Main9 深き水路/光なき対峙
暗い水路の中、イフカンタの襲撃者――『四天王』、光道九也と氷原新吾は、眼下の俺たちを見ている。
こいつらの目的は、この水路の破壊、ひいてはアヴァリティアに多大なる被害を与えることだ。絶対に食い止めなければならない。
「こーゆーの、一度やってみたかったんだよなぁ。近づくと人質の命はないぞ!ってな」
光道は乱雑にねがいの身体を踏みつける。へらへらと、まるでゲームか何かのように。
「……やめろ」
茅城さんは、剣を構えた。
「それ以上人を愚弄するような真似はよせ。底が知れるぞ」
「はっ、ほざけ。お前らに何ができるってんだ? 断言する。お前らは僕に傷ひとつつけることなんてできねえよ」
『四天王』の少年は、突然姿を消す。次の瞬間、俺たちの目の前に現れていた。
「――――!?」
転移の魔法だ。
「<スカーレットフレア>」
無音詠唱すると、彼の手の先から巨大な炎の渦が巻き起こる。湿気の多い水路という場所を全く意にも介さない業火。
茅城さんはすかさず大剣を振ってそれを断ち切り、攻撃を叩き込もうとする。
「おっと、<セーレルー>」
剣がその鼻先をかすめようとした寸前、またしても光道は姿を消した。瞬く間もなく、元いた足場に戻っている。
敵を逃した『戦士』は、忌々しげに火の粉を払う。
今の炎の魔法……間違いない。イフカンタの街を焼いたのは、こいつだ。
だが、あの転移スキルは厄介極まりない。真正面から倒すには無理がある。
次に、灰色の男――氷原が手をかかげる。
「<アレゴリーアウナス>」
すると、水路に蠢いていた魔物達が吸い込まれるように合わさっていく。後に残ったのは、一匹の大きな合成獣だった。
五メートルをも越えようかというキメラは鈍い鳴き声を上げると、俺たちの方へ突進してくる。茅城さんは巨大な魔物に対しても、怯まずに向かっていく。俺も、援護すべく弓を構えた。
「<アローレイン>」
矢の雨は、味方を避け敵にまっすぐ降り注ぐ。魔物が怯んだ隙に、茅城さんが剣戟を振るう。
とどめとばかりに籃の魔法が合成獣を襲い、跡形もなく消え去る。動きが単純な魔物など、最早敵ではなかった。
だが、氷原は間髪入れず次の魔物たちを生み出す。小型や大型のモンスターがわらわらと出現し、こちらに向かってくる。イフカンタに異常に群れていたものも、こいつらの仕業だろう。
こんなんじゃキリがない。術者本人を倒さない限り、尽きることはないのだ。
無限に現れる魔物を倒しながら、『四天王』に攻撃を加える隙を伺う。だが、魔物の数が多すぎる。俺たちが魔物を一体倒す間に、新たな魔物が二、三体は生まれるのだ。どう考えてもキャパシティを超えていた。
後ろで聖歌が回復魔法や補助魔法を打ち続けているから、どうにかここまで戦えている。だが、魔力だって無限じゃない。今の状況を一刻も早く打破しなければならない。
どうにか間隙を縫って、『四天王』めがけて矢を放つ。だが、奴らはすぐ攻撃の接近に気づくと、転移の魔法を使って避ける。いくら必中の弓矢でも、ワープされてしまっては追跡しきれないのか、空しく水路の壁を穿つばかりだった。
いたずらに射っては、水路を壊しかねない。せめて場所を移動したいところだったが、敵が大人しく誘導に乗ってくれるとも思えなかった。
一体どうすればいいんだ……?
魔物と格闘していた茅城さんが、自然な動きでこちらまで後退してくると、口を開く。
「ひとつ作戦がある」
剣を動かす手を止めず、彼女は話し始める。
「私の固有スキルを使おうと思う」
固有スキル。
『役割』に付与された、特殊な能力。
俺の場合は、必中。攻撃が対象に自動追尾する。もっとも、敵にワープされたら通用しないが。
籃は、魔法の反復。一度放った魔法が、もう一度リピートされる。
「『戦士』の固有スキルは、絶対防御。一日一回五分間だけ、全てのダメージを無効化する」
「え、どんな攻撃も、ですか?」
「ああ。それを利用して、ダメージを気にせず攻撃を叩き込む」
距離があることが幸いして、声を抑えれば会話の内容は敵にまで聞こえない。
「光道とかいう男がこちらに近づいてきたときが好機だ。失敗すれば、警戒されてもう二度と近づいてこないだろう。チャンスは一度きりだ」
「……わかりました」
後ろで籃や聖歌もうなずく。
そろそろ攻撃に転じなくてはならない。
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>固有スキル《
『戦士』の固有スキル。
一日一回五分間のみ、全てのダメージを完全に遮断する。
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「あーあー、『勇者』サマがこの体たらくなんてな」
魔物の大群に悪戦苦闘している俺たちを見た光道は、口の端を吊り上げる。そして、またしても近くにワープしてきた。
俺たちはわずかに目配せする。チャンスがやってきたのだ。
「<ワンダリングフレイム>」
『四天王』は、魔物が炎に巻き込まれることを意にも介せず、灼熱を放つ。魔法で生み出されたものゆえに、普通の火とは温度も質も違う、炎。焼かれる痛みにもだえ苦しみながら、モンスターは突っ込んできた。
「<コペル・ニュクス>!」
魔物を凌ぎながら、籃が水路の水を凍結させる。
水路の中に立っていたモンスターと一緒に、光道も足を取られて動けなくなる。得意の転移魔法は使えないようだ。
