Main13 白の王城/再・旅路の始まり



 その日いつものように第三訓練場に向かうと、茅城さんと聖歌がいた。


「あれ? 聖歌?」


 どうしてここに?

 茅城さんがいるのはわかる。これから訓練する約束をしていたからだ。だが、聖歌はそうではない。魔法主体の『役割』は、また別の鍛錬方法があるのだ。


「ああ、そろそろおにいさんの訓練の時間か。じゃ、あたしは帰るから」


 彼女は帰り支度を始める。代わりに、茅城さんが説明してくれた。


「聖歌が戦闘訓練したいって言うから、一緒にやってたんだ」

「へえ、そうなんですね」


 でも、『戦士』と『僧侶』が訓練?

 

「あたしだって武器くらい使えるわよ」


 聖歌は、傍らに置いてあった武器を手に取る。彼女の背を超えるほどの、一振りの黒い大鎌。


「これが、『僧侶』の副適正武器」


 祭礼の道具としては猟奇的すぎる代物。三日月の曲線を描く刃は、少し触れただけですぱっと指が切れてしまいそうだ。


「メイスと迷ったんだけどね。こっちの方がリーチも長いから」


 そうか、治癒術の焦点具以外の武器も扱えたのか。

 だが、これまで使っていなかったということは、あくまでも副適正、治癒術ほど易々とはいかないのだろう。一点集中で伸ばしていった方が、楽なのは確かだ。


「光道って奴、散々こっちのことけなしてくれたでしょ? お礼にあたしが手ずから痛い目合わせてやらないとね」


 聖歌が軽く大鎌を振るうと、一陣の風が巻き起こる。知らないところで訓練を積んで、ある程度仕上げていたらしい。並大抵の労力ではなかっただろう。

 俺にも副適正武器があるのだろうか? 剣も槍も、弓以外の武器はとんと扱えなかったが。


「次に冒険に出るまでには仕上げてみせるわ」


 そう言って、聖歌は訓練場を出て行った。なんともたくましい。


「このところずっと根を詰めて練習していたんだ」


 茅城さんが、笑みをこぼす。


「『僧侶』を補助に専念させるのも、それはそれでメリットが多いんだ。イフカンタの一件であれほどの長期戦を凌げたのは、聖歌の存在あってこそのものだと言っても過言ではない」

「そう、ですね」

「だが、本人がやる気だからな」


 『戦士』は、訓練用の剣を構えた。

 本題を忘れてはいけない。俺はここに訓練をしに来たのだ。


「やる気があるのはいいことだ。もちろん、君も」

「茅城さん、訓練続きで大変ではないですか?」

「これくらいでへばっていたら、この先やっていけないからね」


 余裕そうである。相変わらずすごい人だ。


「私の剣はまだまだだよ。君だって見ただろう? 『四天王』に歯牙にもかけられていない様を」


 茅城さんの斬撃を、『四天王』は明らかに上回っていた。彼女の剣捌きは巧みだが、鍔迫り合いとなってしまえば決定力に欠ける。何しろ、魔法が使えないのだから。


 強靭な防御力と耐久力はもちろん、攻撃力やスピードもかなりのものである『戦士』。しかしその代わりに、魔法はからきしらしい。


「魔法は使えなくても、剣技を磨くことはできる」


 剣を持つ彼女の佇まいは、堂々としたものだった。


「さあ、そろそろ訓練を始めようか」

「はい」


 俺も鍛錬を積まないといけない。




 * *




 『勇者』とそのパーティメンバー全員が、応接室に集められていた。呼び出し主は、当然のように六花さん。

 このところイフカンタの対応に追われ多忙を極めていたようだが、彼女の表情には一切の疲れも窺えなかった。いつ休んでいるのだろう。


 聞くところによると、イフカンタの救援活動はうまく行っているようだった。

 陣頭指揮を執る六花さんが有能だということは大きな要因に違いない。


「六花、今回私たちをこうして集めたということは、再度冒険に出発させようということか?」


 茅城さんの問いに、王城のメイド長は首肯する。


「ええ。皆さん、傷も癒えたと耳にしていますし、訓練の様子も上々とのことですから」

「でも、あたしたち、『四天王』を御せるほどの力量が備わったとは言えないわよ?」


 聖歌の言葉にも一理あった。また『四天王』と遭遇したとき、今度は勝利を収められると確証を持っては言えない。訓練は積んだが、それは敵との大きな戦力差の溝を、少し埋めたというだけのことである。


「しかし、城の中での訓練には限界があります。結局のところ、実地に赴かなければこれ以上の成長は望めません」


 いつまでも王城に籠っていたって、得るものは何もない。『魔王』討伐への道のりはどんどん遠ざかるばかりだ。

 あんまり訓練に時間を掛けたら、『四天王』が第二第三の襲撃を行いかねない。こちらが冒険に出ることが、『四天王』に対する牽制となり得る。


「……そうね、わかったわ」


 聖歌も納得したようだ。


「それと、皆さんにイフカンタから手紙が届いております」


 六花さんが、手紙を差し出してくる。代表として俺が受け取った。


 綺麗に折りたたまれた書簡。花押まである。

 紙上には流れるような筆致で文章が記されていた。


 これは――ねがいの書いたものだ。


 目を通すと、感謝が綴られていた。

 消火にあたってくれたこと。

 街の人たちに手当てをしてくれたこと。

 『四天王』を撃退してくれたこと。

 救ってくれたこと。

 全て、ありがとう、と。


 最後には、「イフカンタの町民を代表して 古井ねがいより」という文章で締められていた。

 手紙には、『勇者』について一切触れられていなかった。口外しないという言を、忠実に守ってくれているらしい。


 改まって手紙を送られると、なんだか気恥ずかしいが。

 うれしいのは、確かだった。


 他の仲間にも渡して、読んでもらう。


「手紙まで書いてくれるなんて、ありがたいですね」

「ああ、これに応えられるように、私たちはもっと精進しないとな」

「そうね、『四天王』たちに一泡吹かせてやらないと」


 俺も、うなずく。

 冒険に出よう。

 『魔王』を倒すために。


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