Main5 白の王城/旅路の始まり



 白の王城。いつもの第三訓練場。

 俺と茅城さんは、部屋の端と端に立って向かい合う。この距離は、ハンディキャップだった。


 彼女が開始の合図を告げ、手合わせが始まる。

 こちらに向かって一直線に距離を詰めてくる茅城さん。俺は素早く弓を構えると、間髪入れず撃つ。

 必ず当たる矢は、つまり自動追尾する矢ということである。 狙いを絞る必要はない。放ちさえすれば、当たるのだから。


 矢には魔力が込められており、風を纏っている。走る茅城さんに、明らかに物理法則に反した軌道で向かう。その身が貫かれそうになった瞬間、彼女は大きく剣を振った。

 床に叩きつけられる矢。いくら魔力により速度と威力が増していても、『戦士』の前では無力らしい。普段と同じパターン。だが、ここからが違う。


 俺が連射した矢が、四方八方から彼女に肉薄する。さすがの茅城さんも足を止め、剣を一回転させた。四つの矢全てが、空しくも地に落ちる。


 ……すごい。これも止められるのか。

 だが、攻撃の手を休めるわけにはいかない。俺はすかさず次の矢を放つ。


「<アローレイン>」


 無数の矢が放物線を描いて茅城さんを襲う。剣を振っても、全ての矢を落とすのは無理だ。最早攻撃を全てかわすのは諦めたのか、そのまま突っ込んでくる。

 練習用の矢が彼女の腕をかすめるが、その足は止まることなく俺に接近し、剣を振り上げる。あわよくば武器を取り落としてくれないものかと手元を狙ったが、全くダメージが通っているようには見えない。いくら練習用の弱い弓矢とはいえ、魔力が乗っているし、無傷とはいかないだろうに。

 そう、彼女の強みはその防御力にこそあるのだ。


 今度は俺が防戦となる番だった。いくら模造剣とはいえ、当たれば痛いことはこれまで身を持って実感している。茅城さんほど頑丈ではないのだ。

 身を翻し、一撃目はどうにかかわせた。しかし二撃目、横振りの攻撃を思いきり胴に受けてしまう。


「ぐ……っ」


 鈍い痛みが走る。内臓にまで響く感覚。いくら攻撃を食らっても、これには慣れない。

 怯んだ隙に、目の前の剣士はさらに追撃を叩き込んでくる。痛みに耐えきれず、とうとう弓を取り落としてしまった。


 武器を拾い直している時間はない。再度矢をつがえ、射る時間も。

 俺は強く床を蹴ると、茅城さんに迫った。


 息がかかりそうなほどの距離。

 予想していなかったのか、一瞬彼女の行動が遅れる。

 虚空をつかむ俺の手に、突如矢が現れる。鋭利な鉄鏃が茅城さんの首元に突き立てられた。

 わずかでも身じろぎすれば、その白い肌に刃が食い込むだろう。


「すばらしいね、私の負けだよ」


 茅城さんは剣を床に落とすと、両手を挙げた。降参というポーズだ。俺は、手にしていた矢を消す。


「君のその自由に矢を出す能力は、いんちきだろう。『剣士』なんかだと自在に剣を出したりなんてできないのに」

「矢切れは死活問題ですから」


 こんな能力でもなければ、不便極まりない。それに、別に弓自体を出せたりはしないし。そう思いながら、床に落ちた弓を拾い上げる。


 結局俺は剣を振れなかったが、弓はいくらか上達して技もいくつか習得した。

 何度も何度も手合わせを重ねて、ようやくこのスパルタ教官から一本取ることが出来た。


 やはり『弓使い』はこういった一騎打ちや近接戦闘に弱い。本来は、もっと陰からこそこそ狙い打って初めて真価を発揮するだろう。まぁ、苦手な状況に立たされてこそ訓練の意味があるが。


 それに、最後に接近したとき。茅城さんにだって、攻撃を叩きこむ隙があった。とはいえ、そこはあえて何もしなかった。

 気持ちよく勝たせて自信をつけさせるのも教官の大事な役目、ということなのだろう。


「あ……すみません、袖のところが破れちゃってますね」

「ん? ああ、替えはある。問題ないよ」


 俺や彼女が身に着けている服は、至ってふつうの縫製に見えるが、特殊な糸で作られており丈夫だ。ちょっとナイフで切りつけたくらいじゃ破れない。魔法にもある程度耐性があるらしく、少しは効果を防ぐ。


 ごてごての鎧といったものは、現代人の感覚からするとどうにも馴染まない。『役割』に付与された戦闘技能を活かせば身に着けることは可能だろうが、そもそも生活において不便だ。だから、この世界で防具として主に作られているのは、こういった魔法の衣服だ。

 無論効果の分値が張るのだが、俺たちはある程度王城から装備を支給されている。


「君は、地下の試練もクリアしたんだって?」


 訓練の後片付けをしながら、茅城さんがそう話しかけてくる。

 確かに、昨日クリアした。籃と一緒に城の地下に潜り、モンスターを倒しながら最深層の仕掛けを解いたのだ。


「だったら、そろそろ六花に呼び出される頃合いじゃないかな」

「ああ――そうですね」


 別に、ここまで無意味に鍛錬を続けてきたわけではない。

 目的は、『魔王』を倒すための冒険に備えること。

 俺に課せられた地下の試練と、茅城さんとの特訓。そのふたつをひとまずは達成したのだから、冒険に出ることになるのだろう。


「ふふ、そんなに気負うことはない。六花には将来有望だと伝えておくよ」

「……ありがとう、ございます」




 * *




 城の廊下を歩きながら、俺は先程のやり取りを思い返していた。

 茅城さんは有望だと言ってくれたが、剣も振るえない『勇者』が、果たして『魔王』を倒せるのだろうか。物陰からちくちく攻撃して倒せればいいが、そうはいかないだろうし、何よりも勇者っぽくない。


