Main4 アヴァリティア/王都の休日



 王城に来た俺は、鍛錬の日々を強いられていた。

 一刻も早く『勇者』相応の力を身に着けるためには仕方ないのだが、スパルタ教官に倒れるまで鍛えられる毎日。しかも、訓練はそれだけではなかった。


 城の地下には広いダンジョンが広がっていた。なんでも、兵士用の鍛錬場所として使われているようで、俺も籃と一緒に挑まされた。


 茅城さんとの訓練で対人戦を、王城の地下で対魔物戦を経験させる。なるほど、なかなかなカリキュラムである。


 その間、六花さんは危ないから城の外に出るなと言って、俺の行動範囲を王城内に制限した。王都は人の行き来が多く、どこに間者が潜んでいるかわからないし、万が一のことがあっては困るという理由で。


 広い王城は決して窮屈さを覚えないが、これでは実質軟禁のようなものである。

 さすがにこれは見逃せないと、籃が直談判してくれた。その結果、一日だけ城の外に行くことを許可されたのだ。

 それでも一日だけだし、単独行動はしないよう言い含められたが。


 そんなわけで、俺は一日だけの休日を手に入れたのだ。




――アヴァリティア




 思えばこの街を散策するのは初めてだ。石畳が敷き詰められた道を歩く。

 さすが王都、交易の中心となっているらしく、通りには様々な露店が並んでいた。瑞々しい野菜や魚、肉など、見ているだけで心が湧き立つ。


「六花さんは心配性なんです。だって、ユウくんに何かあって死んでしまったら、私たちは一生元の世界に戻れない、なんてこともあり得るんですから。王城の中は六花さんの管理下で、外部の人は簡単に入れないようになってますが、さすがに王都は人が多すぎますし」

「それも――そうだな」


 仮に、俺が偶然他愛もない事故で命を落としたら、どうなるのだろう?

 この世界の結末﹅﹅は散逸し、人々はずっとここで暮らすことを強いられるのだろうか?


「とはいえ、あまり気にする必要もないですよ。世の中なるようにしかならないし、ユウくんだって、休みたい日もあるだろうし……そんなときは、休んだって大丈夫です。無理をする必要なんてどこにもないんですから」


 城から一歩も出ず、ただ訓練に打ち込む日々。

 俺は、そんな生活を辛いと感じるべきなのだろうか?

 わからない。

 不満を感じたこともない。

 それが俺の『役割』ならば、そうするだけだ。


「……なんていうか、あまり無理をしているつもりはないな」

「ユウくんは、強いんですね」


 強いというよりも、ただ――


「いや、むしろ付き合わされる籃の方が大変じゃないか?」


 彼女だって俺と一緒に地下の試練に挑まさせられているし、それに伴って王城に半軟禁状態となっている。とんだとばっちりもあったものだ。


「ううん、私もたくさん腕を鍛えないといけませんから」


 そう言う『魔法使い』も、あまり苦痛に感じているようには見えなかった。


「でも、折角の休日です。王都をめいっぱい案内しますよ」


 籃は、太陽を背に明るい笑顔を浮かべた。


「…………」

「ユウくん? どうかしました?」

「あ、いや、ごめん……ちょっとぼうっとしてた。行こうか」

「はい」




 * *




 街を歩いていて最初に目についたのは、レンガ造りの建物だった。

 いや、レンガ造り自体は珍しいものではない。街を見渡せば、いくらでもあるだろう。特異な点は、入り口の脇に掛けられた看板だった。


「役割管理所?」


 まさにその五文字が書かれている。

 不思議に思った俺に、横に立つ少女はすかさず説明を入れてくれる。


「現実世界でいうところの、市役所みたいなものです。普通の人はここで色々な説明を受けたり、これから生活するにあたって手続きを行ったりするんですよ。そうじゃないと、色々困っちゃいますから」


 まず、この世界でのルールや生活の方法を説明されたり、『役割』を遂行するための職業を斡旋したり――たとえば『兵士』は騎士団に所属できるよう話を通したり――するのだという。

