第4話 すっと抜けるとふっと居なくなる
「お、出来てるじゃねーか」
「あ、サンドイッチじゃないっ」
ボマーとフランドの声が同時に耳に飛び込んできた。すぐさま二人はテーブルにつくと、大皿にむんずと手を伸ばした。
「ムラサキ俺にはお茶!」
「アタシはコーヒーねっ、ミルクたっぷり!」
本当に人をアゴで使ってくれる人々だ。
でもまあ、サンドイッチはどんどん皿の上から減っていっている様なので、何とか「食料調達」の使命は全うできた様で、僕はほっとした。
「…で、ナヴィは結局居たんですか?」
ぶんぶん、とフランドは大きく首と手を振った。
「ぜーんぜん。さっぱり判らないわっ」
そう言いながらもぱくぱくと彼女はサンドイッチを口に放り込んだ。
「あら、アイス乗せ? 珍しい」
そしてそれにも口をつける。
「美味しいですか?」
僕はおそるおそる聞いてみた。
「美味しいわよ。バゲットがちょうどやーらかくなるし」
そう言われてみて、僕も口にしてみたら、口の中でパンに甘いアイスの溶けかかりがふしゃん、と広がって、それはそれで悪くはなかった。ふうむ。甘辛風味って奴かな?
「…しっかしよぉ… 全く何処に消えちまったんだよ、あのガキ」
「何かこれって、『神隠し』みたいですね…」
「何らよそら」
口一杯にシュリンプサンドを詰め込んだボマーが尋ねた。
「…え、聞いたこと、ないですか?」
「無いっ」
彼はきっぱりと言った。そして皆もまたうんうん、と大きく首を振って彼に同意する。
「何よそれ。言ってごらんなさい」
うりうり、とフランドはムチの先で僕のあごの下を撫で回した。
「い、いや… 僕の星の古い民話にあるんですが、…神様が、気に入った人間をさらって行ってしまうんです」
「何だそりゃ」
「いまいち不合理ですね」
「知らんな」
男性陣の声が一度に僕に降り注いだ。
「そんなこと言われたって知りませんよ。ただそういう伝承かあるということで…」
「変わった神様も居るもんだよなぁ」
「…とにかく! あの、原因も脈絡もなく人が忽然と消えてしまう時に、僕等の星では、『神隠し』って言うんです!」
僕はとりあえずそう締めくくった。
「まー、でもあの船長だったらこう言うわね」
船長の顔真似をしながら、フランドはテーブルに両肘をついた。
「『…ムラサキ君、それはきっとね、例えば昔の、人買いだのといった悲しい風習が、その様に美しい伝承となったのだよ。ほら、やはり皆、辛い記憶は美しいものに変えてしまいたいだろう?』」
すると一気に皆の間で笑いが弾けた。フランドも自分で言っておいて何だが、きゃははは、と甲高い声で笑った。
「ナーンセンスなのよ、ムラサキ! このサイエンス・テクノロジー・サイバー・カルチュアな時代に、んなコト、ある訳無いじゃない!」
そ・れ・に、と言いながら彼女は再び僕をムチで指した。
ちなみにもう片方の手にはフォークを持ち、いちごをくっ、と刺していた。僕程度など片手で充分、というのが彼女の常の言い分だ。
「一番あり得ないのがね、船長が神様に気に入られるってトコよっ」
苦々しげに彼女は言い、いちごをぱく、と口に入れた。それはもっともだ、と皆は大きくうなづいた。
全くもって、信用の無い船長だと思う。けど僕もそう思ったのを一応白状しておく。
「…では侵入者か」
アリがぼそっとつぶやいた。
既に彼は無言のうちに自分の必要とする量のサンドイッチを(アイスクリームサンドを含め)胃に収めてしまったらしく、ゆったりとコーヒーを口にしているところだった。
「…いや… それはあり得ない」
「ミハイルさん?」
「この船は、進入しようとする者に対しての防衛装置及び警報装置は完璧だ」
「そうだよね。僕らのこの船だもの」
王子も同意した。
「そして今も作動している…」
ふんふん、と皆ミハイルの言葉にうなづいた。
だが、じゃあ安心だよね、と納得しようとした時。
「しかし… この船は基本的にプライヴェイトを重視した設計となっているので、一度内部に潜入されると、如何ともしがたい…」
そんな、ほっとさせておいて突き落とす様なことを言わなくても、と僕は何となく泣きたい様な気持ちになった。
けど確かにプライヴェートと言えばそうなのだ。この船、普通の客船とか輸送船とかと比べて、豪華すぎだし。
何にしろ、なまじあの口調と姿勢で言われてしまうと、それが本気であることが判ってしまうから辛い。
