第二部:激動の新学年

第一章:始まりと決意

57. 親友の気遣い


 春の朝日に照らされ、色付いた梅や桜などが綺麗に映える四月の初め。新学年の初日は天候に恵まれて気分のいい日となった。


 久しぶりに着た制服のブレザーがなんとなく軽く感じるのは、この陽気のせいだけではなく、学校に対する意識の違いのせいかもしれない。


 そんなことを考えつつ、歩いて通うには少々長い通学ルートを運動がてらマイペースに進んでいると、同じく徒歩通学の親友宅付近に到着した。すると俺を待っていたかのようにそいつが顔を出す。


 「お、大也。おはよっす」


 「おう、おはよう。翔斗」


 いつもは時間が合えば一緒に行く感じなのだが、今日はどうやら待ち伏せされていたらしい。新年度が始まったわけだが、いろいろと話したいことでもあるのだろうか。


 車の通りも少なく静かな道を二人で歩き始めてすぐ、爽やかな笑みを浮かべたイケメンの友人がいつも通り話しかけてくる。


 「今日はいつもよりちょっと早いんだな。クラス替えが楽しみだったとか?」


 「そんなわけないだろ。早いのはバイト少し減らしたおかげで時間の余裕ができたからだし、そもそもクラス替えで一喜一憂するほど学校を楽しいとは思ってないし」


 正直なところは今までよりちょっとだけ楽しみにはなっている。しかしそれもクラス替えの結果次第だ。一人で生きた方が良い環境に置かれれば俺は間違いなく孤独を選ぶだろう。


 ちなみにバイトを減らしたのは大学受験のために勉強時間を確保しなければならないからだ。多少収入は減ってしまうが、母さんに指摘されれば従うしかないのが俺という人間である。


 それはともかく、親友であり武術の師匠でもある翔斗には考えが見抜かれているようだ。少しだけニヤつく感じの笑いがその証拠で、あちらが俺を知るようにこちらも相手のことは知っている。


 「ははっ、大也らしいな。でもたぶんこれからはいろんな意味で面白くなると思うぜ?」


 「……どういうことだよ」


 なんとなく言っていることは理解できるが、それを素直に認めるのは癪だった。それに、面白くなるよりも面倒になるという方が正しいだろうとも思う。


 「分かってんだろ。黄波さんと関わるってことは、今までみたいに静かな学校生活とオサラバすることだって」


 「そうだろうな。けど俺だって菜月さんと連絡を取って学校でどうするかちゃんと決めてるんだからな」


 個人的にはあまり納得できていない二人での決定事項。昨晩菜月さんの方から連絡が来て、色々と悪いように考えすぎではないかと思いながらも真剣な雰囲気に圧されて同意していしまった。


 昨夜のことを思い出していると、親友が少しだけ意外そうな表情で尋ねてくる。


 「へぇ。どうするつもりなんだ?」


 「……必要以上に関わらない」


 「はぁ、どうしてそうなった」


 大きなため息をつき、首を横に振りながら呆れている親友はきっと正しい反応をしているのだろう。当事者の俺ですら頭で理解していても感情的には納得できていないのだから。


 それでも―――。


 「仕方ないだろ! 菜月さんから提案されて、このあいだ翔斗が言ってたみたいな危険もあるってなったら……」


 「どうしてそこで俺が守るとか言えねえんだよ。せっかく鍛えてんのに」


 まったくもってその通りだ。ただ、俺にも思うところがある。自分のせいで大切な人が傷つくのは耐えられない。その可能性を生まないで済むのなら、それが一番いいのではなかろうか。


 「いつも一緒にいられるわけじゃないし、菜月さんが一人のとき何かあったら……」


 「……たぶんだけど、大也が黄波さんと仲良くしようとしまいと、彼女が危ない目に遭う可能性は少なからずあると思うぞ」


 「……」


 考えないようにしてきたことを突きつけられ、足を止めて黙ってしまった。


 分かっている。その可能性を考えなかったわけがない。


 こちらの反応を見て色々と察してくれる親友が、何かを心配するような様子でその可能性を口に出す。


 「分かってはいるんだな。アイドルみたいな扱いをされている以上、変な感情を抱いて行動する輩は沸いてくるって。これまでは何も起きてないみたいだけど、学年が上がって環境も変わるんだ。何がきっかけでバカな行動をしでかすか分からない」


 「それは、そうかもしれないけど……」


 そうだとして、どうすればいいというのか。


 心の中で様々な言い訳をまとめ上げ、菜月さんと出した結論が最上だと脳に言い聞かせる。他の選択肢はないのだと。


 しかし、それを否定してくれるのが翔斗という男だ。悩んでいることを分かった上で、それでも逃げてしまう弱さに立ち向かうよう後ろから背中を押してくれる。


 痛いくらいに無理やりなのはどうにかして欲しいけど……。


 「それならいっそ、今のわけわからない状況をぶち壊す方が早いと思わないか? 現状は本人が望んだわけじゃないだろうし、黄波さんだってきっと困ってるはずだ」


 「……」


 言われなくても分かっている、いや分かっていなければならないこと。大切な人が置かれている現在の状況と、周囲の身勝手で望まないままにそうなった彼女の気持ち。


 どうにかできるはず、どうにかしたいはずなのに。


 大切だからこそ生まれる恐怖がそれを許さない。やらない理由ばかりをこじつけてくる。


 けれどそんな弱い俺にも、ケツを蹴り飛ばしてでも向き合わせてくれる友人がいるのだ。


 「まあ今すぐ行動しろとは言わねえよ。もう少し考えてみて決めればいい。でも何かあってからじゃ遅いんだからな。あと個人的には、関わらないっていう選択だけはナシだと思ってる」


 「……ありがとな、翔斗」


 わざわざ待ち伏せしてまで、これから待ち受けているであろう難題について気遣ってくれる。自分には関係ないことなのに。


 その優しさが嬉しく、それと同時に覚悟を決めさせられた。


 なんとかなる、ではない。なんとかするのだと。


 その感謝を伝えると、翔斗は少々照れ臭そうに頬を掻いてからもう一度真剣な雰囲気で忠告してくれる。


 「礼とかいらねえよ。……大変なのはこれからだぞ。オレも協力はするつもりだけど、いろいろ情報集めてみてちょいちょいヤバいファンがいたからこうやって警告したわけだし」


 「流石は弟子思いの師匠。でもそこまで気にかけてくれてたのか……」


 「だから師匠はやめろって。まあなんにせよ、まずはクラス替えの結果だ。それによっては難しくなることもあるしな」


 「ああ、そうだな」


 一瞬だけ陰った春の朝日。しかし既に雲は消え去り、今は朝の肌寒さを忘れさせてくれるくらいに青い空の中で光り輝いている。


 再び歩き出した俺たちは他愛もない会話をしながら、慣れた通学ルートを歩いて学校に向かうのだった。



 久しぶりにやってきたように感じる高校は当然ながらまったく変わっておらず、少しだけホッとしながら新学年のクラス分けが張り出された掲示板へと向かう。


 敷地内を歩いていると、通学中にも見かけた新入生らしき学生の姿がちらほらとあって、そのフレッシュさを自分も一年前に持っていたのだろうかと思った。不安そうな者、期待に胸を膨らませる者、どこか心配になるくらいソワソワしている者。いろんな色が見えて面白い。


 そんなことを思っていると、暑苦しそうな人だかりが見えてきた。みな新しいクラスをいち早く確認したいのだろう。


 「時間あるしちょっと待つか?」


 「そうだな。あそこに飛び込むのもきついし……」


 密集した群衆を見て同じ考えを抱いた親友の提案に頷き、そこに近づくことをやめる。しばらく遠巻きに一喜一憂する生徒たちを眺めながら、その喧騒が小さくなるのを待った。



 そうしてようやく静かになった掲示板前。張り出された紙を見て嬉しさもあったが、それよりも気になることがある。


 「……これはまた上手く並んだもんだよな」


 「まったくだ。去年はオレと黄波さんの間に二人くらいいたけど、ここまで揃うとはなぁ」


 親友も同意見のようで、楽しそうな笑みを浮かべながら驚いてみせていた。俺も改めてその紙を見直し、仕組まれたような印象を抱き直す。


 「きなみ、くぜ、くろびし、だからありえないことはないけど、三人並ぶか? この状況で……」


 「うーん、教員側もいろいろ考えてるっぽいな。前の担任も黄波さんのこと気にかけてたし――――って担任も同じかよ」


 考えを口に出しながら名簿の上に書いてある担任教師の名前を見た翔斗が、再び小さく驚いた。俺もそっちに視線をもっていき、お世話になっているその女性教師の名前を確認する。


 「若いのに何か雰囲気あるよな、あの先生。俺がバイトの件で相談したときも真剣に相談乗ってくれたし、できる女性って感じだよな」


 「ん? いま思ったけど、バイト先についても教えてるのか? 執事喫茶っていろいろ特殊な接客だし、何か言われたりとか……」


 新しい教室へと向かって歩いていると、俺が口に出したバイトについてふと気づいた様子の親友が疑問符を浮かべた。


 高校生のバイトとしては難易度も内容も適切ではないと思われそうな執事喫茶。そこで働くことを学校側が知っているのか、翔斗が気になるのも仕方がないだろう。ただ、俺もそこまで不真面目ではないし隠すようなことでもない。


 それで何も言われなかったわけではないが……。


 「……ええっと、それは当然伝えてある。条件付きで認めてもらってるんだ」


 「条件って?」


 「月に一度バイトの様子を見学するって感じで、わざわざ店まで来てくれてる……」


「過保護というか、そこまでするのか。大也ん家の事情をある程度知ってるとはいえ、心配し過ぎじゃねえか?」


 バイトをする理由は学校側に説明済みだ。家の事情も当然隠すことはできない。その話を聞いた担任教師は何か思うところがあったのか、俺のことを気にかけてくれている。親友の言う通り過保護な気もしないではないけど。


 ただ、そんないい先生がまた担任なら安心である。


 「……まあ青星あおほし先生にも考えがあるんだろ」


 「もしかして先生も大也のこと気になってたりして」


 確かに若くて綺麗で男子生徒たちから人気がある先生だが、まずそのようなことはないだろう。彼氏がいない方がおかしいし。だからこそきちんと釘を刺しておいた。感謝している恩師が根も葉もない噂で困ることにならないように。


 「冗談でもそういうこと人の多いとこで言うなよ。変な噂になったら申し訳ないし」


 「わかってるって。おっ、黄波さんはもう教室にいるみたいだな。オレの席まで囲まれてるし」


 そんな感じで話をしながら歩いていると、これから一年間お世話になる教室へといつの間にかたどり着いたようだ。


 翔斗の視線をたどり俺たち二人の席あたりを確認すると、菜月さんの周囲に集まった女子たちによってとても近づきにくい場所となっていた。


 「あんだけ女子の固まってるところに踏み入る勇気は俺にはないぞ……」


 「執事としていろんな女性と接してきた男が何言ってんだよ。ほら、行くぞ」


 「ちょっ、待て翔斗――――」


 (執事モードに入っていない俺はただの地味な男子高校生だぞ! あんな明るく元気な集団に近づいたら燃やされてしまう可能性すら……。うん、聞いてねえな。諦めよう!)


 引きずられていく哀れな俺のことを、見たことあるようなないような感じの数人の同級生たちが何事かと見ていた。


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