この好機は見逃さない。茅城さんが、氷の上を駆けて一気に距離を詰める。
「《鋼鉄(ラスターウォール)》」
彼女のすらりとした身体が、山吹色の炎を纏う。固有スキルが発動したのだ。その勢いのまま白銀の大剣を振るう。
「くっ、<スカーレットフレア>!」
光道が放つ炎を物ともせず、突っ込んでいく。炎を切り裂き、大剣が直撃する寸前、彼はどこからともなく波打つ大剣を取り出し、攻撃を受け止める。
『四天王』の意思でその剣は炎を纏い、燃え盛る。
続いて茅城さんが大きく剣を横に振るが、それも防がれた。
攻撃全てを、光道は見切っていた。
何合もの打ち合い。激しい鍔迫り合い。
足の先が凍らされ、動きが制限されているとは思えないほど、彼の剣術は卓越していた。
茅城さんとの実力は拮抗――いや、茅城さんの方が押されているかもしれない。
光道の振るった大剣が、大きく『戦士』の腕を切る。固有スキルが発動していなければ、深い傷を負っていただろう。
俺は、仲間に攻撃が当たるのも厭わず、全力で矢を撃ち込んでいく。だが、『四天王』は茅城さんの攻撃をいなしながら、魔法を詠唱する。
「<ワンダリングフレイム>!」
激しい炎が広がる。矢は焼け焦げ、届く前に燃え落ちた。
彼はさらに魔法の出力を上げていく。火柱が、曠然たる水路の天井にまで届こうとしていた。
周囲の魔物が鈍い悲鳴を上げる。業火に焼かれ、苦しみながら土くれと化していく。こちらにまで熱気が伝わってきた。
間近にいる茅城さんも、本来ならば大火傷を負っていてもおかしくないだろう。しかし、固有スキルによって守られている。
問題は、別のところにあった。
ぴきり、と。水路の氷にひびが入る。
「う……」
籃が必死に凍結魔法を持続させているが、押されているようだ。その顔に苦悶の表情が浮かぶ。限界が近いらしい。
俺は慌てて矢で攻撃するが、あえなく炎に焼かれて燃え尽きる。
炎の真ん中にいながら、光道は涼しい顔をしていた。
「おいおい、四人がかりで一人を袋叩きにしておきながら、このザマはなんだ? 未だに僕に傷ひとつつけられてねえじゃねえか」
ダメだ、動きを封じているのに全く歯が立たない。
茅城さんの剣は全て見切られ、俺の矢は敵まで届かない。籃は水路の水を凍らせるのに必死で攻撃どころじゃないし、いくら聖歌が強化魔法を掛けてくれても状況は打開されない。
突然、茅城さんが纏っていた山吹色の炎が消えた。
「く――!」
時間切れだ。
やむなく彼女は後退する。これ以上炎の中にいては致命傷を負いかねない。
剣を相手取る必要がなくなった光道は、さらに火力を上げる。とうとう氷が一気に水に戻り、爆発する。生き残っていた魔物たちが弾け飛んだ。
籃は杖を取り落とし、その場にへたりこんだ。
自由になった『四天王』は、転移のスキルを使い天井付近の足場に戻る。
「はっ、すごい力だろ?」
戦闘力に、どうしようもないほどの隔絶があった。
大岩にひたすら鋏を振り上げても、両断するどころか逆に刃が砕かれるように。
いくら相手の動きを止めたところで、圧倒的にこちらの攻撃力が足りていなかった。まさか本当に傷ひとつつけることができないとは……。
氷原は終始冷ややかな目で傍観していた。
「光道、ほどほどにしておけ。こんな半密閉された空間で炎の魔術を乱用すれば、一酸化炭素中毒になる」
「チッ、うっせーな。こうすりゃいいんだろ?」
光道は毒づくと、天井に大きな風穴を開けた。
石壁が穿たれ、夜の暗い空が露出する。外気が流れ込む。
こいつら……何の躊躇いもなく水路を壊して……。
「にしても、『勇者』がこんなに弱ええとはなぁ」
『四天王』は嘲笑を浮かべながら、俺たちを見下ろす。
「そこの剣士、剣の腕は多少立つみたいだが、代わりに魔法が一切使えねえみてーだな」
「…………」
俺の横まで後退していた茅城さんが、険しい表情をする。
彼女の剣の腕は熟達しているし、防御力の高さは折り紙付きだ。時間制限こそあるが、絶対防御のスキルまで備えている。
だが、決定力に掛ける。魔法が使えないせいで、大剣の攻撃力は単なる鈍器以上のものではない。普通の敵ならまだしも、あいつを押し切る力はない。
「そっちの射手に至っては全く攻撃が当たらねえし」
「ぐ……」
必中のスキルに、ここまで穴が多いとは。一度も『四天王』に矢が刺さることはなかった。
「後ろの二人は、ちょっとした小細工はできるようだが、単なる置き物でしかねえな」
破壊力こそ強大だが長い詠唱を要する籃の魔法は、ワープ能力で動き回る敵に狙いを定めるには厳しいものがある。先ほどは光道の動きを止めるために氷魔法を使ったが、それにかかりっきりになってしまって攻撃できる余裕がなかった。
聖歌はサポート役だから、そもそも攻撃能力を持たない。
俺たち四人全員が、『四天王』を倒す能力を有していなかった。
茅城さんの固有スキルはもう使い切った。光道は軽率に近づいては来ないだろうし、水路を凍結させて動きを止める手はもう通じない。
仮にどうにかして転移魔法を封じることができたところで、さっきの有様じゃまた大した打撃を与えられず突破されるだろう。
しかも、目の前の敵は二人なのだ。その片方を相手取っただけでしかないのに、この打つ手のなさ。
『勇者』は、『四天王』に敗北しようとしていた。
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