そして参った、と思ったのは僕だけではないようだった。ボマーもまた、テーブルにべったりと頬を乗せると、ミハイルの方を見た。
「とにかく滅多に入りゃしねーが、入られたら困るってこったな? みの字」
「まあ有り体に言えば、そういうことです」
言いながらミハイルは眉間にシワをよせ、こめかみに指を当てた。
「あー… そーいえば、フランドお前、侵入者だったもんなー、昔」
「そーゆー古いコトをいちいちほじくり返すんじゃないわよ!」
ごん、とボマーの側頭部を一発拳固で殴ると、フランドはつ、と立ち上がった。
「あー、サンドイッチもいいけど何か物足りないわねぇ…」
そう言いながら、ピンヒールをかつかつと鳴らして、彼女はキッチンの方へと消えて行った。ボマーは顔を上げながらぼやいた。
「…ったく、思い切り殴りやがって」
「侵入者… だったんですか? フランさん」
「まーな。でもまあ皆、この船に来たのなんて、そんなもんだろ。だいたいお前、自分のこと、考えてみろ! 侵入どころか、こっちに損害与えたくせによ!」
だから今奴隷なんじゃないですか、とはさすがに僕も言えなかった。ぶつぶつ、と口の中だけでつぶやいていると、ボマーはそんな僕はどうでもいい、とばかりに両手の拳を握りしめた。
「何つかもう、この状況がなー、オレは嫌なんだよっ。侵入者が居るか居ないか判んねーなら、居ると同じじゃねーか。オレはあくまでアタッカーであって、ディフェンスは苦手なんだからなっ!」
確かに。彼だけじゃない。この船の戦闘用員は皆そうだろう。守りよりは絶対「攻め」の方が得意のタイプだ。しかもそれは成功する確率が高い。
正直、僕の目から見てもアリくらいだ。この状況にずっと平然としていられるのは。
と、その時僕の頭を軽くかすめるものがあった。僕がやって来た時…
「あ、そーいえば」
「何だよムラサキ。お前でも何かいい考えあるのか?」
「…僕でもってとこが何ですが…」
「いい、いい、言ってみ。今はワラでもすがりたい心境だぜ…」
僕はワラかい。
「えーと、確か、皆さんがほら、獲物の船に突入する時に、プロフェッサーが内部確認するじゃないですか。乗員の動きをサーチするっていう…」
「ああ、そうだが…あ、そーいや、お前あん時、おやっさんについてたんだっけ」
僕はうなづいた。
「それって応用できないですか?」
あー、とかうー、とか声が響く。少なくともここに居る人々の中では扱える者はいないらしい。
「あら、また暗くなってるじゃないっ!」
キッチンからからん、と涼やかな音と、かつかつ、という靴音が響いた。フランドが戻ってきたのだ。
「何やってんだよ、お前」
「ふふーん、見て見て見て」
ぐい、と彼女は自分の手にあるものをボマーに突き出した。
「うぉっ、こいつぁ、キャビアじゃんかよーっ」
そう、彼女が器用に片手に乗せていたのは、銀色に輝く丸いトレイ、その上にはクラッカーが一ケース、そしてシャンパングラスにこんもりと盛られた、つやつやとしたキャビア。
「特上のネル星系のよ! 缶が奥の奥の方にあったわ。おかみさんったらもうっ。隠しておいたのねー、ふふふ」
そう言って彼女は、クラッカーの袋を開けると、その上にたっぷりと黒い宝石を乗せた。
「んー~たまらないわっ」
「お楽しみの所何ですが… あの…」
「何よっ」
「あのよ、フランド。お前、おやっさんが襲撃の時使ってる、乗員探知の方法っての? アレどうやってやるか知ってるか?」
「あーアレね。何使うの…あ、そっか。そぉねえ」
もぐもぐ。口に入れながらそれだけ一気に理解するあたりはさすがだ。
「アタシでもちゃっちゃっとできる方法は、この船じゃあ無理ね」
「無理か?」
「でも二つ目なら、プロフェッサーの端末があればできるけど」
ぱあっ、と一度曇った皆の表情が輝いた。
「あー、とつまりね」
もぐもぐ。ごくん。
「プロフェッサーが開発した探索ソフトと、ソレ用に改造した端末のハードが必要なのよね」
「そんじゃ早速っ!」
ボマーはばん、とテーブルに手を付き、立ち上がろうとする。
「今すぐ~? もう少しゆっくりさせてよっ。せっかくおかみさん居ない時に味わえるものは味わっておこうと思うのにさぁ~」
「んなコト言ったって、オレは…」
ちょいちょい、とフランドはボマーを指で招いた。何だよ、と顔を近づけると、唐突に彼女はボマーの左耳を掴んだ。
「このせっかち!!」
彼は飛び上がり、フランドから飛びずさった。
な、何が一体起こったんだ?
