4. 令嬢と店長、そして執事
静寂に包まれた執事喫茶の従業員室。ジッと見つめているのも可哀想かなと思った店長は、店内の様子をモニター越しに確認しながら仕事をしたつもりになっていた。防犯や改善点の発見などの観点から設置したカメラが従業員の働きぶりを映し出すのを、彼女は嬉しそうに見守っている。
(さすがワタシ! 人選も指導もかんぺきっ!)
店長が仕事をしないからこそ従業員が頑張っているわけだが、それも彼女の人柄がなければ成立していないということを考えればあながち間違っていない。
そんなこんなで店長が悦に浸っていると、しばらく恥ずかしさで悶絶していた雪が無表情を取り戻し、何事もなかったかのように店長へと話しかけた。ちなみに握っていた飴はカバンにしまっている。
「あの、店長さん。体調もよくなったのでそろそろお店の中に案内していただけますか?」
(……さっきのことは忘れろってことかな? というかこの短時間でよくあそこから表情なくせるものよね……。何か特殊な訓練でも受けてるのかしら?)
フィクションの世界にありそうな想像をしつつ、店長は無言と無表情の圧力を感じていた。先ほど見せた動揺はどこにもなく、多少無理をしていそうであっても平静をきちんと装っている。
そんな可愛らしい少女に対し、店長は大人げないと自覚しながら意地悪をしたくなった。おそらく大也がこの場にいたなら白い目で見られていたであろう子供じみたイタズラを。
「ええ、そうですね。でもその前に一つだけお聞きしても?」
「……? はい、どうぞ」
「大也くんのこと、好きですか?」
「……え?」
想定していなかった質問に小さく首を傾げる少女。しかしそれは店長の思った反応ではなかった。
もっと動揺するかと思っていた店長の方が意表を突かれて心を乱している。ただ、ここで結論付けるのは早計だと判断したのか、彼女も諦めてはいない。より具体的な言葉を使って切り込むことにしたようだ。
「えっとですね、いわゆるガチ恋勢というお客様が稀にいまして、ワタシとしても従業員の負担は減らしたいのですよ。好きという感情が悪いとは言いませんけど、お店としてもお金をいただいてサービスをしておりますので、お客様のためにも確認しておきたいと思いまして……。それで、好きですか? 彼のこと」
(まあ嘘だけど。面白そうだからつい、ね。うちの従業員はみんなどういうわけかワタシが出るまでもなく対応が上手いんだよね。いや、ホント人を見る目があるなぁ、ワタシ!)
子どものような言い訳を内心で唱えながら、店長は目の前に座る美少女の反応を伺う。しかし、お嬢様の表情は崩れなかった。
「そうですね……好きと言えるかもしれません。助けて頂きましたし、優しい方だと思いますから。それに私のことを……いえ、なんでもありません。とにかく黒菱さんのことは好ましく思っています。ですが、どうして好きだと負担になるのでしょう? 執事役の方とお話ししてお茶を楽しむ場なのですよね? 『がちこいぜい』という言葉の意味は分かりませんけど、私もそうなるのでしょうか?」
「……あ、いえ、もう気になさらないでください。心配なさそうなので。……ところで、お客様はどこで当店のことをお知りになったのでしょうか?」
これはダメだと、勝手に挑んだ勝負に対して白旗を挙げた店長。最初に見せた動揺からそういうことだろうと予想していたものの、今の反応を見る限り、目の前の美少女が恋愛というものをそもそも知らないのだと気づかされたようだ。
無理やり話題を変え、このご時世にびっくりの箱入りお嬢様が純粋な心を失ってしまわないように舵を切る。
その急展開に、雪は頭の上に疑問符を浮かべた。だがまじめな彼女は質問されれば答えないわけにいかず、ご丁寧に返事をした。
「? えっと、学校の友人から情報収集を手伝って欲しいと頼まれたのです。執事喫茶というものがどんなところ調べてきて、と。お店はこちらと、少し離れたもう一店の二つがあったので手分けをして調べることにしました。好きな方を選んでいいと言われたので、お店の名前でこちらを選ばせてもらいました。素敵ですよね、フルーレ・シュヴァリエというお名前」
