってくれるけれど、男の人には容赦ないのね」

 落ちた帽子の汚れを払い、かぶりなおしていたグッドマンは、彼女のささやきに応じた。

「考えればわかることを、わからせているだけだ」

「そう、それはあたしに対して言っているのね。だから言っておくけれど、グッドマン、きっとあなたは幻滅するわ……いいえ、恐怖するでしょうね」

 それきり少女は一言も口をきかなかった。

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