 『魔王』とは、どんな人物なのだろう。

 魔物や悪魔たちを統べる王。

 脳裏に浮かんだのは、土の行路で見た巨大な一つ目怪物の姿だった。

 たとえば肌が紫だったり、角が生えていたり、黒いマントをたなびかせたり――そういうのが、魔王っぽい『魔王』だ。


 一方、勇者といえば、やっぱり金髪で、赤いマントか何かをたなびかせていて、剣やら盾やらを持って戦場を駆ける、というのがステレオタイプなイメージだろうか。


「ん?」


 俺は足を止めて、辺りを見回す。

 ここ、どこだ?


 どうやら迷ってしまったらしい。見覚えのない場所に入り込んでしまった。辺りに人の姿はなく、すっかりお手上げだ。

 少し歩き続けてみても、さらに迷路の深みに入り込んでいるような気がする。

 城での生活には慣れてきたと思ったのに、こんな失敗をしてしまうなんて。


 扉の間隔がやけに広い。どうやら、相当広い部屋が並んでいるらしい。

 仕方ないので目についた客間らしきドアをノックしてみる。


 返事はない。

 他のドアにもやってみるか。


 いくつか扉をノックしたとき、突然ドアの向こうから何かが崩れるような音が聞こえた。


「…………」


 なんだこの物音。いる、んだよな?

 再度戸を叩くと、がたがたと物音がして、やがて扉が開かれる。


「な、なな、なんですか?」


 現れたのは、女性だった。

 ボサボサの髪は、顔に影を落としている。歳は二十代くらいだろうか。パジャマにカーディガンを羽織っている。そして、やけにおどおどしている。


「大丈夫ですか? 今、すごい音がしましたけど……」

「い、いえ、大丈夫、です……どんどんノックが近づいてくるから、幽霊か何かだと……」


 見ると、部屋の中の物がひっくり返っている。悪いことをした。


「それで、その、ど、どうし、たんですか?」

「あ……えっと、恥ずかしい話ですが、道に迷っちゃって」


 そう言うと、目の前の女性は納得したようにうなずいた。


「ここら辺は城の最深部なの、で、一層難解に作られているんです。口では説明しづらいでしょうね……どうしよう」


 少しの間きょろきょろしていたが、観念したように言う。


「じゃあ、あ、あたしが案内します」




 * *




 女性の先導について歩いていると、やがて見慣れたテラスに出た。


「ここから先はもう、大丈夫、ですよね?」

「はい、わざわざありがとうございました」

「いえ……では、あたしはこれで。さようなら」


 女性は軽く頭を下げると、来た道を戻って行った。

 挙動不審だが親切な人だった。




 * *





 時間は変わり、場所はまたいつぞやの応接室。

 テーブルに、俺、籃、茅城さん、そして六花さんの四人が座る。


「佐藤さん、地下の試練のクリア、おめでとうございます」


 全く感情の乗っていない声で、六花さんは言う。


「あ、ありがとうございます」

「あなたのレベルもまずまずの域に達しました。アヴァリティア近辺に出現する魔物なら、難なく対処できるでしょう」


 王城のメイド長は、テーブルに地図を広げた。縦に長細い大陸の上に、様々なものが書き記されている。これがこの世界の全貌らしい。

 指差されたのは、大陸の北に位置する大きな街だった。


「ここが、私たちが今いる場所、アヴァリティアです」


 彼女の指は、どんどん南に滑っていく。


「いくつもの街を経由して――その先」


 指は、大陸の南部を横断する山脈で止まった。


「この――壁の山脈。これこそが、『勇者』側と『魔王』側を隔てる壁です。難攻不落の自然の要塞。ここを踏破し、向こう側に到達したものはいません。もっとも、『魔王』と『四天王』は転移のスキルを有しているため、こんなの、物ともしませんが」


 転移のスキル?

 なんだか反則じみていて納得がいかない。


「『魔王』と『四天王』は強力なスキルが与えられています。楽に勝てる相手だとは思わないでください。いえ、現時点では相手にすらならないでしょう」


 転移などは彼らの強大な能力の一端でしかないということだろう。


「何にせよ――『魔王』は、壁の山脈の向こうの魔王城にいます。なぜなら、古来魔王とはそういうものだから」


 それは、ある種何の根拠もない言葉だった。だがこの世界では「そういうもの」というイメージこそが重視される。


「皆さんには、魔王城を目指して冒険に出発してもらいます。真条さんの『魔法使い』、茅城さんの『戦士』という『役割』は、名前こそ平凡ですが、固有役です。『勇者』のパーティメンバーとしての。『勇者』がパーティメンバーと共に冒険に旅立つのも、王道ですから」


 なるほど、六花さんがどうして茅城さんを俺の教官にしたのか、理由がわかった。いずれ共に旅に出る者同士、接点を持たせなかったのだろう。


「パーティメンバーはもうひとりいます。ヒーラー……『僧侶』です。彼女はこのアヴァリティアのすぐ北に位置する街、イフカンタに滞在していると聞いています」


 メイドは、淡々と言葉を継ぐ。


「『僧侶』――ひいらぎ聖歌せいかを迎えに行ってください。それが、『勇者』の最初の冒険です」



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