「……本物のお嬢様方に調査されるというのは少々恐ろしいですね。満足してお帰り頂けるよう努力します。そして、店名をお褒め頂きありがとうございます。意味がお分かりになるということは、やはりその、ヨーロッパ系の方がご親族に?」
「はい。ですがフランス語圏というわけではありません。お母様は北欧系のハーフで、私はクォーターです。どういったわけか私はそちらの血が強く出てしまったようで、少し派手な容姿になっていますけど……」
綺麗な無表情の上にうっすらと影ができ、何か嫌なことを思い出しているのだろうかと店長は思った。
目立つということは、当然のことながらプラスにもマイナスにも働く。いや、自然界や人間社会でもマイナスに働くほうが多いかもしれない。
そんなことを考えた店長は、優しさに満ちた笑顔で心からの本音を伝えた。
「お客様はとても可愛らしいですし、美しいと思いますよ。大也くんにも褒められたのではないですか?」
「……どうしてそれを?」
「彼は褒め言葉をすぐ口に出すので、そう思っただけです」
「……そうですか」
ほんのわずかだがホッとしたような仕草を見せた雪に、店長も安堵のため息をついた。そして自分はただ見守ろうと決意し、ピンチのお姫様を救った騎士へとバトンタッチするための話を切り出す。
「あ、すみません、話が脱線しましたね。せっかく来店して頂いたのにお待たせして申し訳ありません。当店の執事の実力をご覧いただきましょう」
「いえ、時間はまだ大丈夫なので。いまはとにかく楽しみです」
「あ、ですがその前に。当店では大きく分けて二種類のコースがございまして、オープンスペースでお楽しみいただく通常コースと、個室で執事に付きっきりでお世話してもらえるプライベートコースとなっています。後者はお値段が割高となっていますが、お気に入りの執事を独り占めできて、かつ常識の範囲内でお願いを聞いてくれるかもしれないという特別オプション付きです。どちらを希望されますか?」
個室でのサービスを押しに押しまくる店長。いまだに使われた回数が片手で数えられるほどの高額コースを中学生に利用させようとしている。彼女がやる仕事はこういうことばかりであるが、経営が厳しいわけではないということは間違いない。
熱を含んだ押し売りに若干引き気味の雪は、調査のためにも店全体の雰囲気を見たいと考えてオープンスペースのコースを選ぼうとした。
「……通常のコースで―――」
しかしそれは途中で阻まれる。
「あれ、今日はなんだかお客さん多いですね。学校が終業式だからでしょうか? 人気者の大也くんは女子学生さんから引っ張りだこみたいで、お客様とゆっくりお話しする時間はないかもしれません……」
「…………」ムッ
(おや? なんかご機嫌斜め?)
チャンスを逃さまいと店長が特に考えもせず発したモニターに映る店内の様子。それに対して思うところがあったのか、お嬢様が小さなほっぺをわずかに膨らませている。ここが最後のねらい目だと察した店長は、内心でニヤッと、外面はニッコリと微笑んで最後の一押しに打って出た。
「プライベートコースならどんな人気執事でも独占できますよ?」
「……そちらのコースにします」
「ありがとうございます! それではもう少々お待ちください。準備いたしますので」
「はい」
(私だけすごく恥ずかしい思いをしてその姿を見られたままなのは納得できません……! 黒菱さんが動揺している姿、ぜったいに見てやるんですから!)
ブルッ「……気のせいか? なんかすげえ嫌な予感がするんだけど……」
可愛らしい容姿であっても負けず嫌いな箱入り娘がやる気に満ち溢れていたその瞬間、大也は背筋に冷たいものを感じて身体を震わせていた。
その次の瞬間、どこか上機嫌の店長に手招きで呼び出される人気執事の金剛。
(……はぁ。どうなることやら……)
いろいろと察してため息をつきたくなった彼だが、内心でとどめて表に出すことはなかった。個室の方向へ視線をやり、そこで待っているであろう箱入り令嬢への対処を考える。
(飴玉あげたら満足してくれないかなぁ……)
けれど何も浮かばず、執事姿の大也は現実逃避気味に遠くを見るのだった。
世話の大変な「花」を守護する素晴らしい「騎士」。
お嬢様と執事の戦い? が始まろうとしていた。
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