僕は目を白黒させて左耳を押さえている彼をしばらく呆然として見ていた。だって、確かにフランドは耳元で大声を出したけど… そこまで飛び上がるか? 普通…
「ったく… 世話が焼ける男ねー。先に船橋行っててよ。ああもう、このねっとりこってりの幸せ感を味わう快楽、恍惚感、無粋なアンタ達には判らないのよねっ」
ふっ、と彼女は笑うと、ふたたびもぐもぐ、とやりだした。
「判ったよ… おい皆行くぜっ」
「あ、後片付けは…」
「後でいいだろ、後かたづけって言うくらいなんだから!」
それにどうせ僕がやるんだし、か。はいはい。
僕は空っぽになった大皿と、ウォーマーのスイッチを切ったポットをちらっと見ると、通路へ出た。
「あ、待って、僕も」
「王子、それ…」
サンドイッチとフルーツを乗せた皿が、王子の手の中にはあった。
「それでしたら、私が…」
「いや、いいよ」
「しかし…」
「僕が持っていきたいんだ」
そう言って彼はにっこりと笑った。そうですか、とミハイルもそれ以上返す言葉は無いようだった。
「みんな綺麗に食べてくれたねー。…隊長も気に入ってくれるかなあ」
「そ、それは…」
「ちょっと私には答えかねます…」
正直すぎだよ、ミハイル…
だけど王子はそんな僕等の危惧などまるで何処吹く風、という感じで、にこにこと歩みを進めていた。
「それじゃ、また後で」
背後から、アリがフランドに声を掛けているのが聞こえた。彼はすぐに追いついてくる。だけど何か首を傾げているかの様だった。
「…何かあったんですか? アリさん」
「や、特に…」
だが黒い巨人はエレベーターの中でも黙ったきりで(って言っても彼はだいたい黙っているのだが)じっと階数表示をにらんでいた。
と、不意に小さな声でつぶやいた。
「アレ… とはやっぱりアレか?」
*
「隊長… 隊長…」
呼びかけても、明後日の方向を見ている隊長からは返事は無い。だがどうやら頭の半分くらいは見えたので、王子は必死になってまくし立てる。
「あの、あれからナヴィと、フランさんが消えてしまいました。潜入者の仕業かもしれないと、残った皆で、今、対策を立てている所なんですが…消えてしまった皆さんが、どうか無事でいて下さるとよろしいのですが…」
スクリーンの中の隊長は薄く開いた目で、ちら、とこちらを見た。相変わらず「オレは眠いんだ」光線で人を殺しそうな勢いだった。
「…で、あの、隊長のお食事を持ってきましたので、よろしかったら船橋にいらしてくれませんか?」
無言が続く。王子はめげずに続けた。
「おかみさんがいらっしゃらないので、皆で作ったんです。…で、ぼくもムラサキ君に教わって、初めてサンドイッチを作ったんです。あの、少しでも食べていただけると、僕も嬉しいのですが…」
つまりはこうだ。
船橋に着くが早いが、王子は情報デスクにまたも向かった。彼は彼で、脇のデスクに置いたサンドイッチを隊長の所へと運びたいのだが、隊長は船長室への扉を閉じたままなのだと言う。
「外からじゃ」
「開かないんですよ。あそこは」
ミハイルは忌々しそうに言う。彼にしてみれば、王子にこれだけ心配させて、手間取らせる相手である、ということだけで隊長は気にくわない存在なのだろう。
「…返事くらい、しても良いものを…」
「いいじゃないか。回線を開いてくれただけでも充分だよ」
そう言って王子は笑顔で返した。
「ああいうひとなんだもの。何処にだって、ああいうひとは一人二人居るものだよ」
…それは違う、とさすがに僕は思った。
「それにしても、まさかあいつまで消えちまうとはなあ…」
全くだ、と僕も思った。フランドまで消えてしまうなんて。
僕らが船橋に行って…そう、あの時、アリが端末を探すのに、一旦、プロフェッサーの部屋に行った。彼曰く「時間が掛かった」ということだけど、それでも彼がそれをフランドに確認するために食堂に行くまで、二十分と経っていない。
もし彼女のところに侵入者が接近していたなら、何らかの形で乱闘になったと思う。彼女も手練だし。だけど、そんな音もしなかった。テーブルの銀のトレイも、その上の物もすっかり残ったままだったと言う。
さすがにこうなると、訳が判らない。
「居なくなった」と言ってきた当のアリは、今はエレベーター付近の壁にもたれ、額に手を当てながら、何やら考えている様だ。
