第3話 サンドイッチを作ろう。作るんだ!
と言う訳で、また一名消えた。しかもナヴィは通信機を持っていない。
「仕方ねーなあ…そんじゃよ、とりあえずオレとおっさんとフランドがナヴィ探し、後の連中は食料調達してくんねえ?」
「そーね、確かにアンタが作る料理って怖そうだし」
「何をぉっ!!」
と思わずボマーがフランドに殴りかかろうとしたので、僕は慌てて彼の両肩を掴んだ。
「ま、まあいいじゃないですか、やっぱり何かあった時には、お三方が頼りですし…」
「ちぇ、そう来るかよ、ムラサキ、お前が…」
ボマーは舌打ちをし、ふっふっふっ、とフランドは勝ったとばかりに笑みを浮かべた。いい加減離せよ、と彼は僕を肘で押し出した。
「仕方ねーな、オレ達が戻って来るまでに、お前等、何か作っておいてくれよな!」
そう言い残すと、行くぜっ、とボマーは飛び出した。
「アンタって何でそう唐突なの!」
フランドもけたたましく出て行った。アリも… いつの間にか出て行った様だ。少なくとも僕には、彼が出て行った音は聞こえなかった。
ちなみに後で、その時の探し方を三人に聞いたのだけど、ボマーやフランドが「出てこーい」とか「ごはんよー」とか、遊びに出た子供を呼ぶセオリイを踏襲した形だったのに対し、アリのそれは口笛、とまるで動物を探し回るかの様だったそうだ。
「それが相当だと思ったのだが」
アリは後で短い言葉で語ってくれたけど、動物ですか、はあ…
で、僕等残された四人が、「食料調達隊」ということになった。
「あ、でもちょっと待って」
王子の提案で皆で一旦船橋に戻った。ナヴィに向けての船内放送を流すためらしい。
「ところで食料って何処にあるのかな?」
そして王子は、誰にともなく問いかけた。
「あ、それは僕知ってます」
そう、それは僕もよく知っていた。
「奴隷待遇」の僕は、これと言って秀でた能力がある訳ではないから、結局一番良くやっているのは、生活担当主任おかみさんの助手なのだ。
時々、料理助手で、スープに入れるジャガイモの皮むきとか、たまねぎのスライスとかもしている。だから食料が置かれている場所も良く知っていた。
「キッチンの奥に、食料のストックルームがあるのは知ってますよね」
「うん。それは一応」
「そうだな」
「…そうなんですか?」
それぞれの感想を背に、僕は先頭切って、ストックルームへと入って行った。
「へ~」
「ほぉ」
「まあ…」
それぞれの口からため息が漏れた。それもそうだろう。僕も最初ここに入った時には、そういう声しか出なかった。
各種缶詰・瓶詰め・豆・穀物・シリアル・野菜・果物・パン・各種ハム・ソーセージと言ったものが棚に積まれ、また巨大な冷凍庫には、様々な種類の巨大な肉塊(…時にはまださばいていないものもある)魚介類・おかみさん特製の保存食品パック(シチュウのルウなどの冷凍パックとか)…
「おかみさんが言うには、だいたいいつも、二、三ヶ月は補給しなくても大丈夫な様にキープしてあるそうです」
「そうなの?」
「そうらしいですね」
王子とミハイルは顔を見合わせた。ドクターはふらふら、と冷凍庫から離れ、果物がどっさりと置いてある方へと向かった。
彼女はフルーツ・イーターなのだ。果物しか食べない。これで本当に栄養が大丈夫なのか、と僕も思った。だけど。
「そりゃあ、あたしも最初は言ったさ」
おかみさんは言った。彼女にしては珍しく、実に渋々、という表情だった。
「けど仕方ないんだよ。船長とうちのひとの両方から、ドクターはそういうものだから、と言われちゃあね」
おかみさんにまでこう言われては、僕はもう、言い返す言葉は無かった。それにドクターはとにかく医者なのだし。
しかし彼女はともかく、他の人々はどうしたものだろう。
僕はまあ、職場で時々交代で夜食とか作っていたこともあるし、だいたい故郷を離れて会社の寮暮らしをしていたのだから、一応食えるものは作れる。材料もあるし、僕一人なら、まあ何とでもなる。
ただ、ここのクルーときたら、舌がやたらと肥えてるのだ!
何しろおかみさんの料理と来たら、実に美味しい。美味しすぎるのだ。
それも、ここの豪華な食堂で食べるにふさわしい、手の込んだ、しかも造形的にも美しい料理だけでなく、単なるラーメン、単なるおにぎり、単なるスープ、と言ったものでももう涙が出る程、美味しいのだ!
