58. 女子会の会話と一つの決意
無理やり引きずられるという形で自席付近へと近づいたものの、それに気づかないくらい女子会は盛り上がっているようで、ひとまず無事な俺の席から人気者の菜月さんの様子を見守る。
ちらっと見えた制服姿に特別感を抱くのは最近私服ばかりを見ていたためだろうか。
(あー、ダメだ。このままだと菜月さんのこと意識してると思われる……)
意識がもっていかれているのを誤魔化すため、翔斗と他愛ない会話をしながらその女子会で菜月さんがどんな会話をしているのか耳を傾ける。
「菜月ってば、めっちゃ早く来てクラス分け確認して、なんかかなり喜んでたんだよねぇ。誰かとどうしても一緒になりたかったんでしょー?」
「えっ!? そうなのっ!?」
「も、もしかして好きな人!?」
「だれだれ!?」
おそらく前も同じクラスだったのであろう四人の女子たちと会話している菜月さん。関わりが少しでもあれば名前と顔は覚えているのだが、この四人のように目立つ人たちとは幸か不幸か、名前を知るほどの関わりがない。菜月さんと文化祭で話ができたのはかなりレアなケースだったのだと再確認させられる。
「そ、そういうのじゃなくて、みんなとまた一緒だったからだし!」
少々声に動揺があったものの、内容が内容なので不自然ではなかったように思う。
聞き耳を立てているのは普通に気味悪がられるかもしれないと今更自覚したが、これも今後の学校生活を左右する会話だと思い直した。
「えぇー、つまんない」
「まあでも、菜月もいろいろ大変だし仕方ないよね」
「そうそう。いつの間にか学校のアイドル的存在だし、彼氏なんてできようものなら発狂する男子たちで溢れかえるまであるしっ!」
「でも好きな人ができたら教えてね! アタシたち菜月のこと全力で応援するし、馬鹿な男子たちからも守ってあげるから!」
「う、うん。ありがとね」
女子四人の優しい言葉を聞き、自分のことが馬鹿らしく思えてきた。菜月さんを大切に思っている人は他にもいるのに、どうして自分たちだけで解決しなければならないなどと傲慢なことを思っていたのか。しかもそれで不安に思って行動に移せていないなど、本当にバカじゃないか……。
勝手に自己嫌悪していても女子たちの話は進んでいく。ただ、そこで個人名が出てきたことによって警戒の必要性が現実味を帯びてきた。
「そういや、草野と別のクラスでよかったね、菜月」
「え?」
「だってあいつ、ぜったい菜月のこと狙ってたじゃん。ウチの彼氏にくっついてきたから仕方なくつるんでたけど、菜月のこと変な目で見ててキモかったし、正直邪魔だったじゃん?」
「……そうかなぁとは思ってたけど、周りから見てもそうだったんだ」
ストレートな悪口に対しては答えず、必要な返答だけを選んだようだ。菜月さんの本心は分からないものの、そういった男子がいたことを知って少しだけ嫌な気持ちになる。
そんな胸のもやもやを吹き飛ばしてくれたのは、四人の中でも派手な見た目ながら優しさを感じさせるリーダー風の女子生徒であった。
「近くにいれば誰でも分かるって。まあ菜月が上手く距離感取ってたから心配はしてなかったけどさ。特に文化祭が終わってからは鉄壁って感じだったよね。マジでただのクラスメイトくらいにしか感じさせない扱い方だったし。草野も、他の男子たちも。ちょっとかわいそうなくらい相手にしてなかったじゃん?」
「そ、そうかな。特に何かあったわけでもないんだけど……」
「それは嘘っしょ! だって菜月、文化祭以降もっと可愛くなったもん」
「分かるっ!」
「それなっ!」
「本気で恋でもしたのかと思ったし!」
「あはは……。気のせいだよ、うん」
勢いに押され気味の菜月さんを見かねたのか、俺に合わせてくれていた親友が気を利かせて女子会の輪に入っていってくれる。