「ま、悩んでてもしょうがねえ」
ボマーはぱし、と大きく拳を手で叩いた。
「フランドが居なけりゃ、結局あの手は使えねーか。仕方ねえ」
そう言いつつ、またディフェンスに戻ってしまったことが悔しいらしく、彼はちっ、と舌打ちをした。
「とりあえず皆、自分の身は自分で守る様にしようぜっ」
自分の身は自分の手で、か… 僕はやや不安を感じた。何せ僕には戦闘体験は無い。…ある事態に巻き込まれるなんて、運送会社に居た時には思ったことも無かった。
いや、無論会社に居たからって、それだけで安心ってことは無い。だけど、そんな「戦闘」をする様なことに出会うって言うのは、滅多に無いからあまり怯えるな、と言われて来たのだ。
…しかし今思えば、それは、「実はそういう事態が結構あるので社員が逃げない様に」会社側が根拠も無くそう言っていただけかもしれない。
…いかんなー。僕も最近疑い深くなってきたようだ。
「んじゃ、ちょっと皆、上行こうや」
あっちの方が話しやすいしな、とボマーは付け加えて、中二階を指さした。
船橋の中二階は、作戦会議だの、お茶の時間だのによく使われる場所で、固すぎず柔らかすぎず、のちょうどいいソファがコの字に置かれている。
色合いも落ち着いているし、またこの材料の木が実にいい感じなのだ。僕は家具には決して詳しくは無いけれど、確実にこれは食堂同様、無茶苦茶上等の類だと思う。少なくとも僕が会社で働いている分では、一生お目に掛からないような。
「それじゃあ当座の武器な」
ほい、とボマーは僕とミハイルに小銃を投げた。
「ミハイルさん… 使えます?」
「失敬な」
「あー、ムラサキ、そいつは撃てることは撃てるよ。ただしきっちりと敵が居るべき場所に居るならな」
ああ、と僕は彼の言わんとするところが判った。キッチンでのパンとの格闘を見ていれば判る。止まった標的にきっちり当てることは得意なのだろう。
しかし実際の戦闘はそういうものではない。僕はやや不安になった。
そしてボマーは残る面子を見て、軽く目を細めた。
「あー… っと、ドクターと王子は――― うん。あんた等は武器無し」
「すみません… 何もできなくて」
恐縮した様に王子は頭を下げる。ドクターも軽く頭を下げる。
「や、王子、適材適所ってのがあるからよ」
「適材適所?」
「あいにく、俺にはお前さんの様な超キテレツハイスピード運転はできねえ」
…それがどんな状態なのか、まだ体験したことは無い僕だが、ボマーがそう表現するくらいだから、…そういうこともあるのかもしれない。
ま、とにかくボマーはボマーで、王子を慰めているんだろうな、と僕はその時思った。
「…で、おっさんは手持ちのトンファでいいんだろ?」
「ああ」
彼は短く言ってうなづいた。うん、確かに。彼はとっても強い。それは僕もよーく知っている。
「俺は… そーだな。ま、ビスケット(手榴弾)持ってるし… 何とかなるとは思うけど… うーん…」
そう彼は、単に頭が爆発しているだけではないのだ。そもそも、爆破関係のエキスパートなのだ。普通の重火器もそれなりに使えるのだが、彼の専門は何と言っても、爆弾やトラップというものだった。
そしてこの「火薬男」は、現在手持ちにしている分の量を考えている様だった。
「あー… ちっとばかり、心細いな、こりゃ」
「それでは、私が武器庫まで取りに行こう」
アリがぼそっとつぶやいた。
「ああ、そだな。オレも行くか?」
「いや、今これ以上船橋が手薄になってしまうのは困る。それに…」
「それに?」
僕は思わず問いかけた。彼にしてはずいぶん長い言葉だったし、それに言い籠もるなど珍しい。
しかしやはり、彼は彼だった。何でもない、とあっさりと僕の疑念を打ち消してくれる。
「油断は禁物だ」
「おうっ、おっさんもな」
出て行く黒い巨人を、ボマーは親指で鼻をキュッとこすりながら見送った。
「おいムラサキ、何をさっきから首ひねってるんだよ」
「い、いえ…」
「言いたいことあるなら言えよー」
言いたいこと。あることはある。だがいまいちそれが上手くまとまらないのだ。アリの様子に何か嫌な予感がする。
…だけどそれだけじゃ絶対ボマーは納得しない…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます