56. 黄波姉妹の場合-2
「それで? 結局大也くんからはどんな嬉しいメッセ―ジが来たの?」
妹が意気消沈している間に明るく輝く美髪を乾かして簡単なスキンケアも終えた姉が、最初に話しかけるきっかけとなったことを改めて言及した。
しばらく時間をおいたおかげで落ち着いたのか、菜月も意地悪な姉に対してきちんと返事をする。ただ、その言葉の中にはいじけている感じが存分に込められていた。
「……改めて春休みの宿題付き合ったことへの感謝があって、それとまた同じクラスだったらいいなって。あと、久世くんっていう友達にアタシとのこと話したらしくてそれの謝罪、かな。……どれもお姉ちゃんには関係ないけどね」
「ホントしっかりしてるわね。菜月にはもったいないくらい将来有望ね、彼は。大学にも行けることになったみたいだし、あの感じだと女の子に囲まれた華のキャンパスライフ間違いなし!」
妹の抵抗に対しては、それがたとえ気にするほどでもない些細なものであっても応戦するのが姉のやり方だ。
「想像したくないからやめて……」
「一緒の大学行けばいいじゃん。文理選択は同じ理系なんでしょ?」
本気で落ち込んでしまった妹には追撃を仕掛けない姉。なんだかんだいって風莉は菜月のことを大切に思っているのだろう。今は真剣に相談を聞くモードであった。
「そ、そうだけど……恋愛感情で進路選ぶのは違うっていうか……」
「じゃあ高校のうちに付き合うしかないわね。いろいろ早い方がいいし、来年彼が誕生日を迎えたら結婚とかすればいいんじゃない?」
とはいえ、妹が真面目なので姉まで真面目になりすぎては空気が重くなる可能性もある。風莉は本気半分、冗談半分で飛躍した話をぶちこんだ。
その後の光景を想像したのか、菜月は再び顔を紅に染めてアタフタしている。
「けけ、結婚!? それは流石に気が早すぎるというか、そもそも大也くんの誕生日も知らないし……」
「え? 知らないの?」
そんな可愛い妹が発した言葉に、姉は率直な疑問を返した。
「これまでほとんど会話してなかったんだから知ってるわけないじゃん……。大也くんはアタシの誕生日知ってるかもだけど。友達が教室でお祝いしてくれたし」
そんなことを言われても、と少々いじけ気味に説明する菜月は自覚なく自意識過剰な発言をしているのだが、恋する乙女が気づくはずもない。あまりクラス内の出来事に関心のない大也が、教室内で派手にお祝いしていたとはいえ、他人の誕生日を記憶している可能性は低いということに。
風莉はなんとなくそうではないかと思いつつ、けれど伝えることはしないでアドバイスのみを口に出した。
「好きな人の誕生日とか、絶好のアピール機会なんだから知っとかないと! たぶん大也くんは自分から言わないし、下手したら何もできないわよ?」
「が、学校で聞いてみる! ……あ、でもクラス違ったら直接話すのは難しいかも」
「……確率的にはどのくらいなの?」
同じクラスだったとしてもクラスメイトの前で誕生日を聞くという行為そのものがかりリスキーだろう。姉はそう思ったが、表情をコロコロと変えながら一喜一憂している妹には伝えないことにした。
理由は単純。面白そうだから。
心配はあるものの、いろいろと物分かりの良い大也であれば妹の行動から危険を予測して動いてくれるはずだと信じるくらいには、風莉も大也のことを信頼しているのだ。
そんな姉の思惑など露知らず、妹は頭を悩ませながら質問に返答する。
「理系は三クラスあるから三分の一……」
「まあクラス替えって教員の意見も反映されたりするらしいし、案外同じになれるかもね」
「……どうしてそう言えるの?」
期待しすぎないようにしているのか、妹は疑い深く姉の発言の真意を問いただした。
「教員としても菜月みたいな人気で優秀な生徒の周りには安全そうな人間を置きたいって思うから。文化祭で二人きりになった実績もあるんでしょ?」
「うん……。一緒だといいなぁ」
自分の変わるきっかけとなった出来事を思い出したのだろう。幸せそうに、少し恥ずかしそうにはにかんで呟く菜月。
その光景を見ていた風莉は、やはり可愛い妹にちょっかいをかけたくなった。
「同じクラスだからって暴走してオカシナコトしないようにねー」
「す、するわけないじゃんっ! お姉ちゃんのばかっ!」
仲良し姉妹の、一方が楽しく一方は疲れるやり取り。これまではありえなかったその幸せな時間はあっという間に過ぎていった。
「……うん、明日からいろいろ頑張らないとっ」
自分と姉の日常を変えてくれた大切な人のことを思いながら、明日から始まる新たな学校生活への決意を呟いた菜月。思い人との距離が一気に近づいた嬉しい春休み最後の夜を、彼女は小さくも美しい笑顔で終えようとしていた。
希望や期待に満ちた明るい月にいま、暗い雲がかかろうとしている。けれどそれらは春の風によって掻き消され、宝石のように輝く星々が見守る美しい月はその光を陰らせることなく、静かに夜を照らし続けるのだった。
――――――――――――――
第一部:運命の春休み ―― 完
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