Main12 白の王城/ヒーローの研究
『四天王』との戦いでは、俺たちの力不足が浮き彫りとなった。旅路の果てに『魔王』討伐がある以上、『四天王』に手こずっているようでは話にならない。
戦力増強は火急の課題だった。
しかし、負った傷が完全に癒えたわけではない。休養しつつの訓練になる。また、完全に回復するまでは王城の中で過ごすことになった。こればっかりは拒むわけにもいかない。
六花さんは忙しくしているようだし、城の人間が少ないところを見るに、イフカンタの件に関しては問題はまだまだ山積みらしい。
俺も復旧の手伝いに行きたかったが、さすがに許可されなかった。今は静養と訓練に専念しよう。
――白の王城
今日は城の図書室にやってきた。
何か戦闘教本でもあれば、参考までにそれを読もうかと思ったのだが――
「ゆ、ユウくん?」
本から顔を上げて、籃は目を丸くする。
図書室には、彼女がいた。テーブルに腰掛けて、何かを読んでいる。
「すごいところで会うね」
「たまには読書しようと思って。何の本を読んでるんだ?」
「ああ――『シンデレラ』だよ。なんだか読みたくなっちゃって」
開かれた本に目を落とすと、そこには繊細なタッチで、ガラスの靴に足を入れる少女の姿が描かれていた。
「あはは、この歳で童話っていうのも変だよね」
「いくつになっても面白いものは面白いよ」
そうか、結構色々な本があるんだな。小難しいものばかりだったらどうしようかと思っていたが。
この世界には、娯楽がない。現実世界にある様々な楽しいものや面白いものは、全くと言っていいほど存在しない。
俺は、図書室を見回す。
所狭しに本棚が並んでおり、埃っぽい。窓はあるのかもしれないが、全て棚に覆われていて見えない。図書室というよりは書庫というようなそっけなさである。
何を読もうかと、背表紙を目で辿っていく。
古今東西様々な名作が本棚にぎっしりと収められている。
そう、古今東西。
さすがに江戸時代の読本といった時代錯誤な和本はないようだが、中世以降に成立した本や、ヨーロッパ以外で書かれた本もかなりある。
というかそもそも言語が全て日本語だ。裏表紙にはバーコードやISBMまである。日本の書店に並んでいる本をそっくりそのまま持ってきたと言われても全く違和感がない。
戦闘教本や、冒険に使えなそうな料理本や薬草図鑑がないか見回してみたが、生憎なかった。
ここにある本は全て
俺の脳裏に、いつだかの聖歌の言葉が去来する。
――だって、この世界ははりぼてだから。歴史も文化もない。
書物は、文化の集積だ。この世界には、歴史書も偉人の遺した名作も――文化が、何ひとつない。
何のために『勇者』は『魔王』を倒すのか、何のために『四天王』は街を襲うのか。その全てに答えはない。そう設定されているから、そうするだけという理由。
シナリオのない、舞台と『役割』だけ用意された『世界』。
確かに、はりぼてだった。
目についた本を何冊か見繕って、椅子に座る。
籃は、また違う絵本を読んでいるようだった。今度は『マッチ売りの少女』らしい。彼女は俺の視線に気づくと、恥ずかしそうにうつむく。
「や、やっぱり変かな?」
「かわいいと思うよ」
「…………」
耳まで真っ赤になっている。
「え、えっと、私、じゃあ、そろそろ戻るね」
出て行った。
しまった。からかっていると思われただろうか。読書の邪魔をするつもりはなかったのだが。
* *
籃と入れ替わるように、一人の男が図書室に入ってくる。
「おお」
俺の顔を見て、感嘆を漏らす。知らない顔だった。
体格ががっしりとした大男で、オールバックにした髪の色は明るい。やたらと丈が長い服は、ウプランドというよりアカデミックドレスだった。
こちらを見て、にやにやと口角を上げている。
「有名人さんにこんなところで会えるなんて、幸運だな。聞いてはいたが、やっとティーンになったくらいのぺーぺーじゃねえか」
含みのある言い方。
この人、俺が『勇者』だって、知ってるのか? 限られた数の人間しか知らないはずなのに……。
「そんな目で見んなって。俺は
確かに『王子』と呼ぶにはいささかガタイがいい。王と言った方が似つかわしいだろう。
彼は、俺の向かい側の席に座る。
「つい先日は、『四天王』とバトったらしいじゃねえか。いいねえ。『勇者』してる」
「…………」
「しっかし六花も人が悪いよなぁ。こんなキーパーソンを大事に大事に仕舞い込んで、『王子』にすら会わせやしない。秘密主義も行きすぎると毒だ。あれは自分以外の全てを信用してないんだろうな」
「……それで、何か用ですか?」
そう問うと、私市さんは端的に言う。
「俺は『勇者』について興味があるんだ」
珍しいサンプルを見る目だった。
六花さんが彼を俺に会わせなかった理由がわかる気がする。
「『勇者』……ですか」
「考えたりしなかったか? この世界は一体なんなのかって」
「……いえ」
いや、ちょうど考えていたところだった。
このはりぼての世界は、一体何のためにあるのか。
「そういえば、お前、記憶喪失なんだっけ? だったら知らねえのも無理はないか」
「……なんですか?」
「この世界に来た奴はな、みんな同じことをしてるんだよ。だから、この世界に来たんだ」
「同じこと?」
私市さんは、朗詠するように話す。
「一冊の本があった。それは、たとえば図書館、たとえば古本屋、たとえば故人の書庫の中にと、色んなところの本棚に人知れず紛れていた。小奇麗なハードカバーなのに、著者どころか出版社、ISBNも載ってない。その本に偶然目を留め、開くと、こういうことが書いてある」
――この本に願いを念じよ。さすれば、願いを叶えよう。
「そして、本に書かれた通りに、本に向かって『願い』を念じると、気づいたらこの世界に来てるって寸法だ」
俺は、光道の言葉を思い出す。
――他人事みたいな顔してるけど、僕たちは所詮同じ穴の狢だ。お前らだって望んでこの世界にやってきたんだろ?
本に願いを掛けて、この世界にやってきたというのなら。
望んでやってきた、という言葉も間違いではない。
だが、イフカンタの人々も、その他大勢の人々も、あんな蹂躙を望んでいたはずがない。
「この世界の人間、やけに未成年が多いとは思わねえか? いや、それどころか、男女比も女の方がずっと多い」
言われてみれば、確かにそうだ。『勇者』のパーティメンバーが男一女三という時点からもわかる。
「当たり前だよな。本に願いを掛けるなんて――そんな
こんな不可思議な世界に飛ばされてきたんだ。その本には何か人知を超えた力があったのだと考えるのが道理だろう。
「そんでさ、願いを叶える行為っていうのは、往々にして代償がつきまとうもんだ。たとえば――悪魔に命を捧げて、好きなところに命中する弾を手に入れたり、だとかな」
「……この世界が、その代償だと?」
「ああ、そうとも考えられる。本に願いを念じて、こんな不条理な世界に連れて来られたんだ。そしておあつらえ向きに、俺たちには元の世界に戻るという
元の世界に戻れば、願いが叶う。
そういうシステムなのか?
「……その願いっていうのは、叶うんでしょうか」
「さてな。さすがの俺もそこまでは調べ切れてねえ」
まさか、願いを訊いて回って確認するわけにもいかないだろうし。何をもって願いが叶ったと言えるのかも難しい。
「ただ、俺自身の願いは既に叶っていると言って相違ないぜ。この世界に来てから、魔法やら固有スキルやら、条理に反したものばかりで飽きない」
その言い方……不可思議なものを求めてこの世界にやってきたのだろうか。
だとすれば、この奇妙な世界は打ってつけだろう。
「だが謎は多い。結局のところこの世界はなんなのか、その糸口すらつかめていないんだからな。そして――この世界にとって、『勇者』と『魔王』とは何なのすらも」
『勇者』側か、『魔王』側か。どちらが元の世界に戻れるのか。
それを決めるのは、たった二人の人間。
『勇者』と『魔王』。
他の『役割』は 言ってしまえば脇役だ。
だからこその、キーパーソン。
「『魔王』なんて輩は、到底顔を拝むことができないだろう。だが、もう片方は違う。こんなに間近にいるんだからな。気になるのも当然だろ?」
とはいえ、俺は普通の人間だった。特に変わったところがあるわけでもない。
「『勇者』とそれ以外の人間の、何が違う? なぁ、お前はどう思う?」
「……そうですね、ランダムで決まったんじゃないでしょうか」
「随分冷めてんな。自分は特別だとか思ったりしないのか?」
特別……そう思うべきなのだろうか。
全くそう感じなかった。
別に、快刀乱麻なすごい能力を持っているわけでもないし、こないだだって『四天王』にボロ負けしたところだ。無力感を覚えこそすれ、万能感なんて覚えるはずがない。
「へえ……『四天王』は随分ノリノリで残虐なことやってたって話じゃねえか。お前だってちったぁ『勇者』という立場に驕っててもおかしくないのにな」
「どういうことですか?」
「人間は、社会的な役割に合わせて行動する心理があるらしい。スタンフォードの話を引用するまでもなく、な」
「ああ……あの、看守の役を与えられた人間が、次第に自分から暴力的な行為をするようになったっていう」
「今となっては眉唾なところもあるがな。何にせよ、人間の行動はそんなふうに環境に左右され得る。もっと身近な話にしてもいい。たとえば、『お兄ちゃんなんだからしっかりしなさい』とか、『社会人になったんだから、しゃんとしないと』とか、人間は自発的外発的問わずそういった圧力を受け続けている。自分の置かれた立場に従わせる圧力がな。無論、そういった圧力に反発する心理が働くこともあるが」
清廉さが求められる立場の人が、常に潔白であるとは限らない、ということか。
ほかにも、同調圧力や斉一性の原理など、環境に起因する圧力はある。
「環境や立場が変わっても、完全に同一の自分を保っていられる人間なんてそうそういない。人間なんて案外芯がなくてぶれぶれで、場当たり的な生きものなのかもしれねえ」
話の流れが見えなくなってきたが、とどのつまり。
「『四天王』は、『四天王』という役割を与えられたからああいった行動に及んだ、ということですか?」
「ああ。あいつらだって、『勇者』側だったら案外気のいい連中かもしれねえぜ?」
「……そんなまさか」
冗談だろう。
「お前はイフカンタで人命救助にあたったそうだが――お前がそうしたのは、『勇者』だからじゃないのか?」
「…………」
またしても、光道の言葉が脳内に去来する。
――お前らが『役割』に則って『魔王』を殺そうが、俺らがその辺の奴らを殺そうが、そこに何の違いもありゃしない。やってることは同じなんだからな。
『勇者』だから、そうした?
あるいは、他の仲間がそうしていたから?
……いや、違う。
あのとき自分の身体を動かしたのは、そんなものではなかった。
「結局のところ、人間は役割に沿って生きてるんだよ」
俺の心中を知ってか知らずか、彼はそんな言葉を口にした。
* *
その後も、私市さんに根掘り葉掘り訊かれ続けた。矢継ぎ早の質問には、疲弊した。
そもそも、この世界に来る前の記憶すら定かじゃないのに、自分が何者なのかわかるはずがなかった。
にしても――
本に願いを掛けて、この世界に来た、か。
籃も、茅城さんも、聖歌も、叶えたい願いがあったのだろうか。
俺は、何を願ってこの世界にやってきたのだろう?
微塵も思い出せなかった。
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