…こうなると、下手なものは作れない。
もし「不味い!」なんて声が飛んだが最後、僕の命は保証されないのではなかろうか。
という訳で、僕も頭をひねった。時間もどんどん過ぎて行く。彼らが戻って来た時に出来ていなかったら、これもまた怖い。
うーん、と僕は考えた。
え? 王子やミハイルに聞かないのかって?
だって彼ら、どう見ても、料理できる様ではないし。それでも、と思って一応聞いてみたのだけど。
「王子、ミハイルさん、サンドイッチなどどうですか?」
「サンドイッチ…? 何処にあるの?」
ああやっぱり、と思い、僕は苦笑した。
「いえあるんじゃなくて、今から作ろう、と思うんです」
「ええええええっ、作るって、ムラサキ君、作れるの!?」
綺麗なブルーアイズが丸く開かれた。案の定。
「ええまあ…」
「す、すごいよ! ねえみっちゃん、そう思わない?」
「そうですね…」
真面目な顔でミハイルもうんうん、とうなづいた。
ちょっとだけこれは誤算だった。彼もどうやらサンドイッチを「自分で作る」など考えたことも無いようなのだ。
「作ったことは、無いんですね?」
僕は念を押す様に聞いた。二人は揃って、ぶん、と当然のことの様に、大きく首を縦に振った。
「判りました。一応、僕、作れますから、皆で一緒に作りましょう」
「ええっ! ぼくも作るの!?」
「人数があったほうがいいでしょうし」
どうするの、どうすればいいの、と王子は目をきらきらさせる。一方、ミハイルはううむ、と苦虫を噛み潰した様な顔になった。
「む、ムラサキ君、それは難しいのだろうか」
「そんなことないですよ。適当です」
「てきとう…」
その言葉に彼は更に打ちのめされた様で、がくん、と肩を落とした。
「…な、何か『調理教本全集』とか…」
「そりゃあ…図書室にはあるのかもしれませんけど、別にそんなもの見なくたって…」
「できるの!?」
王子は両手を胸の前で組み合わせて、いっそう目を輝かせた。
「だから、てきとう、ですよ。とにかく材料出します!」
と叫んだ時、はた、と僕は奇妙なことに気付いた。何と、僕はこの「食料調達隊」の指揮を取っているじゃないか!
や、別にどうってことは無いけど、この面子の中で、こんな位置に自分が立つことがあるなんて、思いもしなかったのだ。少々感動さえ覚えてしまった。
とにかく、材料をストックルームから適当に持ち出して、僕らはキッチンへと戻った。
キッチンは、本来の主が居なくても、実に美しく、整然としていた。
おかみさんの手腕というものは、そこでも発揮されている。手伝うたびに、彼女の手際の良さと、一つの作業と片付けを平行させる技術には見習うべきものがある、と僕は思ってきた。
とりあえず僕は、調理台の上に材料を乗せた。
パンと野菜、それにカニ缶、ポテトサラダ缶、シュリンプサラダ缶、スモークサーモン、ローストビーフとローストチキン、チーズ、ハム、オリーブにピクルス…
とにかく合いそうなものを手当たり次第に持ってきたのだ。
調味料も、マヨネーズやケチャップの他にも、キッチンのあちこちに入っている。何とかなるだろう。
「えー、じゃあ、とりあえず、王子は野菜を洗って下さいね」
うん、と言って、王子はサニーレタスを手にした。しかし、何かきょろきょろしている。嫌な予感がした。
「ムラサキ君、野菜には、どの洗剤使えばいいの?」
お約束の様な反応に、引きつった顔の僕がすぐに答えられなかったのは、言うまでもない。野菜は水洗いでいいんだ、ということを説明すると、彼は熱心に一枚一枚むきながら、丁寧に洗って行った。
「あ、ミハイルさんはそっちの缶を開けておいてくれますか?」
判りました、と彼は、これは何とか普通に缶切りを使って開けて行った。
「じゃあ、ちょっと、パンを切っておいてくれますか? あ、薄目にお願いします」
「パン…」
そう、パンはまだスライスされる前のものしか見つからなかったのだ。僕は軽い気持ちで、ミハイルにそう頼んだ。
しかしそこで、こう返って来るとは。
「…ムラサキ君、パンは何㎝何㎜に切るのがいいのだろうか…」
やっぱりあんたもかい、と思わず僕は心の中で突っ込みを入れた。
「…適当に…」
「その適当、というのが非常に困るのだが…」
あー、と僕は普段よく食べているサンドイッチの薄切りスライスの厚さを、指で彼に示した。
すると彼は、一体何処から持ってきたのだろうか。小さなメジャーで、その僕の指と指の間の距離を測って、納得した様にうなづいた。
「…わかりました。それで、何枚ほど…」
「…とにかく切れるだけ切ってね」
さすがに僕も、そう言うしかなかった。
ミハイルがパンと格闘している間、僕は王子に、サンドイッチの基本的なやり方というものを説明した。
