緋鳥居の街
Main6 イフカンタ/不良聖女エンカウント
――イフカンタ
アヴァリティアからさらに北に進んだ先。大陸最北の街イフカンタは、小さな山のふもとにできた街だった。
王都は街全体が高い塀に囲われており、建物も石造りのものが多かったが、ここは違った。
広がる畑。茅葺屋根の小さな家々。当然道も石畳ではない、土の道。その脇を、川が流れている。人の姿もまばらで、のどかだった。
アヴァリティアから近いということもあったが、道中非常スムーズに進むことが出来た。
俺と籃はいわゆる後衛なので、前衛が加わったことはとても心強かった。
茅城さんが魔物に初撃を食らわせ、そこで生まれた隙に俺と籃が攻撃を叩きこむ。仲間になればこれほど心強い人もいなかった。
魔物はやはり知能が低く、攻撃パターンもシンプルだ。
こちらが隙を見せればすぐ攻撃を叩きこんでくる茅城さんを相手取るより百倍マシだった。
「私達、なかなかいいパーティーじゃないか」
「前衛中衛後衛、揃ってますね」
「これで『僧侶』という補助が加われば、さらに敵なしだ」
そう言いながら、茅城さんは剣を鞘に納める。
「茅城さんは、以前は他の町に住んでいたんですよね」
「ああ、アセーディアという、大陸の中心にある街に住んでいた。だが、『勇者』のパーティメンバーということで、王城から招集がかかったんだ。それからは王城に住んでいるよ」
ずっと王都に籠りきりだった俺には、遠い話に思えた。
「ふたりは、『僧侶』と面識があるんですか?」
「数回はある」
「私も、会ったことはあるよ」
その程度の接点しかないのか。
「あまり王城にいないんだ。というのも、アヴァリティアには教会がないからな」
言われてみれば、以前王都を回ったときも教会は見かけなかった。あれだけ立派な街並みにも拘らず。小さな礼拝堂くらいはあってもよさそうなのに。
教会がないと、『僧侶』はできない。そりゃ、王都に長居できないわけだ。
「聖歌は恐らく、ここの教会にいるはずだ」
* *
教会はこぢんまりとした作りになっていた。どこかほこりっぽく、壁上部の小さなステンドグラスから差し込む陽光だけが、内部を照らしている。
そして、その光の真ん中に少女はいた。
挿絵(https://kakuyomu.jp/users/allnight_ACC/news/1177354054896180119)
精々小学生くらいにしか見えない外見。
身に纏っているのは、シスター服。だが、丈が短く白い脚のほとんどが露出している。
ツーサイドアップにされたプラチナブロンドの髪が、光を反射してきらきらと輝いた。
青い目を伏せて、まるで祈りを捧げているようだった。
それは、天に対してか、あるいは神に対してか。
「はじめまして」
そう、声を掛ける。
こちらを向いた少女の表情は、非常に険しいものだった。祈りを妨げられて不愉快だったのか、ただ単純に見知らぬ人間に話しかけられるのが嫌だったのか。
「君が、『僧侶』の柊さん?」
「……そうですけど」
「この目の前にいる男はなんなんだ?」と彼女の瞳が言っていた。
そりゃ、知らない男に名前を知られていたら気味悪がるのも道理だろう。
「俺は、佐藤ユウ。あ、これは便宜上の名前なんだけど。俺、記憶喪失で……『勇者』なんだ」
少女は――柊聖歌は、得心行ったように頷く。
「へえ……あなたが、『勇者』」
それだけ呟くと、今度はまたステンドグラスを見上げた。
「教会は、一般的に神の家とされている。ねえ、『勇者』さん。この教会は何の神の家だと思う?」
「え?」
急な質問だった。
俺は、思いつく神の名前を、いくつか挙げてみせた。
「
彼女の声は冷ややかだ。