「おーっす、おはよー。また同じクラスみたいだな」
「おっ、久世っちじゃん。おはよー」
「「「おはよー」」」
この四人の女子たちを含め、だいたいの同級生と会話できるのが親友の凄いところであり、同時にわけのわからないところでもある。顔が広すぎて怖いというか、どうやったらそんなコミュ力が身につくのだろうか。
「話してるとこ邪魔して悪いな。ここオレの席でさ」
「あ、ゴメンゴメン。そろそろホームルーム始まるしウチらも席に戻るね。菜月もまた後で!」
「うん」
タイミングまで完璧な乱入を成功させた翔斗を、尊敬と少しの畏怖を胸に見つめる。菜月さんも何が起こったのか分からないような感じで大きな目をぱちぱちさせていた。
「黄波さんもおはよう」
「あ、うん。おはよう」
何事もなかったかのように挨拶した翔斗に後ろから続く。
「菜月さん、おはよう。また一緒のクラスで良かったよ」
「お、おはよう! アタシも大也くんと一緒で嬉しい……」
声をかけてようやく俺の存在に気づいてくれた菜月さんだが、多少動揺しているのか普通に嬉しそうな感じで距離感が近い。つい下の名前で呼んでしまったこちらも悪いわけで、こればかりは仕方なかった。
ただ、先ほど話したことを覚えている親友はその警戒心のなさにため息をつく寸前といった様子だ。
「あのさ、黄波さん。いろいろ隠す気ある?」
「……あっ!?」
口を押えて周りをキョロキョロと見渡す菜月さん。その様子も目立ちそうなものだが、幸運なことに近くの生徒たちはそれぞれの話に夢中のようだった。新しいクラスということもあって、人気者とはいえ菜月さんや翔斗のことをジッと観察している人間もいないらしい。それか、この二人のオーラが強すぎて無意識に見ないようにしているのだろう。
なんとなく先ほど離れていった菜月さんのお友達の一人がこちらに注意を向けているような気もしたけど……。
「たぶん誰も気づいてないから大丈夫。それに、俺としてはもう普通に接していいんじゃないかなって思うんだ。菜月さんの友達、すごくいい人たちみたいだし」
「で、でも迷惑かけるのは……」
自分のせいで周りの人間を傷つけてしまうかもしれない。彼女は何も悪くないのに、勝手な幻想を押し付けられて苦悩している。
俺の不安や恐怖など、菜月さんのそれと比べれば大したことはない。不安に揺れる水面に浮かぶ月のような瞳を見て、覚悟は完全に決まった。
「その可能性もある。だからまた一緒に考えよう」
「うんっ!」
俺が菜月さんのことを守るから。
その言葉は流石に口から出なかったが、その笑顔を見て胸の中で独り繰り返した。
「なあお二人さん? オレもいるんだけど。というか今後間に挟まれ続けるこっちの身にもなってくれね?」
「……何か問題あったか?」
「ご、ゴメンね」
「はぁ、ホントに最低限しか関わらないつもりだったのかよ……」
親友のため息を聞きながら、もう一度覚悟を決めて菜月さんへと視線を向ける。
ばっちり視線が合い、月のような双眸に吸い込まれそうになった。そして咲いた小さな笑顔もまた魅力的で、何も考えられなくなりそうだ。
(大丈夫。なんとかしてみせる。ぜったいに)
こうして幕を開けた、高校二年の学校生活。
春休みに導かれた運命が、そこにさらなる激動をもたらすことになる。
これまでの平穏が嘘のような慌ただしい生活はまだ始まったばかりだが、この時点でそんな予感がした。
「久世くんと黒菱くん。二人は今日の休み明けテスト終了後に私のところまで来てください。少しお話があります」
「「えっ……?」」
最初のホームルームで担任教師からいきなり呼び出しをくらったのだから、穏やかな学校生活など待っているはずもない……。
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