「つまり、今ミハイルさんがパンを切ってるでしょう? あれに、好きな具を…ほら、そこに色々あるでしょう? 今王子が洗った野菜もあるし…」
そう言えば水切りをしなくちゃな、と僕は言いながら「洗い上がった」野菜をざるに上げた。きゅうりも切って欲しいところだけど、どうもこの分だと時間が掛かりすぎそうなので、言いながら自分でスライスすることにした。
「基本は、まあこんな感じですね」
そう言って僕は、切られたパンを二枚取った。
「ほら、みっちゃんも見て!」
王子はミハイルの服を引っ張った様だった。はっ、と神経をパンとメジャー(彼は一枚一枚にメジャーをあてがっていた様だ)に集中させていたミハイルは、慌てて顔を上げた。
「まずこうやって、薄くからしバターを塗って、野菜を置いて、その上に、何か肉類…」
僕はとりあえず、ローストビーフのかたまりが切りかけだったので、その後を何枚かスライスしてその上に乗せた。
「何で?」
「え?」
いきなりそういう問いかけが来るとは思わなかったので、僕も少し慌てた。王子も言葉が足りなかったのに気付いたのか、すぐにこう付け足した。
「あ、そういうきまりかなあ、と思って」
「あ、そうじゃないです。だいたい野菜も肉も一緒に摂った方が、味や栄養のバランスも取れていいでしょ。別に何はさんでもいいんですよ。からしバターは、ほら、今洗ったでしょ、野菜。それにローストビーフとかの汁が、パンにそのまましみこんでしまわない様に、…って昔おばあちゃんに聞いたんですけどね」
「ムラサキ君って…本当、すごいね…」
「すごくないですよ。それに、これもあくまで一例ですからね!」
僕はちら、とミハイルの方を見た。やっぱりそう言うと彼は実に頼りなげな表情になる。教本があれば何でもできる、と以前聞いたことがあるのだが、彼にはやっぱり一度「かんたん料理教本」を熟読させるべきだと思う。
「王子はどんなの、食べたことがありますか? おかみさんはどういうもの作ったことがありますか?」
「あ、そう言えば、午後のお茶の時間のサンドイッチとかには、きゅうりだけ、ってこともあったし、確かその時、ナヴィだけ生クリームとフルーツだ、って隊長が怒ってたような…」
「ええ、だからまあ、ようするに、好きなものをはさめばいいんです」
「好きなもの…」
するとふっ、と王子は空に視線を踊らせた。
「いいなあ… 素敵ですね…」
「し、しかしムラサキ君…」
「えー… ミハイルさんは… これと同じもの、作ってて下さい」
僕はそう言って、具を乗せたパンの上に、また野菜とバター塗りパンを乗せると、四等分した。
了解、と彼は言って、そこにある材料と、やはりメジャーと格闘し始めた。まあオーソドックスだから、いくら作っておいてもいいだろう。その間に僕は、他の材料でさくさくと色々なサンドイッチを作り始めた。
説明だけで時間が無駄に経ってしまっていたから、僕は作業のピッチを上げた。
「ねえムラサキ君、パンはこっちのじゃ駄目?」
王子が不意にそう言って、バゲットを指さす。
「別に構わないけど」
別にバゲットをサンドイッチにしちゃいけない、という法律は無いはずだ。
が。
「あ、ムラサキ君、何かこれだと厚すぎるかなあ」
数種類のサンドイッチを作って、皿にある程度乗せた時だった。
「ん? 何?」
振り向くと、ざくざくと切られたバゲットの上に、チョコ入りアイスがこんもりと盛られていた。…しかも、どうやら、そのパンの表面には、…からしバターが…
「王子… 食べますか? それ…」
「いけないの?」
「…いえ… 食べるならそのままでいいです。オープン・サンドという形も…」
いえ別にいいんだけど。はい。
しばらくして、それでも何とか、ミハイルが「一例」通りに作ったサンドイッチと、僕が適当にあれこれと作ったものが大皿に二枚、それに王子特製のバゲットのオープン・サンドが一枚、出来上がった。
さすがに出来上がった時には、僕もどっと疲れを感じた。…たぶん一人で作った方が、確実に楽だっただろう。
だけどその一方で、王子の姿を見ると、ああやっぱり参加させて良かったんだなあ、と思った。
何せ、彼が自分で「初めて作った」と頬を赤く染めて愛おしそうにサンドイッチを見ている図は、何と言うか…実に可愛いとでも言いたくなるのだ。
ちなみにこの場合の「可愛い」は、小学校の先生が児童を見る時の思いに近い。
一方のミハイルは、とにかく盛ってはみたものの、僕の「一例」とやや違う、とばかりに、皿の上を見ては、ため息をもらしていた。
いや実際、彼に関しても大変だったのだ。
何せ、はさんで退いて見て、そのたびに「よし」とか「駄目だ!」というあの重い声が聞こえてくるのだ…
時にはため息混じりでその「失敗作」をゴミ箱入りにしそうになったので、僕は一体何度その手を止めたことか!
