第6話 人とアンドロイド
「失礼」
エーデルはそんな二人へ声を掛けた。感情の色の違う四つの目が、エーデルと後ろからついてきたロバートとリアンに注がれる。
暗く沈んでいた
「先輩!」
応対していたのは、エーデルの一つ後輩の人物。
名は、シエリオ・トランファルド。その見目は、少女のような印象を受けるが、性別は男だ。すらりとした百七十センチの細身を、パーカーとパンツというシンプルなスタイルでまとめていた。そしてこの場に、いつも彼の傍にいるはずのサポート・アンドロイドの少女の姿はない。
安心と期待をたっぷりと含んだアメジストの双眸に、エーデルは口の中で舌を打ち、怒っている男へ目を向けた。
こちらは上等なスーツを着た四十代ほどの男だ。彼は革靴までぴかぴかに磨いており、彼の懐が潤っていることを静かに主張している。年相応に白い肌には皺が刻み込まれており、それは怒りによってさらに深くなっていた。
彼は胡乱げな目を、エーデルへ投げかける。じろじろと頭から足先まで、まるで値踏みするかのような視線を、エーデルはグッと腹の奥で堪える。
「なんだね、君は」
「……どうも。私は、ここの調律部の職員で、エーデル・マクスウェルといいます。何か、問題でも?」
ハッキリとものを言うエーデルに、男はフンと鼻を鳴らす。
「あるとも! 君達のところから引き取った俺のアンドロイドだがね、今までの人格と変わってるんだよ!」
「というのは、具体的には?」
「……女性相手にこういった話をするのは失礼にあたるだろうが、バーバラは俺にとって愛玩用のアンドロイドだった。君達から引き取った後、……いつものような遊びをしたのだが、その時のバーバラの反応!」
「……受け入れなかったんですか?」
「逆だ! あっさりと受け入れてしまったんだ!」
男の言い分に、エーデルは小さく眉を寄せる。それからシエリオの方へ目を向けた。
「シエリオ。バーバラの調律には、何をしたの?」
「え、ええと、基本的にはいつも通りのメンテナンスをしてました。ただ何度かのカウンセリングを行なう中で、彼女の情操領域に過度な負荷が生じているのを見つけたんです。だから、僕……接客業に勤めるアンドロイドにインストールされている接客プログラムを、彼女の情操領域の安定化のために導入したんです……」
シエリオがバーバラに導入したそれは、調律師免許を持っていない人間でもインストールできるような、簡単なプログラム。アンドロイドがどんな人間に対しても、「快適で適切な」サービスを行なえるようにする為のアイテムだ。
シエリオの判断がそれなりに適切なものであることが窺え、エーデルは男の方へ意識を集中させることにした。
「では、アンドロイドが人間に対して従順であることの、何がよろしくなかったのでしょうか?」
「………ハァ」
エーデルの反応に、男は深い溜息を吐き出した。呆れた、という感情が露骨に彼の顔に浮かんでいる。
「いいかい? 従順に命令を聞く性玩具など、歓楽街の店に行けばいくらでもいるんだ。そんないくらでもいるような人形を、わざわざ買うと思うかい? 少し考えれば分かるだろう。君達には経験がないのかもしれないが、そういった『受け入れない人間を好む』需要もまた、一定数あるのだよ」
「で、ですが、あのままだと彼女の情操領域が破綻して、予期せぬ行動を起こしてしまう場合もあって」
「そんな時は、壊してしまえばいいだろう?」
こともなげに、男はそう言った。
アンドロイドは決して脆い製品ではない。だが日常的な用途を目的としたアンドロイドならば、拳銃や鉄パイプなどでいとも簡単に壊せる程度の耐久性だ。
この男にとって、アンドロイドは替えの効く商品という認識なのだ。だが、アンドロイド管理局に務める調律師は違う。
何が暴走アンドロイドを生み出す原因となっているのか、未だはっきりと判明してしないため、廃棄されたアンドロイド達が暴走アンドロイドとならないように、と心がけながら調律をしっかりと行なう。その中でアンドロイドやロボットにとって、プラスになるような調律を行なう者──いわゆる彼らへ情を持つ調律師は一定数いる。
アンドロイドもロボットも、人と変わらぬ存在なのだと。
だが、多くの世間の目はそれを理解してはくれない。ゆえに、こういった調律師と所有者との齟齬は、よく発生する問題だった。
「俺は、最初の、ありのままのバーバラが良かったんだ。接客用のプログラミングだか何だか知らないがね、元の状態に戻してくれるかい?」
「で、ですが、バーバラさんは、あなたの為に」