 城側から生活の補助として給付金を出したり、住む場所を与えたりと、ある程度サービスを行っているらしい。


 この世界にやってきた人たちが、時間を掛けてシステムを整備したのだろう。

 しかも、この役割管理所は王家の指揮下にある。城側に『役割』の情報が入ってくるということにもなる。

 籃のような『勇者』のパーティメンバーの所在もつかめるといった寸法だ。


「へえ……そりゃ便利だな」

「はい、私もこの世界に来たばかりの頃は、右も左もわからなくて、随分ここに助けられました」


 俺のように、直接王城に連れて来られるのは稀有なパターンのようだ。


「最初に籃に会えたのは幸運だったよ」

「そ、そんな……私の方こそ、ユウくんに助けてもらって、幸運でした。ユウくんは、命の恩人です」


 命の恩人。

 それは、なんとも面映ゆい響きだった。


「な、なんか大げさじゃないか? ただ通りがかっただけだし、魔物だって最終的には籃がとどめを刺したじゃないか」

「そんなことないです! ユウくんは、私の――」


 勢い余って、籃は俺の手を取る。だが、すぐに我に返ると、手を離す。


「あ、えっと、その……」


 真っ赤になっている。


「…………」

「…………」


 お互い黙り込んでしまった。


「ええと、じゃあ行こうか」

「は、はい」




 * *




 店や露店から、いい匂いが漂ってくる。カレーの匂いも混じっていた。あまり中世ヨーロッパらしい食べものではないが、その辺はありらしい。まぁ米といったいかにもな場違い食材はないが、香辛料等はあるのだろう。その材料を使って現代人がカレーを作るのは不思議ではない。


「ユウくん、何か食べましょうか?」

「そうだな」


 ちょうど昼時だし、食事を摂る時間だろう。

 城から、いくらかおこづかいをもらっているため、買い食いするくらいの余裕はある。


 籃と一緒に色々店を見て回ったが、どうせなら王城の食堂にないものを食べようということになった。

 そして、選んだのはハンバーガーだった。中世ヨーロッパにハンバーガーはないが、ありふれた材料で作れるので、現代人――お店の人が作れるのは不思議な話ではない。


 ベンチに並んで座って、食べる。

 できたてのハンバーガーは、こんがり焼かれた全麦バンズに、肉、野菜、チーズ等が挟まっている。

 一口食べてみると、やはり現代風の味付けでおいしかった。


「おいしいですね、ユウくん」

「ああ」


 籃は小さな口でハンバーガーを頬張っている。

 おいしそうに食べる少女だ。


 彼女が言うには、別にこの世界は丸っきり中世ヨーロッパに忠実なわけではないという。そもそも本当に忠実ならば『勇者』も『魔王』もいないわけだし。

 あくまでも、一般的に広く知られている中世ファンタジー観にもとづいた世界。それが、この世界だという。


 その証拠に、俺が今食べているハンバーガーには、トマトが挟まってる。この世界が時代考証﹅﹅﹅﹅に正確ならば、こんなものは存在していないはずだ。なぜなら、トマトがヨーロッパで一般的に食べられるようになったのは、十八世紀頃だと言われているから。どう見積もっても中世とは程遠い。


 あくまでもイメージ。中世ヨーロッパっぽい﹅﹅﹅世界。そんなところに、俺はいるのだ。

 まぁ、だからこそ逆に米のようなイメージにそぐわないものは存在しないが。




 * *




 腹ごしらえを済ませ、さらに街をぶらつく。


 ここは、花屋のようだ。店先を、色とりどりの花が飾っている。

 中に入ると、ひとりの店員が佇んでいた。


「――――」


 六花さんだった。


「え……」


 いつものメイド服ではない。花屋の制服なのか、桃色のワンピースとエプロンを身に着けている。彼女の能面のような表情とは似つかわしくないかわいらしさだった。


「こ、こんにちは、六花さん」

「いらっしゃいませ」


 相変わらずの無表情だ。営業スマイルさえ浮かべてくれない。

 な、なんでこんなところにいるんだ?