「止めないで下さい! …私としたことが…」
しかもミハイルは力も結構強いのだ。
僕は必死でこう言って止めた。
「あのねえミハイルさん、いくら食材が豊富だって言っても、無駄にしちゃいけないんですよ! 航海中の食材は絶対無駄にしてはいけない、っていうのが、船乗りの鉄則なんです!」
おかみさんからもきつく言われてます、という言葉を付け足したら、さすがに彼も聞いてくれた。
それでも「失敗作」がどーん、と目の前に皿に盛られているという状況は、彼にはなかなか耐えがたいものがある様だ。
さっさと皆の胃袋に納められてくれないかなあ、と僕はコーヒーとお茶の支度をしながら、内心思った。
大皿と大皿の間には、ドクターがマイペースで作ってくれた、フルーツの盛り合わせが置かれていた。彼女にお茶はどうしますか、と聞くと、紅茶にレモン、と答えた。
そしてコーヒーと紅茶をウォーマーに乗せ、テーブルにカップも置き、僕は椅子にかけて、「捜索隊」が戻って来るのを待った。さすがにその時にはどっと疲れが出た。
と、その時、王子が大皿に手を伸ばしているのが見えた。
「何を?」
「あ、隊長の分を取り分けて置こうと思って」
少し小振りの皿に、これとこれと…とそれなりに様々な種類のサンドイッチが(無論彼のアイスクリームの奴も含め)乗せられて行った。
「…隊長に? …じゃあこれも…」
ドクターは白い長い指で、葡萄の一房をその皿に乗せた。二人はふふ、と笑い合う。
それを見ながら、僕は正直、複雑な心境だった。
いえ別に、この二人が優しいから、というのは判る。でも… でも…っ! と僕はつい思ってしまうのだ。
何故あの恐ろしい隊長が、こんなきまじめで一生懸命で優しくて素直で育ちが良い(らしい)おっとりとした王子や、いつも穏やかで自分だけの時間ペースをもってふんわりとのどかに生きている様なドクターに気遣われているのか、僕にはさっぱり判らないのだっ!
そりゃ、王子もドクターも、誰にでも、本当に優しいと言ってしまえばおしまいだけど。
判ってる。色んな人が居る、ああ判ってる。僕だって、それなりに社会経験してる。
運送会社で働いて、あちこち回っていれば、いいひとも悪いひとも居た。
僕の同僚なんて、普段はとーっても頼もしく、楽しく付き合ってくれた人だったのに、カジノで無一文になった時には、借金のカタに、と黙って僕をその場に残して売り飛ばしたくらいだ。
ともかく、僕は思うのだ! あんな愛想の欠片も無い隊長に優しく優しくしても、世間知らずの王子はいつか傷つけられてしまうんじゃないかって!
え、ドクターはいいかって?
いやだって、ドクターには、何故か隊長は、あまり悪い態度取らないから。何でだろう。僕にもさっぱり判らないのだが。
本人に? 聞ける訳ない。船長は笑ってはぐらかすに決まっている。
女性だからかな? でも隊長は、船長と「いい仲」ってことだから、女性だから甘く見るってことは無いし。それにフランドには結構きついこともたびたび言ってるし。
ま、だからドクターは構わないのだ。問題は王子。お節介だとは思うけど。
で、つい、こう口を出してしまった。
「王子、取っておくのはいいけど、時間が経つと、そのままじゃパンが乾いてしまうと思うけど…」
「え? ああ…じゃあどうしよう」
そこでまた、本気で困った顔をするものだから。
僕は疲れを感じてはいたけど、よいしょ、と椅子から立ち上がり、キッチンへもう一度向かった。
「…ラッピングフィルム、取ってくるよ。それで包んでおけば水分は抜けないから…」
こういうことをしてしまう僕は、甘いだろうか?
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