「バーバラが何と言おうが、あれの所有者は俺だ。いいからさっさと戻してくれたまえ」
男の鋭い目が、シエリオへと向けられる。
そんな頑なな男の態度に、エーデルは小さく溜息を吐き出してから、シエリオの二の腕を軽く小突いた。
「……シエリオ、直してやったら?」
「ですが先輩」
「ここまで君が説明しても聞かないなら、これ以上の交渉は無意味だ。時間の無駄だよ。それに仮に暴走を起こしてこの人が死んだって、私達には関係のない話だろ」
「ッなんだと!?」
「本当のことだ。シエリオはあなたやバーバラの身を案じて、接客用プログラムをインストールした。親切心を無駄にして、それを外したいって……。まぁ、ここだとお金がかからないから、わざわざ文句をつけて無料で外そうとしているんだろうけど」
すらすらと言うエーデルに対し、男は図星だったのか口の動きを止めた。肩がぶるぶると震えている。
「私達は、不当に廃棄されたアンドロイドやロボットらの面倒を見る組織団体だ。あなたの我が儘だけを聞くことは出来ない。本来なら、今のあなたが行く場所は、フリーランスの調律師のところか、アンドロイドの専門病院だろう。腕の良い場所をご紹介しようか?」
「っこの女ッ!」
エーデルの言い回しに腹を立てた男は、とうとう拳を強く握って彼女へ振るってきた。
それを見て、エーデルが「リアン」と名を呼ぼうと口を動かす。が、それよりも早く、ロバートがその男の拳を受け止めていた。
ぱしん、と乾いた音が鳴る。
「な、なんだね、君は!」
「彼女の……ボディーガード、みたいな人間ですよ。すみませんが、拳を収めてもらえますか?」
にこりと、努めて穏やかな表情で、ロバートは男へ問いかける。だが、彼の纏う空気は、堪らずぞわりと鳥肌が立ってしまうほど低い。
男はビクッと眉を寄せて、何度もロバートの手から自らの拳を抜こうと動いたが、彼の拳が抜けることはなかった。
怒りで赤くなっていた顔が、徐々に青くなり始めていた頃。
「もう。遅いからこちらから迎えに来たよ、エーデルくん。それにしても、いつにもまして饒舌だったけれど、何かいいことでもあったのかな?」
「主任」
頭を下げている受付カウンターのアンドロイドへ手を振りながら、ひょろりと細長い体型をした白衣の男が、ふらふらと四人の元へと歩いてくる。
彼は、左右に揺れる歩き方でズレた丸眼鏡の位置を直しつつ、ロバートと男の間にするりと入って来た。
「ひとまず、お二人共手を離してください。ここは、
男は鼻を鳴らして、腕を振るった。そのタイミングでロバートはぱっと手を離す。
「次から次に……。なんだ、お前は」
「シエリオくんとエーデルくんの上司ですよ。調律部門主任、ロディ・エイマーズと申します。お話なら、僕が聞きましょう」
主任という言葉に反応し、男は先程よりも怒りを鎮めて肩を軽く落とす。その様子を受けて、ロディはまた丸眼鏡を直しながら、シエリオとエーデル両者の肩をポンポンと叩く。
「ここは僕が請け負うから、君達はそれぞれ戻って仕事を始めて。エーデルくんは、あとでそこの彼のことを聞かせてくれたらいいからね。今日は、彼分の来客用のIDカードを受け付けでもらってから中に入るようにね」
「分かりました」「………はい」
シエリオとエーデル二人の返事を聞き、ロディは満足そうに頷いてから、男の肩を抱いて、エントランスの端にあるソファの方へと誘導していく。
エーデルはふうと息を吐きだして、じろりとロバートの方を見上げる。彼は常と変わらぬ柔らかな表情のまま、みゃあみゃあと鳴くリアンの相手をしていた。そこに、先程まで纏っていた冷たい空気はない。
「……エーデル先輩、助け舟を出してくれて、ありがとうございました」
「……私は、大したことをしてない。礼なら、こっちの
エーデルは、ロバートを指差してから、受付カウンターの方へ、ロバート用のIDカードを発給してもらいに行く。シエリオは、ロバートにぺこりと頭を下げて、エレベーターの方へ小走りで駆けて行った。リアンをあやしていたロバートは、そっとエーデルの傍に立つ。
受付の女性型アンドロイドが、ロバートへ簡単なIDカードの説明と施設内のどこに入れるのか、に関する説明をし出したところで、エーデルはやっと肩の荷を下ろした心地になった。
(ようやく仕事を始められる……)
エーデルは、大きく溜息を吐き出す。
既に二、三件の仕事を終えた気分だった。
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