 まさか監視? そこまでして『勇者』を管理下に置いておきたいのか?

 いや、俺がこの店に入ったのは単なる偶然だ。そこで接客していたって、監視にはならないだろう。


「え、えっと、どうして六花さんがここに?」

「仕事です。私は『花屋』の『役割』も持っていますから」


 城での仕事以外に、こんなことまでやっていたのか……。


「何かお買い上げになりますか?」

「え? そ、そうですね……」


 別に何か買う必要はなかったが、何も買わないとは言えなかった。


「じゃあ、花束を作ってもらえますか?」

「かしこまりました」


 六花さんがうなずくと、彼女の手元に芽が現れ、茎を伸ばし、指に絡みつく。そして爪先に達した頃にはつぼみをつけ、すぐに桃色の花が咲いた。


「これが『花屋』の能力なんです」


 なるほど、自由自在に花を生み出せるのか。これは便利だ。

 この様子だと、『農家』は色々な作物を魔法で出せるのだろうし、酪農系の『役割』も、似たようなスキルを持っているだろう。食物は比較的簡単に手に入りそうだ。市場の豊かな商品にも納得だ。

 食糧難で『役割』どころではなくなる事態、というのでは形無しだから、妥当だと思うが。


 六花さんは、くるくるラッピングしていく、

 みるみるうちに、桃色の花の小さなブーケが出来上がった。代金を支払って、受け取る。


 花束は女の子にあげるものだと相場が決まっている。

 俺は、籃に花束を差し出した。


「えっ」


 彼女は、真っ赤になった。


「ユウくんったら……そんなに簡単に女の子に花束あげたら、いけないんですよ?」

「ああ、ごめん」


 無神経すぎただろうか。


「いえ、ありがとうございます」


 そっと花束を胸に抱える。その鮮やかな桃色は、彼女によく似合っている気がした。


「そちらはホウセンカの花束です。かさばるでしょうし、後ほど王城の自室までお届けしますので、お預かりいたしましょうか?」

「お願いします」




 * *




 その後も、王都を色々見て回った。


 買い食いしたり、装備を見繕ったり……普通にヨーロッパの街を観光している気分になった。

 気晴らしとしては、なかなか楽しかった。


 気づけば、もう夕方になっていた。


「そろそろ帰らないとな」

「はい。暗くなってくると、色々危ないですし」


 城へ帰る道すがら、市に通りかかる。そこには、様々な物を売る露店が並んでいた。新鮮な食材が目に鮮やかだ。


「そろそろ夕食の時間だし、たまには自分で料理を作ってみるっていうのもありかな」


 これまでずっと食事は城内の食堂で摂っていたが、いつもそれだけでは味気ない。こんなにたくさんの材料があると、色んな料理を作れそうだ。


「そうですね。お城には自由に使えるキッチンもありますし」


 では、何を作ろう。


 ふと目に着いた露店には、瓶が所狭しと置かれていた。並んだ小さな瓶の前に、商品名を書いた値札がそれぞれ置かれている。

 塩に胡椒に砂糖はもちろん、あまり見ない名前の調味料まであるようだ。これなら作る料理に困らないだろう。


「小麦粉ってどこの店にある?」

「こっちだったかな」


 先導する籃についていく。


 辿り着いた店には、白い粉が袋に詰めて積み重ねられていた。これだけだとよからぬものに見えなくもない。


 よし、必要な材料はあらかた買った。

 そろそろ城に戻るか。




――白の王城




 籃に案内された場所は、食堂のキッチンほど大掛かりではない、申し訳程度の設備がある給湯室といった風情だ。

 当然ガスコンロはないし、電子レンジも換気扇もない。現代のキッチンにあるものは、ほとんどないと言っても過言ではなかった。

 利用者が現代のものと近づけようと試行錯誤したのか、まな板や包丁、おたまといった器具はそろっているが。

 それに、水道は通っている。俺は街で見かけた水路を思い出した。