「だって、この世界ははりぼてだから。歴史も文化もない。ただ『教会』と『僧侶』が必要だっただけ。こんなんで『僧侶』なんて役をするなんて――無理がある」
『僧侶』は立ち上がった。
「おにいさん。あなたに力を貸しましょう」
「ああ、ありがとう」
「だからって、馴れ合いはやめて。『魔王』さえ倒せればいいんだから」
* *
何はともあれ、こうして『勇者』のパーティメンバーが一堂に会することになる。
「久々だな、聖歌」
「……ええ、そうね」
「聖歌ちゃん、単独行動で大丈夫だった?」
「平気よ。あたしだってそれなりに腕は立つもの」
『僧侶』は、籃や茅城さんと言葉を交わす。
馴れ合いはやめて、か……。
「このまますぐアヴァリティアに戻るというのも味気ないし、ここに泊まっていこうか? 面白い宿があるんだ」
「面白い宿?」
「うん、素敵なところがあるんだ」
「冒険」がそんな観光気分でいいのだろうか、と思ったが。とはいえ、使命感だけで乗り切れるものではないだろう。少しくらいは楽しみを見出した方がいい。
* *
パーティメンバーの道案内に沿って歩を進めていく。街はそれほど広くなく、アヴァリティアと違って簡単に一周できそうだった。
裏の山に近づいていくにつれ、見慣れないものが目に入った。
敷き詰められた小石に、点々と続く石畳。そして、目に鮮やかな朱色の小さい鳥居が並んでいる。
まるで異世界に迷い込んで来たかのような光景だった。
鳥居をくぐってどんどん先に進んでいく。
やがて、道の先に小さな建物が見えた。
庵だった。
絵に描いたような日本家屋である。山を背にして、悠然と建っていた。
軒先に呼び鈴が用意されており、『用があったら鳴らしてください』と書いた紙まで貼ってあった。
試しに鳴らしてみると、涼しげな音が響く。少し待った後、からんからんと下駄の足音が近づいてくる。
「はい、何かご用ですか?」
少女だった。彼女の恰好もこれまた和風で、緋袴だ。セミロング程度の長さの黒髪をポニーテールにしており、天然なのか少しウェーブがかっている。そこに、かんざしを挿していた。小学校高学年くらいだろうか、俺よりも幼いくらいの見た目で、大体聖歌と同じくらいの年齢だろう。
「宿屋だと聞いてやってきたんですが」
「ええ、ここは緋鳥居庵。私の住居ですが、部屋が余っているということもあって、泊まりたいという方に部屋をお貸ししているんですよ」
彼女は俺たちを見遣ると、建物の中に案内する。
「四名様ですね、では、こちらにどうぞ」
* *
庵の中も、外観にたがわず和風だった。
畳はさすがにないにしても、板敷の床はオークルで温かみがある。梁やふすま、床の間など、日本家屋に忠実なつくりとなっている。試しにふすまに触れてみると、見慣れたそれとは感触が違った。当然和紙はないだろうし、似せて作られた織物が使われているのだろう。
通された部屋はおおよそ八畳間。ふすまで隔てられた向こうにはほとんど似た部屋がもうひとつあり、その二部屋を貸してくれることとなった。
各々が部屋の片隅に荷物を置き、くつろぎ出す。
修学旅行のような解放感だ。
寝具も、昔懐かしい和布団や籾殻の枕が人数分用意されていた。さすがに籾はないだろうから、似た穀物で代用しているのだろうが。
布団はしっかり干されており、寝心地がよさそうだった。
「よろしければお茶もどうぞ」
少女はそう言いながらお茶を淹れる。人数分の湯飲みが、次々と緑茶で満たされていく。
彼女の話を聞くに、部屋を貸すのは副次的なものらしい。つまり、別に『役割』が『宿屋』というわけではないのだろう。それなのに、この行き届いたもてなし。随分礼儀正しい性格のようだ。
少女は整った身のこなしで、部屋を出て行った。
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