「ユウくん、手伝いましょうか?」

「ありがたいけど、いいよ。ここは狭いし」

「それもそうですね」


 彼女は得心入ったように、給湯室を出て行った。料理っていうのは場所を取るからな。


 買ってきた小麦粉を混ぜて、ひたすらこねる。

 心なしか弓を扱うより腕に来る。


 充分にこねたら、あとは二十分ほど寝かせる。

 この間に鍋の方で――




 * *




「カレーの匂いだ!」


 料理が出来上がる頃、においに釣られて籃がやってきた。


「なんだか食べたくなったんだ。はい、トマトチキンカレーとナン」

「お、おいしそう……。食べちゃっていいんですか?」

「もちろん。そのために作ったんだからな」


 この世界に米はない。中世ファンタジーRPGの世界にはないからだろう。だから、ナンカレーにするしかない。

 いや、ナンだって存在しないだろうが、レシピなしにその場でこしらえた手製のナンであるため、パンと認識されたのかもしれない。


 出来上がった料理をテーブルに並べ、彼女と一緒に食べる。


「わあ、すごい……おいしい。ルーもないから、一からスパイスを調合して作ったんだよね? それなのにこの味の完成度……。しかも、ナンまで手作りなんて」


 そんなに褒められると、なんだか照れる。

 籃の味の好みがよくわからなかったから比較的スタンダートな味付けにしたが、もっとインドカレーに近い味付けにしても良かったかもしれない。


「ユウくんって料理得意なんですね」


 確かに、なんとなく楽しい気がする。

 俺は料理が好きだったのだろう。


「にしても……ついつい作り過ぎちゃったな」


 このキッチンにある鍋の中で、一番大きな寸胴鍋――明らかに業務用とかそういう感じの――に入った満杯のカレー。


「うーん、これは一日や二日では食べきれない量ですね……」


 そりゃそうだ。こんな量、片づけられっこないって、作る前からわかるだろうに。ナンカレーにするなら、ルーはあまり量が必要じゃないから、なおさらだ。

 どうしてこんなに作ってしまったんだろう、俺は……。


「さすがにふたりじゃアレだから、他の人にも分けましょうか」


 籃の提案に乗って、城内の顔見知りに声を掛けた。すると、だんだん他の人まで集まり出し、人数は雪だるま式に膨れ上がった。

 ナンの数は足りず、カレー単体での提供になったが、あっという間になくなっていた。




 * *




 カレーの魔力とはここまで恐ろしいものなのか。

 そう考えながら、籃と一緒に後片付けをする。さすがに洗いものは分担して行った方が早かった。


「ふふ、皆さんカレーに飢えてたんですね。食堂のメニューにはありませんし、ユウくんの作ったカレー、おいしいし」


 石鹸で泡だらけになった鍋をごしごし洗いながら、籃は微笑する。

 カレーを配るのに随分てんてこ舞いになってしまったが、終わってしまえば悪くない休日だった。


「明日からまた訓練なんだな」

「そうですね。でも、きっとまた休みの日はありますよ」

「……そうだな」


 また休日があればいいなと、そう思う。


 籃の手際がいいということもあって、洗いものもすぐに終わった。元々あった場所に全て戻し、給湯室を出る。


「それでは、ユウくん、また明日」

「あのさ、籃」


 俺は彼女を呼び止めた。


「どうしたんですか?」

「敬語じゃなくていいよ。たぶん籃の方が年上だろ?」

「あ、はい……私、十六歳だから」


 そうか、十六歳だったのか。小柄だということもあって、そこまでの歳には見えなかった。


「その……ユウくん」


 彼女は、躊躇いがちに俺を呼ぶ。


「これから、よろしくね」

「ああ、よろしく」


 なんだか今更な気もしたが。

 何はともあれ、俺の休日はそうして終わった。

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